【完結】番になれなくても

加賀ユカリ

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第二章

9.訪問者

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 放課後の静かな廊下。
 和樹と貴斗は並んで歩いていた。

「なあ、和樹。今日も家行っていい?」
「……昨日も来ただろ。週三で通う気か?」
「だって彼氏だろ?」
「その“彼氏だから”で何でも押し通ると思うなよ」

 そう言いつつも和樹の口元は緩んでいた。

 二人が付き合うようになってから互いの家に遊びに行く回数が増えた。特に和樹の両親は夜遅くまで仕事をしているため、貴斗が天橋家に遊びに行くことが多い。

「……まあ、いいけど」

 その言葉に、貴斗は嬉しそうに微笑んだ。

 ◇

「ああー!!今の絶対に俺の勝ちだった!!」
「和樹は詰めが甘いんだよ」
「貴斗がネチネチした戦いするからだろ!」

 和樹はブツブツ文句を垂れながら、ソファに寝転ぶ貴斗をゲーム機で軽くつつく。

「だいたい、貴斗はゲーム強すぎなんだよ!」
「……普通だって」
「俺、兄ちゃんには負けたことないんだけどなー」
「お兄さん……瑞樹さんだっけ?」
「そう。今は大学の近くで一人暮らししてる」

 和樹の兄・瑞樹はオメガで今は大学生である。
 オメガであるのに今までヒートが来なかったが、運命の番と出会ったことで、兄は初めてヒートを迎えた。相手のアルファと番になったと聞いたが、和樹はまだ直接会ったことはない。

「“運命の番”か……」
「和樹?」

 和樹が呟いた言葉に、貴斗は不安そうな顔でこちらへ覗き込んできた。

「あの子──奏汰さんのことが心配なのか?相手のアルファとは連絡交換したが、あの子とは一切連絡取ってないぞ。……スマホ見るか?」
「違う、違うよ。ほら、兄ちゃんが“運命の番”と出会ったって言ったことあっただろ?そのことだよ」
「早とちりしてごめん。……俺には和樹しか居ないから。和樹に不安に思って欲しくなくて」

 そう言って項垂れる貴斗はすごく愛おしかった。
 和樹が指先を重ねようとしたその時──

「ただいまー、和樹いる?」

 玄関から聞こえてきたのは聞き慣れた兄の声だった。続けて、初めて聞く落ち着いた男の声が重なる。

「……瑞樹、靴を脱いでいる最中に喋ったら危ないよ?ほら、手を貸して」
「いらない。そっちこそ、そこにスリッパあるから勝手に使えよ」
「ふふっ、じゃあ“勝手に”上がらせてもらいますね」
「変な敬語やめろ!」

 (えっ……?)

「え、兄ちゃん!?なんで帰ってきてんの?」

 和樹は慌てて廊下に出た。そこに居たのは──

「よっ!久しぶり、和樹」

 私服姿の兄・瑞樹と、見知らぬ長身の男だった。黒服で包まれた姿は表紙を飾るモデルのようだった。

 そして、その男は和樹の顔を見た瞬間に目を輝かせた。

「おぉ!弟さんだ。似てる……弟さんも目つきが強気だね!うんうん、いいなあ。天橋遺伝子、最高だ……!」
「……兄ちゃん、こいつ、まさか……!?」

 和樹が瑞樹の方へ視線を向けると、彼は黙って頷いた。

「僕は神代慧かみしろけい。君のお兄さんの全てを観測・記録・保存をしている者です」
「やめろ!変な紹介するな!」

 瑞樹は慧の腕を軽く小突くが、慧は嬉しそうに笑っていた。

 (こいつ、絶対やばい人だ……)

 兄の趣味を疑いつつも、和樹は慧を家へと招き入れた。

「いいか?俺の弟は一般人だ。変なことするなよ?」
「うんうん、分かってるよ。僕も今日は“ただの兄の番”だ。観測記録をつけたりしないよ」
「するつもりだったのかよ……」

 和樹が兄たちのやり取りを聞いていたその時──

「……っ」

 背後から足音が近づいてきた。
 張り詰めた空気を漂わせたのは貴斗だった。

「……誰だよ、その人」

 低く小さな声だった。でも確かに敵意が含まれている。

 和樹が「兄の番だよ」と紹介する先に、慧の方がクスッと笑った。

「ああ、ごめんね。はじめまして、僕は神代慧。瑞樹の番であり、大学で研究しているアルファだよ。貴斗くん、だよね?」

 慧が丁寧に手を差し出す。
 しかし、貴斗はその手を握ろうとはしなかった。

 それどころか少し前に出て、和樹の前に立つ。

「……和樹に変なことしたら許さない」
「おや」

 慧の目が見開き、そして玩具を見つけたように目を細めて笑った。

「許さない、ね。ふふ。ずいぶん可愛いこと言うんだね。アルファがアルファに向かってそんな顔するなんて」

 慧は少し前に屈み、貴斗と目線を合わせた。

「和樹くんのこと、そんなに守りたいの?」
「……」

 貴斗は答えようとしない。真っ直ぐに慧を見つめたまま、和樹の前に立つ。

 慧はその様子の貴斗を見て、うっとりしたように目を細める。

「ふふ。……和樹くん、こんな子に守られているだね。いいなあ、青春だ……」
「慧さん、からかわないでください……!」
「からかってないよ、むしろ感動してる。こんな正面から威嚇されるなんて初めてだよ。しかも、君のフェロモンだいぶ濃いね。ああ、それで……」

 慧の口元が緩んだ。

「……軽く、マーキング済みなんだ?」
「……っ」

 慧の言葉に和樹の心臓が跳ねた。

「ベータの和樹くんにここまで強くマーキングするなんて……貴斗くんは和樹くんのこと大好きなんだね!」
「……和樹は、誰よりも大切な人だから」

 貴斗は和樹の前に立ちはだかったまま、一度も慧から目を離さずに言った。

「……慧」

 瑞樹の冷たい声が響く。

 慧は瑞樹の方を見て「はいはい、やりすぎました……」と肩をすくめた。

「貴斗くん。和樹くんを泣かせたりしたら瑞樹が本気で怒るよ。肝に銘じておいてね。……僕は“兄の番”だから」
「泣かせたりしない 。ずっと笑っててほしいって思ってるから」
「……いい子だね。ほんと、可愛い」

 そして、慧は和樹の方を向いて優しく微笑んだ。

「和樹くん、いい人と出会ったんだね。……きっと幸せになれるよ」

 (この人、多分変態だけど……悪い人じゃないかも)


 その後、慧と会う度に「マーキング濃度、上がってるね!」と言われる日々が始まるとは和樹は知らなかった。
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