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第三章
19.ミズキの花
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「瑞樹くんにぴったりなネックガードがあったらいいね!」
「別に、俺はなんでもいいよ」
とある平日の午後。
大学の講義を終えたふたりは、百貨店のネックガード売り場を訪れていた。
磨き込まれた床とガラスのショーケースに並ぶネックガード。華やかな照明が反射し、宝石店のようにきらびやかな空間が広がっている。
そのきっかけは数日前に遡る。
◇
瑞樹のヒートから数週間。
体調は落ち着きを取り戻しつつあったが、まだどこか不安定な感覚が残っていた。
そんなある日、講義を終えて待ち合わせ場所に行くと、慧が人目も気にせずにスマホに見入っている姿が目に入った。
瑞樹が近づいても、その姿は変わらない。いつもなら真っ先に駆け寄ってくるのに、眉を寄せて画面を凝視したままであった。
「慧……?」
声をかけると、ようやく顔を上げた慧がぱっと表情を輝かせた。
「あ、瑞樹くん!」
その笑顔に、瑞樹の胸がドクンと跳ねた。
「どうしたの? 真剣な顔でスマホ見てたけど」
「あ、これだよ!」
慧が差し出した画面には、ネックガードの商品画像がずらっと並んでいる。
「……ネックガード?」
「そう。今、瑞樹くんが付けてるやつは緊急用でしょ? ちゃんとした物を渡すって言ったからさ。色々調べてたんだけど、迷っちゃってて……」
瑞樹は慧のスマホを覗き込み、目を丸くした。
「ふーん……色々あるんだな。……えっ!?」
「え、どうしたの瑞樹くん」
「こ、これ……ゼロの数、おかしくないか……!?」
画面に表示された価格は、ゼロが五個以上並ぶ桁外れなものだった。とてもじゃないが、学生の手が届くものではない。
「えへへ……質の良い物を追求してたらこうなっちゃった!」
「こうなっちゃった、ってレベルじゃねーだろ!」
「やっぱり瑞樹くんに相応しいものがいいからさ! 僕、バイト頑張るね!」
「……そんなの一生バイト生活だろ」
瑞樹の小さなぼやきに、慧はなぜか照れ笑いを浮かべていた。
ふと、瑞樹はあることを思い出した。
「……あ、そうだ! 例のお金、あるじゃん」
「例の……?」
「ほら、フェロモン値の協力費。月五万のやつ」
瑞樹はスマホで通帳アプリを開き、慧に見せた。
そこには月に一度、五万円が定期的に送金されている履歴があった。瑞樹が慧に協力し始めて半年以上、一切手を付けていなかった送金の履歴が積み重なっていた。
「これ使おうよ」
「えっ、それは瑞樹くんのお金でしょ? 僕がもらっちゃダメだよ」
「他の使い道ないから、今使いたい」
「でも……」と渋る慧に、瑞樹は押し切るように言った。
「いいから。一緒に見に行こう」
こうして、ふたりは百貨店に足を運ぶことになった。
◇
ネックガード売り場は高級感に満ち、眩しいほどの光で溢れていた。
「いいか、慧。学生の俺たちの手の届く範囲だぞ」
「分かってるって~! 瑞樹くんに怒られないものを選ぶからさ!」
慧は真剣な眼差しで一点一点確かめ、店員に熱心に質問をしている。
肌触りや通気性、価格──ひとつひとつ丁寧に確認する慧の横顔を、瑞樹はそっと見つめていた。
「よろしければお掛けになられますか?」
瑞樹は店員に椅子を勧められた。
「え、いや……俺は平気です」
「ふふっ……αの方がパートナーのネックガードを選ぶのは、とても時間がかかるものなんです。遠慮なくどうぞ」
そのやり取りを耳にした慧が振り返り、優しく微笑んだ。
「瑞樹くん、座っててよ。まだまだ時間がかかりそうだし、身体も無理しちゃダメだからさ」
「……うん、分かった」
慧と店員に促され、瑞樹はふわふわの椅子に腰掛けた。座面の柔らかさに身体が沈み、ヒートの影響で疲れやすい身体に心地よい。
気づけば、店員が気遣ってストールを掛け、温かいスープを手渡してくれていた。
「あ、あの……どうしてここまで親切にしてくださるんですか?」
戸惑う瑞樹の問いかけに、店員は柔らかく微笑む。
「お客様のフェロモンがとても穏やかで、素敵な方とご一緒なんだと伝わってきました。特別な方にふさわしいおもてなしを」
「特別……」
その言葉に、瑞樹の頬がカッと熱くなった。
“欠陥Ω”と自嘲してきた自分にそんな言葉が向けられるとは考えもしなかった。
(でも、慧がそばにいるから、こんな風に思ってもらえるのかもしれない……)
遠くから漂う慧の匂いに、瑞樹の心が静かに落ち着いていく。
◇
「瑞樹くん! ちょっと来て!」
慧は瑞樹を呼び寄せ、ショーケースの前で指差した。
そこには、紺を基調とした革のネックガードが輝いていた。正面には、銀の花が控えめに施されている。
「この花って……」
瑞樹は思わず慧の顔を見上げた。
「そう、これはミズキの花だよ」
慧の笑顔に、瑞樹の胸がドクンと跳ねた。自分の名前と同じ花。
ネックガードをじっと見つめたまま、なぜか目が離せなかった。
「どうかな。瑞樹くんにぴったりだと思ったんだけど……」
「これ、俺が付けていいの……?」
「もちろんだよ!」
「これに、する……これがいい……」
慧は満面の笑みを浮かべて店員に告げた。
「お願いします」
◇
支払いを済ませた慧が新品のネックガードを手にし、瑞樹の前に立つ。
「ちょっと動かないでね」
そっと両手で持ち上げ、瑞樹の首元に回し、丁寧に装着していく。革の質感がひんやりと伝わり、次の瞬間には慧の温もりがすぐ近くに感じられた。
「……できた」
慧が一歩下がり、目を細めて瑞樹を見つめる。
「瑞樹くん、とても似合ってる。ミズキの花、瑞樹くんにぴったりだ」
首元に刻まれたその小さな装飾が、ただの飾り以上の意味を持っている気がした。
──慧に選んでもらったものをこうして身に着けている。
ただ、その事実がどうしようもなく嬉しかった。
「別に、俺はなんでもいいよ」
とある平日の午後。
大学の講義を終えたふたりは、百貨店のネックガード売り場を訪れていた。
磨き込まれた床とガラスのショーケースに並ぶネックガード。華やかな照明が反射し、宝石店のようにきらびやかな空間が広がっている。
そのきっかけは数日前に遡る。
◇
瑞樹のヒートから数週間。
体調は落ち着きを取り戻しつつあったが、まだどこか不安定な感覚が残っていた。
そんなある日、講義を終えて待ち合わせ場所に行くと、慧が人目も気にせずにスマホに見入っている姿が目に入った。
瑞樹が近づいても、その姿は変わらない。いつもなら真っ先に駆け寄ってくるのに、眉を寄せて画面を凝視したままであった。
「慧……?」
声をかけると、ようやく顔を上げた慧がぱっと表情を輝かせた。
「あ、瑞樹くん!」
その笑顔に、瑞樹の胸がドクンと跳ねた。
「どうしたの? 真剣な顔でスマホ見てたけど」
「あ、これだよ!」
慧が差し出した画面には、ネックガードの商品画像がずらっと並んでいる。
「……ネックガード?」
「そう。今、瑞樹くんが付けてるやつは緊急用でしょ? ちゃんとした物を渡すって言ったからさ。色々調べてたんだけど、迷っちゃってて……」
瑞樹は慧のスマホを覗き込み、目を丸くした。
「ふーん……色々あるんだな。……えっ!?」
「え、どうしたの瑞樹くん」
「こ、これ……ゼロの数、おかしくないか……!?」
画面に表示された価格は、ゼロが五個以上並ぶ桁外れなものだった。とてもじゃないが、学生の手が届くものではない。
「えへへ……質の良い物を追求してたらこうなっちゃった!」
「こうなっちゃった、ってレベルじゃねーだろ!」
「やっぱり瑞樹くんに相応しいものがいいからさ! 僕、バイト頑張るね!」
「……そんなの一生バイト生活だろ」
瑞樹の小さなぼやきに、慧はなぜか照れ笑いを浮かべていた。
ふと、瑞樹はあることを思い出した。
「……あ、そうだ! 例のお金、あるじゃん」
「例の……?」
「ほら、フェロモン値の協力費。月五万のやつ」
瑞樹はスマホで通帳アプリを開き、慧に見せた。
そこには月に一度、五万円が定期的に送金されている履歴があった。瑞樹が慧に協力し始めて半年以上、一切手を付けていなかった送金の履歴が積み重なっていた。
「これ使おうよ」
「えっ、それは瑞樹くんのお金でしょ? 僕がもらっちゃダメだよ」
「他の使い道ないから、今使いたい」
「でも……」と渋る慧に、瑞樹は押し切るように言った。
「いいから。一緒に見に行こう」
こうして、ふたりは百貨店に足を運ぶことになった。
◇
ネックガード売り場は高級感に満ち、眩しいほどの光で溢れていた。
「いいか、慧。学生の俺たちの手の届く範囲だぞ」
「分かってるって~! 瑞樹くんに怒られないものを選ぶからさ!」
慧は真剣な眼差しで一点一点確かめ、店員に熱心に質問をしている。
肌触りや通気性、価格──ひとつひとつ丁寧に確認する慧の横顔を、瑞樹はそっと見つめていた。
「よろしければお掛けになられますか?」
瑞樹は店員に椅子を勧められた。
「え、いや……俺は平気です」
「ふふっ……αの方がパートナーのネックガードを選ぶのは、とても時間がかかるものなんです。遠慮なくどうぞ」
そのやり取りを耳にした慧が振り返り、優しく微笑んだ。
「瑞樹くん、座っててよ。まだまだ時間がかかりそうだし、身体も無理しちゃダメだからさ」
「……うん、分かった」
慧と店員に促され、瑞樹はふわふわの椅子に腰掛けた。座面の柔らかさに身体が沈み、ヒートの影響で疲れやすい身体に心地よい。
気づけば、店員が気遣ってストールを掛け、温かいスープを手渡してくれていた。
「あ、あの……どうしてここまで親切にしてくださるんですか?」
戸惑う瑞樹の問いかけに、店員は柔らかく微笑む。
「お客様のフェロモンがとても穏やかで、素敵な方とご一緒なんだと伝わってきました。特別な方にふさわしいおもてなしを」
「特別……」
その言葉に、瑞樹の頬がカッと熱くなった。
“欠陥Ω”と自嘲してきた自分にそんな言葉が向けられるとは考えもしなかった。
(でも、慧がそばにいるから、こんな風に思ってもらえるのかもしれない……)
遠くから漂う慧の匂いに、瑞樹の心が静かに落ち着いていく。
◇
「瑞樹くん! ちょっと来て!」
慧は瑞樹を呼び寄せ、ショーケースの前で指差した。
そこには、紺を基調とした革のネックガードが輝いていた。正面には、銀の花が控えめに施されている。
「この花って……」
瑞樹は思わず慧の顔を見上げた。
「そう、これはミズキの花だよ」
慧の笑顔に、瑞樹の胸がドクンと跳ねた。自分の名前と同じ花。
ネックガードをじっと見つめたまま、なぜか目が離せなかった。
「どうかな。瑞樹くんにぴったりだと思ったんだけど……」
「これ、俺が付けていいの……?」
「もちろんだよ!」
「これに、する……これがいい……」
慧は満面の笑みを浮かべて店員に告げた。
「お願いします」
◇
支払いを済ませた慧が新品のネックガードを手にし、瑞樹の前に立つ。
「ちょっと動かないでね」
そっと両手で持ち上げ、瑞樹の首元に回し、丁寧に装着していく。革の質感がひんやりと伝わり、次の瞬間には慧の温もりがすぐ近くに感じられた。
「……できた」
慧が一歩下がり、目を細めて瑞樹を見つめる。
「瑞樹くん、とても似合ってる。ミズキの花、瑞樹くんにぴったりだ」
首元に刻まれたその小さな装飾が、ただの飾り以上の意味を持っている気がした。
──慧に選んでもらったものをこうして身に着けている。
ただ、その事実がどうしようもなく嬉しかった。
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