婚約破棄された悪役令嬢は、今さら愛されても困ります

ほーみ

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「――よって、私はアリシア・グレイスとの婚約を、ここに破棄する!」

 その言葉が、王城の舞踏会場に響き渡った瞬間、私はすべての感情を捨て去った。

 ここは、王国主催の春の舞踏会。貴族たちが勢ぞろいし、華やかなドレスと香水が空気に溶け込む中で、突如告げられたのは、王太子アルベルト殿下による私との婚約破棄だった。

 舞踏会の中心で、周囲の視線を一身に浴びながら、私は微笑みを浮かべて一礼する。

「……承知いたしましたわ、アルベルト殿下。ご英断、心より祝福いたします」

 会場はどよめいた。驚きと戸惑いに満ちたその空気の中、私は美しく、優雅に、何より冷静に対応してみせた。

 なぜなら、これこそが私――アリシア・グレイスの筋書き通りだったから。

 私はこの世界の“乙女ゲーム”の悪役令嬢に転生してしまった。
 前世でプレイしていた乙女ゲーム『薔薇と運命のグランドロマンス』の世界に、目を覚ますと悪名高い“悪役”アリシアとして転生していたのだ。

 本来のゲームのシナリオでは、ヒロインである平民出身の令嬢セリアが、王太子殿下をはじめとする攻略対象たちに愛され、最後には悪役令嬢である私が断罪されてしまう――という、よくある展開。

 だが私は、元の世界でこのゲームを周回プレイしまくった元オタクだ。

 悪役令嬢が破滅するルートなんて、いくつも見てきた。
 だからこそ、破滅を回避するために、あえて“悪役令嬢”を演じてやったのだ。

(アルベルト殿下がセリアに心を奪われるタイミングは、春の舞踏会。私を公衆の面前で断罪し、セリアをかばうことで、最もポイントが稼げるルート……)

 王太子の性格、ヒロインの行動パターン、貴族たちの噂。
 私はすべてを計算し、わざと高慢で嫉妬深い悪役を演じてきた。

 今日、この婚約破棄をされるために。

「やれやれ……ようやく自由になれますわね」

 私は冷たい紅茶を口に含み、ひとり静かに馬車の中でつぶやく。

 婚約破棄の直後、私は騒ぎを起こさぬようその場を去った。周囲の貴族たちはざわめいていたが、構わない。もう、私は自由なのだ。

(これで、乙女ゲームの本筋から外れられる。地味に暮らして静かに生きていければ、それでいい……)

 だが、人生はそう簡単にはいかない。

 私が侯爵邸に戻るやいなや、玄関で待ち構えていたのは――

「アリシア様っ!」

「……あなたは……アーヴィン様?」

 黒髪に氷のような瞳、冷徹な顔立ちの青年が私に駆け寄ってきた。

 彼は攻略対象の一人、氷の宰相――アーヴィン・クラウス。
 王国最年少の宰相であり、政敵には容赦しない冷血漢として知られている男。

 そんな彼が、なぜ私の屋敷に?

「私が、あの王太子を殴ってでも止めるべきだった」

「……えっ?」

「貴女のような賢く、美しく、強い女性を手放すとは。あの男には見る目がなさすぎる。アリシア様……今すぐ私のところへ来てください」

「え? えええええ!?」

 思わず間抜けな声をあげてしまった。

 この人、ゲーム内じゃヒロインを冷たく突き放す“ツンデレ枠”だったはずでは?

「ま、待ってくださいアーヴィン様。私とあなたは、特に親しい関係でも――」

「私は前から貴女を見ていた。誰よりも強く、誇り高く、真っすぐなその姿に……私はずっと惹かれていたんです」

 まっすぐな視線。
 ゲーム中では一度も見たことがない、真摯な言葉と瞳に、私は思わずたじろいだ。

 おかしい。これはおかしい。

(まさか……婚約破棄されたことで、ゲームのシナリオがズレ始めた!?)

 だとしたら、これから何が起きても不思議じゃない。

「アリシア様……私の傍にいてください」

 差し出された手。

 けれど、私はまだ――その手を取ることができなかった。

「……答えは、今は出せませんわ」

 そう言って、私はそっと彼から顔を背けた。

 宰相が私に恋をしている?
 そんなの、ゲームにあったっけ?
 いいえ、そんなイベント――知らない。

(どうしよう。このままだと……)

 今さら誰かに愛されるなんて、困るんですけど。
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