31 / 39
31 ひとり温泉旅行
しおりを挟む
私が爆発してしまった日の夜、会計を教えるためにやってきたマリウスさんは「失礼ですが」と前置きして、「どうしたんですか、その顔」と聞いた。
レオくんがボウルを支え、テオくんに手伝ってもらいながらクリスタちゃんが小麦粉を注ぐ。そんな風に夕ご飯づくりを手伝ってくれる子どもたちの健気さが心に沁み、朝の自分の情けなさを思い出し、泣きすぎてまだ目が腫れていたのだ。
「あ、ちょっとこう…私の不甲斐なさからいろいろございまして」
マリウスさんは静かに話を聞いてくれたあとに、「サティさんが不甲斐ないとは思いません」と言ってくれた。
「そうでしょうか」
「ええ。サティさんは逃げなかったじゃないですか。自分の至らなさを認めてしっかり子どもたちに謝ったんですから、不甲斐ないとは思いません。サティさんは失敗しても諦めずにやり直す、強い人です」
私は「そうかもしれない」と自分に言い聞かせるように頷く。頷くたびにマリウスさんの言葉が身体に沁み込んでいくようだ。
誰かに、そう言ってほしかった。
「だけどサティさんには、休暇が必要かもしれませんね」
「休暇?」
「ええ。子どもたちから離れてリフレッシュすることも大切なんじゃないでしょうか。最近は勉強も頑張っておられることだし、たまには休まないと心に余裕が出ませんよ。旅行にでも行ってみてはどうですか?」
旅行。考えたこともなかった。
「ここから一泊くらいで行ける旅行先だと、ブラオバーデン温泉なんかがいいかと」
「温泉っ…!?」
「ええ、お湯が青いんですよ」
温泉大好き。正直行きたい。
だけど子どもたちを置いていくのはなあ。おじいちゃんは畑仕事はピカイチで頼れるけど、家事はほとんどできないし。一時保育だってあるし。
「一時保育が気になるなら、農閑期の終わりくらいで予定したらいいでしょう。それに、子どもたちはうちでお預かりできますよ」
「えっ…でもマリウスさんにそんなご迷惑をおかけするわけには。ただでさえよくしていだいているのに」
「迷惑じゃありません。俺がやりたいんです」
マリウスさんのあったかい笑顔に、私はつい頷いてしまい、突然のひとり温泉旅行が決定した。代理店みたいにマリウスさんが宿泊から馬車から全部手配してくれて自分で何もしないまま準備は整い、冬の終わり、気づいたら私はブラオバーデン温泉にいた。
そして今。
暇である。
温泉に入って「ほんとに青ーい」とか言って、マリウスさんがサプライズで予約してくれていたエステでリラックスして、美味しいご飯を食べて、ぶらぶら散策したら…もうやることがない。
いや、温泉ってそうだよね。そうなんだけどさ。
一番楽しいのは、お土産屋さんでみんなへのお土産を選んでいる時間。温泉とは全く関係ない「誕生月別・伝説の名剣キーホルダー」とか「なりたい私別・ドレスマグネット」とかに目が行く。子どもってこういうの好きだよねって思いながら。
テオくんには実用的なハンカチかな。マリウスさんには「残る物より消える物がいいかもしれない」と散々悩んだ末に、ペンと温泉饅頭的なお菓子を買った。おじいちゃんには温泉成分が織り込まれているという靴下。
それからおばあちゃんには…
ミトンに伸びた手をはっと止めて、「カウベルフェルトの花屋さんで、お墓に手向ける花を買おう」と思い直す。
お土産を買っちゃったら、次は心配。散々説明はしたけど、レオくんが「僕が悪い子だからサティがいなくなったんじゃないか」って泣いてないかとか、クリスタちゃんとテオくんが魔力暴走を起こしてないかとか、クロがマリウスさんのお店を燃やしてないかとか。
そうなるともう、早く帰りたい。
マリウスさんは「寄り道して帰ってきてもいいですよ」と言ってくれたけど、まったく寄り道なんてせずに、馬車を三本くらい早めてもらって、一直線にマリウスさんのお店へ急ぐ。
「マリウスさん!」
「サティさん!?もう帰って来たんですか?」
「ええ。すごく楽しかったしゆっくりもできたんですけど、離れたらやっぱり子どもたちが心配で。みんなはどこに?」
「裏の中庭に」
「お邪魔しても?」
「ご案内しますよ」
マリウスさんは従業員さんなのか、青い髪のきれいな女性に「頼んだ」と声をかけて、私をお店の奥へ案内してくれる。きれいに整理された箱が並ぶ廊下を抜けたら中庭。三人が馬と遊んでいる。
「みんな、ただいま!」
子どもたちが「サティ!寂しかったよ!!」って叫んで駆け寄ってきてくれるのに備えて、私は中腰になってスタンバイ。なのに三人は私を見て「お帰り」と通常モードで返事をした。寄ってもこずに、中庭につながれた馬ににんじんをあげている。
あれ、なんで?
何この肩透かし感。会いたかったのは私だけだった?
いやでも、あるよね。朝離れるときはぎゃん泣きだったのに、夕方は友達と遊びたくて保育園から帰りたくないってごねるとか。わかるよ。わかるけど、自分がされると傷つく。
ようやくクリスタちゃんが寄ってきて何を言うかと思ったら、「マリウスおじさんのお家、すごくきれいで広いよ。召使さんがいっぱいいて、お料理もいっぱい出るの」だった。「馬に乗る練習もした」とテオくん。
「へぇ…」
マリウスさんが慌てて「お客様なので食事はいつもより豪華に…」と言い訳するのを聞き流し、丁重にお礼を言って、「ブラオバーデン!」と大きな文字で書いてあるお土産のペンとお饅頭を渡す。そしてペンを大事そうに撫でて「もったいなくて食べられない」とお菓子を見やるマリウスさんを横目に、いそいそと三人を連れ帰る。
家に帰る道すがら、レオくんがそっと私の手を握る。
「ねえサティ、おんぶしてほしいな」
いつも我が儘なんて言わないレオくんの、我が儘とも言えない可愛いお願い。「あ、やっぱり寂しがってくれたのかな」なんて思って、私は満面の笑みでレオくんをおんぶした。レオくんの体温が、空っぽだった背中にゆっくり染みていくようだった。
「えへ」
「サティ、何で笑ってるの?」
「嬉しくて」
レオくんがボウルを支え、テオくんに手伝ってもらいながらクリスタちゃんが小麦粉を注ぐ。そんな風に夕ご飯づくりを手伝ってくれる子どもたちの健気さが心に沁み、朝の自分の情けなさを思い出し、泣きすぎてまだ目が腫れていたのだ。
「あ、ちょっとこう…私の不甲斐なさからいろいろございまして」
マリウスさんは静かに話を聞いてくれたあとに、「サティさんが不甲斐ないとは思いません」と言ってくれた。
「そうでしょうか」
「ええ。サティさんは逃げなかったじゃないですか。自分の至らなさを認めてしっかり子どもたちに謝ったんですから、不甲斐ないとは思いません。サティさんは失敗しても諦めずにやり直す、強い人です」
私は「そうかもしれない」と自分に言い聞かせるように頷く。頷くたびにマリウスさんの言葉が身体に沁み込んでいくようだ。
誰かに、そう言ってほしかった。
「だけどサティさんには、休暇が必要かもしれませんね」
「休暇?」
「ええ。子どもたちから離れてリフレッシュすることも大切なんじゃないでしょうか。最近は勉強も頑張っておられることだし、たまには休まないと心に余裕が出ませんよ。旅行にでも行ってみてはどうですか?」
旅行。考えたこともなかった。
「ここから一泊くらいで行ける旅行先だと、ブラオバーデン温泉なんかがいいかと」
「温泉っ…!?」
「ええ、お湯が青いんですよ」
温泉大好き。正直行きたい。
だけど子どもたちを置いていくのはなあ。おじいちゃんは畑仕事はピカイチで頼れるけど、家事はほとんどできないし。一時保育だってあるし。
「一時保育が気になるなら、農閑期の終わりくらいで予定したらいいでしょう。それに、子どもたちはうちでお預かりできますよ」
「えっ…でもマリウスさんにそんなご迷惑をおかけするわけには。ただでさえよくしていだいているのに」
「迷惑じゃありません。俺がやりたいんです」
マリウスさんのあったかい笑顔に、私はつい頷いてしまい、突然のひとり温泉旅行が決定した。代理店みたいにマリウスさんが宿泊から馬車から全部手配してくれて自分で何もしないまま準備は整い、冬の終わり、気づいたら私はブラオバーデン温泉にいた。
そして今。
暇である。
温泉に入って「ほんとに青ーい」とか言って、マリウスさんがサプライズで予約してくれていたエステでリラックスして、美味しいご飯を食べて、ぶらぶら散策したら…もうやることがない。
いや、温泉ってそうだよね。そうなんだけどさ。
一番楽しいのは、お土産屋さんでみんなへのお土産を選んでいる時間。温泉とは全く関係ない「誕生月別・伝説の名剣キーホルダー」とか「なりたい私別・ドレスマグネット」とかに目が行く。子どもってこういうの好きだよねって思いながら。
テオくんには実用的なハンカチかな。マリウスさんには「残る物より消える物がいいかもしれない」と散々悩んだ末に、ペンと温泉饅頭的なお菓子を買った。おじいちゃんには温泉成分が織り込まれているという靴下。
それからおばあちゃんには…
ミトンに伸びた手をはっと止めて、「カウベルフェルトの花屋さんで、お墓に手向ける花を買おう」と思い直す。
お土産を買っちゃったら、次は心配。散々説明はしたけど、レオくんが「僕が悪い子だからサティがいなくなったんじゃないか」って泣いてないかとか、クリスタちゃんとテオくんが魔力暴走を起こしてないかとか、クロがマリウスさんのお店を燃やしてないかとか。
そうなるともう、早く帰りたい。
マリウスさんは「寄り道して帰ってきてもいいですよ」と言ってくれたけど、まったく寄り道なんてせずに、馬車を三本くらい早めてもらって、一直線にマリウスさんのお店へ急ぐ。
「マリウスさん!」
「サティさん!?もう帰って来たんですか?」
「ええ。すごく楽しかったしゆっくりもできたんですけど、離れたらやっぱり子どもたちが心配で。みんなはどこに?」
「裏の中庭に」
「お邪魔しても?」
「ご案内しますよ」
マリウスさんは従業員さんなのか、青い髪のきれいな女性に「頼んだ」と声をかけて、私をお店の奥へ案内してくれる。きれいに整理された箱が並ぶ廊下を抜けたら中庭。三人が馬と遊んでいる。
「みんな、ただいま!」
子どもたちが「サティ!寂しかったよ!!」って叫んで駆け寄ってきてくれるのに備えて、私は中腰になってスタンバイ。なのに三人は私を見て「お帰り」と通常モードで返事をした。寄ってもこずに、中庭につながれた馬ににんじんをあげている。
あれ、なんで?
何この肩透かし感。会いたかったのは私だけだった?
いやでも、あるよね。朝離れるときはぎゃん泣きだったのに、夕方は友達と遊びたくて保育園から帰りたくないってごねるとか。わかるよ。わかるけど、自分がされると傷つく。
ようやくクリスタちゃんが寄ってきて何を言うかと思ったら、「マリウスおじさんのお家、すごくきれいで広いよ。召使さんがいっぱいいて、お料理もいっぱい出るの」だった。「馬に乗る練習もした」とテオくん。
「へぇ…」
マリウスさんが慌てて「お客様なので食事はいつもより豪華に…」と言い訳するのを聞き流し、丁重にお礼を言って、「ブラオバーデン!」と大きな文字で書いてあるお土産のペンとお饅頭を渡す。そしてペンを大事そうに撫でて「もったいなくて食べられない」とお菓子を見やるマリウスさんを横目に、いそいそと三人を連れ帰る。
家に帰る道すがら、レオくんがそっと私の手を握る。
「ねえサティ、おんぶしてほしいな」
いつも我が儘なんて言わないレオくんの、我が儘とも言えない可愛いお願い。「あ、やっぱり寂しがってくれたのかな」なんて思って、私は満面の笑みでレオくんをおんぶした。レオくんの体温が、空っぽだった背中にゆっくり染みていくようだった。
「えへ」
「サティ、何で笑ってるの?」
「嬉しくて」
116
あなたにおすすめの小説
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
平凡な村人だと思われていた俺、実は神々が恐れる最強存在でした〜追放されたけど、無自覚チートで気づけば世界の頂点〜
uzura
ファンタジー
平凡な村人・レオンは、勇者パーティの荷物持ちとして蔑まれ、ある日「役立たず」として追放される。
だが、彼の正体は神々が恐れ、世界の理を超越する“創世の加護”を持つ唯一の存在だった。
本人はまったくの無自覚——それでも歩くたび、出会うたび、彼によって救われ、惹かれていく者たちが増えていく。
裏切った勇者たちは衰退し、彼を捨てた者たちは後悔に沈む。
やがて世界は、レオン中心に回り始める。
これは、最弱を装う最強が、知らぬ間に神々を超える物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる