ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

文字の大きさ
4 / 37
1 密令と敵騎士

3 公子が託したもの

しおりを挟む
(発情発作ではなかったのだろうか?)

 オメガの発作は、五日ほど続く。だがエリセイに手紙を託して以降、つつがなく過ごせた。
 密令を果たせて気力が漲り、発作を抑え込めたか。もしくは本当に発熱だったか。

(発作と発熱を取り違えたことは一度もないが……)

 それより、レクスへの報告だ。
 ソコロフ城に入り、王城に劣らず長い赤絨毯の廊下を進む。自然と早足になった。

 傍らの壁には、歴代のソコロフ公の肖像画が並んでいる。
 みな端整で威厳があるが、新しい数枚は眼差しに未練も感じられた。
 就くべき玉座に就けなかった――という未練。

(イスはもう百年近く空位だ)

 王は世襲でなく、合議にて貴族から選ぶ方式だが、ソコロフ家とアナトリエ家がほぼ交替で寡占してきた。

 その両家の公子が百年前、どうしてか決闘し、相討ちになった。

 それを発端に弔い戦が繰り広げられ、血で血を洗い、現在に至る。中小貴族五十家は半数ずつどちらかに与し、両派の力は拮抗している。

(ゆえに、王城に入って既成事実もつくれなかったが)

 レクスは、この長引く戦いに終止符を打ってくれるのではないかと目されている。
 まだ二十二歳ながら、上級学校時代から指導力があり、剣技に長け、人柄もよい。そして、ソコロフ家のきょうだいでただひとり[アルファ]なのだ。
 古い肖像画の面々のみならず、伝承の善王は決まってアルファだったという。

(わたしも、殿下には王の資質を感じる)

 レクスの私室に到着した。
 ソコロフ公の期待の表れか、城でいちばん見晴らしのよい――今は月に照らされた雪一色だが――二階中央に位置する。

「失礼します」
「入れ」

 金糸の飾りのついた騎士服の裾を伸ばし、両頬の雀斑をぽんと叩いてから入室した。

「ただいま戻りました」
「待ちわびていたよ、スフェン」

 窓際の執務机に向かっていたレクスが、たちまち身を乗り出してくる。

 ……彼が待ちわびていたのは、自分でなく密令の結果だ。
 しっかりわきまえ、謙虚に続ける。

「無事、先方の近衛騎士に渡しました。御返事も後日受け取る手筈です」

 私室にふたりきりだが、念のため具体的な名詞は避けておく。

「おお、返事まで。個人的な依頼なのに、身の危険を顧みず動いてくれてありがたい。貴公なら支障はないと見込んでいたよ」

 輝くような笑顔で労われ、少し複雑な思いがこみ上げた。
 密令に当たり、「オメガでも大丈夫か」という心配をせず、他の騎士と同等に扱ってくれるのは嬉しい。
 だが無事に手紙が届くとはすなわち、彼の瞳がますます敵方のニキータのみを映すようになるということ。

 個人的な手紙とは、恋文である。

(ただし御二人の立場上、国全体を巻き込み兼ねない、命懸けの恋だ)

 合議での出会いから、二か月。

「『彼に運命を感じた』のでしょう? ならば事はうまく運ぶはずです」

 私室に呼び出された夜、レクスが思い詰めたような声で発した一言をなぞり、請け合ってみせる。

 オメガとアルファには[運命の番]が存在し、出会うや互いにそう感じるのだという。

(この体質は、男でも孕めることと男を孕ませられることの他にも、不思議な特徴が多い)

 たとえば、運命の番。
 たとえば、アルファはアルファとオメガの組み合わせから生まれやすい。
 たとえば、アルファはみな貴族である。

 オメガは自分のように平民にもいるが、少ない。貴族でもアルファの半数程度しかいない。
 伝承の善王にあやかりアルファの子を生そうと、アルファ-オメガ間の政略結婚がよくある。とはいえ――。

「いいや。彼がオメガと決まったわけではない」

 レクスは浮かれもせず、小さく首を振った。

 ニキータを別室へ連れ出す際、甘く癒される芳香を嗅いだ気がしたそうだ。だが、彼は何ごともなかったようにすぐ合議に復帰した。発作ならそうはいかない。
 オメガ同士は芳香を嗅ぎ取れず、役立てない。

 跡継ぎの男子をオメガと断じるのは失礼でもある――王の資質がないと取れる――ため、直截に「運命を感じなかったか」とも訊けない。
 そこで手紙に、「互いを知っていかないか」としたためたというわけだ。

(何をもって、運命なのか)

 オメガである自分にもわからない。運命を感じたことは……ない。
 史料を頼ろうにも、戦闘で散逸しがちだ。

(もしもレクス殿下の思い込みに過ぎなかったら)

 末代まで笑い者だ。よりによってアナトリエの男に骨抜きにされて、と。
 手紙を篭絡と取られ、文でなく剣を返されるおそれもある。

「もっとも、私はどちらでも構わないのだけれどね」

 いや。レクスの真心が伝わらないはずがない。アルファを生めるオメガでなくとも特別に想っているという。
 彼のように立派な人間に好意を寄せられて、ニキータも悪い気はしないだろう。

「先方がオメガかどうか、わたしのほうでもできる限り探ってみます」

 たとえニキータがオメガであっても、結ばれるまでに障壁はまだある。
 何せソコロフとアナトリエなのだから。

(それでも近衛騎士として忠義を尽くしたい)

 決断力のあるレクスが、ひと月半も熟慮したのだ。
 自身と相手の出自を考慮してもなお諦められないのならと、胸のソコロフの紋章に手を当てる。

「頼む。貴公に甘えてしまうが、引き続き手を貸してくれ。彼と心を通わせられたら、両家の雪融けにもつながると思うのだ」
「……御意」

 鷹と同じ金色の、ひとたび言葉にしたことはすべて実現してみせそうな瞳が眩しい。
 跪礼するので精一杯で退出した。

(私情は挟まなかった、よな?)

 廊下に出て、胸を押さえる。はじめてレクスと話した二年前と同じように。

 騎士団の一員として、山間で馴鹿から下りて戦っていた折。背後の白樺林に潜んでレクスを狙う弓兵に、自分だけが気づいた。
 すぐさま滑雪スキー板を駆り、射線に身を投げ出した。
 射手は動揺したのか、矢じりは淡茶髪を掠め、レクスの足下の雪に埋もれた。

『きみ、平気か』
『わたしには弓も槍も当たりませんので』

 と退がった(本当に当たったことがないのだ)が、後日、私室に呼ばれた。

『先日は勇気ある行動、ありがとう』

 平民相手に感謝を示した上、近衛騎士に取り立ててくれた。騎士団は出自を問わないとはいえ、この体質を知る当時の上長は固辞したが、レクスは『関係ない。忠義を買ったんだ』と短く、だが重々しく微笑んだ。

 そのときから抱いているレクスへの想いは――恋ではない。

(と、思っていた)

 貴族のオメガはアルファを生むという使命を持つが、平民の自分には分不相応だ。それより騎士として務め上げることで、レクスの信頼に応えたいと思った。

 もともと、戦死した父の仇を取りたい、オメガの宿命をはね返したいと騎士団に入ったのだ。
 今よりさらに小柄だった少年時代の自分を思い返す。

『オメガでも務め上げてみせる』

 オメガは発情発作中、隔離されてやり過ごすほかない。貴族の妾をもくろむ者もいるものの、媚を売るのは自分の柄ではない。

『だいたいアルファだからといって、何が違うんだ』

 そうそう心奪われまいと高を括っていた。
 それが一度話したのみで、レクスに忠誠と敬愛を捧げていた。

(やはり初恋も含まれていたかもしれないな)

 私情を挟まない、つまりレクスとニキータの仲が進展しないでほしいと思ったりせず全力で密令を果たすこと、と自戒する時点で。

 レクスは他に運命を見つけた。
 この初恋にして敬愛は、運命とは違うものだった――と噛み締めていたところ。

「おい、オメガ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...