婚約破棄された悪役令嬢は、今さら愛されても困ります

ほーみ

文字の大きさ
3 / 6

3

しおりを挟む
「アリシア……話があるんだ……!」

 突然、ドアもノックせずに入ってきたアルベルト殿下の姿に、私は思わず眉をひそめた。

 金髪をかき上げ、少し乱れた制服。息が上がっているのは、走ってきた証拠だろう。
 彼は、王国の第一王子にして、かつての婚約者。そして、私を婚約破棄した張本人だ。

「……話すことなど、もうありません」

 私は冷たく言い放つ。だが彼は、引き下がらなかった。

「違う、あるんだ。俺は……間違っていた。あの日のこと、全部……俺は……!」

「“セリアとの愛を貫くために、偽りの婚約を終わらせただけ”でしたよね?」

 私の言葉に、アルベルトの顔が歪む。

「……本当は、そうじゃなかったんだ」

「だったらなぜ、あの場で私を侮辱したのです? 貴方の口から出た言葉を、私は一生忘れませんよ。“冷酷で高慢な女”――それが私に与えられた最後の評価でした」

「……違うんだ、本当に……! あれは……っ!」

 アルベルトはもどかしげに髪をかき乱し、そして、私の前ににじり寄る。

「セリアが、俺に助けを求めたんだ。『アリシア様が怖い』って……。それで、俺は――」

「ふふ……なるほど」

 思わず、冷笑が漏れた。

 恐れていたヒロインから“庇護を求められた”と聞かされれば、王子として助けずにはいられなかったのでしょうね。

 でも――

「ならば、その“ヒロイン”の言葉一つで、貴方の信頼など簡単に揺らぐ程度だったのですね。私がどれほど忠誠を尽くし、未来を共に歩むつもりだったか……一度でも真剣に考えましたか?」

「……アリシア」

「もう結構です。私の人生に、これ以上関わらないでください」

 そう言って背を向けた瞬間。

 背中から、抱きしめられた。

「っ……!?」

 戸惑いと怒り、そしてほんのわずかな動揺が混ざり合う。

 背中に感じる、昔は好きだったぬくもり。それでも今は――心が拒絶していた。

「アリシア……あんなことを言ったけど、本当は……好きだったんだ。ずっと、誰よりも」

「……嘘、ですね」

 私はそっと、彼の手を引きはがした。

「“今さら愛されても困る”んです。どうか、それを理解してください、殿下」


 

 翌朝。

 私は寝不足のまま、温室のバラに水をやっていた。

 もともと花を愛でる趣味などなかったのだが、最近はこうして静かな時間を求めるようになった。花は黙って咲き、黙って枯れる。そこに余計な感情はない。

(それにしても……どうして、みんな急に……)

 昨日まで、私に興味などなかった人たちが、まるで別人のように私を追ってくる。

 元婚約者に、王国一の騎士、第二王子まで。

(次は誰が来るのかしら……まさか、宰相閣下とか……)

 そんな冗談を考えていたら――本当に誰かが温室に入ってきた。

「……やはり、こちらにいらっしゃいましたか。アリシア嬢」

 その声に振り向くと、黒髪の青年が静かに立っていた。

 長身で切れ長の瞳、上品な佇まい。彼の名は――

「ルシアン・クローデル……宰相閣下」

 そう、彼は現宰相にして、若干27歳の最年少重臣。理知的で冷静沈着、政務においては国王すら一目置く存在だ。

 ゲームでは“真エンディング”に関わる最重要キャラクター。彼のルートは特に難解で、ヒロインの品性や選択次第では“断罪”されるという恐怖のルートでもあった。

「突然の訪問、申し訳ありません。ですが、貴女には確認しておきたいことがありまして」

 彼はそう言って、淡々と私に近づいた。

「アリシア嬢。貴女がアルベルト殿下から婚約を破棄された件について――王家に正式な抗議を申し立てるおつもりは?」

「……いえ。すでに終わったことですから」

「……ほう。それは残念です。私としては、非常に理不尽な処遇であったと考えておりましたので」

 彼の口調は変わらない。しかし、確かに“怒り”のような感情が、瞳の奥に宿っていた。

「貴女のような人物を、王族が軽んじた事実は、国の品格をも問われかねません」

「……恐縮です」

「いえ。謝罪されることではありません」

 彼はふと、バラの花に目をやる。

「それにしても……こうして花に囲まれていると、まるで違う方のように見えますね」

「違う……ですか?」

「かつて、貴族令嬢たちから“鉄の令嬢”と噂された貴女が、こんなにも柔らかく微笑むなど……。私は貴女の真の姿を、誤って認識していたのかもしれません」

「……宰相閣下まで、何をおっしゃるのですか」

「ルシアンで構いませんよ」

 その瞬間、彼が初めて微笑んだ。

 控えめながらも温かい――そんな笑みだった。

「アリシア嬢。もし貴女がこれから先、進むべき道に迷われたなら、どうか……私にお声がけください。貴女の助けになりたいのです」

「……なぜ、そこまで」

「理由は――秘密です」

 彼はいたずらっぽく微笑みながら、バラの花弁を指でそっと摘まむ。

「……それでは、また改めてご挨拶に参ります。次は正式な“求婚”の意志を持って」

「…………」

 私は何も言えなかった。

 




 

(これは……本当に、恋愛ゲームの世界だったのかしら?)

 夜、自室のソファに座りながら、私はカップを手に考え込んでいた。

 次々と攻略対象たちが現れ、愛を語り、求婚してくる。

 まるで――乙女ゲームのヒロインになったかのように。

(でも、私は悪役令嬢。もともと好かれる側ではなかったはず……)

 記憶は確かだ。この世界は、前世でプレイしていたゲーム『ティアラ・クロニクル』の世界。

 私は悪役令嬢アリシア・グレイスとして転生し、ルートを歪ませることで破滅を回避したはずだった。

(……それなのに、今の私は……)

 まるで、すべてのルートが私に向かって開かれている。

 ――そして、カップを置いた瞬間。窓の外で、何かが揺れた。

「……!」

 そっとカーテンを開けると、そこには――

「こんばんは、アリシア嬢。月が綺麗ですね」

 黒のローブを纏った、見知らぬ美青年が窓の外に立っていた。

「……貴方は、誰?」

「おや。まだ名乗っていませんでしたね。私は――この世界の“最終攻略対象”。君の物語の、最奥にいる者ですよ」

「…………は?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。 「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。 だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。 冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。 そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。 「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」

婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~

sika
恋愛
社交界で名高い公爵令嬢・アイリスは、婚約者である王太子に冤罪をでっち上げられ、婚約破棄と同時にすべてを失った。 誰も信じられず国外に逃れた彼女は、名を偽り辺境の地で静かに生きるはずだった――が、そこで出会った青年将軍が、彼女に異常なまでの執着と愛を向け始める。 やがて明らかになる陰謀の真相、そして王都から彼女を探す“元婚約者”の焦燥。 過去を乗り越え、愛を選ぶ彼女の物語は、痛快な逆転劇と甘く濃密な溺愛とともに幕を開ける。

悪役令嬢に転生したけど、何か攻略対象が全員おかしい

ほーみ
恋愛
 目が覚めると、そこは見覚えのある場所だった。  いや、見覚えがあるというよりも、何度も読み返した乙女ゲームの世界――そう、私が転生してしまったのは、乙女ゲーム『ルミナス・ラブ』の悪役令嬢、セシリア・フォン・アイゼンシュタインだった。  セシリアは侯爵家の令嬢で、金髪碧眼の高慢なお嬢様。ゲームではヒロインを執拗にいじめた挙句、攻略対象である王子や貴族たちにことごとく拒絶され、最後には国外追放――という、典型的な悪役令嬢ポジションだ。  しかし、私はそんな未来まっぴらごめんである。 「ふふ、ここは穏便に過ごすのが一番よね」

捨てられた悪役はきっと幸せになる

ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。 強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。 その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。 それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。 「ヴィヴィア、あなたを愛してます」 ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。 そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは? 愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。 ※この作品は、人によっては元鞘話にみえて地雷の方がいるかもしれません。また、ヒーローがヤンデレ寄りですので苦手な方はご注意ください。 ※表紙はAIです。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

悪役令嬢は伝説だったようです

バイオベース
恋愛
「彼女こそが聖女様の生まれ変わり」 王太子ヴァレールはそう高らかに宣言し、侯爵令嬢ティアーヌに婚約破棄を言い渡した。 聖女の生まれ変わりという、伝説の治癒魔術を使う平民の少女を抱きながら。 しかしそれを見るティアーヌの目は冷ややかだった。 (それ、私なんですけど……) 200年前に国を救い、伝説となった『聖女さま』。 ティアーヌこそがその転生者だったのだが。

役立たずと捨てられた万能建築士、隣国で「聖域」を造って無双する。今さら復興のために戻れ? ご自分たちで瓦礫でも積んでいればよろしいのでは?

しょくぱん
恋愛
「お前の魔法は石を積むだけの土木作業だ」と婚約破棄されたので、城を支えていた『構造維持結界』をすべて解除して出て行きますね。今さら「城が崩れる!」と泣きつかれても、私は隣国で氷結の皇帝陛下と「世界最高の聖域」を造っていますので、一切知りません。 王国唯一の建築魔導師アニエスは、その地味な見た目と能力を理由に、王太子シグムンドから婚約破棄と国外追放を言い渡される。 彼の隣には、派手な光魔法を使う自称聖女の姿があった。 「お前の代わりなどいくらでもいる。さっさと出て行け!」 「……分かりました。では、城にかけていた『自動修復』『耐震』『空調』の全術式を解約しますね」 アニエスが去った直後、王城は音を立てて傾き、噴水は泥水に変わり、王都のインフラは崩壊した。 一方、アニエスは隣国の荒野で、呪われた皇帝レオンハルトと出会う。彼女が何気なく造った一夜の宿は、呪いを浄化するほどの「聖域」だった。 「君は女神か? どうか私の国を救ってほしい」 「喜んで。ついでに世界一快適な住居も造っていいですか?」 隣国がアニエスの力で黄金の国へと発展する一方、瓦礫の山となった母国からは「戻ってきてくれ」と悲痛な手紙が届く。 だが、アニエスは冷ややかに言い放つ。 「お断りします。契約外ですので、ご自分で支えていればよろしいのでは?」 これは、捨てられた万能建築士が隣国で溺愛され、幸せを掴む物語。 そして、彼女を捨てた者たちが、物理的にも社会的にも「崩壊」し、最後には彼女が架ける橋の『礎石』として永遠に踏まれ続けるまでの、壮絶な因果応報の記録。

処理中です...