悪役令嬢なのに？ 隣国の王太子がなぜか私を溺愛してくる

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馬車はゆっくりと城を出発し、王都の街並みへと向かっていく。
窓の外には石畳の道と、美しい建物が並び、人々の活気に満ちた様子が広がっていた。

「ガルヴァニアの街を歩くのは初めてか？」

クラウス様が隣で微笑みながら尋ねる。

「ええ、もちろんですわ」

「そうか。なら、存分に楽しむといい」

私は窓の外を見ながら、ふと疑問が浮かんだ。

「視察とおっしゃいましたが、具体的にはどこへ？」

「まずは市場だ。王都の経済の中心だからな」

「市場、ですか」

社交界では貴族の女性が市場を歩くことなど滅多にない。
だが、私はこの国のことをもっと知るべきだと思っていた。

「……わかりました。お供いたします」

「よし、では行こう」



市場に到着すると、私は驚いた。

「こんなにも賑やかだなんて……」

色とりどりの果物や野菜、新鮮な魚、焼きたてのパンの香ばしい香りが漂い、
店主たちが威勢よく客を呼び込んでいる。

「王都の市場は活気があるだろう？」

「ええ……とても」

クラウス様が私をエスコートしながら歩いていると、周囲の人々がざわめき始めた。

「クラウス様がいらっしゃったぞ！」

「おお、本当だ！」

「隣にいるのは……まさか、あの噂のレティシア様！？」

「あの冷酷な悪役令嬢が……？」

人々の視線が私に集まり、私は無意識に身をこわばらせる。

「気にするな」

クラウス様が私の肩を軽く抱き寄せた。

「だが……」

「そのうち慣れる。貴女は私の隣にいる者なのだから」

彼の自信に満ちた言葉に、私は何も言えなくなった。

「クラウス様、こちらの果物はどうですか？」

果物商の老店主が、熟した桃を差し出してきた。

「レティシア、お前が選べ」

「えっ、私が？」

「そうだ。好きなものを選べ」

私は少し考え、よく熟れた赤い桃を手に取った。

「これをいただきますわ」

「ほう、いい選択だ」

クラウス様が笑いながら代金を払い、その桃を私に差し出す。

「さあ、食べてみろ」

「えっ、今ですか？」

「ああ」

私は戸惑いながらも、桃にそっと歯を立てる。
甘い果汁が口いっぱいに広がり、思わず目を見開いた。

「……おいしい」

「だろう？」

クラウス様が満足そうに微笑んだ。

市場の人々も私の様子を見て、少しずつ警戒を解いたようだった。

「お嬢さん、これも食べてみな！」

「こっちのパンもおいしいよ！」

「おや、皆が貴女に興味を持ち始めたな」

クラウス様が小さく笑う。

「……なんだか、不思議な気分ですわ」

私は今まで「悪役令嬢」として避けられることには慣れていた。
けれど、こうして人々と触れ合い、笑顔を向けられるのは初めてだった。

「レティシア、これが貴女の新しい世界だ」

クラウス様の言葉が、心にじんわりと染み込んでいく。



市場を後にした私たちは、街の外れにある孤児院を訪れた。

「ここは、私が支援している孤児院だ」

「まあ……」

建物は決して新しくはないが、綺麗に整えられ、子供たちの元気な声が響いていた。

「クラウス様！」

子供たちが駆け寄ってくる。

「おお、元気そうだな」

クラウス様が優しく微笑み、子供たちの頭を撫でる。

その姿に、私は少し驚いた。
彼はただの王太子ではない。この国の民を心から大切にしているのだ。

「お姉ちゃん、誰？」

ひとりの少女が私を見上げる。

「ええと……」

「レティシアだ。私の大切な人だ」

「……っ！」

クラウス様の言葉に、私は思わず頬が熱くなる。

「じゃあ、お姉ちゃんも僕たちのこと守ってくれる？」

小さな男の子が純粋な目で聞いてくる。

「……ええ。できることがあれば」

私が微笑むと、子供たちは嬉しそうに笑った。

「クラウス様、こちらにどうぞ」

孤児院の院長が私たちを奥へ案内する。

「ここの資金は十分足りていますか？」

「ええ、おかげさまで。ですが、もう少し本を増やしたいと思っております」

「ならば、手配しよう」

クラウス様は即座に決断する。

「相変わらず、決断が早いのですね」

「必要なことだからな」

私は彼の横顔を見つめた。
この人は、本当に強く、優しい。

「レティシア」

「はい？」

「これから貴女も、この国の未来を共に考えてくれるか？」

「……私に、そんなことができるかしら」

「貴女ならできる」

クラウス様は迷いなく言う。

「だから、私は貴女を選んだ」

彼の真剣な言葉が、胸の奥に響いた。

私はまだ、この国のことも、自分の気持ちも整理できていない。
けれど――。

「……考えてみますわ」

「ふむ。それでいい」

クラウス様は満足そうに微笑む。

こうして、私は少しずつ、この国に馴染んでいくのだった。