【完結】番になれなくても

加賀ユカリ

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第一章

4.首筋に残る匂い

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 体育大会が終わった後も、和樹は貴斗を避け続けていた。

 教室でも、廊下でも、視線を感じればすぐに逸らす。話しかけられそうになれば席を立ち、その場を立ち去る。

 彼を避け続けることで自分を律しているように感じた。

 しかし、その無言の攻防は周囲の視線を集めるばかりであった。

「新木ってさ、最近天橋に絡んでばっかりじゃないか?」
「新木があんなに執着するの初めて見た」
「……でも、天橋ってベータだろ?」

 いつの間にか、和樹は“貴斗が執着する人物”として認識されるようになった。

 ◇

 その日の昼休み。
 クラスメイトである佐原さはらとお昼を食べようと鞄を開いた時、和樹はあることに気づいた。

「あ、やべ……」
「天橋、どうしたんだ?」
「弁当忘れた。食堂行って、何か買ってくるわ」
「おう、行ってらー」

 佐原に見送られながら、和樹は仕方なく食堂へと足を運んだ。


 手に取ったサンドイッチを買い終え教室へと戻ろうとしたところで、背後から声を掛けられた。

「よ、天橋。新木が執着しているベータさん」

 振り返れば、貴斗と同じクラスのアルファ──派手な髪色にイヤホンを垂らした男がニヤついた顔つきで立っていた。

「……何ですか?」
「ふーん?モテモテなあいつが執心しているのがどんな奴か気になったが……思ってるより普通の男だな、お前」

 (なんなんだこいつ……)

「何かあいつを落とすようなテクニックでもあんのか?」
「……知らねーよ」
「アルファを夢中にさせるベータなんて普通、気になるだろ?」

 第二性の集まる学校には時々、こういった理解不能な奴が現れる。こういった人物には無視が一番だと、和樹はその場を離れようとした。

「おいおい!無視するなよ!」
「……」

 和樹は無言で足を進めたが、そのアルファに肩を掴まれた。

「……おい、放せよ」
「いやー、俺も何かお前のことに気になってきたわ。ちょっと向こうで──」

 ──ガンッ。

 鈍い音とともに、そのアルファの身体は壁に叩きつけられていた。
 一瞬の静寂の中、そこにいたのは──

「てめぇ……二度と、和樹に触れんなよ」

 貴斗だった。

「あ、新木……?」

 掴まれたままのアルファは怯えた声を漏らす。
 貴斗は低く重いフェロモンを放っている──ベータの和樹でも分かるほどに。

「わ、悪い……少しからかっただけだ。許してくれ……」
「……次、和樹を傷つけたら容赦しない」

 鋭く睨みつけたままの貴斗に、アルファはそれ以上何も言えず、そそくさとその場を後にした。

 貴斗は無言のまま、和樹の腕を引いて食堂の外に出る。貴斗はまっすぐ前を見つめたまま何も話さない。

「た、貴斗……その、ありがとう。助かったよ……」
「……」

 和樹は無視されたまま、半ば引きずられるようにして渡り廊下の影へと連れていかれる。

「おい、ちょ……貴斗、どこまで行くんだよ」

 壁際で立ち止まった貴斗は、和樹の肩を押して壁に背を当てさせた。
 そして、無言のまま和樹の項に顔を埋めた。

「……っ!?な、何してんだ!」

 首筋をくすぐったのは、貴斗の熱と深く落ちるような吐息だった。

「貴斗……やめ──」
「誰にも、嗅がせたくなかった……」
「は?」
「和樹を触る奴は許さない」

 低く囁かれた声は静かな怒りと戸惑いが混じっていた。

「教室まで送る」
「いや、帰れるし」
「……送るから」

 貴斗の視線に抗うことなんて出来なかった。

 ◇

 教室のドアをくぐると、和樹はクラスメイトから一斉に視線を向けられた。

「……え、なに?」

 和樹は戸惑いながら周囲を見渡す。どうやら視線を向けてくるのはオメガのクラスメイトのようだった。

 和樹は佐原の元へ慌てて駆け戻る。

「あのさ、俺の顔に何か着いてる?」
「……いや、別に。何もないと思うけど」

 佐原も周囲の反応に戸惑っているようだった。

 その時、教室に入ってきたオメガのクラスメイト達が声を上げた。

「……うっわ、アルファ臭いんだけど」
「ねぇ、誰?こんな昼間からマーキングしたの」

 オメガ達の視線が和樹の元に集まる。

「うそ、まさか天橋……?」

 ザワつく声に和樹の顔が一気に赤くなる。

「……最悪だ」

 そう呟いた声はザワつく教室に呆気なく飲み込まれた。
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