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「君の選択が、この世界を決める――」
黒の王子・ゼインの言葉は、まるで運命を告げる鐘のように重く響いた。
私はレオナルドの言葉にも揺れていた。彼の愛はたしかに本物だった。でも、それは“過去への贖罪”でしかないように思えてならなかった。
一方、ルシアンは私の内面をすべて受け止めるように愛してくれた。
レオンは変わらず隣で私を見ていてくれた。
そして――
「貴女の強さも、弱さも、すべてが愛おしいと、私は思う」
ゼイン。
彼は、どこまでも静かに、けれど確かな意志で、私の手を握っていた。
舞踏会の真ん中で、私は立ち尽くしていた。
すべての視線が、私に集まっているのが分かる。
(どうして、私はこんなことになってしまったの?)
でも――
(そう、私が“選ばなかった”から)
これまで、誰にも「好き」と言えなかった。
誰の手も取れなかった。
怖かったのだ。
もしも間違った人を選んでしまったら。
もしも誰かを傷つけたら。
もしも、また裏切られたら――
(でも、もう逃げない。これは、私の物語だから)
私は静かに深呼吸をして、舞踏会場にいる三人の男性――レオナルド、ルシアン、ゼイン――を見渡した。
まず、レオナルドの前へと歩み寄る。
「殿下――いえ、レオナルド。貴方の言葉、嬉しかったわ。でも……私たちは、もう過去の中にいるの。私がずっと、貴方に振り向いてほしかった頃に」
レオナルドの顔に、痛みが走る。
「貴方はようやく私を見た。でも、私は……もう違う場所を見ているの。だから、ごめんなさい」
「……そうか。なら……ありがとう、アリシア」
彼は穏やかに微笑んだ。
それは初めて見た、心からの笑顔だった。
次に、ルシアンの前へ。
「ルシアン。貴方は私の知性や誇りを見てくれた。私を“悪役令嬢”ではなく、“一人の女性”として扱ってくれた。……それが、どれほど救いだったか、言葉では言い表せない」
「ならば、俺の手を取ってくれ。アリシア。君が望む未来を、共に築こう」
その目は真剣だった。
けれど、私は首を横に振った。
「ごめんなさい。貴方といると、私は安心できる。でも……恋とは少し違うの。貴方を“愛している”とは、まだ言えない」
ルシアンは、短く息を吐いた。
「……それでも、君が幸せなら俺は構わない。それだけでいい」
本当に器の大きな人だった。
だからこそ、私は彼の期待に応えたくて仕方なかったのだ。
そして、最後にゼインのもとへ。
「黒の王子・ゼイン。……貴方は、私のすべてを試すような人だったわ」
「否定しない。君は強く、美しく、愚かで、愛おしい」
「ひどいわね……でも、間違っていない」
ゼインの瞳はいつも何かを見透かすようで、最初は怖かった。
でも、それでも彼は私を選び続けてくれた。
誰よりも、私を“選ばせよう”としてくれた。
「私は……貴方を選ぶわ」
その瞬間、ゼインの顔に初めて驚きの色が浮かんだ。
「……本気か?」
「ええ。本気よ。私のすべてを見て、それでも隣に立とうとしたのは、貴方だけだった。貴方は、私の過去も未来も一緒に見ようとしてくれた」
私はゼインの手を、強く握り返した。
「怖いけれど、貴方となら……進んでいける気がするの」
ゼインは一瞬だけ黙っていたが、やがて低く笑った。
「――ようやくだな。君に会った日から、ずっと夢見ていた」
彼は私の手を引き、そっと抱き寄せる。
「悪役令嬢なんかじゃない。君はこの世界で最も誇り高く、美しい女性だ、アリシア」
その日、舞踏会場で私たちは一曲だけダンスを踊った。
ざわめく社交界、好奇と羨望の眼差し。
それでも、私は誇らしく背を伸ばして、ゼインと視線を交わした。
(私が選んだ人。私を選んでくれた人)
その夜、私はようやく知った。
私は誰かに愛される価値がある。
私は誰かを愛する勇気を持っている。
そして、それを認めてくれる人がいるということを――
数ヶ月後。
私はゼインとともに、彼の治める北の国へと移った。
正式に婚約が発表されたとき、王都は一時騒然となったという。
「婚約破棄された悪役令嬢が、異国の王子と婚約!?」「黒の王子、ついに本気か!?」
けれど、それもすぐに収まった。
というのも、私は王都に残してきた令嬢たちと良好な関係を築いていたし、何より――
「“アリシア様は、ただの悪役令嬢ではありませんわ!”って、声高に主張した令嬢たちがいたらしいですよ」
と、リリアが笑いながら手紙を読んでくれた。
ゼインの国での生活は、自由で穏やかで、少しだけ刺激的だった。
けれど――
「なあ、アリシア。次は“君が王妃”って噂が流れてるが、どう思う?」
「もう驚かないわ。慣れたものよ、悪役令嬢は」
「ふふ……じゃあ、次は“最愛の妃”の座を、奪ってみせるか?」
「奪うんじゃないわ、譲られるのよ」
ゼインと私は、そんな冗談を交わしながら、静かな春の光を浴びて歩く。
誰かの悪意に塗れた婚約破棄が、私を“終わらせる”はずだった。
けれど、私はその先で、新しい自分と出会った。
たくさんの愛と、たくさんの迷いと、たった一つの“本物の想い”と共に――
黒の王子・ゼインの言葉は、まるで運命を告げる鐘のように重く響いた。
私はレオナルドの言葉にも揺れていた。彼の愛はたしかに本物だった。でも、それは“過去への贖罪”でしかないように思えてならなかった。
一方、ルシアンは私の内面をすべて受け止めるように愛してくれた。
レオンは変わらず隣で私を見ていてくれた。
そして――
「貴女の強さも、弱さも、すべてが愛おしいと、私は思う」
ゼイン。
彼は、どこまでも静かに、けれど確かな意志で、私の手を握っていた。
舞踏会の真ん中で、私は立ち尽くしていた。
すべての視線が、私に集まっているのが分かる。
(どうして、私はこんなことになってしまったの?)
でも――
(そう、私が“選ばなかった”から)
これまで、誰にも「好き」と言えなかった。
誰の手も取れなかった。
怖かったのだ。
もしも間違った人を選んでしまったら。
もしも誰かを傷つけたら。
もしも、また裏切られたら――
(でも、もう逃げない。これは、私の物語だから)
私は静かに深呼吸をして、舞踏会場にいる三人の男性――レオナルド、ルシアン、ゼイン――を見渡した。
まず、レオナルドの前へと歩み寄る。
「殿下――いえ、レオナルド。貴方の言葉、嬉しかったわ。でも……私たちは、もう過去の中にいるの。私がずっと、貴方に振り向いてほしかった頃に」
レオナルドの顔に、痛みが走る。
「貴方はようやく私を見た。でも、私は……もう違う場所を見ているの。だから、ごめんなさい」
「……そうか。なら……ありがとう、アリシア」
彼は穏やかに微笑んだ。
それは初めて見た、心からの笑顔だった。
次に、ルシアンの前へ。
「ルシアン。貴方は私の知性や誇りを見てくれた。私を“悪役令嬢”ではなく、“一人の女性”として扱ってくれた。……それが、どれほど救いだったか、言葉では言い表せない」
「ならば、俺の手を取ってくれ。アリシア。君が望む未来を、共に築こう」
その目は真剣だった。
けれど、私は首を横に振った。
「ごめんなさい。貴方といると、私は安心できる。でも……恋とは少し違うの。貴方を“愛している”とは、まだ言えない」
ルシアンは、短く息を吐いた。
「……それでも、君が幸せなら俺は構わない。それだけでいい」
本当に器の大きな人だった。
だからこそ、私は彼の期待に応えたくて仕方なかったのだ。
そして、最後にゼインのもとへ。
「黒の王子・ゼイン。……貴方は、私のすべてを試すような人だったわ」
「否定しない。君は強く、美しく、愚かで、愛おしい」
「ひどいわね……でも、間違っていない」
ゼインの瞳はいつも何かを見透かすようで、最初は怖かった。
でも、それでも彼は私を選び続けてくれた。
誰よりも、私を“選ばせよう”としてくれた。
「私は……貴方を選ぶわ」
その瞬間、ゼインの顔に初めて驚きの色が浮かんだ。
「……本気か?」
「ええ。本気よ。私のすべてを見て、それでも隣に立とうとしたのは、貴方だけだった。貴方は、私の過去も未来も一緒に見ようとしてくれた」
私はゼインの手を、強く握り返した。
「怖いけれど、貴方となら……進んでいける気がするの」
ゼインは一瞬だけ黙っていたが、やがて低く笑った。
「――ようやくだな。君に会った日から、ずっと夢見ていた」
彼は私の手を引き、そっと抱き寄せる。
「悪役令嬢なんかじゃない。君はこの世界で最も誇り高く、美しい女性だ、アリシア」
その日、舞踏会場で私たちは一曲だけダンスを踊った。
ざわめく社交界、好奇と羨望の眼差し。
それでも、私は誇らしく背を伸ばして、ゼインと視線を交わした。
(私が選んだ人。私を選んでくれた人)
その夜、私はようやく知った。
私は誰かに愛される価値がある。
私は誰かを愛する勇気を持っている。
そして、それを認めてくれる人がいるということを――
数ヶ月後。
私はゼインとともに、彼の治める北の国へと移った。
正式に婚約が発表されたとき、王都は一時騒然となったという。
「婚約破棄された悪役令嬢が、異国の王子と婚約!?」「黒の王子、ついに本気か!?」
けれど、それもすぐに収まった。
というのも、私は王都に残してきた令嬢たちと良好な関係を築いていたし、何より――
「“アリシア様は、ただの悪役令嬢ではありませんわ!”って、声高に主張した令嬢たちがいたらしいですよ」
と、リリアが笑いながら手紙を読んでくれた。
ゼインの国での生活は、自由で穏やかで、少しだけ刺激的だった。
けれど――
「なあ、アリシア。次は“君が王妃”って噂が流れてるが、どう思う?」
「もう驚かないわ。慣れたものよ、悪役令嬢は」
「ふふ……じゃあ、次は“最愛の妃”の座を、奪ってみせるか?」
「奪うんじゃないわ、譲られるのよ」
ゼインと私は、そんな冗談を交わしながら、静かな春の光を浴びて歩く。
誰かの悪意に塗れた婚約破棄が、私を“終わらせる”はずだった。
けれど、私はその先で、新しい自分と出会った。
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