ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

文字の大きさ
13 / 37
2 融け、積もりゆく心

5 もうひとつの密会場所

しおりを挟む
 ソコロフ領とアナトリエ領の境界線にほぼ平行に、北へ四半刻。
 獣道すらない白樺林を分け入っていく。

 早くも夜の入りで、村方面に人の気配もしない。小屋へ行くのは久しぶりであさってな方向に案内してしまっているかもと焦り始めた頃。
 氷を纏った枝の合間に、木造の三角屋根が現れた。

(残っていた)

 霧が立ち込め、違う世界に迷い込んだような、幻想的な雰囲気だ。

「到着した」

 戸を開ける。中は二間四方もない。隅に張った蜘蛛の巣が凍っている。

「何だか癒されるな。周りはあの仔たちの主食の地衣くさが多そうだし」

 後をついてきたエリセイは、いそいそと小屋を見回した。
 仮眠用の寝台の板が抜けないか、手で確かめてから腰掛ける。さらに濃灰の外套を敷布のように置き、目くばせでこちらを呼んだ。

「……それだと君が寒いだろう」

 さすがに固辞し、寝台の向かいの暖炉に、今刈ったばかりの白樺の枝を入れる。
 しかしろくに乾かせていないので、火打石に反応しない。予想はしていたが唸らざるを得ない。

「だからスフェンにこっちに来てほしいんだよ。人肌に勝る暖房具はない」
「妙な言い方をするな。いざとなったらヴィトを中に入れる」
ヴィトか。またもふらせてもらうのも悪くない」

 脚を投げ出してくつろぐエリセイは、楽観的だ。実際にヴィトを入れたら身動きが取れなくなるのに。
 一気に徒労に思えて、暖炉を離れ、荷から蒸留酒の小瓶を二本掘り出す。

「身体の中から温まれ」

 エリセイは、こちらの手ごと瓶を受け取った。

 引き寄せられ、結局隣に座らされる。
 してやったりの表情を向けてきたが、寝台が派手に軋むや真顔になった。
 一拍遅れの吹き出し笑いを乾杯代わりに、酒を煽る。

(毒の心配はしないのだな。本当にわたしを信用してくれている……)

 蒸留酒は度数が高く、ひと口で喉から腹にかけて熱くなった。同じく酒を流し込むエリセイの喉仏に、つい目が吸い寄せられる。

「これ何かで燻してるか? 甘い匂いがする」
「いや、典型的な製法だ」

 はっと前に向き直った。
 この間、彼の背中に敬意を感じて以来、どうも過剰に目で追ってしまう。まるで初対面時の彼だ。

「うーん、燻しの達人を自負してたがまだまだか……?」

 エリセイはこちらの気も知らず、熱い息とともに疑問を零す。
 自分も視界がとろんと滲んだ。
 城の食料庫にあったのを積んだだけだが、たまたまひと手間加えたものだったのかもしれない。

(酒の回りが早い)

 酔いを醒まさんと、軽く首を振る。
 隅の小さな棚が目に入った。
 寝台と暖炉の他は、この棚があるきりだ。器などの日用品が残っている。

(父がふらりと放牧から帰ってきそうだ)

 父が育てていた馴鹿は生活のために一頭また一頭と売り、父も母も精霊界に旅立って久しいにもかかわらず……、やはり酔っている。

「あの置物は何だ?」

 エリセイが、こちらの視線を追ったのか棚を指差した。
 薄暗い中、再度目を凝らすと――今の家にあるのと同じ、木製の厨子だ。
 ここにも母の形見があったとは。腕を伸ばして手に取る。

「母がつくった、お守りのようなものだ」

 エリセイは「へえ」と掌を覗き込んできた。肩で押されて寝台から落ちかける。
 無言で踏ん張る。

「これ、丸屋根に鷹が留まってるな。聖堂の意匠と同じだ」
「そう、なのか?」
「うん。ちなみに丸屋根は太陽を表してる」

 知らなかった。エリセイはたまにこうして貴族の教養を見せてくる。
 聖堂は緩衝地帯の南、アナトリエ領にある。
 とはいえ厨子も聖堂も精霊王を祀るものだから、同じ意匠でもおかしくはない。

「中は人型像か。母君は手先が器用なんだな」

 エリセイが感嘆を口にした。
 像の顔立ちや身体つきは、男とも女ともつかず、絶妙に「人間」でなく「人型」だと感じる。

「ああ。よく村の女性たちに装身具をつくってくれとせがまれていた」
「俺もこのお守りが欲しい。アナトリエにはこういう型のものはない」
「ひと足遅かったな。母はもう精霊界へ旅立っている。寿命が並より少々短かったんだ」

 熱烈にねだられたが、さらりと却下した。
 母の場合は枕もとで見送れたから、父のときより気持ちの整理がついている。

「……っ!」

 ただエリセイにはそう見えなかったのか、酒瓶を床に置き、大きな手でこちらの膝をさすってきた。摩擦熱で火がつく勢いだ。

「よければこの御形見を俺に貸してくれないか」

 さらには真剣な顔で頼み込みもする。
 そんな芸術品でもないのに。でも廃屋に等しいこの小屋に置いておくよりは、と了承した。

「それで、わざわざ移動してまで話したいこととは?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...