婚約破棄された悪役令嬢は、今さら愛されても困ります

ほーみ

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夜の静寂の中、私はベッドの上で膝を抱えていた。
まるで世界に取り残されたような気がしていた。騒がしいほどに愛を向けられているのに、心はどこか空虚で。

(私は、なぜこんなに愛されているの?)

王太子・レオナルドとの婚約破棄をきっかけに始まった“求愛ラッシュ”。
宰相のルシアン、騎士団のレオン、そして昨夜の“黒の王子”ゼイン。
それぞれが、私に本気の言葉を投げかけてくる。

(でも……私は、自分自身がよく分からない)

誰を好きなのか。そもそも、愛される資格が自分にあるのか――そんな思考が、ぐるぐると渦巻いていた。

「アリシア様……お茶をお持ちしました」

控えめなノックとともに、リリアが入室してきた。彼女の優しい微笑みを見ると、少しだけ心が落ち着く。

「ありがとう、リリア」

「……お悩みのご様子ですね」

リリアは私のそばにそっと座り、淹れたてのハーブティーを差し出してくれる。
その香りが、少しだけ気持ちを和らげた。

「リリア、もし貴女なら、どうする?」

「……どう、とは?」

「突然、たくさんの人に『愛してる』なんて言われたら。自分にはそんな価値があるのかも分からないのに、みんな真剣で……。怖くて、選べないの」

「……アリシア様」

リリアは、柔らかい眼差しで私を見つめた。

「アリシア様は、他の誰よりも真っ直ぐな方です。だからこそ、“選ぶ”ことを恐れてしまう。でも、それは……優しさですわ」

「優しさ……?」

「ええ。自分が誰かを傷つけるかもしれないと悩む、それは思いやりです。でも同時に、アリシア様の幸せを願う人たちの想いも、どうか忘れないでくださいませ。彼らは、きっと“選ばれない痛み”も覚悟のうえで、想いを告げているはずです」

その言葉に、私は少しだけ肩の力を抜いた。

(そう……なのかな)

そのときだった。

――コンコン。

再び扉がノックされた。時刻はもう深夜に差しかかっているというのに。

「誰……?」

「俺だ。開けてくれ」

低く響く声に、私は瞬時に察した。

「……ルシアン?」

「話がある。今すぐ、君と二人きりで」

リリアが警戒の視線を向ける。

「アリシア様、夜分に男性を部屋へお通しするのは――」

「いいわ、リリア。……通して」

「……畏まりました」

扉が開き、漆黒の軍服に身を包んだ宰相ルシアンが、静かに現れた。
その眼差しは、いつも以上に鋭く、それでいてどこか焦っているようにも見える。

「……すまない。こんな時間に」

「構わないわ。それより、話って?」

彼は無言のまま、数歩近づいてくる。そして、ふと立ち止まり、深く息を吐いた。

「アリシア。君に聞きたいことがある」

「なにかしら」

「……君は、まだレオナルドのことを――愛しているのか?」

唐突な問いだった。けれど、私はすぐに答えられなかった。

(愛している? 彼のことを?)

レオナルドは、確かにかつて婚約者だった。幼い頃から育ち、未来を共に歩むと信じていた。
けれど、彼は私を裏切った。公衆の面前で婚約破棄を告げ、他の令嬢と手を取り合った。

(……あの瞬間、私の心は――)

「分からないわ」

私は正直に答えた。

「彼のことを許したわけじゃない。でも……心のどこかで、まだ囚われているのかもしれない。そう思う自分が、嫌でたまらないの」

ルシアンの表情が、ほんの一瞬、曇った。

「……なら、俺はもっと強く想いを伝えなければいけないな」

「え?」

「俺は、アリシア。君を心から愛している。君の知性も、誇り高さも、誰よりも尊敬している」

「…………」

「君が誰を選んでも、後悔しないように。俺は君に相応しい男であると証明し続ける。だから、どうか――君の目で、俺を見ていてほしい」

その真剣な声音に、私は言葉を失った。
けれど、心が不思議と温かくなるのを感じた。

(どうしてみんな……こんなにもまっすぐに私を見てくるの……?)

「……ありがとう、ルシアン」

その夜、彼は深く頭を下げ、静かに部屋を後にした。
月光に照らされた背中が、やけに大きく見えた。

 

 

翌日、王都では小さな舞踏会が催されることになっていた。
社交界からの招待で、私は“悪役令嬢”としてではなく、“自由な令嬢”として姿を現すことになった。

「……似合ってるわよ、アリシア様!」

リリアが目を輝かせて言う。
鏡に映る私は、淡い青のドレスに身を包み、髪を夜会巻きにまとめていた。

「……ありがとう」

自信はなかった。けれど、逃げないと決めた。
“誰かに愛されること”から目を背けず、正面から向き合うために。

舞踏会会場に足を踏み入れた瞬間、多くの視線が私に集まった。

「……あれが、アリシア嬢?」

「随分と綺麗になったわね……!」

「噂では、数名の貴族男性が本気で求婚しているとか……」

囁かれる声。私を拒絶していたはずの社交界が、今では注目の的に変わっていた。
それが、嬉しいような、苦しいような。

そして――

「……来てくれたんだな」

人波をかき分けて、現れたのはレオナルドだった。
数日前、私を見下すような態度を取っていた彼が、今はどこか必死な目をしている。

「……こんばんは、殿下」

「いや、“レオナルド”でいい。今日は公の場じゃない」

「……そうですか」

彼は、私の前に立ち、しばし無言で私を見つめた。

「綺麗だ、アリシア。本当に」

「……ありがとうございます」

「君に伝えたいことがある。あのとき、君を傷つけたのは俺だ。君が誰よりも真っ直ぐに俺を見ていてくれたのに……俺はそれに気づかなかった」

「…………」

「今さら遅いかもしれない。だけど、俺は……君を、愛してる」

舞踏会のざわめきが、一瞬、遠く感じた。
彼の言葉が、心に突き刺さる。

(ずるい……どうして、今になって……)

私は、笑っていた。けれど、それはどこか切ない笑みだった。

「遅すぎるわ、レオナルド。でも、ありがとう」

「……アリシア」

その瞬間、どこからか風が吹き抜けた。
誰かが、私の手をそっと取る。

「申し訳ないが、そのダンスは私が先約だ」

低く美しい声。振り返ると、そこには――黒の王子・ゼインがいた。

(……また、あなたなのね)

「君は今、選択の真っ只中にいる。誰を選ぶのか。あるいは、誰も選ばず、すべてを壊すのか。アリシア、君の選択が、この世界を決める」

その手は、どこか冷たくて、でも心地よい。

(私が……選ぶ?)

私は、これから本当に誰かを選ばなければいけない。
この“愛されすぎる物語”の、答えを――
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