回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する

真義あさひ

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その時。
部屋の隅から不気味な声が響いた。

「フフフ……お悩みのご様子ですね、セオドラ様」

テオドールは背筋が凍った。
そこに立っていたのは、数年前からセオドラの侍女になった女だった。
名前は、確か……

侍女の名前を思い出せない。
思い出そうとすると、頭の中にモヤがかかったようになる。

(私はこいつが好きではない。母上が過度に神経質になったのはこいつが側仕えになってからだ)

邪悪な気配を纏った女が、無表情に嗤っている。

「奥様を煩わせるものは、仰る通り消してしまえば良いのです」

「お前には、できるの?」

セオドラの瞳が狂気にますます輝いた。

「もちろん。私には呪術の心得があること、奥様もご存知でしょう? 本気になれば人間の一人や二人、一瞬で消せますわ」

(この侍女、あの毒薬を用意した女だ)

(排除するなら、この侍女からか)

「ならば命じるわ、妾もその息子も私の人生から消してちょうだい!」

「母上、おやめください!」

狂気の声で叫んだ母を、テオドールは必死に止めた。
しかし母は止まらず、侍女は嬉々として母からの命令を受け入れている。

テオドールは恐怖と悲しみに震えた。

(母上……あなたは、どうして……)

こんなにも、愚かなのか。



その後、項垂れながらテオドールは自室に戻ってきた。
今日はもう朝食を食べる気も失せてしまった。
侍従には部屋で休むと伝えて部屋から出るよう命じた。

ベッドに腰掛け、暗い瞳で床を見つめてた。

(母上は、やはりもう駄目なのかもしれない)

幾度となく母セオドラの狂気を目の当たりにしてきて、テオドールは無力さと絶望を感じていた。

脳裏に母の鋭い声がこだまする。


(妾の子に心を許すなんて、許されない――)

(あの妾の子なんて、いなくなればいい――)


震える拳を握りしめた。

(母上は……本気でケイたちを消そうとしている)

怪しげな呪術を扱う侍女を側に置いて、今では侍女の操り人形にも見える。

(前の人生でも、同じ光景を見た……母上が嫉妬と憎悪に囚われ、呪術に頼って狂気に堕ちていく姿を……)

テオドールは目を閉じた。
前の人生でも、セオドラの狂気はケイ母子を追い詰め、最終的に二人を殺してテオドールを絶望の淵に叩き込んだ。

(回帰前、私は……何もできなかった……)

テオドールの胸に痛みが走った。

(私には、母上を止める力がない……何と情けないことだ。これで歴史ある偉大なアルトレイ伯爵家の時期伯爵になろうなどと言えるのか?)



「兄よ、落ち込んでるのか?」

可愛らしい声が響いた。
テオドールが驚いて顔を上げると、ピアディが上着のポケットから這い出てくるところだった。

「ピ、ピアディ殿? まだいたのか」

「お前のお母上、とんでもないのだ。あれを相手にしておったとは、お前もケイも大変だったのだ」

「大変、か。そうだ。でも、私は……」

テオドールはためらい、そして深いため息をついた。

「なんぞ、われに申してみよ」

「……貴殿から見て、私の母はどう見えた?」

「近寄りたくないのだ。キーンと高い声で耳が痛くなってしまったのだ」

「そうだ。私も、そう思う。だが」

しばらく、テオドールとピアディの間に沈黙が流れた。

「兄も、お母上を守りたいのか?」

テオドールは驚いた顔になった。

「どうして、わかるんだ?」

「わかるのだ。ケイも同じだからな」

「……そうだ。私は、母上が笑顔になってくれることが一番の願いなのだ」

「うむうむ。どんな母でも母は母。大切にしたいそなたの気持ち、わかるのだぞう」

「でも、どうやって守ればいい? むしろ今は母上の魔の手からケイたちを守るほうが優先だ」

「兄よ……」

「……私には、母上を止める力がないんだ」

ピアディは首を傾げた。

「兄よ、ならば強くなるのだ」

「強く……なる?」

「うむ、兄はあんな母を持っても折れない強い心を持っているのだ。だから、お母上を守るためにもっと強くなるのだ」

ピアディの言葉に、テオドールは目を見開いた。

「でも……どうすれば……?」

ピアディはよちよちとテオドールの膝に乗り、真剣な目で見上げ、苦悩する彼に言った。

「兄よ。そなた、誰か相談できる者はおらぬのか? そもそも、そなたやケイの父君は何をしておる?」

テオドールはハッとした表情になった。
だがすぐに沈痛な面持ちになる。

「……今、この国では隣国との紛争が起こりかけているんだ。父上は知将として頻繁に王宮会議に出かけている。家の中のごたごたまで手が回らないんだ」

「他に、助けを求められそうな者はいないのか?」

「そうだな……お会いできる保証はないが、母上のお父様……国王陛下なら、もしかしたら」

戦争の準備で父が忙しいなら、国の責任者たる国王はもっと忙殺されているはずだ。

だが、考えてみれば、祖父王はテオドールが頼れる一番大きな手札でもある。

「ありがとう、ピアディ。さっそくお祖父様に手紙を書くよ」
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