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七十二話〜良いところ〜
しおりを挟むユーリウスは話の途中で部屋を出て行ってしまった。
小さなため息を吐いた後エレノラも部屋を出た。
扉を開けるとボニーが待っており、ユーリウスがミルを連れて行ったと言われる。
意外な報告に戸惑うが、もしミルが嫌ならば彼について行く事は絶対にないだろう。それにクズではあるが、彼は無理強いするような人ではない。
エレノラは一人自室へと戻った。
部屋に戻り時計を確認すれば、まだ昼前だった。
今日は朝からフラヴィが屋敷に乗り込んできたせいで診療所には行けず、クロエには迷惑を掛けてしまうし一日分の給金は貰えなくなるしで最悪だ。
いつものエレノラならば損失を取り戻すために、これから診療所に向かうだろう。だが今日はどうしてもそんな気分にはなれない。
その原因はユーリウスだ。
先程のユーリウスとの会話を思い出し眉根を寄せる。
彼の言葉は理論的には間違っていないのだろうが、エレノラには理解出来ない。
それにあの感情が抜け落ちた表情が意味するものはなんなのか……。
そこまで考えてふと思った。
(私、ユーリウス様の事何も知らないのね)
彼が見境なく女性を侍らしている無類の女好きのクズである事は紛れもない事実だ。
後は容姿端麗である事、ブロンダン家の嫡男で王太子の有能な側近である事は知っているが、それは誰もが知っている事実に過ぎない。
例えば彼の好きな食べ物や嫌いな食べ物だったり、趣味や特技ーーそもそもブロンダン家の内情も未だに知らない事ばかりだ。
今の所エレノラが知っている情報はロベルトから聞いた家族構成と継母とユーリウスの関係性のみで、実父の公爵と会話しているのを見たのはたった一度きり。それも公爵が一方的に話していたので会話らしい会話ではなかった。また義弟であるロベルトに至っては、二人が顔を合わせているのも見た事がない。
それに余り気にしていなかったが、エレノラは嫁いできてから半年程経つのにも拘らず公爵夫人とも未だに挨拶もしていないし、本邸に入った事すらない。
いくら嫌っているからといっても、一応義理の息子が結婚したのだからお互いに挨拶くらいするべきだろう。
今更ながらどんな家族なのだと呆れてしまう。
「若奥様」
「スチュアート⁉︎」
いつの間にか目の前に立っているスチュアートにエレノラは目を見張る。
「許可なくお部屋に入ってしまい申し訳ありません。ただ何度扉を叩いて呼び掛けても反応がありませんでしたので、何かあったのではと心配になりまして……。お怪我もされておりますし」
「ごめんなさい、少し考え事をしていて気づかなかったわ」
「いえ、何も事もないようで安心致しました。こちら新しい氷嚢です」
「ありがとう」
ほぼ溶けている氷嚢と新しいものとで交換をする。地味に面倒くさいが、流石に冷やさない訳にはいかない。
「……ねぇ、スチュアート」
「如何なさいましたか?」
「ユーリウス様って、どんな人?」
無意識にそんな言葉が出た。
だが質問の仕方が少し抽象的過ぎただろうか。ただ知らない事が多過ぎて、何からきけばいいのか分からないと悩む。
そんな中、スチュアートは戸惑う事なく口を開いた。
「若奥様はユーリウス様はどのような方だとお思いですか?」
「え、私?」
まさか質問で返されるとは思っておらず戸惑う。
「無類の女性好きで、自尊心が高くて傲慢で我儘で子供っぽい人かしら」
自分で言っておいてなんだが、これではただの悪口だ。だがクズという言葉を使わなかった事だけは褒めて欲しい。そして本当は子供っぽいではなく駄犬と言いたかった。
「よくご存知ですね」
スチュアートは穏やかに微笑み肯定する。てっきり否定するかと思ったのでエレノラは目を丸くした。
「ですが世間では冷静沈着、有能、孤高の存在でありそれ故女性から人気があるという認識なんですよ」
「え、それ誰の事?」
「ユーリウス様です」
「……」
女性から人気があるのはまあ事実だろう。それに全く持って見えないが一応有能らしいし。だが駄犬が冷静沈着? 孤高の存在ってなんの冗談だろうか。
(う~ん、アレが孤高ねぇ……)
頭の中に、子犬のようにプルプルと身体を震わせこちらを睨むユーリウスの姿が浮かぶ。
思わず笑いそうになった。
「私などに聞く必要もないくらい、若奥様は既にユーリウス様の事をよく存じていらっしゃいます。ただ無類の女性好きで、自尊心が高く傲慢で我儘で子供っぽい方でも、良いところはございます」
「良いところ……?」
はて? 彼に良いところなどあっただろうか……。
エレノラはこれまでのユーリウスを思い出す。
初対面で人を芋だと見下し、初夜をすっぽかして愛人の元へ行き一ヶ月帰って来なかった。その後に屋敷に帰ってくるようになったかと思えば、これ見よがしに愛人達を代わる代わる屋敷に連れ帰ってきた事もあった。
(……ないわね。ああでも、高級料理をご馳走して貰った事があったわ! でもそもそもユーリウス様が私ののパンを放り投げるからいけないのよ! しかも人の事を汚いやら芋やらと見下してくるし……。まあお土産も買って貰ったしそれは水に流すわ)
考えれば考える程、良いところが見つからない。
エレノラは更に頭をしぼる。
以前罰として半月お茶会を一緒にしたが、あの時はかなり口煩く注意をされた。だが言い方を変えれば真面目だとも言える。
彼の帰宅時間が遅くなった時、眠りに入る寸前のエレノラをわざわざ叩き起こしてお茶会が出来なかった事を謝罪された。頗る迷惑な話だが、律儀とも言えなくもない。
アンセイムのお茶会に参加した時は、虫のエキス入りのお茶を代わりに飲み干してくれた。彼の真意はどうあれ、代わりに犠牲になってくれた事に違いない。しかも彼はそのせいで高熱に倒れてしまったが、エレノラを責める事はしなかった。そう考えると、少しは優しさの欠片を持ち合わせているのかも知れない。
また街へ一緒に出掛けた時は、一度指摘すると次からはちゃんと直していた。
更に明らかにミルから嫌われているのに、白い目で見られても怒られても何度も声を掛け続けていた。かなりしつこい……いや粘り強いとも言える。
それに服屋に入った時は自分の事は棚に上げて激怒して、それを指摘すると犬のようにしょんぼりとしていた。
そして何よりちゃんと約束は守ってくれる。
畑の件もそうだし出掛けた事への報酬も、毎回好きな物も買ってくれた。
本来ならお金で買われた側のエレノラの立場は弱く、彼が本気で命令してきたならば従わざるを得ないだろう。報酬など払う必要はないのだ。
「スチュアート、ありがとう」
「もう宜しいのですか? 何か他にもござましたら、喜んでお答え致しますが」
「いいえ、後は本人に直接聞くからいいわ」
「承知致しました。では私はこれで失礼致します」
どこか嬉しそうな笑みを浮かべたスチュアートは丁寧に頭を下げると部屋から出て行った。
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