【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)

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chapter.5-3 / 真珠とルビーとペンライ

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「あなたの婚約者を勝手に調べるような真似をしてごめんなさい」

 沈痛さが強く浮かんでいる翡翠の瞳に、アンテリーゼは軽く首をふるって応え、それから、ほんの一瞬だけ迷ったが、自分には時間が残されていないことを改めて認識し、強く頷く。

「見せてください」

 エヴァンゼリンはデルフィーネとアンテリーゼが見えるよう、彼女たちのちょうど真ん中に用紙を滑らせた。それから彼女らしからぬ重く沈んだ声音で続ける。やや、うんざりしたような、疲れた声音であることもアンテリーゼを不安にさせる。

「そちらは王太子殿下のご指示で独自に調べた、内務省に割り振られた宮廷管理費の昨年の出納の監査資料です。そして、こちらが、メルツァー伯爵家の領地の収入における国府への税の納入証明書と」

 一枚、二枚と資料を追加しながら、エヴァンゼリンは一冊の赤茶色の装丁が簡易的に施された、糸止めの冊子を開いて見せた。

「宝物庫の入室記録の一覧、及び現時点で所在不明になっている宝物品の一部のリストがこちらに」

「宝物庫ですって?」

 大体の内容は理解したとデルフィーネは行儀悪く椅子に深くもたれかかり、侍女が慌てて差し出した金の炎のような細工が柄に施された黒い扇を開いてパタパタと自分を仰ぎ始めた。

 アンテリーゼは息を呑みながら、手元の資料を見下ろした。

 どれもが国家秘密の非常に重要かつ特秘されるべき内容の資料ばかりで、なぜそれをエヴァンゼリンが持っているのかはさておいて、事実であるのなら由々しきことだ。

 宮廷管理費の中には宮廷の建造物や美術品、日々の警護に関わる人件費や離宮、庭園の管理運営にかかわる費用などがあり、それらは細かく細分化され管轄管理する部門に割り振られる。メルツァー伯爵家は代々、宮廷の宝飾品や美術品を管理保存する役割を担っている貴族で、領地の運営の他に当主は代々内務省所属の役人としてその仕事に当たっている。次期十八代目であるマルセルも見習いとして勉強中の身であり、正式な婚約が打診されてからその職務に一層励んでいる様子で、婚約後はますます会える時間が少なくなっていた。

 それも結婚後は少しは一緒にいられる時間が増えるのかもしれない、と期待を寄せていた時期もあったのだが。

 資料を一つ一つ見ていくと、メルツァー伯爵家の資産の目録と概算、そして去年分の税や領地の公共事業などで使った金額が示されていた。特に昨年は領地に本邸に修復作業が入り、道や橋を整備するために資金がかかったことが明示されている。そのため、公共事業のためいくつかの税が免除されていたり減額されている旨が記されていた。

「道や、橋?本邸の?」

 昨年の冬の終わり、メルツァー伯爵夫人に招かれて領地に訪れた際、そうした話は出ていなかったはずだし、本邸も相変わらず以前のままであった気がする。それに、荒れ野ではないにしろ相変わらず道は凸凹としていたし、一昨年の大嵐で屋が崩れて土砂が広がったままの場所もいくつも放置されている。橋も新しいものが架け代わったり修繕されたものはアンテリーゼが記憶を呼び起こしたところ、どこにもなかった気がする。

 それに。

「行方が分からなくなっている宝飾品があるなんて」

 長い歴史の中で大小さまざま収集され、保管管理されてきた王家の宝物にはそれぞれに番号や名称が振られ、宝物庫の管理者によって厳重に管理されているのが習わしだ。宝物庫の出入りには二人以上の入室が義務付けられているのが通例で、安置されている宝飾品や絵画などの美術品の中には、魔術や呪いがかけられているものも存在する。

 修繕や目録の作成、儀式や儀礼などで必要な差異での持ち出しの際は事前に申請書が必要でかなり厳しい管理体制のはずである。その目をかいくぐって宝物品がなくなるなどあり得ない話だ。それなのに、エヴァンゼリンが見せてくれた資料には十五もの宝飾品が紛失したことが確認された旨が記され、一覧が走り書きされていた。

 アンテリーゼが考え込んでいると、追い打ちをかけるようにフィオナが一つの指輪を机の上に転がした。

「台座だけ本物。宝石は魔石ではなくて、宝石で間違えがないと思う。リエリーナ嬢はどう評価しますか?」

「私もフィオナ様と同感です」

 ルーペで耳飾りの宝石を観察していたリエリーナが顔を上げ、難しい顔で頷いた。

「それに、こちらの真珠ですが精巧に作られた模造品で間違いないと思います」

「え?」

 リエリーナが指さしたのは真珠の首飾りだった。小粒だが乳白色に銀が走るような温かみのある色合いが上品で、小粒だが気に入ってよく身に着けていた代物だ。

 リエリーナは首を横に振って続けた。

「高い技術の職人が長い年月をかけて技術の開発に成功したものですので、本真珠と遜色がないように作られたものですから、素人目での判別は難しいと思います。この真珠は強度のある薄いガラスの表面に何層にも真珠の粉を砕いて作った染料を重ねて塗布することで作ることができます。見分け方はこの真珠を金属線などで通すため開けられた穴の内側です。ルーペで見ると内側にガラスの光沢や小さな気泡が見られることがあります。本物の真珠にはないもので、他にも判別の方法はありますが、模造品と見分けをするために宝石商はまず必ず真珠の穴を確認するんです。この光沢と本物に近い質感や重さを出すのはとても大変な作業でして、ほぼ外側だけではパッと見判別ができないからこその手法なんです。それに、貴族階級以上の方は真珠は真珠としか存在を知らないと思いますので、模造品が存在しているということもご存じないのが当たり前なのです。模造品といいますが、平民の間では一般的な素材でよく流通しています。平民は貴族の装飾品はとても手が出ませんので、安価でそれに似せた技術や素材の開発に力を注いでいたりするんです」

 とても気に入っていたのに、首飾りには悪いがとても色あせて見えてきた。

「ただ、留め金の細工はとても見事で、この留め具がもしもう少し品が劣るものだとしたら、私も悩んでいたかもしれません」

「留め金?」

 エヴァンゼリンが眉を潜ませると、リエリーナはよく見えるように留め具の部分をテーブルの中心に置いた。

「こちらの赤い石、小さなルビーがはめ込まれている留め具には複雑な紋様が施されていて、銀でも白銀でも金でもないのに、とても見事なそれなりの価値がするような首飾りに見えるように工夫されています。ルビーは本物で、小粒ですがかなり品質が良いものです。こちらの金属線も意外と手が込んでいて銀と間違えてしまうのも頷けます。私も着色が剝がれている部分が腐食していなければわかりませんでした」

「え??銀ではなくて、何だというのリエリーナ」

「えーと。合金というか、メッキというか。ロジウムでもステンレスでもなくてメッキというか」

「メッキ?金メッキとか銀メッキとかの?へぇ、なるほどねぇ」

 それは大したものだわ、と呆れたように扇を閉じてデルフィーネは深く頷いたが、アンテリーゼたちは目を白黒させるしかない。

 メッキという物が何かわからないし、ロジウムやステンレスというのがどのような素材の金属であるのかもわからない。聞き覚えのないはじめての単語だが、なにやら専門家のリエリーゼの言葉を聞いて瞬時に理解した様子のデルフィーネは本当に素晴らしい頭脳かつ博識な人物であると、アンテリーゼは改めて傾倒した。

「お二方、わたくしたちにもどうぞわかりやすく説明してくださいな」

 エヴァンゼリンが圧を感じさせる笑顔で詰め寄ると、デルフィーネはしまった、と視線を泳がせて助け舟を求めてリエリーナに瞬きをした。

 リエリーナは若干上ずった声で説明の補足をしてくれた。

「えーと、メッキというのはですね。新しい庶民の技術の一つで、えーっと色々な金属を鋳溶かして線状に引き伸ばしたものに、先ほどの模造品の真珠のように特殊な金や銀色の染料をかけて染め上げることによって完成する新しい素材のことです」

「あら?どうして金や銀に染め変えるのかしら?そのままでは使えないの?」

 エヴァンゼリンの説明に、リエリーナはうーんと少し悩み続ける。

「そのまま使ってももちろん良いのですが、手入れが大変で、線状になった金属の線を長い間放置すると、銀のように腐食をして真っ黒になったり、赤茶けて錆が出たりすることがあるんです。それを防ぐため、特殊な染料をかけるんですが、これも先ほどの真珠と同様に、本物の金や銀を庶民は安易に手を出せるような経済状態にないので、少しでもそれに似せた素材で宝飾品を楽しみたい、という意図があって作られた技術…そう、技術なんです」

「そういえばお嬢様、こちらの首飾り。リエリーナ様がおっしゃるように留め具の銀の細工が見事だと感じておりましたが、他の銀食器に比べると他の銀器に見られるような曇りや腐食もあまり見られませんで、特別な銀の真珠の首飾りだと思っておりました」

 こっそりとユイゼルゼが耳打ちしてくれるのを聞いて、アンテリーゼは真珠の首飾りに視線を注いだ。

「ルビーだけは本物なのですか?」

 気になるのは、真珠や留め具の細工以外の唯一の本物がルビーだけだということだ。どうしてリエリーナは小さな赤い石だけが本物だと断定できるのだろうか。

「えーとですね。ルビーの真贋を確かめる方法はいくつかあるのですが、こちらに私がとある技術者と特別に開発したペンライ…」

「ペンライ?」

「えーっと、光る羽ペン!そう、光る羽ペンであるペンライの光を当てるとですね、真贋がわかるようになっているのです!」

 リエリーナがアンテリーゼに差し出したのは羽根のついていない黒い小枝のような道具なのだが、彼女がペンだというのならそうなのだろう。よく見ると小枝の先端にガラス玉のようなものがある。

「わあああああ!えーと、アンテリーゼ様!そのガラス玉を直接見ちゃだめですっ、失明しちゃいますので!」

「失明!!」

 アンテリーゼは慌ててリエリーゼにペンライを返すと、両手をかばうように引き寄せてさする。

「えっと、こちらはですね、試作段階なのですが、微量の魔力を流すと」

 言いながらリエリーゼがペンライを右手で持つと、先端の半球状の小さなガラス玉が青色の不思議な光を帯びた。

「きれいね」

「直視するのでは無ければ、あまり長時間長い間見なければ大丈夫なのですが、こちらの光は通常の電灯の明かりや魔力の灯りとは少し違っていて、特殊な状況下で特定の光を発生させる魔石を先端に設置しているんです」

 ガラス玉だと思ったものが、まさか魔石だったとは。

 思わず注視しているとこれまで黙って、他の宝飾品を観察していたフィオナが片手をあげる。

「なにそれ欲しい。分解して研究したいから十個ほど送ってください。お金は払います」

「フィオナ様。あとで我が家の愚兄に送らせますわ」

「ああ、エヴァンゼリンの兄上が開発に関わっていたんですね。ちょっと会わない間にこんな面白いものを開発するなんて、さすがは師匠。度々お世話になっております」

 フィオナが会話を分断するのはどうやら通例のことのようで、デルフィーネは続けて頂戴、と催促した。

「アンテリーゼ様。こちらのペンラ…イをですね、ルビーだと思わしき宝石に当てると」

 青い光がルビーの直上にかかると、内側からより鮮明で濃いピンクの赤色に変じた。

「蛍光という特徴のある鉱物は、こうしてペンラ…イの光を当てると、赤が強くなったり緑が青になったりするんです。今は周りが明るいので少しわかりにくいのですが、暗いところでこうして手を覆った状態で使うと、ほら、より赤が際立って浮かび上がる様に見えます。これを蛍光といって、ルビーやサファイア、一部の蛍石、その他には一部の産地の琥珀などに見られる現象なのです」

「なるほど。これはわかりやすいですわ。こうしてルビーだけが本物であると見抜いたんですね」

「はい。ですから、この首飾りの異質さがより際立って奇妙に思えてならないんです。どうしてこんな手を込んだ、言うなれば、偽物を作って本物を混ぜたのか」

 思惑がわからなくてかえって混乱します、と尻すぼみになりながらリエリーナは言葉を切った。

 マルセルがこの首飾りをアンテリーゼに贈った時のことを思い返してみるのだが、奇妙な点は何一つなかったはずだし、そもそもこの首飾りをいつ頃どういう理由でもらったのかもいまいちぼんやりしている。

 自分の中で答えが見つからないまま首を傾げていると、デルフィーネの白い指が机の上の転がされた状態の指輪に伸びた。

「フィオナ。この指輪の説明がまだだわ」

 問いただすようにテーブル向こうのフィオナに声をかけると、白銀の君は待ってましたとばかりににやりと口の端を上げた。

「エヴァンゼリン様。もう一度宝物庫から紛失した宝飾品の一覧をご覧ください。それから、その中から指輪はいくつありますか?」

 フィオナは転がした翡翠の指輪の横に、小さな青石がセッティングされた極シンプルな指輪を置いて、ニヤと不気味な笑みをこぼした。
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