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翌朝、控えの間に現れた使者は、金の封蝋が押された巻紙を差し出した。
「アーデルハイト陛下より、第三王子ノア殿下と婚約者セレナ様を、宮中へお招きしたいとの勅命です」
「……陛下が、私を?」
私は驚きを隠せずにいた。
ユルフェリア国王――ノアの父であり、この国の絶対的な権力者。
彼が直々に、私との対面を望んでいるという。
「当然の流れだよ、セレナ。君はもう、王家の“関係者”なのだから」
ノアが微笑みながら私の手を取り、指に嵌められた銀の指輪を軽く撫でた。
「ただし……今日は油断しないで。父は慈悲深いが、王としての目は鋭い。試される場面もあるだろう」
私は深く頷いた。
(大丈夫。私はもう、“王太子の飾り”じゃない。私の意思で、この未来を選んだんだ)
午後、宮殿の謁見の間に私は立っていた。
白大理石の床に、金と藍の絨毯が敷かれ、天井には巨大なステンドグラスが輝いている。
その中央に、威厳に満ちた初老の王が静かに玉座に座していた。
アーデルハイト国王――ノアの父。
そしてその両脇には、長兄である第一王子リュシアンと、その妹である王女リリスが控えていた。
(……まるで王族の見本のよう)
私は礼をとった。
「ミルフォード公爵令嬢、セレナ・ミルフォードにございます。突然の婚約の件で、貴国に多大なるご迷惑を――」
「顔を上げなさい。セレナ・ミルフォード」
国王の声は、威厳があるのにどこか穏やかだった。
「私がこうして会いたいと思ったのは、ノアが選んだ理由をこの目で確かめたかったからだ。迷惑など、思ってはおらんよ」
ノアが一歩進み出た。
「父上。セレナは、ロジス王国で冷遇され、政治の駒として扱われてきました。だが彼女の教養、品位、そして精神の強さは、本物の王妃にふさわしいと私は確信しています」
国王はしばし沈黙し、それから小さく笑った。
「まるで、若い頃の私のようだな。――王女ルシアを妃にしたときも、同じようなことを言ったよ」
王妃……ノアの母だ。
ノアがわずかに微笑む。
「セレナ」
「はい」
「お前は、ユルフェリア王国に何をもたらしてくれると思う?」
唐突な問いだった。
けれど私は、一瞬の迷いもなく口を開いた。
「“国”は人が築くもの。私は、人の心を見て生きていきたいと思っております。王妃という立場に就くなら、民の声に耳を傾け、夫とともに支え合える存在になります」
「……ふむ」
「そしてなにより――」
私は一度、ノアを見つめた。
「この方を、愛しています。どんな困難があろうと、その愛を貫く覚悟があります」
静まり返った謁見の間に、王女リリスが「ふふっ」と小さく笑った。
「お兄様、すごい人を連れてきたわね。気に入ったわ、このセレナ様」
「私もだ」
国王は椅子の肘に肘をつき、にっこりと笑った。
「よかろう。セレナ・ミルフォード。お前の婚約を、王家として正式に認めよう」
私は深く頭を下げた。
ノアの手が、背中にそっと添えられたのを感じながら。
(――これで私は、ようやく本当のスタート地点に立てた)
その夜、ノアと二人きりの離宮の書斎。
大きな書棚に囲まれた空間の中で、私は彼の膝の上に座らされていた。
「こ、こんな……子どもみたいな……っ」
「君は頑張ったご褒美を受け取るべきなんだ。王の前であんなに凛々しく、美しく、自分の言葉で想いを語ったセレナに、僕からの褒賞だよ」
そう言って、ノアは私の首筋に唇を落とす。
「っ……ノア……」
「可愛い声、もっと聞かせて」
「や、あ……っ」
耳朶をなぞられ、思わず体が跳ねる。
(何この人、こんな甘やかし方……ずるい……)
ノアは私の髪を撫でながら、真剣な声で言った。
「ねぇセレナ。どんなに政治が動いても、国が揺れても、君は僕の隣にいてくれる?」
「……はい」
「ありがとう。……この愛は、誰にも壊させない」
甘くて、熱くて、息が詰まるような幸福。
私はもう、誰のものでもない――彼の愛に包まれた、ただの私だ。
その頃、ロジス王国――
「マリア様の足取りは!?」
「現在、南方の山岳地帯に向かったという情報が……神殿の裏金を持ち出した形跡もありました」
「なんだと……!?」
王太子アルヴィンは、愕然としていた。
“聖女”を自称し、自分の足場となるはずだったマリアが、突然の失踪とともに資金を持ち逃げ。
しかも、“聖女の神力”に異議を唱える神官たちが続出していた。
「陛下からのお言葉です」
重々しい声で、侍従が伝える。
「“聖女騒動の責任は、王太子の軽率な判断にある。改めて自らの立場を見直すべし”――だそうです」
「……っ」
アルヴィンは、手にしていたグラスを床に叩きつけた。
(セレナ、お前さえいれば……!)
けれど、彼女はもういない。
美しく誇り高く、愛されるべき女性は、遠い隣国の王子の隣で笑っていた。
そして、彼の手元に残るのは――“偽りの聖女”と、“失われた信頼”だけだった。
「アーデルハイト陛下より、第三王子ノア殿下と婚約者セレナ様を、宮中へお招きしたいとの勅命です」
「……陛下が、私を?」
私は驚きを隠せずにいた。
ユルフェリア国王――ノアの父であり、この国の絶対的な権力者。
彼が直々に、私との対面を望んでいるという。
「当然の流れだよ、セレナ。君はもう、王家の“関係者”なのだから」
ノアが微笑みながら私の手を取り、指に嵌められた銀の指輪を軽く撫でた。
「ただし……今日は油断しないで。父は慈悲深いが、王としての目は鋭い。試される場面もあるだろう」
私は深く頷いた。
(大丈夫。私はもう、“王太子の飾り”じゃない。私の意思で、この未来を選んだんだ)
午後、宮殿の謁見の間に私は立っていた。
白大理石の床に、金と藍の絨毯が敷かれ、天井には巨大なステンドグラスが輝いている。
その中央に、威厳に満ちた初老の王が静かに玉座に座していた。
アーデルハイト国王――ノアの父。
そしてその両脇には、長兄である第一王子リュシアンと、その妹である王女リリスが控えていた。
(……まるで王族の見本のよう)
私は礼をとった。
「ミルフォード公爵令嬢、セレナ・ミルフォードにございます。突然の婚約の件で、貴国に多大なるご迷惑を――」
「顔を上げなさい。セレナ・ミルフォード」
国王の声は、威厳があるのにどこか穏やかだった。
「私がこうして会いたいと思ったのは、ノアが選んだ理由をこの目で確かめたかったからだ。迷惑など、思ってはおらんよ」
ノアが一歩進み出た。
「父上。セレナは、ロジス王国で冷遇され、政治の駒として扱われてきました。だが彼女の教養、品位、そして精神の強さは、本物の王妃にふさわしいと私は確信しています」
国王はしばし沈黙し、それから小さく笑った。
「まるで、若い頃の私のようだな。――王女ルシアを妃にしたときも、同じようなことを言ったよ」
王妃……ノアの母だ。
ノアがわずかに微笑む。
「セレナ」
「はい」
「お前は、ユルフェリア王国に何をもたらしてくれると思う?」
唐突な問いだった。
けれど私は、一瞬の迷いもなく口を開いた。
「“国”は人が築くもの。私は、人の心を見て生きていきたいと思っております。王妃という立場に就くなら、民の声に耳を傾け、夫とともに支え合える存在になります」
「……ふむ」
「そしてなにより――」
私は一度、ノアを見つめた。
「この方を、愛しています。どんな困難があろうと、その愛を貫く覚悟があります」
静まり返った謁見の間に、王女リリスが「ふふっ」と小さく笑った。
「お兄様、すごい人を連れてきたわね。気に入ったわ、このセレナ様」
「私もだ」
国王は椅子の肘に肘をつき、にっこりと笑った。
「よかろう。セレナ・ミルフォード。お前の婚約を、王家として正式に認めよう」
私は深く頭を下げた。
ノアの手が、背中にそっと添えられたのを感じながら。
(――これで私は、ようやく本当のスタート地点に立てた)
その夜、ノアと二人きりの離宮の書斎。
大きな書棚に囲まれた空間の中で、私は彼の膝の上に座らされていた。
「こ、こんな……子どもみたいな……っ」
「君は頑張ったご褒美を受け取るべきなんだ。王の前であんなに凛々しく、美しく、自分の言葉で想いを語ったセレナに、僕からの褒賞だよ」
そう言って、ノアは私の首筋に唇を落とす。
「っ……ノア……」
「可愛い声、もっと聞かせて」
「や、あ……っ」
耳朶をなぞられ、思わず体が跳ねる。
(何この人、こんな甘やかし方……ずるい……)
ノアは私の髪を撫でながら、真剣な声で言った。
「ねぇセレナ。どんなに政治が動いても、国が揺れても、君は僕の隣にいてくれる?」
「……はい」
「ありがとう。……この愛は、誰にも壊させない」
甘くて、熱くて、息が詰まるような幸福。
私はもう、誰のものでもない――彼の愛に包まれた、ただの私だ。
その頃、ロジス王国――
「マリア様の足取りは!?」
「現在、南方の山岳地帯に向かったという情報が……神殿の裏金を持ち出した形跡もありました」
「なんだと……!?」
王太子アルヴィンは、愕然としていた。
“聖女”を自称し、自分の足場となるはずだったマリアが、突然の失踪とともに資金を持ち逃げ。
しかも、“聖女の神力”に異議を唱える神官たちが続出していた。
「陛下からのお言葉です」
重々しい声で、侍従が伝える。
「“聖女騒動の責任は、王太子の軽率な判断にある。改めて自らの立場を見直すべし”――だそうです」
「……っ」
アルヴィンは、手にしていたグラスを床に叩きつけた。
(セレナ、お前さえいれば……!)
けれど、彼女はもういない。
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