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6 王の器と精霊の化身の覚醒
6 密かな溺愛
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これまでなら二大貴族の戦闘が再開するところ、今年はソコロフ城とアナトリエ城より、それぞれの公子一行が同時に王城へ入った。
(これは――)
王城を取り巻く暴風雪は完全に止み、常に雪雲が居座っていた空には晴れ間さえ覗いた。
密会時の数倍煌びやかな「精霊の囁き」に彩られる。
番の儀式を済ませた未来の王とその伴侶を迎えたからにほかならない。
(覚悟をより強くされたレクス殿下と向かい合っても、ニキータ殿が凛としているということは……だよな)
自分とエリセイ以外の近衛騎士たちは、はじめての光景に任務も忘れて見入っていた。
「これが精霊王の加護か」
この様子が口伝えでイス全土に広まれば、戴冠式もそう遠くないだろう。
心から誇らしく思った。
「きっと運命の番がもう一組付き従ってたから、大歓迎だったんだな」
エリセイが書庫の階段梯子に腰掛け、ひとり得心する。
「どうだかな」
こちらは彫刻扉の裏に寄り掛かり、彼の呑気さに呆れまじりで腕を組んだ。
近衛騎士の任務がひと段落した夜。
隣り合わせの公子執務室の前で目くばせして、地下へ下りてきたのだ。
(今となっては、書庫はいちばん落ち着ける場所だ)
ちなみに扉の表側、彫刻の精霊王は、満面の笑みだった。
主人たちの密会時と明らかに表情も姿勢も違う。あのときは腕の形で「危険がある」と伝えてくれていたとみた。
(何なら、エリセイと再会したとき扉が少し開いていたのも、彼の仕業に思える)
悪戯の範疇か、切実な頼みかは知れないが――。
「この扉の中の本は、ソコロフとアナトリエにいる運命の番にのみ見つけられる仕掛けだったのではないか」
「どれどれ?」
調査の癖が抜けず推説を述べると、エリセイが歩み寄ってきた。扉上部の鍵穴を調べるふりで、自身の番を腕の中に抱き込む。のんびりした笑みとともに。
「まったく、君は」
こちらも苦笑しつつ、その広い背中に手を回した。
直接会うのは、聖堂での番の儀式以来だ。
主人のための努力に報いるみたいに叶った、密かな恋を噛み締める。
「俺も後からひとつ気づいた」
エリセイが、こちらの癖毛を梳きながら話し出す。
「戦いのきっかけになった百年前のオメガは、葬送もうやむやになったって史料にあっただろ?」
「? ああ」
「きっと死んだと思われただけで、運命の番と駆け落ちしたんだ」
ぴくりと顔を上げた。個人的にとても心当たりのある行動だ。
誰も知らない、歴史にも残らない恋のゆくえ。
「で、スフェンの母君の村に流れ着いた」
「ヒールオメガの伝承を遺した本人、だというのか」
「ああ。癒す力の自覚があったんだろう。その子孫が、おまえさんってわけだ。命を張るところも可愛いのもよく似てる」
「まるでその目で見てきた口ぶりだな」
「俺にとってはスフェンのほうが可愛いがな。……おっと」
エリセイは軽口に甘言を交ぜるようになった。逆にこちらは剣を突きつける腕が鈍った。
革の鞘に入ったままの剣先に、エリセイが頬を寄せてくる。もはやじゃれ合いだ。
「彼の運命の番は、ソコロフ家公子でもアナトリエ家公子でもなく、他の家の公子だったと」
ふと、告悔を書き残した名もなき貴族が思い浮かんだ。
「うん。ふたりで癒し合いながら戦いを収めようと奮闘したが、力及ばなかった。せめてと次代に託したんだと思う」
木彫りをつくる母の祈るような横顔、父の「精霊を宿す大地の子ども」と呼ぶ声もよみがえる。
どれだけ恨みや悲しみが積み重なろうと、いつか融ける日が来て手を取り合えると信じた。
「一理ある。わたしたちは、もう殺し合わない」
数か月前は敵として出会った、今は唯一の番を見上げ、毅然と決意を口にする。
治癒能力があっても、努力破れて精霊界へ旅立った百年前のヒールオメガを、戦いで死んでいった者たちを、生き返らせてやることはできない。
しかし当代の王とその伴侶を、自分の運命の相手を守ることはできる。
刻を越えて、意志を引き継いだ。
エリセイも廉潔に頷く。
「うん。言ったろ? 仲良くなれそうだって」
かと思うと緑眼に慈愛を浮かべ、堪えきれずといったふうに唇を押しつけてきた。
「ん――、ふ、……ぁ、……」
目を閉じて、しばし口づけに没頭する。
エリセイは舌も暖かく、こちらの好む触り方を知り尽くしている。
(それはつまり……ひと目で運命の番だとわかったということか)
唾液を混ぜ合わせながら、大きな手に頬の雀斑も撫でられ、身体に熱が灯る。
これ以上は口づけで収めきれない、というぎりぎりで、名残惜しくも息を吐いた。
「ふう。もう戦わないなら、騎士の数も少なくてよくなるな。新しい仕事を探さねばならんか?」
エリセイが濡れた唇を優しく拭ってくれがてら、ゆったり提案してくる。
「白樺林に三角屋根の家を建てて、一緒に馴鹿牧夫として暮らすのはどうだ。これからのイスには、馴鹿たちの好む地衣がいっぱい育つだろ」
軽い調子だが、顔は結構真剣だ。
ふたりきりの日々を想像してみる。
悪くはない。かつてはそうして林や村で穏やかに生きた番がいた可能性もある、が。
「そんな駆け落ちめいたことをせずとも、王城でいつでも堂々と会える。平和になっても主人のためにすべきことはなくならない」
「それもそうだな。それもそうだ。どこにいたって定期的に愛し合えば無敵だし」
こちらの反応が芳しくないと見るや、エリセイはあっさり撤回した。
そんな彼が憎めず、吹き出す。
平和な生を、番と過ごすのに充てたいという、奇怪なアルファを改めて見つめる。
「運命の番を持つ君も、王冠を戴く権利はある。主張せずレクス殿下に譲るのか?」
「『王位は要らない』って、何度も言ったろ」
エリセイは、合言葉を引き合いに出した。
「同じイスの民なのに、わざわざ取り合おうとは思わんよ。歴代の善き王も、次の王に譲って精霊界へ旅立ったんだし。坊っちゃんに誓った忠誠だってそんなに安くない。何より、スフェンの可愛さを独り占めして、スフェンと生きていけるんなら、それ以上の望みはない」
そう言い切り、また抱き締めてくる。
そう言えばこの男は、愛する者を死から引き戻せるなら「地位も名誉も何もいらない」とのたまったのだった。
単純だが最も難しいことをやってのける。その慧さに惹かれた。
「わかってもらうにはまだまだ足りなかったか?」
腰を引き寄せられ、踵が浮く。再び唇が重なる。
「ぅん……、~っ」
こちらのほうは、アナトリエの騎士、それもアルファが相手なために対抗心があって、運命の番だとわかるのに刻がかかった。
結局この後、さらにわからせられるために、補修に着手したばかりのどちらかの私室になだれ込む予感がする。
周期の発作はまだ先だが、関係ない。
「あ、ゆくゆくは伝承官に就くってのはどうだ? 発作や芳香の仕組みを正確に伝えていけば、オメガを守れるし」
「ふむ。いい考えだ。わたしたちは主人を精霊界へ送り出す日まで必ず生き、功績を後世に遺そう」
たとえ癒し合えても不老ではない。いつかは精霊界へ旅立つ。
それを理解した上で、忠誠を新たにする。
やはり王になるより王を支えるほうが自分たちらしくいられると思いながら、ふたりにとって始まりの書庫から踏み出した。
王史として伝承されない、もうひと組の運命の番の溺愛ぶりは、イスの精霊たちだけが知っている。(了)
(これは――)
王城を取り巻く暴風雪は完全に止み、常に雪雲が居座っていた空には晴れ間さえ覗いた。
密会時の数倍煌びやかな「精霊の囁き」に彩られる。
番の儀式を済ませた未来の王とその伴侶を迎えたからにほかならない。
(覚悟をより強くされたレクス殿下と向かい合っても、ニキータ殿が凛としているということは……だよな)
自分とエリセイ以外の近衛騎士たちは、はじめての光景に任務も忘れて見入っていた。
「これが精霊王の加護か」
この様子が口伝えでイス全土に広まれば、戴冠式もそう遠くないだろう。
心から誇らしく思った。
「きっと運命の番がもう一組付き従ってたから、大歓迎だったんだな」
エリセイが書庫の階段梯子に腰掛け、ひとり得心する。
「どうだかな」
こちらは彫刻扉の裏に寄り掛かり、彼の呑気さに呆れまじりで腕を組んだ。
近衛騎士の任務がひと段落した夜。
隣り合わせの公子執務室の前で目くばせして、地下へ下りてきたのだ。
(今となっては、書庫はいちばん落ち着ける場所だ)
ちなみに扉の表側、彫刻の精霊王は、満面の笑みだった。
主人たちの密会時と明らかに表情も姿勢も違う。あのときは腕の形で「危険がある」と伝えてくれていたとみた。
(何なら、エリセイと再会したとき扉が少し開いていたのも、彼の仕業に思える)
悪戯の範疇か、切実な頼みかは知れないが――。
「この扉の中の本は、ソコロフとアナトリエにいる運命の番にのみ見つけられる仕掛けだったのではないか」
「どれどれ?」
調査の癖が抜けず推説を述べると、エリセイが歩み寄ってきた。扉上部の鍵穴を調べるふりで、自身の番を腕の中に抱き込む。のんびりした笑みとともに。
「まったく、君は」
こちらも苦笑しつつ、その広い背中に手を回した。
直接会うのは、聖堂での番の儀式以来だ。
主人のための努力に報いるみたいに叶った、密かな恋を噛み締める。
「俺も後からひとつ気づいた」
エリセイが、こちらの癖毛を梳きながら話し出す。
「戦いのきっかけになった百年前のオメガは、葬送もうやむやになったって史料にあっただろ?」
「? ああ」
「きっと死んだと思われただけで、運命の番と駆け落ちしたんだ」
ぴくりと顔を上げた。個人的にとても心当たりのある行動だ。
誰も知らない、歴史にも残らない恋のゆくえ。
「で、スフェンの母君の村に流れ着いた」
「ヒールオメガの伝承を遺した本人、だというのか」
「ああ。癒す力の自覚があったんだろう。その子孫が、おまえさんってわけだ。命を張るところも可愛いのもよく似てる」
「まるでその目で見てきた口ぶりだな」
「俺にとってはスフェンのほうが可愛いがな。……おっと」
エリセイは軽口に甘言を交ぜるようになった。逆にこちらは剣を突きつける腕が鈍った。
革の鞘に入ったままの剣先に、エリセイが頬を寄せてくる。もはやじゃれ合いだ。
「彼の運命の番は、ソコロフ家公子でもアナトリエ家公子でもなく、他の家の公子だったと」
ふと、告悔を書き残した名もなき貴族が思い浮かんだ。
「うん。ふたりで癒し合いながら戦いを収めようと奮闘したが、力及ばなかった。せめてと次代に託したんだと思う」
木彫りをつくる母の祈るような横顔、父の「精霊を宿す大地の子ども」と呼ぶ声もよみがえる。
どれだけ恨みや悲しみが積み重なろうと、いつか融ける日が来て手を取り合えると信じた。
「一理ある。わたしたちは、もう殺し合わない」
数か月前は敵として出会った、今は唯一の番を見上げ、毅然と決意を口にする。
治癒能力があっても、努力破れて精霊界へ旅立った百年前のヒールオメガを、戦いで死んでいった者たちを、生き返らせてやることはできない。
しかし当代の王とその伴侶を、自分の運命の相手を守ることはできる。
刻を越えて、意志を引き継いだ。
エリセイも廉潔に頷く。
「うん。言ったろ? 仲良くなれそうだって」
かと思うと緑眼に慈愛を浮かべ、堪えきれずといったふうに唇を押しつけてきた。
「ん――、ふ、……ぁ、……」
目を閉じて、しばし口づけに没頭する。
エリセイは舌も暖かく、こちらの好む触り方を知り尽くしている。
(それはつまり……ひと目で運命の番だとわかったということか)
唾液を混ぜ合わせながら、大きな手に頬の雀斑も撫でられ、身体に熱が灯る。
これ以上は口づけで収めきれない、というぎりぎりで、名残惜しくも息を吐いた。
「ふう。もう戦わないなら、騎士の数も少なくてよくなるな。新しい仕事を探さねばならんか?」
エリセイが濡れた唇を優しく拭ってくれがてら、ゆったり提案してくる。
「白樺林に三角屋根の家を建てて、一緒に馴鹿牧夫として暮らすのはどうだ。これからのイスには、馴鹿たちの好む地衣がいっぱい育つだろ」
軽い調子だが、顔は結構真剣だ。
ふたりきりの日々を想像してみる。
悪くはない。かつてはそうして林や村で穏やかに生きた番がいた可能性もある、が。
「そんな駆け落ちめいたことをせずとも、王城でいつでも堂々と会える。平和になっても主人のためにすべきことはなくならない」
「それもそうだな。それもそうだ。どこにいたって定期的に愛し合えば無敵だし」
こちらの反応が芳しくないと見るや、エリセイはあっさり撤回した。
そんな彼が憎めず、吹き出す。
平和な生を、番と過ごすのに充てたいという、奇怪なアルファを改めて見つめる。
「運命の番を持つ君も、王冠を戴く権利はある。主張せずレクス殿下に譲るのか?」
「『王位は要らない』って、何度も言ったろ」
エリセイは、合言葉を引き合いに出した。
「同じイスの民なのに、わざわざ取り合おうとは思わんよ。歴代の善き王も、次の王に譲って精霊界へ旅立ったんだし。坊っちゃんに誓った忠誠だってそんなに安くない。何より、スフェンの可愛さを独り占めして、スフェンと生きていけるんなら、それ以上の望みはない」
そう言い切り、また抱き締めてくる。
そう言えばこの男は、愛する者を死から引き戻せるなら「地位も名誉も何もいらない」とのたまったのだった。
単純だが最も難しいことをやってのける。その慧さに惹かれた。
「わかってもらうにはまだまだ足りなかったか?」
腰を引き寄せられ、踵が浮く。再び唇が重なる。
「ぅん……、~っ」
こちらのほうは、アナトリエの騎士、それもアルファが相手なために対抗心があって、運命の番だとわかるのに刻がかかった。
結局この後、さらにわからせられるために、補修に着手したばかりのどちらかの私室になだれ込む予感がする。
周期の発作はまだ先だが、関係ない。
「あ、ゆくゆくは伝承官に就くってのはどうだ? 発作や芳香の仕組みを正確に伝えていけば、オメガを守れるし」
「ふむ。いい考えだ。わたしたちは主人を精霊界へ送り出す日まで必ず生き、功績を後世に遺そう」
たとえ癒し合えても不老ではない。いつかは精霊界へ旅立つ。
それを理解した上で、忠誠を新たにする。
やはり王になるより王を支えるほうが自分たちらしくいられると思いながら、ふたりにとって始まりの書庫から踏み出した。
王史として伝承されない、もうひと組の運命の番の溺愛ぶりは、イスの精霊たちだけが知っている。(了)
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