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1 密令と敵騎士
1 オメガ騎士、密令を賜る
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慈悲深き王の子どもたち、互いに癒し合い、豊かな大地を愛し栄えよ。
◇
「頼んだよ、スフェン」
主人から直々に賜った密令のため、二月最初の王城巡回隊に加わることになった。
「必ずや果たして参ります、レクス殿下」
レクスはオメガの自分を見込んでくれた。
命を懸けて応えたい。
(私情も、決して挟むまい)
ソコロフ派の騎士数名とともに、馴鹿ソリに乗り込む。
雪に覆われた荒廃地を進んだ。
王城は、イスを二分するソコロフ領とアナトリエ領の中間地点にそびえる。
「今日もか……」
近づくにつれ、ビュオオオと吹雪が強まった。毛皮を裏打ちした白い外套の襟を掻き合わせる。
(城の精霊が、血なまぐさいわたしたちを拒絶するかのようだ)
百年前は、王が居た城。あらゆる精霊の加護を受けた地。
精霊は大自然から身の回りの品にまで宿り、豊穣などの加護を授けてくれるという。国の礎となる大地には、精霊王が宿ったとか。
(空位の現在は無人の緩衝地帯となっている……というか、住めないな)
元来穏やかな地域のはずが、暴風雪に閉ざされ、まだ午後早いのに昼とも夜ともつかない。
雪まみれになりながら入城した。
石造りの城内は、外の吹雪ぶりに反して静謐だ。
「ご苦労だった」
五日前から駐在している隊と交替する。一杯の蒸留酒で身体を温める。
早速、定められた手順で巡回に取り掛かった。
(さて。見る箇所は多い)
アナトリエ派の騎士に、王冠や玉印を奪われていないか――いざ持ち出そうとすれば吹雪が信じられないほど強まり、一歩も進めないという流説もあるが。
補修すべき損壊がないか。暴風雪はもとより、人の営みがないことでも城は傷む。そして両派の騎士が出くわした際の戦闘によっても。
(緩衝地帯でも、不戦ではない)
あちこちの床に冷えた血が染み込んでいる。両派とも巡回隊を常駐させ、牽制し合うゆえだ。
とはいえ、地上二階・地下一階に及ぶ城の部屋数は、ゆうに百を超える。
暗黙の了解で巡回隊は少数編成にとどめ、巡回の区画や刻もずらしているが――
(この部屋にもいない)
むしろアナトリエ派騎士を探して歩く。
剣を振るいたいわけではない。密令のためである。
(……っ? 今のは)
割り振られた地下階を四半刻ほど回ったところで、ぴくりと耳をそばだたせた。
鍵の開くような音がした気がする。
(誰かいる)
仲間は他の区画を巡回中だ。と、すれば。
気負って頬が紅潮するのも構わず、歩を速める。
(ここか)
突き当たりの彫刻扉が少し開いていた。
廊下の燭火を頼りに目を凝らす。
中は壁一面書棚になっている。書庫のようだ。
その中ほど、木の階段梯子に、濃灰の外套を纏った男が腰掛けていた。
濃灰は、アナトリエ派騎士の服の色。
(好都合だ)
白い外套の上から、お守りの厨子ごと手紙を握り締める。
主人に預かった、大事な手紙を。
「覗かないでほしかったなあ」
「!」
息を潜めていたにもかかわらず、男に気配を察された。
呑気な口調だが、立ち話にはならない。
想定内だ。
(何せソコロフとアナトリエなのだから)
男が抜き身の剣を手に、大股で向かってくる。こちらも広い室内に飛び込み、迎え撃った。
キィン、と鋭い金属音が冷気を引っ掻く。剣越しに白い息が混ざり合う。
「たいした腕だな」
男の外套がめくれ、騎士服の銀糸の飾りが薄闇に垣間見えた。
この飾りの意味するところは――。
(ふん、君も近衛騎士か。それもアナトリエ家の。ならばますます好都合)
押さえて交渉に持ち込みたい。
剣技は互角だ。ただ男のほうがひと回り体格がよく、力も強い。
「つっ」
じりじり押され、書棚に背中をぶつけた。
本が何冊かと、手持ち角灯までばらばら落ちてくる。
(これしきでは屈しない……、え?)
決着はついていないのに、男は「おっと」と屈み、自前らしき角灯を起こした。
蝋燭の灯りに顔が照らし出される。
(君は)
合議の際、じろじろ見てきた騎士ではないか。
暗くてすぐ気づけなかった。
その双眸は、今のイスではとんと見られない、みずみずしい緑。
「――!」
目が合うやいなや、指先がちりりと痺れた。
呼吸も乱れる。熱でぼうっとする。視界が明滅して、立っているのがやっとになる。
(なん、だ……こんなときに、オメガの発作か?)
オメガは男でも子を孕める不思議な体質で、発情発作まである。
発作は数か月に一度の周期で、突然やってくる。
前回の発作からまだひと月半ほどなのだが。
(なにも、人生で最も重要な任務中に起こらなくとも)
唇を噛む。厚く重い彫刻扉までの距離を、かろうじて目算した。
発作が原因で打ち破れようと自業自得だ。
ただ今日に限っては、懐の手紙を命に代えても守らなければならない。不本意でも退避せんとする。
「ちょっと待て」
だが、男の長い腕に阻まれた。
「……~っ」
とどめを刺される、のではなく、抱き留められる。額が男の肩に当たった。
まさか、襲おうというのか?
オメガが発作中に分泌する[芳香]は、オメガを孕ませられる[アルファ]の男はもちろん、それ以外の雄の本能をも刺激する。
(離せ、)
務め上げるまで純潔を貫くと決めたのに――
◇
「頼んだよ、スフェン」
主人から直々に賜った密令のため、二月最初の王城巡回隊に加わることになった。
「必ずや果たして参ります、レクス殿下」
レクスはオメガの自分を見込んでくれた。
命を懸けて応えたい。
(私情も、決して挟むまい)
ソコロフ派の騎士数名とともに、馴鹿ソリに乗り込む。
雪に覆われた荒廃地を進んだ。
王城は、イスを二分するソコロフ領とアナトリエ領の中間地点にそびえる。
「今日もか……」
近づくにつれ、ビュオオオと吹雪が強まった。毛皮を裏打ちした白い外套の襟を掻き合わせる。
(城の精霊が、血なまぐさいわたしたちを拒絶するかのようだ)
百年前は、王が居た城。あらゆる精霊の加護を受けた地。
精霊は大自然から身の回りの品にまで宿り、豊穣などの加護を授けてくれるという。国の礎となる大地には、精霊王が宿ったとか。
(空位の現在は無人の緩衝地帯となっている……というか、住めないな)
元来穏やかな地域のはずが、暴風雪に閉ざされ、まだ午後早いのに昼とも夜ともつかない。
雪まみれになりながら入城した。
石造りの城内は、外の吹雪ぶりに反して静謐だ。
「ご苦労だった」
五日前から駐在している隊と交替する。一杯の蒸留酒で身体を温める。
早速、定められた手順で巡回に取り掛かった。
(さて。見る箇所は多い)
アナトリエ派の騎士に、王冠や玉印を奪われていないか――いざ持ち出そうとすれば吹雪が信じられないほど強まり、一歩も進めないという流説もあるが。
補修すべき損壊がないか。暴風雪はもとより、人の営みがないことでも城は傷む。そして両派の騎士が出くわした際の戦闘によっても。
(緩衝地帯でも、不戦ではない)
あちこちの床に冷えた血が染み込んでいる。両派とも巡回隊を常駐させ、牽制し合うゆえだ。
とはいえ、地上二階・地下一階に及ぶ城の部屋数は、ゆうに百を超える。
暗黙の了解で巡回隊は少数編成にとどめ、巡回の区画や刻もずらしているが――
(この部屋にもいない)
むしろアナトリエ派騎士を探して歩く。
剣を振るいたいわけではない。密令のためである。
(……っ? 今のは)
割り振られた地下階を四半刻ほど回ったところで、ぴくりと耳をそばだたせた。
鍵の開くような音がした気がする。
(誰かいる)
仲間は他の区画を巡回中だ。と、すれば。
気負って頬が紅潮するのも構わず、歩を速める。
(ここか)
突き当たりの彫刻扉が少し開いていた。
廊下の燭火を頼りに目を凝らす。
中は壁一面書棚になっている。書庫のようだ。
その中ほど、木の階段梯子に、濃灰の外套を纏った男が腰掛けていた。
濃灰は、アナトリエ派騎士の服の色。
(好都合だ)
白い外套の上から、お守りの厨子ごと手紙を握り締める。
主人に預かった、大事な手紙を。
「覗かないでほしかったなあ」
「!」
息を潜めていたにもかかわらず、男に気配を察された。
呑気な口調だが、立ち話にはならない。
想定内だ。
(何せソコロフとアナトリエなのだから)
男が抜き身の剣を手に、大股で向かってくる。こちらも広い室内に飛び込み、迎え撃った。
キィン、と鋭い金属音が冷気を引っ掻く。剣越しに白い息が混ざり合う。
「たいした腕だな」
男の外套がめくれ、騎士服の銀糸の飾りが薄闇に垣間見えた。
この飾りの意味するところは――。
(ふん、君も近衛騎士か。それもアナトリエ家の。ならばますます好都合)
押さえて交渉に持ち込みたい。
剣技は互角だ。ただ男のほうがひと回り体格がよく、力も強い。
「つっ」
じりじり押され、書棚に背中をぶつけた。
本が何冊かと、手持ち角灯までばらばら落ちてくる。
(これしきでは屈しない……、え?)
決着はついていないのに、男は「おっと」と屈み、自前らしき角灯を起こした。
蝋燭の灯りに顔が照らし出される。
(君は)
合議の際、じろじろ見てきた騎士ではないか。
暗くてすぐ気づけなかった。
その双眸は、今のイスではとんと見られない、みずみずしい緑。
「――!」
目が合うやいなや、指先がちりりと痺れた。
呼吸も乱れる。熱でぼうっとする。視界が明滅して、立っているのがやっとになる。
(なん、だ……こんなときに、オメガの発作か?)
オメガは男でも子を孕める不思議な体質で、発情発作まである。
発作は数か月に一度の周期で、突然やってくる。
前回の発作からまだひと月半ほどなのだが。
(なにも、人生で最も重要な任務中に起こらなくとも)
唇を噛む。厚く重い彫刻扉までの距離を、かろうじて目算した。
発作が原因で打ち破れようと自業自得だ。
ただ今日に限っては、懐の手紙を命に代えても守らなければならない。不本意でも退避せんとする。
「ちょっと待て」
だが、男の長い腕に阻まれた。
「……~っ」
とどめを刺される、のではなく、抱き留められる。額が男の肩に当たった。
まさか、襲おうというのか?
オメガが発作中に分泌する[芳香]は、オメガを孕ませられる[アルファ]の男はもちろん、それ以外の雄の本能をも刺激する。
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務め上げるまで純潔を貫くと決めたのに――
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