27 / 39
27 謎の早出
しおりを挟む
その日、テオくんはいつもより少し遅く帰ってきた。そしてこう言う。
「サティ、明日からちょっと朝早く出るから。弁当作るのしんどかったらいらないし」
「弁当なしとかありえません。私が最も嫌いのは、子どもがお腹を空かせて泣くことです」
両手を腰に当てて宣言すると、テオくんは「子どもじゃない」と嫌な顔をした。
「…一時間くらい早く出るから」
「わかったけど、なんで?」
「…」
テオくんは何も言わない。
「私には言えないこと…?」
「とりあえず、危ないことじゃないから」
口は悪くても優しくて、先生によるとクラスメイトとの仲も良好で、成績も良い彼のことだ。本人が言うように危ないことに首を突っ込んでいるわけではないだろうが、秘密にされたら普通に気になる。
でもなんと言っても思春期。秘密にしたいことのひとつやふたつはあるだろう。ここはおおらかに見守るのが、保護者というものだ。
私ははっとした。
最近の彼はさらに背が伸び、ぐっと大人っぽくなり、少年から青年に変貌しつつある。もしかしたら彼女ができて、朝彼女の家に迎えに行くか待ち合わせするかして、一緒に学校に行くのかもしれない…!
いいな、青春だな。そんなのやってみたかったよ。
にやつく私の顔にテオくんは何かを察したのだろう、「変なこと考えるな」と釘を刺した。
「考えてないよぉ」
「ほんとかよ」
「ねえ、新しい服とかいる?今流行りとかあるの?あとほらあの、いい匂いのする整髪料とかいる?」
「絶対変なことを考えてるだろ!そういうことじゃないからいらない!無駄だから絶対買ってくんなよ」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮じゃねえって!」
私は次の日からちょっと早起きしてお弁当を作り、テオくんを送り出すようになった。一時間早く起きると、自分の支度も朝食の用意も一時保育の準備も、驚くほどスムーズかつ余裕をもってこなせる。もっと早くに気付くべきだったかもしれない。
テオくんが一時間早く家を出て何をしているのかはまだ教えてもらえなくて気になるけど、帰宅時間は変わらないし、変な様子もない。しつこく聞いても関係が悪くなりそうだから、私は諦めた。
そんなある日、クララちゃんが「クリとクラ、髪お揃いにするの!」というのでクリスタちゃんとお揃いのポンポンヘアを作ってあげていたとき、ノックの音が聞こえた。
「どちら様ですか?」
「バッシュだよ」
「おじさん…?」
テオくんがよく万引きしていたパン屋のバッシュおじさん。テオくんが万引きを謝って許してもらって以降は、カウベルフェルトに行くたびにおじさんのパンを買って帰っていて、ちょっとした世間話くらいはする関係になっている。
だけどおじさんがこの小屋に来たことは、今までに一回もない。悪い予感で心臓がドクンと音を立てる。
まさかテオくんがまた万引きを?
どうして?
もたせてるお弁当じゃ、食べ盛りの男子には足りなかった?
ドキドキしながらドアを開けたら、彼は両手にそれぞれ大きな袋を提げて立っていた。
「おじさん、何かありましたか…?」
「テオに」という喋り出しが聞こえただけで、心臓が凍る。でも続いた言葉は私の予想とはまるで違った。
「テオにいくら言ってもお礼を受け取ってもらえないもんだから、直接届けようと思って来たのさ」
おじさんは両手の袋を持ち上げる。おじさんの動きに合わせて、ふわっと香ばしいパンの香りがした。私の鼻と脳が条件反射のように、両手を挙げて喜ぶ。
でも、お礼って何?きょとんとしている私に、おじさんのほうも不思議そうな顔になって、「なんだ、テオから聞いてないのか?」と聞いた。ええ、何も聞いてません。思春期男子ですから、家の外のことはほとんど何も言ってくれないし、大事な学校のお便りだって渡してくれないの。
おじさんは私に簡単に説明してくれた。
おじさんのお店の窯がどうにも調子が悪く、数日前、ついにパンが焼けなくなってしまったのだそう。おじさんも常連さんも困り果てていたところに、お小遣いで「明日のパン」を買って帰ろうとしたテオくんが颯爽と登場。火魔法で窯に火を入れて繊細に温度を調節し、むしろ窯の調子が悪くなる前よりも美味しいパンを焼き上げてしまったのだとか。
「それでここ最近、朝早くうちの店に来て、パンを焼いてくれているんだよ」
「そうだったんですね」
「お礼をしたいと何度も言ったんだが、頑なに受け取ってくれなくてね。それでここにテオが焼いたパンを持ってきたというわけだ。よその子を何人も預かっているんだろう。小さい子用に柔らかいパンも持ってきたから、みんなで食べてくれ」
「こんなにたくさん…!ありがとうございます」
おじさんは「窯は祖父さんの時代から使っていてね、随分古かったんだ。修理することにしたから、もうすぐテオに手伝ってもらわなくてもよくなるよ。テオに手伝ってもらえなくなるのは寂しいが」と言って帰っていった。
おやつにみんなで食べたパンは、今まで食べたどんなパンよりも美味しくて、ちょっとだけ涙の味がした。
ーーー
「テオくんが焼いたパン、いただいたよ」
「たよー!」
「テオ兄上、とっても美味しかったです」
帰宅して私たちにそう言われたときのテオくんは「げ」という顔をした。
「バッシュおじさんが来たのか」
「うん。テオくんに感謝してるって。あともうすぐ窯が直っちゃうのが寂しいって」
「あっそ」
私は頬杖をついて、テオくんが赤い耳をして逃げるように部屋に入っていくのを見送る。彼の世界と行動が少しずつ広がっていくのが、こんなにも嬉しい。
「えへ」
夜。
私はテーブルで待ってくれている「明日のパン」を楽しみに、幸せな気持ちで眠りについた。
「サティ、明日からちょっと朝早く出るから。弁当作るのしんどかったらいらないし」
「弁当なしとかありえません。私が最も嫌いのは、子どもがお腹を空かせて泣くことです」
両手を腰に当てて宣言すると、テオくんは「子どもじゃない」と嫌な顔をした。
「…一時間くらい早く出るから」
「わかったけど、なんで?」
「…」
テオくんは何も言わない。
「私には言えないこと…?」
「とりあえず、危ないことじゃないから」
口は悪くても優しくて、先生によるとクラスメイトとの仲も良好で、成績も良い彼のことだ。本人が言うように危ないことに首を突っ込んでいるわけではないだろうが、秘密にされたら普通に気になる。
でもなんと言っても思春期。秘密にしたいことのひとつやふたつはあるだろう。ここはおおらかに見守るのが、保護者というものだ。
私ははっとした。
最近の彼はさらに背が伸び、ぐっと大人っぽくなり、少年から青年に変貌しつつある。もしかしたら彼女ができて、朝彼女の家に迎えに行くか待ち合わせするかして、一緒に学校に行くのかもしれない…!
いいな、青春だな。そんなのやってみたかったよ。
にやつく私の顔にテオくんは何かを察したのだろう、「変なこと考えるな」と釘を刺した。
「考えてないよぉ」
「ほんとかよ」
「ねえ、新しい服とかいる?今流行りとかあるの?あとほらあの、いい匂いのする整髪料とかいる?」
「絶対変なことを考えてるだろ!そういうことじゃないからいらない!無駄だから絶対買ってくんなよ」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮じゃねえって!」
私は次の日からちょっと早起きしてお弁当を作り、テオくんを送り出すようになった。一時間早く起きると、自分の支度も朝食の用意も一時保育の準備も、驚くほどスムーズかつ余裕をもってこなせる。もっと早くに気付くべきだったかもしれない。
テオくんが一時間早く家を出て何をしているのかはまだ教えてもらえなくて気になるけど、帰宅時間は変わらないし、変な様子もない。しつこく聞いても関係が悪くなりそうだから、私は諦めた。
そんなある日、クララちゃんが「クリとクラ、髪お揃いにするの!」というのでクリスタちゃんとお揃いのポンポンヘアを作ってあげていたとき、ノックの音が聞こえた。
「どちら様ですか?」
「バッシュだよ」
「おじさん…?」
テオくんがよく万引きしていたパン屋のバッシュおじさん。テオくんが万引きを謝って許してもらって以降は、カウベルフェルトに行くたびにおじさんのパンを買って帰っていて、ちょっとした世間話くらいはする関係になっている。
だけどおじさんがこの小屋に来たことは、今までに一回もない。悪い予感で心臓がドクンと音を立てる。
まさかテオくんがまた万引きを?
どうして?
もたせてるお弁当じゃ、食べ盛りの男子には足りなかった?
ドキドキしながらドアを開けたら、彼は両手にそれぞれ大きな袋を提げて立っていた。
「おじさん、何かありましたか…?」
「テオに」という喋り出しが聞こえただけで、心臓が凍る。でも続いた言葉は私の予想とはまるで違った。
「テオにいくら言ってもお礼を受け取ってもらえないもんだから、直接届けようと思って来たのさ」
おじさんは両手の袋を持ち上げる。おじさんの動きに合わせて、ふわっと香ばしいパンの香りがした。私の鼻と脳が条件反射のように、両手を挙げて喜ぶ。
でも、お礼って何?きょとんとしている私に、おじさんのほうも不思議そうな顔になって、「なんだ、テオから聞いてないのか?」と聞いた。ええ、何も聞いてません。思春期男子ですから、家の外のことはほとんど何も言ってくれないし、大事な学校のお便りだって渡してくれないの。
おじさんは私に簡単に説明してくれた。
おじさんのお店の窯がどうにも調子が悪く、数日前、ついにパンが焼けなくなってしまったのだそう。おじさんも常連さんも困り果てていたところに、お小遣いで「明日のパン」を買って帰ろうとしたテオくんが颯爽と登場。火魔法で窯に火を入れて繊細に温度を調節し、むしろ窯の調子が悪くなる前よりも美味しいパンを焼き上げてしまったのだとか。
「それでここ最近、朝早くうちの店に来て、パンを焼いてくれているんだよ」
「そうだったんですね」
「お礼をしたいと何度も言ったんだが、頑なに受け取ってくれなくてね。それでここにテオが焼いたパンを持ってきたというわけだ。よその子を何人も預かっているんだろう。小さい子用に柔らかいパンも持ってきたから、みんなで食べてくれ」
「こんなにたくさん…!ありがとうございます」
おじさんは「窯は祖父さんの時代から使っていてね、随分古かったんだ。修理することにしたから、もうすぐテオに手伝ってもらわなくてもよくなるよ。テオに手伝ってもらえなくなるのは寂しいが」と言って帰っていった。
おやつにみんなで食べたパンは、今まで食べたどんなパンよりも美味しくて、ちょっとだけ涙の味がした。
ーーー
「テオくんが焼いたパン、いただいたよ」
「たよー!」
「テオ兄上、とっても美味しかったです」
帰宅して私たちにそう言われたときのテオくんは「げ」という顔をした。
「バッシュおじさんが来たのか」
「うん。テオくんに感謝してるって。あともうすぐ窯が直っちゃうのが寂しいって」
「あっそ」
私は頬杖をついて、テオくんが赤い耳をして逃げるように部屋に入っていくのを見送る。彼の世界と行動が少しずつ広がっていくのが、こんなにも嬉しい。
「えへ」
夜。
私はテーブルで待ってくれている「明日のパン」を楽しみに、幸せな気持ちで眠りについた。
157
あなたにおすすめの小説
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
平凡な村人だと思われていた俺、実は神々が恐れる最強存在でした〜追放されたけど、無自覚チートで気づけば世界の頂点〜
uzura
ファンタジー
平凡な村人・レオンは、勇者パーティの荷物持ちとして蔑まれ、ある日「役立たず」として追放される。
だが、彼の正体は神々が恐れ、世界の理を超越する“創世の加護”を持つ唯一の存在だった。
本人はまったくの無自覚——それでも歩くたび、出会うたび、彼によって救われ、惹かれていく者たちが増えていく。
裏切った勇者たちは衰退し、彼を捨てた者たちは後悔に沈む。
やがて世界は、レオン中心に回り始める。
これは、最弱を装う最強が、知らぬ間に神々を超える物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる