回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する

真義あさひ

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ケイの懸念はある意味で当たっていた。

部屋の中では、テオドールが苦悩していた。
目の前には、母であり、伯爵家の女主人セオドラがいる。

彼の母親でありながら、狂気に囚われた女が。

テオドールは毎日こうして母の部屋に呼ばれて、午後のお茶の相手をする。
幼い頃からこの時間が苦手で堪らなかった。

その母がついに恐ろしい話を切り出してきた。

「テオドール、いつも言ってますが、あなたは嫡男。伯爵家の後継者よ。立場をより盤石にするため、呪術師の力を借りることにしたわ。これであの妾の子はもう終わりよ!」

セオドラの声には、冷たい威圧感があった。
その言葉に、テオドールは胸が痛んだ。

(母上……なぜ、そこまで……)

前の人生でも、テオドールは同じ光景を体験している。

――母が嫉妬と憎悪に支配され、邪悪に堕ちる光景を。

(今回こそ、母上を救わなければ……)

脳裏には、海に沈んでいったケイやポーラ、そして血の海に沈んだ父と母の無惨な姿がありありと浮かんでいる。

(いやだ、いやだ! 私はもう二度と家族を失いたくない!)

テオドールは拳を強く握りしめた。

「ですが、母上。呪術の使用は重大な違法です。このままでは、母上といえど……」

「黙りなさい」

セオドラの怒声が響いた。
テオドールは身を竦めた。
幼い頃から、母のこの鋭い声に弱かった。

「テオドール、わたくしはあなたのためにやっているのよ」

「……母上」

「妾の子のくせに、あの女の子供がお前より目立つなんて、あってはならぬことです」

セオドラの目が狂気に輝いていた。
テオドールは背筋が凍るのを感じた。

(いつもいつも、母上はそればかり。どんどん正気を失ってきている……)

「ですが、母上。ケイは家を奪おうとしているわけではありません。むしろ」

(ケイはこの家を出たがってるんじゃないか?)

回帰前のケイは、テオドールや父が戦地に赴いてなければ、成人してすぐに冒険者として家を出ていたはずだ。
母がケイたち親子を追放した後、ケイが冒険者登録して日銭を稼げていたのは、彼が事前に準備をしていたからだろう。

「黙れと言ったはずよ、テオドール」

セオドラの冷たい瞳が、テオドールを睨みつけた。

「あなたは嫡男。伯爵家の後継者。妾の子などに地位を脅かされるわけにはいかないのよ。それがたとえ、可能性に過ぎなくても」

「ですが……」

「あなたはすべてを手に入れるの」

セオドラの笑みには狂気が貼り付いている。
テーブルの上に、一本の小瓶が置かれた。

「これは?」

「毒よ」

「!」

禍々しい紫色の液体が入っている。
テオドールは思わず息を飲んだ。

「なんの、毒ですか?」

「飲んだ者の能力《ステータス》を下げる魔法薬よ。特別な呪術で作られた、ね。しかも」

白い母の手が伸びて、テオドールは髪を一本引き抜かれた。

「痛ッ」

セオドラは息子の髪を小瓶の中に入れた。
髪はすぐ溶けて、禍々しい紫色は無色透明へと変わった。

「下げられたステータス分は、溶かした髪の持ち主に移るの。せいぜいわたくしの息子の糧になってもらうとしましょう?」

「は、母上……」

恐れで震えるテオドールの手に、セオドラは小瓶を持たせた。

「最近、あの妾の子と仲が良いようね? 良いことだわ、飲み物にでもこれをまぜて飲ませなさい」

「や、やめてください。私はそんなことは」

「味はないけれど、一度に飲ませては駄目。少しずつ継続的に飲ませるの。無くなったら教えてね、また追加を作らせるわ」

「母上……!」

「ケイの才能を奪い、力を手に入れなさい」

テオドールは小瓶を握らされ、動揺していた。

(回帰前と同じだ。またケイから才能を奪えというのか)

「わたくしの可愛いテオドール。あなたはすべてを手に入れるのよ」

セオドラの愛情に満ちた声。
だが、それは狂気を伴った歪んだ愛だった。

「……母上……」

(今回も母上は、駄目なのか)

(母上は、なぜそこまで……)

狂気に囚われてしまうのか。



――母は、昔は優しかった。

――だが、ケイが生まれてから、少しずつ変わっていった。

――嫉妬、憎悪、狂気。

――まるで、何かに取り憑かれたかのように。

(母上はこの後、邪悪な呪術に魅入られて堕ちていく。………………大丈夫だ。前と同じなら対策が立てられる)

(私が、母上を救わなければならない)

テオドールのこの決意は、皮肉にもケイが自分の母に誓ったものと同じだった。

兄弟はそれぞれの思惑で、救いたい人のために動いている。
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