【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)

文字の大きさ
2 / 18

chapter.1 / 希望が揺らぐ目覚めの異変

しおりを挟む
 ―時は少し遡る。

 いつものように目覚めを知らせる声で覚醒したアンテリーゼ・フォン・マトヴァイユは、大きなあくびをして背伸びをして三拍後、夢の内容を思い出し、目をひん剥いて後頭部に慌てて手を添えた。

「死んで、ない!?」
「お嬢様、大声ははしたないですよ。なんですか、まだ夢心地でいらっしゃいますか?」

 山木色の薄手のカーテンに留め具をかけながら、侍女のユイゼルゼが呆れた声を出した。

 はた、と視線を向ければ彼女は苦笑しながら寝台の机の横に置いてある水差しを持ち上げ、真新しいグラスに水を注ぎこんで、トレイの上に置いてアンテリーゼに笑って促す。

「さあさあ、今日は大忙しですから時間があまりありませんよ」

 ユイゼルゼは言い終わるや否や、洗顔の用意をするために部屋を退出していってしまった。

「わたし、生きてる?」

 視線を彷徨わせれば、馴染みのある寝台の上にいて、部屋のどの調度品も自分が使っていたものだと記憶にある。

 視線を落とせば大波が寄った寝具の中に、ぴょこぴょこと動いている自分の足がある。

 アンテリーゼは確かめるように両足を開閉させてみた。今度は動きに合わせて自分を包んでいる柔らかい布が形を変え、新しい波を形作る。

「…夢にしては、妙に現実感があったわ」

 今度は両指を握りこんでみると、右手にごく鈍い痛みが走る。ゆっくりと開いてみると、指輪を握りこんでいたようだった。

 指輪はアンテリーゼの母方の一族に代々受け継がれてきた歴史深いもので、300年前のデザインではあるが古さは感じさせない洗練された雰囲気を持つ指輪だった。

 右手の薬指に指輪を嵌めて、星の意匠の中で白銀色に輝く小さな宝石を見つめた。ちらちらと星のような煌めきを反射する小さいながらも美しい宝石で、特別な日に着ける指輪だと祖母から母へ、母から娘であるアンテリーゼに婚約が決まった日の夜譲られたものだった。

 なんという石なのかはアンテリーゼの母も知らないらしいが、ダイヤモンドとはまた違う、格別の輝きを持つ不思議な雰囲気の宝石だった。見ていると、時を忘れて吸い込まれてしまいそうになる。

 その時、何か微かに、宝石の奥で光が明滅した気がした。

「あっ」

 突然、頭の裏側を針で何度も刺すような鋭い痛みが走り、心臓が何度もナイフで刺されたような激痛が走る。

「ぐっ」

 窒息するような息も付けない痛みが足先から全身を駆け巡ると同時に、視界が一度閉ざされ、星の瞬きのような情景が一気に意識の中に流れ込んで走り去っていく。

 痛みが次第に痺れに似た感覚に移り変わっていくと、アンテリーゼは何が起きたのかを唐突に理解した。

「っ」

 アンテリーゼは這いずるように寝台から転がり落ちた。
 同時に部屋への扉が開き、ユイゼルゼがお湯の入った陶器製の手桶を片手に入室するのが見える。

「さあアンテリーゼお嬢様。今日はご婚約者のマルセル様と婚約式で使う指輪を受け取りに行かれるのでしたよね。手早くご準備をされませんと、時間に―お嬢様!!」

 ユイゼルゼは手桶を危うく落としそうになるのを寸でのところで回避し、手近な机の上に置くとアンテリーゼに駆け寄ってきた。

 床に倒れ伏しているアンテリーゼの体を慌てて抱え起こすと、顔に張り付いた亜麻色の髪の毛を左右に分ける。真っ青な顔色をした少女が弱々しく息をしながら視線を天井に彷徨わせているのを認め、緊急事態であることを認識し悲鳴を上げた。

「お嬢様!!誰か!誰か来てください!!お嬢様が!!」

 大声を張り上げるユイゼルゼの白いエプロンに震える指をかけながら、アンテリーゼは喉の奥から声を絞り出す。

「ユイゼルゼ、今日は」

「もちろんでございます!本日はどうか、お部屋でお休みになさってくださいませ。伯爵家へはすぐに連絡を」

「そうじゃない。そうじゃないのよ、ユイゼルゼ。今日は、何日なの?いつなの?」

「は?」

 少しずつ息を整えながら、アンテリーゼは不安に揺れるユイゼルゼの瞳をまっすぐ見上げた。いったい何を言われたのか彼女はいまいち理解できていないのか、戸惑ったような表情のまましばし固まっている。

 アンテリーゼは肩で一つ大きく呼吸をすると、ゆっくりとユイゼルゼの体から離れ、彼女の手を借りながら立ち上がると、寝台に腰を下ろして今度は真っすぐに冷静に彼女に向き合って一つのことを問うためにはっきりと言葉を口にする。

「ユイゼルゼ、今日は何日なの?今日は、婚約式の前なの?」

 顔面が蒼白なのは相変わらずだが、先ほどよりもしっかりした声に安心しつつ、ユイゼルゼは少し冷静さを取り戻しながらその質問の意図を考えてみる。

 今日は何日なのか。
 婚約式の前なのか。

 そう主は問うた。もしかしたら、少し寝坊が過ぎてしまったせいで、お嬢様は今日が婚約式当日だと寝ぼけて勘違いをなさっているのかもしれない。

「ユイゼルゼ!お嬢様がどうなさったの!?」

 扉の方から別の使用人が騒ぎを聞きつけて慌てて駆け込んできたようだ。

 ユイゼルゼは一瞬のためらいを見せたが、アンテリーゼの冷静さを観察すると安堵したように小さく息をついて、背後を振り返った。

「エリーゼごめんなさい。お嬢様の洗顔用のお湯が熱すぎたみたい。お水を持ってきてくれない?」

「お湯?ああ、今日はカンカンに沸かしてしまったから。すぐ持ってくるわ」

 声と共に人の気配が過ぎ去っていく。

 ユイゼルゼはエプロンの皺を正しながら、アンテリーゼを安心させるようににこりと笑って答えた。

「お嬢様。今日は白の月の6日でございますよ。婚約式は丁度1週間後ですので、本日は午前中にご婚約者のマルセル様と一緒に、半年前ご依頼なさった婚約指輪を受け取りに行かれるご予定ですよ。昨日は久々にロックフェルト家のエヴァンゼリン様とお茶会をなさったので、お疲れだったのでしょう。少しお約束のお時間が迫っておりますので、朝食の時間が短くなってしまいますが、髪の毛を丁寧に編み上げる時間は十分に残っておりますよ」

「婚約式の、一週間前、なのね」

「さようでございますよ」

 朗らかに笑いながら、ユイゼルゼはアンテリーゼの身支度のために、入室時に落とさなくて済んだ手桶に向かって歩き出した。

 その背中を見つめながらアンテリーゼは両手で顔を覆う。
 なんてことだ。

「さあ、お嬢様。今日はとびっきりおしゃれをして、マルセル様に喜んでいただきましょうね」

 ユイゼルゼの声が遠くなる。

 アンテリーゼは改めて認識した。

 今日が間違いなく婚約式の一週間前で、一週間後の婚約式の当日、自分が七通りの方法で確かに死んだことを思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

わたくしが悪役令嬢だった理由

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、マリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢。悪役令嬢に転生しました。 どうやら前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したようだけど、知識を使っても死亡フラグは折れたり、折れなかったり……。 だから令嬢として真面目に真摯に生きていきますわ。 シリアスです。コメディーではありません。

悪役令嬢として断罪された聖女様は復讐する

青の雀
恋愛
公爵令嬢のマリアベルーナは、厳しい母の躾により、完ぺきな淑女として生まれ育つ。 両親は政略結婚で、父は母以外の女性を囲っていた。 母の死後1年も経たないうちに、その愛人を公爵家に入れ、同い年のリリアーヌが異母妹となった。 リリアーヌは、自分こそが公爵家の一人娘だと言わんばかりにわが物顔で振る舞いマリアベルーナに迷惑をかける。 マリアベルーナには、5歳の頃より婚約者がいて、第1王子のレオンハルト殿下も、次第にリリアーヌに魅了されてしまい、ついには婚約破棄されてしまう。 すべてを失ったマリアベルーナは悲しみのあまり、修道院へ自ら行く。 修道院で聖女様に覚醒して…… 大慌てになるレオンハルトと公爵家の人々は、なんとかマリアベルーナに戻ってきてもらおうとあの手この手を画策するが マリアベルーナを巡って、各国で戦争が起こるかもしれない 完ぺきな淑女の上に、完ぺきなボディライン、完ぺきなお妃教育を持った聖女様は、自由に羽ばたいていく 今回も短編です 誰と結ばれるかは、ご想像にお任せします♡

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?

ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。

処理中です...