「地味でつまらない」って言ってたくせに、今さら美しくなった私を追うなんて滑稽ですわね?

ほーみ

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 晩餐会の夜が明けても、私はまだ胸の奥がざわついていた。
 公爵家の馬車の中、窓の外に流れる街並みをぼんやりと眺めながら、ふと昨夜の出来事が蘇る。

 ――リオンとアラン。
 あの二人が、同じ場所で、同じように私を見つめていた。

 アランはかつての婚約者。私を「地味でつまらない」と切り捨てた男。
 そしてリオンは、今の私を選んでくれた人。

 なのに、アランのあの必死な顔が頭から離れない。
 泣きそうな瞳で、「戻ってきてくれ」なんて言われた瞬間――
 胸の奥が、わずかに痛んだ。

 「エレナ、顔色が悪い。大丈夫か?」
 隣に座るリオンが、心配そうに覗き込む。

 深く息を吐き、私は微笑んだ。
 「大丈夫ですわ。ただ……少し、考え事をしていましたの」

 リオンの瞳が一瞬だけ鋭く光る。
 「アランのこと、か?」

 図星だった。
 でも、その問いにどう答えればいいかわからなくて、言葉が詰まる。

 リオンは小さく息を吐き、私の手を取った。
 「彼が何を言おうと、俺はもう手を離さない。……お前が誰を見ても、俺はお前を見続ける」

 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
 リオンの手は温かい。
 ――なのに。
 その優しさに触れるたび、どうしてか、涙が出そうになる。



 それから数日後。
 私は王城の庭園で開かれた舞踏会に出席していた。
 今夜は王太子夫妻の婚約祝い。貴族たちが集まり、豪華な音楽が流れる。

 私の姿を見た瞬間、場の空気が変わった。
 白いドレスに身を包んだ私に、あちこちから視線が注がれる。
 以前の地味な私を知る者たちは、皆、信じられないような顔をしていた。

 その中で、アランだけが一点を見つめるように私を追っていた。
 ――未練の色を隠しもしない瞳で。

 「エレナ、踊ってくれる?」
 そう言って手を差し出したのはリオンだった。

 「ええ、もちろんですわ」
 リオンの腕に手を添えると、音楽が変わり、私たちはゆっくりと踊り出す。

 見つめ合うその瞬間、リオンの指がわずかに強く私の腰を引き寄せた。
 「アランの視線が鬱陶しいな」
 「ふふ……見せつけるように踊ってあげましょう?」

 私がそう囁くと、リオンの口元がゆるむ。
 「さすが、俺の婚約者だ」

 その言葉に、周囲の貴族たちがざわめいた。
 ――婚約者。
 そう、リオンはすでに私に正式な求婚をしていたのだ。

 アランの顔が、絶望に染まる。
 その表情を見た瞬間、胸の奥で何かが静かに終わった気がした。



 舞踏が終わったあと、庭園に出ると夜風が頬を撫でた。
 ひとり静かに月を見上げていると、背後から足音が近づく。

 「……エレナ」
 聞き覚えのある声。アランだった。

 振り返ると、彼は少しやつれた顔で立っていた。
 以前の傲慢さはなく、どこか必死で、哀れにすら見える。

 「リオン殿との婚約、聞いた。……本気なのか?」
 「ええ、本気ですわ」
 「そんな……。俺は間違っていたんだ。お前があんなに努力して、こんなに綺麗になるなんて思わなかった。やり直したい」

 アランの声は震えていた。
 でも、その言葉のすべてが遅すぎた。

 「――滑稽ですわね」
 私は微笑んだ。
 「“地味でつまらない”と捨てた相手を、今さら追いかけるなんて」

 アランの瞳が揺れる。
 「でも……俺は本当に――」

 「アラン様」
 私は静かに彼の言葉を遮った。
 「わたくし、あなたに感謝していますのよ」

 「……感謝?」
 「ええ。あなたが婚約を破棄してくれたから、わたくしは“本当の自分”を見つけられたのです。もう誰かの飾りではなく、自分の人生を歩めるようになりました」

 アランは何も言えず、ただ立ち尽くす。

 私は一歩、彼に近づいて囁いた。
 「でも――もう戻ることはありませんわ」

 その瞬間、庭園の奥から足音が聞こえた。
 「探したぞ、エレナ」
 リオンが現れ、私の手を取る。
 その瞳に迷いはなく、まっすぐに私を見つめている。

 「もうこんな男に時間を使うな。お前は俺の隣にいるべきだ」
 「……はい、リオン様」

 アランの視線を背に、私はリオンの腕の中に身を委ねた。
 彼の胸に頬を寄せると、鼓動がゆっくりと重なる。

 ――あの日、「つまらない」と言われた少女はもういない。
 今の私は、自分の意思で愛を選べる。

 リオンが囁く。
 「もう二度と離さない。約束だ」
 「ええ。……わたくしも、あなたを離しませんわ」

 夜空に浮かぶ月が、二人をやさしく照らしていた。
 そして、アランの姿は静かに闇の中へと消えていった。

 それが、彼との最後の夜だった。



 翌朝、私は鏡の前に立ち、微笑んだ。
 長い髪をまとめ、光る指輪をそっと撫でる。

 ――過去の痛みも、涙も、すべてはこの瞬間のために。

 リオンの声が扉の向こうから聞こえる。
 「エレナ、行こう。新しい人生の始まりだ」

 「はい、リオン様」

 扉を開けた先に、まばゆい光が広がっていた。
 その光の中へと歩み出しながら、私は心の中で静かに呟く。

 「さようなら、過去のわたくし。そして――こんにちは、わたくしの未来。」

 こうして、地味でつまらないと嘲られた令嬢は、
 本当の愛を手に入れた。
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