【完結】番になれなくても

加賀ユカリ

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第二章

10.ヒート騒ぎ

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 それはとある昼休みのことだった。

 和樹がクラスメイトと廊下を歩いていると、どこからか悲鳴と怒号が聞こえてきた。そして同時に、ベータである和樹にも分かるほどにオメガフェロモン特有の甘い匂いが鼻腔を刺激する。

「これ……ヒートか?」
「ベータにも分かる匂いって……」

 それはただのヒートではなく、意図的に増幅させた危険な匂いだった。

「これ、薬を使ったんじゃ……!」

 この一人の叫び声を筆頭に一気に騒ぎは広がった。状況を把握するよりも早く、周囲のアルファたちがざわつき始める。理性の仮面が剥がれ、本能だけが表に出てくる──いわゆる   “ラット”と呼ばれる状態である。


「オメガは体育館に誘導!アルファは教室に入れろ、教室から外に出すな!」 

 先生たちの怒号が飛び交い、和樹は慌てて周囲のオメガたちの誘導を手伝い始めた。
 恐怖で泣き出してしまった子、必死に学校の外へと逃げ出そうとする子──そんな子たちの背中を優しくさすりながら体育館へと連れて行く。


「……なんでこんなことに」

 後から聞いた話では、暴走したオメガは意中のアルファに番になってもらいたい一心で発情薬を使用したらしい。しかし、分量を誤ったことでフェロモンが漏れ出て、周囲のアルファを暴走させてしまったという話だった。


 和樹がオメガたちを体育館へ連れて行った時、とある名前を耳にした。

「新木くん、あの場にいたんだって!」


 その言葉を聞いた瞬間、和樹の頭は真っ白になった。

「貴斗が……?」

 そう小さく呟くと、衝動のままに体育館から飛び出していた。

(貴斗が危ない)

 ◇

 貴斗の教室の前に着くと、すでに先生たちが扉を押さえていた。

「天橋!?ここは危ない、早く逃げろ!」
「で、でも……貴斗──新木が中に……」
「中はすでにラット状態だ、危険だから離れなさい!」
「俺はベータです。だから大丈夫です!新木が中にいるなら!!」

 そう叫び、和樹は周囲を押し切って扉をこじ開けた。


 教室の中は異様な雰囲気を漂わせていた。
 空気は熱く、重く、粘ついており、気を抜けば今にも押しつぶされそうだった。

 複数人のアルファが互いに威嚇しあっており、まるで敵を睨みつけるような目つきだった。そして、その中心には──貴斗がいた。彼の制服は乱れ、目は血走っていた。

「た、貴斗……!」

 和樹が名前を呼んだ瞬間、貴斗がこちらに視線を向けた。
 その目には理性は宿っておらず、獣のような執着心が潜んでいた。

 そして、こちらに向かって歩み寄ってきたと思えば、和樹の身体は宙に舞っていた。

「え?」

 気づいた時には背中が床に叩きつけられていた。肺の空気が押し出され、喉が苦しく鳴る。

「……た、かと……っ」

 見上げた先の瞳には、自我はなかった。

「おれの……和樹。他の誰にも……わたさない……おれの」
「たか……と……」

 貴斗の腕が和樹を抱きしめる。骨が軋むほどに、強く。
 腕が、爪が、背中にくい込む。

「い、痛い……やめて……」
「おれの……和樹……おれの番、噛む……」

 耳元で低く唸る声。すぐに項に熱い舌の感触が走る。

「やめろ、貴斗……っ!俺はベータだ。そんなこと……意味ないんだよ……!」

 いくら訴えても彼の耳には届かなかった。
 項を舐め、甘噛みし、段々と歯がくい込んでいく。

 フェロモンに当てられて、体が言うこと聞かなくなってくる。段々と視界が霞み始めた。

「おれの……和樹。おれが、番になる……誰にも、渡さない……」
「……っ、苦しい……たかと……」

 項を舐められ、また噛まれる。
 その度に“ベータである”という現実を突きつけられる。

 和樹の中で張り詰めていた糸が切れた。

「……貴斗、ごめん……もう、無理……だ……」

 最後に見たのは、狂ったように周囲のアルファから和樹を守る貴斗の姿だった。

 ──そこで意識は途切れた。
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