【完結】変態αのフェロモン観測記録

加賀ユカリ

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第三章

18.恋人になった秋に、君と歩く

 秋の風が少し冷たくなったある日、瑞樹は慧と正式に“恋人”になった。  

(恋人、か……。なんか、あんまり慣れないな)

 大学の授業が終わった後、慧がいつもの調子で瑞樹に絡んできた。

「瑞樹くん! 恋人になった記念に、恋人らしいことしようよ!」  

 その明るい声に、瑞樹の心臓がドクンと跳ねた。

「……は? 恋人らしいって、なんだよそれ」  

 瑞樹はそっぽを向いたが、胸の奥がドクドクと騒がしい。  
 慧はニヤリと笑い、瑞樹の肩に腕を回してきた。その距離に、瑞樹の頬がカッと熱くなる。  

「ほら、デートとか! 紅葉見ながら散歩とか! 恋人っぽいでしょ?」 
「別に、普通に過ごせばいいじゃん……。わざわざそんな気合入れなくても」  

 ぶっきらぼうに返すが、慧の「恋人っぽい」という言葉に、なぜか顔がさらに熱くなった。

 慧は瑞樹の反応を楽しみながら、グイグイと話を進める。

「じゃあ、決まり! 大学の近くに、めっちゃ雰囲気のいいカフェあるんだ。行こう!」  
「……まぁ、行ってもいいけど」  

 そう言いつつ、瑞樹は慧の後ろをついて歩き出した。  
 秋のキャンパスは紅葉で色づき、ひんやりした風が頬を撫でる。  

 ◇

 大学の近くにあるカフェは、木の温もりとコーヒーの香りが漂う、落ち着いた空間だった。  
 窓際の席に座ると、ガラス越しに紅葉した街路樹が揺れているのが見える。

 慧が「恋人っぽく隣に座ろっか!」とニヤニヤしながら言うと、瑞樹は思わずムッとした。  

「なんで隣なんだよ! 向かい側でいいだろ!」  
「えー、でも恋人なら隣でイチャイチャするもんでしょ?」  
「イチャイチャって言うな! バカ!」  

 顔がカッと熱くなり、瑞樹は慌ててメニューで顔を隠した。  
 でも、慧がちゃっかり隣に座ってくると、肩が触れる距離に心臓がドキッとする。

(近っ……! なんでこんな近くにいるんだよ!)  

 慧の匂いがふわりと鼻腔をくすぐり、瑞樹の胸の奥がじんわり温まる。  
 他のαのフェロモンは全然感じないのに、慧の匂いだけはいつもハッキリ分かる。その安心感が、瑞樹を余計に意識させやがる。

(この匂い……ほんと、慧のしか分からないんだよな)


 病院での医師の言葉が頭をよぎる。

『お連れさんのフェロモンにのみ強く反応しています』

 あの診断が、瑞樹の心に安心と不安を同時に植え付けていた。

(慧しか感じないって、ほんと運命みたいだな……でも、俺みたいな“欠陥Ω”でいいのか?)


「瑞樹くん、コーヒー飲む? それとも甘いものにする?」

 慧がメニューを覗き込みながら、ニヤッと笑う。

「ブラックでいい!」  

 強がってそう言ったのに、なぜかついカフェラテを頼んでしまった。  
 慧に「ほら、やっぱり甘いの好きじゃん!」とからかわれ、瑞樹は思わずテーブルを叩きそうになる。  

「うるさい! お前だって甘いの好きじゃん!」  
「うん、瑞樹くんの甘いフェロモン大好きだからね~」
「バカ! やめろって!」  

 カフェに響く慧の変態発言に、瑞樹は周囲の視線を気にして顔を真っ赤にした。

(こいつ、なんでこんな大声で変なこと言うんだよ!)

 でも、慧がケラケラ笑いながらそっと手を握ってくると、瑞樹の心臓がドクンと跳ねる。  

「瑞樹くん、すっごく可愛いね。恋人になってくれて、ほんと嬉しい」  

 そのまっすぐな言葉に、瑞樹の胸が熱くなった。

「……うるさい……っ」

 小さく呟くが、手は慧の手を離せなかった。

 瑞樹はコーヒーカップを握りしめ、慧の笑顔をチラッと盗み見た。  
 夕陽が窓から差し込み、慧の瞳を柔らかく照らす。  
 その優しい光に、瑞樹の心が少しだけ緩んだ。  

 ◇

 カフェを出た後、慧が「紅葉見ながら散歩しよう!」と提案してきた。  
 大学の裏にある公園は、秋の色に染まった木々が美しく、恋人らしい雰囲気でいっぱいだった。

(恋人らしい、か……。ほんと、慣れねぇな)  

「ねぇ、瑞樹くん。恋人っぽく手、繋ごうよ」  

 慧がニヤニヤしながら手を差し出してくる。
 瑞樹は一瞬ムッとしながらも、内心でドキドキが止まらない。  

「別に……繋ぐ必要ねぇだろ」 
「えー、でも恋人なら手繋ぐでしょ! ほら、ほら!」  

 慧の手が瑞樹の手を捕まえ、強引に指を絡ませてきた。  
 その温もりに、瑞樹の心臓がまたうるさくなる。

(なんだよ、このあったかい感じ……。なんか、恥ずかし……)

 紅葉の落ち葉がカサカサと足元で音を立て、秋の風が頬を撫でる。  

「瑞樹くん、なんか顔赤いよ。大丈夫?」  

 慧がニヤニヤしながら覗き込んでくる。

「赤くない! 風が冷たいだけ!」  

 強がりながら、瑞樹は慧の手をぎゅっと握り返した。  
 慧の笑顔が、いつもよりちょっと優しく見えた。

 ◇

 公園のベンチで一休みしていると、通りかかった見知らぬαの学生がチラッと瑞樹を見てきた。

「へえ、Ωか。いい匂いだな」  

 その軽い口調に、瑞樹の身体が一瞬強張った。

(やべ……フェロモン、漏れてるのか?)

 ヒート前の今、フェロモン値は安定しているはずなのに、恋人になったばかりのドキドキが影響しているのかもしれない。  
 瑞樹がどう反応していいか分からないでいると、慧がサッと前に出て、瑞樹を背中に隠すように立った。  

「悪いけど、僕のΩに気安く話しかけないでくれる?」  

 慧の声は穏やかだが、どこか鋭い。  
 その瞬間、慧のフェロモンがふわりと広がり、相手のαが一瞬たじろいだ。瑞樹が羽織っている慧のパーカーからも、ほのかに慧の匂いが漂っている。  

「ちっ、なんだよ……番じゃないくせに紛らわしいんだよ」

 学生はぶつぶつ言いながら去っていった。  
 慧が振り返り、瑞樹の肩をそっと抱いた。

「大丈夫だった? びっくりしたよね」  
「……別に、びっくりしてない」

 強がるが、慧の腕の温もりにホッとしている自分がいた。

(また……慧に守られた、か)  

 以前、食堂で絡まれたときも、慧のフェロモンとパーカーに守られた。そして今も、慧の匂いが瑞樹を包み、安心させてくれる。  


 慧が瑞樹の手を握り直し、柔らかく微笑んだ。

「瑞樹くん、僕の匂いでちゃんと守るからね」

 その言葉に、瑞樹の胸がじんわり熱くなった。

「うん……」

 瑞樹は慧の手をぎゅっと握り返した。

 ◇

 夕陽が紅葉をオレンジ色に染め、公園に柔らかい光が広がっていた。  
 ベンチに座ったまま、瑞樹はふと呟いた。

「恋人って……こういうの、嫌いじゃない、かも」  

 慧の目が一瞬丸くなり、すぐにキラキラと輝き出した。

「瑞樹くん! それ、すごく嬉しいんだけど!」
「う、うるさい! 別に大したこと言ってないだろ!」

 慌てて言い返すが、慧がニヤニヤしながら瑞樹をぎゅっと抱きしめてきた。

「やめろ! バカ! 人目あるんだから!」  
「えー、恋人なんだからいいじゃん! 瑞樹くんの可愛いとこ、もっと見たいし!」
「……っ!」 

 叫びながらも、瑞樹は慧の胸に顔を埋めてしまった。慧の匂いが鼻腔をくすぐり、胸の奥がじんわり温まる。  
 フェロモン計測器が小さく光り、新たな数値を刻んだ。  

 フェロモン値:88.7(幸福感大幅増加)

 慧がその画面を覗き込み、ニヤリと笑う。

「ほら、瑞樹くんのフェロモンも『恋人最高!』って言ってるよ!」  
「うるさい! 見るなって!」  

 瑞樹は慌てて計測器を隠したが、慧の笑顔に釣られて、つい小さく笑ってしまった。  


 夕暮れの公園で、慧の腕に抱かれながら、瑞樹は“恋人”という言葉が少しずつ馴染んできたのを感じた。  
 この先、どんなヒートが来ても、慧がそばにいてくれるなら、きっと大丈夫だ。
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