婚約破棄された悪役令嬢は、今さら愛されても困ります

ほーみ

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「アリシア様、少しよろしいですか?」

 翌朝、執務室の書類に目を通していた私は、ふいに屋敷の使用人からそう告げられた。

「どなたがいらしたの?」

「……第一騎士団副団長、レオン・エルフォード様でございます」

「――っ」

 手にしていた羽ペンが、机に落ちた。

 レオン・エルフォード。金髪碧眼の爽やかな騎士。
 民衆からの人気も高く、王太子直属の近衛騎士でもある、まさに乙女ゲームの“王道ヒーロー”枠。

 そして、ゲーム内ではヒロインと最も純愛的なルートをたどる人物だ。

(なんで……彼まで私のところに?)

 頭を抱えたい気持ちを抑えて、私は応接室へと足を運んだ。

 

「……久しぶりですね、レオン様」

「ええ。けれど、こうしてお会いできて嬉しいです、アリシア様」

 微笑みを浮かべる彼のまなざしは、優しく、あたたかい。

 相変わらず、絵に描いたような騎士様だ。

 だが、それが怖い。なぜなら彼は、ヒロインと出会ってこそ心を開き、恋を育むタイプのキャラクターのはずだから。

 にもかかわらず、彼は――私を見つめている。

「突然の訪問、申し訳ありません。ですが、いてもたってもいられなくて……」

「……それで、私にどのようなご用件を?」

 あくまで冷静を装って問いかけると、彼は一歩近づいて――深く膝をついた。

 そして、信じられない言葉を口にした。

「アリシア・グレイス様。――私と、婚約していただけませんか?」

「――は?」

 思わず声が裏返る。

 この人、いまなんて?

「婚約……ですって?」

「はい。私はずっと、貴女に憧れていました。凛としていて、誇り高く、誰よりも美しい貴女に。王都の噂なんて、私は信じていませんでした。むしろ、殿下に侮辱されたあの場面を見て……怒りが抑えられなかった」

「……見ていたの?」

「ええ。ですが、貴女はとても堂々としていた。誰にも媚びず、泣きもせず、ただ静かに立ち去るその姿が……」

 彼は私の手を取った。温かく、強く、優しい手。

 そして、真剣な瞳がまっすぐに私を射抜く。

「もう、誰にも貴女を傷つけさせたくありません。どうか、私の隣に立っていただけませんか?」

「……」

 これは夢だ。
 夢に違いない。

 ゲームの中でも、彼はヒロイン一筋だった。たとえ悪役令嬢が好意を示しても、最終的に彼は選ばない。そういうキャラだった。

 それなのに、私に求婚って……どういうこと?

「……申し訳ありませんが、今はお答えできません」

 私は静かに手を引いた。

 彼が傷ついたような表情を見せたのが心に刺さる。

「……わかりました。けれど、私は諦めません。何度断られても、何度でも参ります。貴女が誰かと結婚するその日まで、私は……」

 レオンは立ち上がり、騎士らしい敬礼を残して去っていった。

 扉が閉まった後も、私はしばらくその場から動けなかった。

(また、フラグが立ってしまった……)

 一夜にして、二人の攻略対象から想いを寄せられるなんて。

 これは明らかにおかしい。
 私はただ、悪役を演じて婚約破棄を勝ち取っただけのはず。

(もしかして、あのとき私が“美しく婚約破棄された”ことが、何かの分岐条件だった……?)

 ゲームをやり込んでいたとはいえ、そんな裏ルートは知らない。

 しかも、この勢いだと――

「アリシア様、またお客様が……!」

「……今度は誰よ」

 使用人が青ざめながら告げる。

「……第二王子、クリストファー・グレイ様が……」

「……うそ、でしょう……」

 



 

 第二王子、クリストファー。
 アルベルト殿下の弟であり、王位継承権第二位。

 長身で銀髪碧眼、涼しげな眼差しと皮肉を含んだ微笑が特徴的な、クールな皮肉屋。

 ゲームでは隠しキャラ扱いで、ルートに入るには相当難解な条件が必要だった。
 その分、ルートに入れば溺愛度が跳ね上がる、いわゆる“ヤンデレ気質”のキャラクターだ。

「いやはや、まさか兄上が貴女のような才色兼備の令嬢を手放すとは……世の中わからないものだ」

 彼は私の執務室に無遠慮に入り、ソファに勝手に腰を下ろした。

「……何のご用件でいらしたのですか、殿下」

「何の用件って? 貴女の様子を見に来たんだよ。だってあんな目に遭った後だ、泣いて寝込んでいるかと思ったのに、意外と元気そうじゃないか」

 茶化すような口調。でも、その目は笑っていない。

 彼は私の顔をじっと見つめて、ふっと微笑む。

「ふぅん……やっぱり面白いな、アリシア・グレイス。僕の直感は間違っていなかった」

「……は?」

「貴女、僕のものにならない?」

「……」

 もう、耳を疑う暇もない。
 一日で三人目。攻略対象たちが次々と私に――恋をしてくる。

 これはいったい、何の罰ゲームなのだろう。

「いや、いいね。決めた。兄上が捨てたのなら、僕が拾ってあげる。貴女を王妃にするのも悪くない」

「お断りいたします」

 即答だった。

「ふふ、即答か。でも、僕は諦めないよ。だって――」

 彼は立ち上がり、私の耳元で囁いた。

「貴女のような面白い女性、見たことないからね。……ねえ、どんな顔を見せてくれるのか、楽しみだ」

 そのまま彼は、上機嫌に笑って立ち去っていった。

 




 

 その夜。

 私はベッドの上で、両手で頭を抱えていた。

「なんなの……どうして……こんなことに……」

 婚約破棄されて、自由を手に入れて、静かに暮らすはずだったのに。

 まさか攻略対象たちに次々と求婚されることになるなんて――。

 しかもそれぞれが、どう考えても本気の様子で。

(どこで間違えたの……?)

 いや、間違っていない。私の計算通り、婚約破棄は成功した。
 アルベルト殿下も、今ごろヒロインのセリアと恋を育んでいるはず。

 けれど、その代償はあまりにも――

 そのとき、部屋のドアがノックもなく開いた。

「……誰!?」

「アリシア……っ!」

 声を聞いた瞬間、凍りついた。

 そこに立っていたのは――王太子、アルベルト殿下だった。

「どうして……貴方がここに……!」

「話があるんだ……っ、アリシア……! あの日のこと、俺は……」

 
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