ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

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1 密令と敵騎士

2 発作未遂

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あつっ。熱を押して巡回してたのか? 忠実なこった。一時休戦としよう」

 絶望と裏腹に、階段梯子に座らせられた。
 そう言う男の手も熱い。暖炉に火もない部屋にいたのに、もともとの体温が高いのか。

「寒くないか。これ使え」

 大きな手で背中をさすってくれ、さらには自分の外套まで着せかけてくる。

(……この男、本当にアナトリエの人間か?)

 直前まで命のやり取りをしていたと思えない男の様子に、何だか拍子抜けした。
 行き場をなくした剣気ごと、二重の外套にもふりと埋まる。

「解熱用の煎じ液も持ってるぞ。手の掛かる子が近くにいるんでな」
「……遠慮する」

 男が差し出してきた小瓶はさすがに断った。敵に勧められたものを易々と口にはしない。
 それに、オメガの発作にはどんな薬も効かない。

(それより気の持ちようだ)

 男に調子を狂わされたが、お守りに手を当てて持ち直す。
 十五歳で発作によって体質が判明して以来、鍛錬を重ねて自身を律してきた。
 普段は体調の変化すら勘づかせない。

 片膝を突き、まっすぐ見つめてくる緑眼の男も、目の前の敵がオメガとまでは気づいていなさそうだ。どうものんびりしている。
 一度会ったことがあるのも気づいているのかどうか。

「それで、おまえさんの目的は? 用があって近づいてきたんだろ」

 いや。単なる間抜けではない。話ができるとわかるや、核心をつく。
 敵でも体調不良とみたら手を差し伸べもした。

(そういう清廉な精神の持ち主なら――賭けてもよいか)

 図らずも見極めになった。
 初対面時の態度はさておき、アナトリエ家の近衛騎士でもある。
 冷気を短く吸い込む。

「アナトリエ家公子ニキータに、個人的な手紙を渡したい」
「ふむ。レクスからなら受け取ろう。それと、俺が巡回をさぼってたのを秘密にしてくれるなら」

 決死の覚悟で切り出したのに対し、男の口調はずいぶん悠長だ。
 それでいて食えない。レクスからなら、ときた。

(手紙の内容に言及しなければ、レクス殿下の不利益にはならない……だろう)

 何かひとつをやり抜くのは得意だが、駆け引きは苦手だ。短く考えた末、密令の達成につながるならと頷く。

「いかにもレクス殿下からだ」
「ほんとか? 連絡取れたらなあと思ってたんだ。言ってみるもんだな」

 目を丸くする男に、再び拍子抜けした。

(鎌を掛けただけだったのか)

 ソコロフ家とアナトリエ家の敵対は根深く、私的な連絡手段はない。
 だからこそ、貴人護衛が主の近衛騎士でありながら、戦場以外で唯一アナトリエ派騎士に近づける王城巡回隊に紛れた。
 一日目にして、公子にまみえる機会の多い近衛騎士と接触できたのは、この男なのを差し引いても幸いだった。

(さらには利害も一致した、のか?)

 連絡が取れたら、とは――。
 首を傾げつつも、余計なことはせぬよう黙す。蝋で封じた手紙を懐から取り出した。
 男がひらりと受け取る。

「アナトリエ家近衛騎士エリセイが承った。おまえさんは?」
「……ソコロフ家近衛騎士スフェン」

 万一受け渡し前後で態度を変えられたときのため、外套の下で短剣を握る自分と対照的に、エリセイと名乗った男は「おかげでうちの坊っちゃんにいい報告ができる」と笑う。

「なぜ、わたしを信用できるのだ?」

 思わずじとりと見上げた。
 いきなり手紙だなんて怪しいと感じないのか。
 エリセイは、手紙の匂いをすんと嗅ぎ、大麻ヘンプ製の固い騎士服とむっちりした胸板の間に押し込みながら答えた。

「封蝋の紋章、本物と見受けた。それにこの時期は喧嘩できない」

 確かに、雪が多く実質休戦状態の冬季に火種を撒いたとて、無理に動員された騎士や兵が疲弊するのみで成果はない。

「熱があっても仕事してる。こないだも人一倍、凛と立ってた。おまえさんはレクスからの信頼がいっとう篤い騎士なんだろうよ」

 つまり姦計などではなく、純粋で切実な頼みに決まっている、とばかりにまた笑う。

(ふん。憶えていたのか)

 自分で訊いておいて、何とも言えない顔になった。わずかな剣と会話のやり取りでそこまで読まれた戸惑いと、信頼が篤いと言われた嬉しさが入り混じる。

「……敬称をつけろ」
「それはお互い様」

 敵の言葉に喜んでしまった。細かな指摘でごまかす。
 ともあれ、そろそろソコロフ派巡回隊の控室に戻らねばならない刻だ。
 エリセイに外套を返却し、忘れずに注文をつける。

「手紙の返事をもらいたいのだが」
「俺が持ってこよう。次に王城巡回当番になるのは七日後だ」

 一方的に日付を指定された。託す側ゆえ下手に出るしかないかと了承する。
 これで、密令は果たせた。先に書庫を出る。

「熱、お大事にな」

 エリセイの名残惜しげな声が背中に届いた。

(よりによって彼と行き合うとはな)

 振り返りはしないが、つくづくアナトリエ派らしからぬ男だと思った。



 五日後、表向きの巡回隊の任務も終え、王城より帰還した。
 その足でソコロフ城へ向かう途中、ふと思う。

(発情発作ではなかったのだろうか?)

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