ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

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1 密令と敵騎士

1 オメガ騎士、密令を賜る

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 慈悲深き王の子どもたち、互いに癒し合い、豊かな大地を愛し栄えよ。



「頼んだよ、スフェン」

 主人から直々に賜った密令のため、二月最初の王城巡回隊に加わることになった。

「必ずや果たして参ります、レクス殿下」

 レクスはオメガの自分を見込んでくれた。
 命を懸けて応えたい。

(私情も、決して挟むまい)

 ソコロフ派の騎士数名とともに、馴鹿ソリに乗り込む。
 雪に覆われた荒廃地を進んだ。
 王城は、イスを二分するソコロフ領とアナトリエ領の中間地点にそびえる。

「今日もか……」

 近づくにつれ、ビュオオオと吹雪が強まった。毛皮を裏打ちした白い外套の襟を掻き合わせる。

(城の精霊が、血なまぐさいわたしたちを拒絶するかのようだ)

 百年前は、王が居た城。あらゆる精霊の加護を受けた地。
 精霊は大自然から身の回りの品にまで宿り、豊穣などの加護を授けてくれるという。国の礎となる大地には、精霊王が宿ったとか。

(空位の現在は無人の緩衝地帯となっている……というか、住めないな)

 元来穏やかな地域のはずが、暴風雪に閉ざされ、まだ午後早いのに昼とも夜ともつかない。

 雪まみれになりながら入城した。
 石造りの城内は、外の吹雪ぶりに反して静謐だ。

「ご苦労だった」

 五日前から駐在している隊と交替する。一杯の蒸留酒で身体を温める。
 早速、定められた手順で巡回に取り掛かった。

(さて。見る箇所は多い)

 アナトリエ派の騎士いぬに、王冠や玉印を奪われていないか――いざ持ち出そうとすれば吹雪が信じられないほど強まり、一歩も進めないという流説うわさもあるが。

 補修すべき損壊がないか。暴風雪はもとより、人の営みがないことでも城は傷む。そして両派の騎士が出くわした際の戦闘によっても。

(緩衝地帯でも、不戦ではない)

 あちこちの床に冷えた血が染み込んでいる。両派とも巡回隊を常駐させ、牽制し合うゆえだ。

 とはいえ、地上二階・地下一階に及ぶ城の部屋数は、ゆうに百を超える。
 暗黙の了解で巡回隊は少数編成にとどめ、巡回の区画や刻もずらしているが――

(この部屋にもいない)

 むしろアナトリエ派騎士を探して歩く。
 剣を振るいたいわけではない。密令のためである。

(……っ? 今のは)

 割り振られた地下階を四半刻ほど回ったところで、ぴくりと耳をそばだたせた。
 鍵の開くような音がした気がする。

(誰かいる)

 仲間は他の区画を巡回中だ。と、すれば。
 気負って頬が紅潮するのも構わず、歩を速める。

(ここか)

 突き当たりの彫刻扉が少し開いていた。
 廊下の燭火を頼りに目を凝らす。
 中は壁一面書棚になっている。書庫のようだ。

 その中ほど、木の階段梯子に、濃灰の外套を纏った男が腰掛けていた。
 濃灰は、アナトリエ派騎士の服の色。

(好都合だ)

 白い外套の上から、お守りの厨子ずしごと手紙を握り締める。
 主人に預かった、大事な手紙を。

「覗かないでほしかったなあ」
「!」

 息を潜めていたにもかかわらず、男に気配を察された。
 呑気な口調だが、立ち話にはならない。
 想定内だ。

(何せソコロフとアナトリエなのだから)

 男が抜き身の剣を手に、大股で向かってくる。こちらも広い室内に飛び込み、迎え撃った。
 キィン、と鋭い金属音が冷気を引っ掻く。剣越しに白い息が混ざり合う。

「たいした腕だな」

 男の外套がめくれ、騎士服の銀糸の飾りが薄闇に垣間見えた。
 この飾りの意味するところは――。

(ふん、君も近衛騎士か。それもアナトリエ家の。ならばますます好都合)

 押さえて交渉に持ち込みたい。
 剣技は互角だ。ただ男のほうがひと回り体格がよく、力も強い。

「つっ」

 じりじり押され、書棚に背中をぶつけた。
 本が何冊かと、手持ち角灯ランタンまでばらばら落ちてくる。

(これしきでは屈しない……、え?)

 決着はついていないのに、男は「おっと」と屈み、自前らしき角灯を起こした。

 蝋燭の灯りに顔が照らし出される。

(君は)

 合議の際、じろじろ見てきた騎士ではないか。
 暗くてすぐ気づけなかった。
 その双眸は、今のイスではとんと見られない、みずみずしい緑。

「――!」

 目が合うやいなや、指先がちりりと痺れた。
 呼吸も乱れる。熱でぼうっとする。視界が明滅して、立っているのがやっとになる。

(なん、だ……こんなときに、オメガの発作か?)

 オメガは男でも子を孕める不思議な体質で、発情発作まである。
 発作は数か月に一度の周期で、突然やってくる。
 前回の発作からまだひと月半ほどなのだが。

(なにも、人生で最も重要な任務中に起こらなくとも)

 唇を噛む。厚く重い彫刻扉までの距離を、かろうじて目算した。
 発作が原因で打ち破れようと自業自得だ。
 ただ今日に限っては、懐の手紙を命に代えても守らなければならない。不本意でも退避せんとする。

「ちょっと待て」

 だが、男の長い腕に阻まれた。

「……~っ」

 とどめを刺される、のではなく、抱き留められる。額が男の肩に当たった。

 まさか、襲おうというのか?
 オメガが発作中に分泌する[芳香フェロモン]は、オメガを孕ませられる[アルファ]の男はもちろん、それ以外の雄の本能をも刺激する。

(離せ、)

 務め上げるまで純潔を貫くと決めたのに――

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