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あの日、王太子殿下から一方的に告げられた婚約破棄。
裏切りの痛みと屈辱を抱えて国を離れた私は、隣国の冷酷と名高い公爵、レオニード様に拾われた。
——それから、どれくらいの時が経っただろう。
公爵邸での日々は穏やかで、けれど時に息苦しいほどの優しさに包まれていた。冷酷という評判が信じられないくらい、彼は私を大切に扱い、少しの不安さえ見逃さなかった。
「今日の調子はどうだ、アリア」
「ええ、とても良いです。あの……この書類、署名を」
「……また働こうとしているな」
「し、仕事くらい——」
「私の婚約者にそんなことはさせない」
婚約者。
まだ慣れないその呼び方に、胸の奥がくすぐったくなる。
でも、今日だけは笑ってばかりもいられない。
遠く、私を追い出した国からの使者が、公爵邸にやってくると聞いたからだ。
応接室の扉が開く音がした。
現れたのは——まさかの、王太子殿下本人だった。
「……アリア」
「……殿下」
隣で立つレオニード様が、冷たい瞳で殿下を射抜く。
噂に違わぬ冷酷な眼差し。けれど私には、その奥の怒りと私への庇護の意志がはっきりとわかった。
「何の用だ」
「彼女を返してもらいに来た」
その言葉に、思わず笑いがこみ上げた。
あの日、私は捨てられたのだ。今さら「返せ」とは、なんて虫のいい話だろう。
「……殿下、私はあなたに返されるものではありません」
「アリア、私は——あれは誤解だったんだ! 本当に愛しているのは君だけで——」
その瞬間、私の手を包む温もりがあった。
レオニード様が私の手を強く握りしめ、低く、しかしよく通る声で言った。
「もう遅い。アリアは私の婚約者だ」
「っ、婚約者……!?」
「そうだ。正式な婚約は王家にも承認されている。君の王太子としての権限でも覆せん」
殿下の顔色が変わる。
悔しさと焦りが混ざったその顔を見ても、もう胸は痛まなかった。
「アリア、本当にそれでいいのか? 隣国の冷酷公爵と生涯を共にするなんて——」
「ええ。むしろ、あなたと過ごす未来よりずっと幸せです」
私が微笑むと、殿下は言葉を失った。
その場を去る足音が、遠ざかっていく。
静寂が戻った応接室で、レオニード様が私を見下ろす。
その瞳は、もう冷たくはなかった。
「……よく言ったな」
「レオニード様が隣にいてくださるから」
「お前は私のものだ。誰が何を言おうと、手放す気はない」
その言葉と同時に、強く抱き寄せられる。
心臓が壊れそうなほどに早くなる。
「アリア、私と結婚してくれるか」
「……はい」
答えた瞬間、唇が触れた。
それは誓いの口づけであり、私の新しい人生の始まりを告げるものであった。
——数ヶ月後、私は公爵夫人として盛大な結婚式を挙げた。
隣国の冷酷公爵は、私だけには甘すぎる旦那様に変わってしまったけれど、それを後悔する日は永遠に来ないだろう。
なぜなら、彼は今日も変わらず私に囁くから。
「アリア、愛している。——死ぬまで、いや、死んでも離さない」
裏切りの痛みと屈辱を抱えて国を離れた私は、隣国の冷酷と名高い公爵、レオニード様に拾われた。
——それから、どれくらいの時が経っただろう。
公爵邸での日々は穏やかで、けれど時に息苦しいほどの優しさに包まれていた。冷酷という評判が信じられないくらい、彼は私を大切に扱い、少しの不安さえ見逃さなかった。
「今日の調子はどうだ、アリア」
「ええ、とても良いです。あの……この書類、署名を」
「……また働こうとしているな」
「し、仕事くらい——」
「私の婚約者にそんなことはさせない」
婚約者。
まだ慣れないその呼び方に、胸の奥がくすぐったくなる。
でも、今日だけは笑ってばかりもいられない。
遠く、私を追い出した国からの使者が、公爵邸にやってくると聞いたからだ。
応接室の扉が開く音がした。
現れたのは——まさかの、王太子殿下本人だった。
「……アリア」
「……殿下」
隣で立つレオニード様が、冷たい瞳で殿下を射抜く。
噂に違わぬ冷酷な眼差し。けれど私には、その奥の怒りと私への庇護の意志がはっきりとわかった。
「何の用だ」
「彼女を返してもらいに来た」
その言葉に、思わず笑いがこみ上げた。
あの日、私は捨てられたのだ。今さら「返せ」とは、なんて虫のいい話だろう。
「……殿下、私はあなたに返されるものではありません」
「アリア、私は——あれは誤解だったんだ! 本当に愛しているのは君だけで——」
その瞬間、私の手を包む温もりがあった。
レオニード様が私の手を強く握りしめ、低く、しかしよく通る声で言った。
「もう遅い。アリアは私の婚約者だ」
「っ、婚約者……!?」
「そうだ。正式な婚約は王家にも承認されている。君の王太子としての権限でも覆せん」
殿下の顔色が変わる。
悔しさと焦りが混ざったその顔を見ても、もう胸は痛まなかった。
「アリア、本当にそれでいいのか? 隣国の冷酷公爵と生涯を共にするなんて——」
「ええ。むしろ、あなたと過ごす未来よりずっと幸せです」
私が微笑むと、殿下は言葉を失った。
その場を去る足音が、遠ざかっていく。
静寂が戻った応接室で、レオニード様が私を見下ろす。
その瞳は、もう冷たくはなかった。
「……よく言ったな」
「レオニード様が隣にいてくださるから」
「お前は私のものだ。誰が何を言おうと、手放す気はない」
その言葉と同時に、強く抱き寄せられる。
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「アリア、私と結婚してくれるか」
「……はい」
答えた瞬間、唇が触れた。
それは誓いの口づけであり、私の新しい人生の始まりを告げるものであった。
——数ヶ月後、私は公爵夫人として盛大な結婚式を挙げた。
隣国の冷酷公爵は、私だけには甘すぎる旦那様に変わってしまったけれど、それを後悔する日は永遠に来ないだろう。
なぜなら、彼は今日も変わらず私に囁くから。
「アリア、愛している。——死ぬまで、いや、死んでも離さない」
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