婚約破棄された悪役令嬢は、今さら愛されても困ります

ほーみ

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「アリシア……話があるんだ……!」

 突然、ドアもノックせずに入ってきたアルベルト殿下の姿に、私は思わず眉をひそめた。

 金髪をかき上げ、少し乱れた制服。息が上がっているのは、走ってきた証拠だろう。
 彼は、王国の第一王子にして、かつての婚約者。そして、私を婚約破棄した張本人だ。

「……話すことなど、もうありません」

 私は冷たく言い放つ。だが彼は、引き下がらなかった。

「違う、あるんだ。俺は……間違っていた。あの日のこと、全部……俺は……!」

「“セリアとの愛を貫くために、偽りの婚約を終わらせただけ”でしたよね?」

 私の言葉に、アルベルトの顔が歪む。

「……本当は、そうじゃなかったんだ」

「だったらなぜ、あの場で私を侮辱したのです? 貴方の口から出た言葉を、私は一生忘れませんよ。“冷酷で高慢な女”――それが私に与えられた最後の評価でした」

「……違うんだ、本当に……! あれは……っ!」

 アルベルトはもどかしげに髪をかき乱し、そして、私の前ににじり寄る。

「セリアが、俺に助けを求めたんだ。『アリシア様が怖い』って……。それで、俺は――」

「ふふ……なるほど」

 思わず、冷笑が漏れた。

 恐れていたヒロインから“庇護を求められた”と聞かされれば、王子として助けずにはいられなかったのでしょうね。

 でも――

「ならば、その“ヒロイン”の言葉一つで、貴方の信頼など簡単に揺らぐ程度だったのですね。私がどれほど忠誠を尽くし、未来を共に歩むつもりだったか……一度でも真剣に考えましたか?」

「……アリシア」

「もう結構です。私の人生に、これ以上関わらないでください」

 そう言って背を向けた瞬間。

 背中から、抱きしめられた。

「っ……!?」

 戸惑いと怒り、そしてほんのわずかな動揺が混ざり合う。

 背中に感じる、昔は好きだったぬくもり。それでも今は――心が拒絶していた。

「アリシア……あんなことを言ったけど、本当は……好きだったんだ。ずっと、誰よりも」

「……嘘、ですね」

 私はそっと、彼の手を引きはがした。

「“今さら愛されても困る”んです。どうか、それを理解してください、殿下」


 

 翌朝。

 私は寝不足のまま、温室のバラに水をやっていた。

 もともと花を愛でる趣味などなかったのだが、最近はこうして静かな時間を求めるようになった。花は黙って咲き、黙って枯れる。そこに余計な感情はない。

(それにしても……どうして、みんな急に……)

 昨日まで、私に興味などなかった人たちが、まるで別人のように私を追ってくる。

 元婚約者に、王国一の騎士、第二王子まで。

(次は誰が来るのかしら……まさか、宰相閣下とか……)

 そんな冗談を考えていたら――本当に誰かが温室に入ってきた。

「……やはり、こちらにいらっしゃいましたか。アリシア嬢」

 その声に振り向くと、黒髪の青年が静かに立っていた。

 長身で切れ長の瞳、上品な佇まい。彼の名は――

「ルシアン・クローデル……宰相閣下」

 そう、彼は現宰相にして、若干27歳の最年少重臣。理知的で冷静沈着、政務においては国王すら一目置く存在だ。

 ゲームでは“真エンディング”に関わる最重要キャラクター。彼のルートは特に難解で、ヒロインの品性や選択次第では“断罪”されるという恐怖のルートでもあった。

「突然の訪問、申し訳ありません。ですが、貴女には確認しておきたいことがありまして」

 彼はそう言って、淡々と私に近づいた。

「アリシア嬢。貴女がアルベルト殿下から婚約を破棄された件について――王家に正式な抗議を申し立てるおつもりは?」

「……いえ。すでに終わったことですから」

「……ほう。それは残念です。私としては、非常に理不尽な処遇であったと考えておりましたので」

 彼の口調は変わらない。しかし、確かに“怒り”のような感情が、瞳の奥に宿っていた。

「貴女のような人物を、王族が軽んじた事実は、国の品格をも問われかねません」

「……恐縮です」

「いえ。謝罪されることではありません」

 彼はふと、バラの花に目をやる。

「それにしても……こうして花に囲まれていると、まるで違う方のように見えますね」

「違う……ですか?」

「かつて、貴族令嬢たちから“鉄の令嬢”と噂された貴女が、こんなにも柔らかく微笑むなど……。私は貴女の真の姿を、誤って認識していたのかもしれません」

「……宰相閣下まで、何をおっしゃるのですか」

「ルシアンで構いませんよ」

 その瞬間、彼が初めて微笑んだ。

 控えめながらも温かい――そんな笑みだった。

「アリシア嬢。もし貴女がこれから先、進むべき道に迷われたなら、どうか……私にお声がけください。貴女の助けになりたいのです」

「……なぜ、そこまで」

「理由は――秘密です」

 彼はいたずらっぽく微笑みながら、バラの花弁を指でそっと摘まむ。

「……それでは、また改めてご挨拶に参ります。次は正式な“求婚”の意志を持って」

「…………」

 私は何も言えなかった。

 




 

(これは……本当に、恋愛ゲームの世界だったのかしら?)

 夜、自室のソファに座りながら、私はカップを手に考え込んでいた。

 次々と攻略対象たちが現れ、愛を語り、求婚してくる。

 まるで――乙女ゲームのヒロインになったかのように。

(でも、私は悪役令嬢。もともと好かれる側ではなかったはず……)

 記憶は確かだ。この世界は、前世でプレイしていたゲーム『ティアラ・クロニクル』の世界。

 私は悪役令嬢アリシア・グレイスとして転生し、ルートを歪ませることで破滅を回避したはずだった。

(……それなのに、今の私は……)

 まるで、すべてのルートが私に向かって開かれている。

 ――そして、カップを置いた瞬間。窓の外で、何かが揺れた。

「……!」

 そっとカーテンを開けると、そこには――

「こんばんは、アリシア嬢。月が綺麗ですね」

 黒のローブを纏った、見知らぬ美青年が窓の外に立っていた。

「……貴方は、誰?」

「おや。まだ名乗っていませんでしたね。私は――この世界の“最終攻略対象”。君の物語の、最奥にいる者ですよ」

「…………は?」
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