「平民なんて無理」と捨てたくせに、私が国の英雄になった途端、態度変わりすぎじゃない?

ほーみ

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「婚約は破棄させてもらうよ、アリア」

 冷ややかな声が玉座の間に響く。

 騎士として従軍していた私は、戦地から帰還してすぐにこの場に呼び出された。泥に汚れた鎧を着たまま、目の前には王族や貴族たちがずらりと並び、中央に立つのは私の婚約者だった第二王子・レオナルド。

 彼の瞳には、かつての優しさのかけらもない。

「君のような平民出身者とは、これ以上関わるべきではないと判断した」

 周囲の貴族たちがくすくすと笑い声を漏らす。

 ……わかってた。
 この戦争に出陣する前から、レオナルドは変わり始めていた。私の実力を利用しながらも、どこかで私の生まれを恥じていたのだ。

「了解しました。どうぞご自由に」

 私はただ、それだけ言って微笑んだ。

 あのとき、泣き崩れたり、すがったりしていたら、運命は変わっていたかもしれない。けれど、私はそうしなかった。

 そしてその選択は、正しかった。

 ──三か月後。

「アリア様、お怪我はありませんか!?」

 城門の外。戻ってきた私の姿を見て、第一王子が駆け寄ってくる。

 第一王子・ユリウス。かつて王族の中で唯一、私の剣の腕と知識を正当に評価してくれていた人だ。凛とした顔立ちと冷静な判断力、そして剣士としての誇り高さを持つ彼は、私にとって唯一無二の「理解者」だった。

「問題ありません。ただ、敵将を捕らえた際に少し、手こずりまして」

 軽口を叩くと、彼は小さく笑う。

「君らしい。……アリア、君はこの戦争の英雄だ。君がいなければ、王都は落ちていた」

 私は軽く会釈をしながらも、その言葉を真正面から受け取る。

 あの戦場で私は、味方の裏切りや補給の不足という困難のなか、最前線で剣をふるい、兵をまとめ、勝利を手繰り寄せた。しかも敵国の猛将を生け捕りにし、貴族の間で“奇跡の平民”とまで呼ばれるようになっていた。

「……アリア?」

「え?」

 ふいに、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、レオナルドが立っていた。以前とは違い、どこか気まずそうな表情だ。彼の視線は私の泥に汚れたマント、そして腰に帯びた王国特製の金剣へと向けられている。

「お久しぶりですね、レオナルド殿下」

「……アリア、その……いえ、アリア“様”……英雄として帰還されたこと、心よりお祝い申し上げます」

 ――は?

 何それ。笑っちゃうくらい、態度違うんだけど。

 まるで、あの婚約破棄がなかったかのような口ぶりに、背筋がゾクッとした。

「お気遣い感謝します。でも、あなたに祝われる筋合いはありません」

「っ……そう、だな……あの時は……色々と、状況もあって……」

 動揺している。ざまぁ、ってこういう時に使う言葉なのかもしれない。

 けれど、ここで怒鳴りつけたり、罵倒したりしては、私の価値が下がる。

 だから私は、優雅に微笑んで言ってやった。

「『平民なんて無理』と捨てたくせに、今さら英雄になった私に媚びを売るのは、やめていただけます?」

 空気が一瞬で凍りつく。

 周囲の貴族たちが息をのむ中、レオナルドは顔を真っ赤にし、口を開きかけ――そのまま閉じた。

「……アリア、私と話が……」

「申し訳ありません。私は、これからユリウス殿下と会談の予定がございます」

 そう言って、すぐ隣に立つユリウスへと顔を向けた。

「お待たせしました、殿下」

「ああ。……アリア、そろそろ俺の部屋に来てくれないか? 君に直接、礼を言いたい」

 ――その瞬間、レオナルドの顔から血の気が引いたのがわかった。

 会議室でも玉座の間でもなく、“自室”。

 第一王子が女性を自室に呼ぶ――それがどういう意味を持つのか、貴族である彼に理解できないはずがない。

 「……ああ、もちろんです」と答えながら、私は後ろ手にレオナルドを一瞥した。

 その表情は、見事なまでに崩れていた。

 ねえ、覚えてる?
 あの日、私を平民だと見下して捨てたあなた。
 今の私に、何が言える?

 ──英雄として、王宮に戻ってきた私は、もう誰の下にもいない。

 そしてその隣には、ずっと私を信じてくれていた人がいる。

「では、参りましょうか。ユリウス殿下」

「いや、“ユリウス”と呼んでくれ。君にはもう、殿下なんていらない」

 その優しい声に、心が少しだけ熱くなる。

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