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第一章 とても不思議な世界
12話 フェンネル・フォーリアム①
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諸用により王都に赴いているイバラ領主バジル・フォーリアムには、魔導士として類まれな才能を持って生まれた一人娘フェンネル・フォーリアムがいる。彼女は、一二歳で魔導学院へ入学し飛級を経てわずか二年で学院を卒業した。
卒業後は祖父の大魔導士クローブを含む賢者会の推薦を受け、一四歳で特別に魔導士試験に臨み合格。魔導士となり一六歳となった現在まで、祖父クローブの弟子として勤しんでいた。将来的には自身の師であり、実の祖父でもある大魔導士クローブ・フォーリアムを凌ぐとさえ言われていた。
しかし、東側諸国で起きた戦争に参戦した祖父クローブは帰ってこず、父であるバジルまで王都に赴いている。フェンネルの抱える寂しさを拭うものは無く。そればかりか、一門の長として、そして、領主としての責任が彼女一人の肩に圧し掛かり、何時しか、フェンネルは、病に伏した様に人前に顔を出さなくなってしまっていた。
その様な時期が長く続き、館に仕える者達でさえ、フェンネルの明るい笑顔を見る機会が少なくなって来ていたのだった。
「サルヴィナさんがあんなに怒る所を見たのは久しぶりでしたにゃ。正直もうだめかと思いましたにゃ」
タイムは試着室に向かって話しかける。試着室の中では日々喜が濡れた服を着替えている最中であった。
「でも、お優しいお嬢様の寛大なご処置が下って助かりましたにゃ。鶴の一声にゃ。日々喜さんもお嬢様に感謝しなくちゃいけませんにゃ」
「うん、そうだね」
「お着替えお済ですかにゃ?」
そう言われて、日々喜は試着室から顔を出した。彼は黒いズボンに白いワイシャツ、その上に黒いベストと黒い燕尾服をまとい、一目でどこかの屋敷の使用人と分かる出で立ちになっていた。
「日々喜さん、見栄えがとても良くなりましたにゃ。サイズはどうですかにゃ?」
「少しきついね。それと、何で燕尾服なのかな?」
「大丈夫そうですにゃ」
「いや、少しきついんだ。それと、この服は動き辛いよ」
「そうですかにゃ? それではこちらはいかがですかにゃ」
自分の見立てに自信を持つタイム。動き辛いという本人の主張よりも見栄えを優先したがった。そのため、日々喜の訴えを頑なに聞き入れず、からかう様に女性用のメイド服を手渡した。
メイド服を手に取った日々喜は、自分の着ている服に比べてゆったりとした仕立てになっている事を確認するが、その裾が思いの外広がりを見せた事に仰天する。
そして、メイド服のスカート部分をつかみながら、これを着るのかと確認するようにタイムの方を見た。
「冗談ですにゃ。日々喜さん、そんな反応されると困ってしまうにゃ」
タイムはクスクス笑いながら日々喜からメイド服を取り上げると、すぐさま慣れた手つきで畳んでしまった。
「さあ、参りますにゃ。お嬢様がお待ちかねですにゃ」
「きついんだけどなぁ」
「直ぐに慣れますにゃ」
ぐずる日々喜の背中を押すようにして、タイムは皆の待つテラスへと誘って行く。
主庭の見えるテラスには、席に着き紅茶を飲むフェンネルと、その傍らに二人の人物が控えていた。
その一人、褐色の肌色をした青年が日々喜の事を驚きの表情を持って迎えた。
精悍な顔立ちで短く刈り上げた髪型が男らしさを際立たせていた。長身で、一七〇センチを超える日々喜よりもはるかに大きく見え、そして、右手に杖らしき物を握りしめ、身体の体重の大半をその杖に預ける様に立っていた。
「お嬢様、彼は? まさか、彼の事を話していたのですか?」
「ええ、そうですマウロ。私は、このトウワ人の見習い魔導士。長岐日々喜の事がどうしても気に入ってしまったのです」
「しかし、こちらのクレレ氏の紹介状には、一ヶ月だけの滞在と書かれているのですが」
「だったら、一ヶ月だけで構わないわ。それに、一ヶ月って意外と先の事よ。予定が変わる事だってあるんだから」
「そんな、都合良く運ぶとは……」
マウロと呼ばれた青年は、戸惑いを隠そうともせず、同じく控えていた女性へ視線を送る。
その女性は、先程、フェンネルの部屋で日々喜を取り押さえたサルヴィナだった。明らかに特殊な訓練を受けた屈強な身体つきをしている。そのことは、身に着けるメイド服でも隠し切る事ができない二の腕の太さが物語っていた。そして何より、長身のマウロと同じくらいの背丈の女性であった。
意見を求めるマウロの様子に気が付いているはずであるが、サルヴィナは澄ました表情を崩す事は無かった。
フェンネルは立ち上がり、日々喜の下に歩み寄り始める。
先程の寝間着から着替え、白のブラウスの下に濃いブラウン色の乗馬ズボンと黒のブーツを履いた外行き用の出で立ちになっていた。
「日々喜。服のサイズはどうかしら?」
「あの、少し――」
「ピッタリでしたにゃ」
日々喜の言葉を遮る様に、タイムが口を挟んだ。
「そう。それは良かったわ。貴方は身体が大きいから少し心配していたの」
「あの、服をお借りしておいてなんですが、どうして、燕尾服なのでしょう?」
「あら、気に入らなかった? とてもよく似合っているわよ」
「それは、どうも」
美少女のフェンネルにそう言われると、悪い気はしない。日々喜は、今日一日この姿のままで過ごそうかとさえ思った。
「日々喜。突然の事だけど、貴方はここで働いて見たらどうかしら?」
「え!? ここで働くって、就職ですか?」
「別に驚く事では無いわ。見習い魔導士は皆、何らかの方法でお金を稼いでいるもの。自作した魔導を売ったり、お世話になっているお屋敷のお手伝いをしたり。フォーリアムの皆だってそうなのよ」
「そうなんだ。でも、僕には無理かもしれません」
「そんな事は無いわ。やって見なければ分からない事だってあるもの。日々喜だってできるはずよ。それとも、もう他に仕事を持っているのかしら?」
「いいえ……」
「じゃあ、決まりね。貴方は私の従者として、このフォーリアムの館で雇う事を決めたわ」
「分かりました……」
フェンネルは日々喜の返答に笑顔を見せると、サルヴィナ達の方へと振り返る。
「マウロ、サルヴィナ。日々喜はいいって言ったわ。決めて構わないわよね?」
フェンネルの言葉にすぐさまサルヴィナが口を開く。
「お嬢様がお決めになられた事です。私からは何も言う事はございません」
「サルヴィナ!? 彼はトウワ人だぞ。この国の習慣にだって慣れているか分からないのに」
「誰にでも、どんな事にも始まりというものはあります。アンドルフィ、長岐日々喜が未熟であれば、早く一人前になれるよう教育するのが、私達の仕事のはず。お嬢様の決めた事に、意見するような理由にはなりませんよ」
サルヴィナにそう言われ、マウロは言葉に詰まった。
「わかりましたお嬢様。ですが、仕事を覚えるまでの暫くは、彼を私の下にお預けください」
フェンネルはマウロの意見に少し思案する様に首を傾げると、それで構わないと返事をした。マウロは安堵したように溜息を吐き、日々喜の方に向き直り話しかけた。
「では日々喜、お昼までの間に本館外での仕事を俺が――」
マウロの話を遮るように、フェンネルは日々喜の前に進み出て話しかける。
「日々喜。貴方は馬に乗れて?」
日々喜は目の前に迫るフェンネルから少し距離を取るように一歩後退りすると、乗れませんけど、と返事をした。
「あらそう? じゃあ、散歩に付き合いなさい」
そう言うと、彼女は日々喜の手を取りテラスから駆け出そうとした。
「え!? お、お嬢様?」
「ただの散歩よマウロ。仕事はお昼の後からでいいじゃない」
テラスから駆け出すフェンネルは、振り返り様にマウロにそう声をかけた。
「コレット、お嬢様の御傍に」
サルヴィナが茫然とするマウロを尻目に、タイムに声をかける。
タイムはサルヴィナの言葉を受け、はいにゃ、と一声上げて二人の後を追いかけテラスを飛び出して行った。
その場に残るサルヴィナは、未だテラスの出口を眺めるマウロに声をかける。
「いつまで呆けているつもりですか! マウロ・アンドルフィ」
マウロはその言葉を受けてサルヴィナの方を振り返る。そして、今のやり取りを見ていただろうと言いたげに、出入り口の方を手で示した。
「アンドルフィ。貴方は知らなかったかもしれませんが、お嬢様は元々年相応のはしゃぎ方をされる方なのですよ」
「はしゃいでいる? あのお嬢様が?」
戦後、大魔導士クローブが居なくなってから、フォーリアムの館へ仕える事になったマウロにとって、常にどこか陰りを抱えている様に見えたフェンネルからは想像もつかない光景だった。
しかし、それ以前から領主に仕え続けるサルヴィナにとっては、フェンネルの今の行動は懐かしさを覚えるものがあった。そのためか、サルヴィナは口元を自然に緩ませながら話しをしていた。
「お嬢様に良い交友関係を持たせたい。貴方がそう話した通り、良い兆候を見せているようですねアンドルフィ」
「母さん、俺が呼び寄せたのは他の子達だ。長岐日々喜がここに来たのは想定していない、予想外の事なんだがな」
「貴方は気をまわしすぎる。なるようになるものです」
「……そんなものかな」
サルヴィナのそんな反応を見てか、ついマウロも肉親としての言葉遣いを彼女にしてしまった。
気を取り直すかのように、サルヴィナはいつもの厳格さを顔に表しながらマウロに話しかける。
「さてアンドルフィ。恐らくはお昼までタイムも戻っては来ないでしょう。ついては、今日の昼食ですが……」
宿舎の料理は、その厨房を任せられているタイム・コレットと見習いの弟子達が交代で賄っている。本館ではサルヴィナが一人でフェンネルの料理を作っていた。
「ああ、腕に自身は無いが、今日は俺と他の見習い達で作るとしよう」
「いえ、そうではありません」
マウロの答えを遮りサルヴィナは話し続ける。
「今日に限ってはお嬢様と共に、全員こちらで召し上がってはいかがでしょうか?」
意外な意見にまたもやマウロは驚いた顔をした。
「今日も天気が良いですから、きっとお嬢様達もお腹が空くまで出歩かれるに違いありません。普段より多くお料理を用意するのならいっその事、全員分を作ってしまう方が良いでしょう?」
「母さん……」
「ついては人手を。見習いの皆さんを幾人か貸していただけますか?」
「ああ、分かった。直ぐに呼んで来るよ」
マウロはそう言うと、器用に杖を突きながらテラスを後にした。
卒業後は祖父の大魔導士クローブを含む賢者会の推薦を受け、一四歳で特別に魔導士試験に臨み合格。魔導士となり一六歳となった現在まで、祖父クローブの弟子として勤しんでいた。将来的には自身の師であり、実の祖父でもある大魔導士クローブ・フォーリアムを凌ぐとさえ言われていた。
しかし、東側諸国で起きた戦争に参戦した祖父クローブは帰ってこず、父であるバジルまで王都に赴いている。フェンネルの抱える寂しさを拭うものは無く。そればかりか、一門の長として、そして、領主としての責任が彼女一人の肩に圧し掛かり、何時しか、フェンネルは、病に伏した様に人前に顔を出さなくなってしまっていた。
その様な時期が長く続き、館に仕える者達でさえ、フェンネルの明るい笑顔を見る機会が少なくなって来ていたのだった。
「サルヴィナさんがあんなに怒る所を見たのは久しぶりでしたにゃ。正直もうだめかと思いましたにゃ」
タイムは試着室に向かって話しかける。試着室の中では日々喜が濡れた服を着替えている最中であった。
「でも、お優しいお嬢様の寛大なご処置が下って助かりましたにゃ。鶴の一声にゃ。日々喜さんもお嬢様に感謝しなくちゃいけませんにゃ」
「うん、そうだね」
「お着替えお済ですかにゃ?」
そう言われて、日々喜は試着室から顔を出した。彼は黒いズボンに白いワイシャツ、その上に黒いベストと黒い燕尾服をまとい、一目でどこかの屋敷の使用人と分かる出で立ちになっていた。
「日々喜さん、見栄えがとても良くなりましたにゃ。サイズはどうですかにゃ?」
「少しきついね。それと、何で燕尾服なのかな?」
「大丈夫そうですにゃ」
「いや、少しきついんだ。それと、この服は動き辛いよ」
「そうですかにゃ? それではこちらはいかがですかにゃ」
自分の見立てに自信を持つタイム。動き辛いという本人の主張よりも見栄えを優先したがった。そのため、日々喜の訴えを頑なに聞き入れず、からかう様に女性用のメイド服を手渡した。
メイド服を手に取った日々喜は、自分の着ている服に比べてゆったりとした仕立てになっている事を確認するが、その裾が思いの外広がりを見せた事に仰天する。
そして、メイド服のスカート部分をつかみながら、これを着るのかと確認するようにタイムの方を見た。
「冗談ですにゃ。日々喜さん、そんな反応されると困ってしまうにゃ」
タイムはクスクス笑いながら日々喜からメイド服を取り上げると、すぐさま慣れた手つきで畳んでしまった。
「さあ、参りますにゃ。お嬢様がお待ちかねですにゃ」
「きついんだけどなぁ」
「直ぐに慣れますにゃ」
ぐずる日々喜の背中を押すようにして、タイムは皆の待つテラスへと誘って行く。
主庭の見えるテラスには、席に着き紅茶を飲むフェンネルと、その傍らに二人の人物が控えていた。
その一人、褐色の肌色をした青年が日々喜の事を驚きの表情を持って迎えた。
精悍な顔立ちで短く刈り上げた髪型が男らしさを際立たせていた。長身で、一七〇センチを超える日々喜よりもはるかに大きく見え、そして、右手に杖らしき物を握りしめ、身体の体重の大半をその杖に預ける様に立っていた。
「お嬢様、彼は? まさか、彼の事を話していたのですか?」
「ええ、そうですマウロ。私は、このトウワ人の見習い魔導士。長岐日々喜の事がどうしても気に入ってしまったのです」
「しかし、こちらのクレレ氏の紹介状には、一ヶ月だけの滞在と書かれているのですが」
「だったら、一ヶ月だけで構わないわ。それに、一ヶ月って意外と先の事よ。予定が変わる事だってあるんだから」
「そんな、都合良く運ぶとは……」
マウロと呼ばれた青年は、戸惑いを隠そうともせず、同じく控えていた女性へ視線を送る。
その女性は、先程、フェンネルの部屋で日々喜を取り押さえたサルヴィナだった。明らかに特殊な訓練を受けた屈強な身体つきをしている。そのことは、身に着けるメイド服でも隠し切る事ができない二の腕の太さが物語っていた。そして何より、長身のマウロと同じくらいの背丈の女性であった。
意見を求めるマウロの様子に気が付いているはずであるが、サルヴィナは澄ました表情を崩す事は無かった。
フェンネルは立ち上がり、日々喜の下に歩み寄り始める。
先程の寝間着から着替え、白のブラウスの下に濃いブラウン色の乗馬ズボンと黒のブーツを履いた外行き用の出で立ちになっていた。
「日々喜。服のサイズはどうかしら?」
「あの、少し――」
「ピッタリでしたにゃ」
日々喜の言葉を遮る様に、タイムが口を挟んだ。
「そう。それは良かったわ。貴方は身体が大きいから少し心配していたの」
「あの、服をお借りしておいてなんですが、どうして、燕尾服なのでしょう?」
「あら、気に入らなかった? とてもよく似合っているわよ」
「それは、どうも」
美少女のフェンネルにそう言われると、悪い気はしない。日々喜は、今日一日この姿のままで過ごそうかとさえ思った。
「日々喜。突然の事だけど、貴方はここで働いて見たらどうかしら?」
「え!? ここで働くって、就職ですか?」
「別に驚く事では無いわ。見習い魔導士は皆、何らかの方法でお金を稼いでいるもの。自作した魔導を売ったり、お世話になっているお屋敷のお手伝いをしたり。フォーリアムの皆だってそうなのよ」
「そうなんだ。でも、僕には無理かもしれません」
「そんな事は無いわ。やって見なければ分からない事だってあるもの。日々喜だってできるはずよ。それとも、もう他に仕事を持っているのかしら?」
「いいえ……」
「じゃあ、決まりね。貴方は私の従者として、このフォーリアムの館で雇う事を決めたわ」
「分かりました……」
フェンネルは日々喜の返答に笑顔を見せると、サルヴィナ達の方へと振り返る。
「マウロ、サルヴィナ。日々喜はいいって言ったわ。決めて構わないわよね?」
フェンネルの言葉にすぐさまサルヴィナが口を開く。
「お嬢様がお決めになられた事です。私からは何も言う事はございません」
「サルヴィナ!? 彼はトウワ人だぞ。この国の習慣にだって慣れているか分からないのに」
「誰にでも、どんな事にも始まりというものはあります。アンドルフィ、長岐日々喜が未熟であれば、早く一人前になれるよう教育するのが、私達の仕事のはず。お嬢様の決めた事に、意見するような理由にはなりませんよ」
サルヴィナにそう言われ、マウロは言葉に詰まった。
「わかりましたお嬢様。ですが、仕事を覚えるまでの暫くは、彼を私の下にお預けください」
フェンネルはマウロの意見に少し思案する様に首を傾げると、それで構わないと返事をした。マウロは安堵したように溜息を吐き、日々喜の方に向き直り話しかけた。
「では日々喜、お昼までの間に本館外での仕事を俺が――」
マウロの話を遮るように、フェンネルは日々喜の前に進み出て話しかける。
「日々喜。貴方は馬に乗れて?」
日々喜は目の前に迫るフェンネルから少し距離を取るように一歩後退りすると、乗れませんけど、と返事をした。
「あらそう? じゃあ、散歩に付き合いなさい」
そう言うと、彼女は日々喜の手を取りテラスから駆け出そうとした。
「え!? お、お嬢様?」
「ただの散歩よマウロ。仕事はお昼の後からでいいじゃない」
テラスから駆け出すフェンネルは、振り返り様にマウロにそう声をかけた。
「コレット、お嬢様の御傍に」
サルヴィナが茫然とするマウロを尻目に、タイムに声をかける。
タイムはサルヴィナの言葉を受け、はいにゃ、と一声上げて二人の後を追いかけテラスを飛び出して行った。
その場に残るサルヴィナは、未だテラスの出口を眺めるマウロに声をかける。
「いつまで呆けているつもりですか! マウロ・アンドルフィ」
マウロはその言葉を受けてサルヴィナの方を振り返る。そして、今のやり取りを見ていただろうと言いたげに、出入り口の方を手で示した。
「アンドルフィ。貴方は知らなかったかもしれませんが、お嬢様は元々年相応のはしゃぎ方をされる方なのですよ」
「はしゃいでいる? あのお嬢様が?」
戦後、大魔導士クローブが居なくなってから、フォーリアムの館へ仕える事になったマウロにとって、常にどこか陰りを抱えている様に見えたフェンネルからは想像もつかない光景だった。
しかし、それ以前から領主に仕え続けるサルヴィナにとっては、フェンネルの今の行動は懐かしさを覚えるものがあった。そのためか、サルヴィナは口元を自然に緩ませながら話しをしていた。
「お嬢様に良い交友関係を持たせたい。貴方がそう話した通り、良い兆候を見せているようですねアンドルフィ」
「母さん、俺が呼び寄せたのは他の子達だ。長岐日々喜がここに来たのは想定していない、予想外の事なんだがな」
「貴方は気をまわしすぎる。なるようになるものです」
「……そんなものかな」
サルヴィナのそんな反応を見てか、ついマウロも肉親としての言葉遣いを彼女にしてしまった。
気を取り直すかのように、サルヴィナはいつもの厳格さを顔に表しながらマウロに話しかける。
「さてアンドルフィ。恐らくはお昼までタイムも戻っては来ないでしょう。ついては、今日の昼食ですが……」
宿舎の料理は、その厨房を任せられているタイム・コレットと見習いの弟子達が交代で賄っている。本館ではサルヴィナが一人でフェンネルの料理を作っていた。
「ああ、腕に自身は無いが、今日は俺と他の見習い達で作るとしよう」
「いえ、そうではありません」
マウロの答えを遮りサルヴィナは話し続ける。
「今日に限ってはお嬢様と共に、全員こちらで召し上がってはいかがでしょうか?」
意外な意見にまたもやマウロは驚いた顔をした。
「今日も天気が良いですから、きっとお嬢様達もお腹が空くまで出歩かれるに違いありません。普段より多くお料理を用意するのならいっその事、全員分を作ってしまう方が良いでしょう?」
「母さん……」
「ついては人手を。見習いの皆さんを幾人か貸していただけますか?」
「ああ、分かった。直ぐに呼んで来るよ」
マウロはそう言うと、器用に杖を突きながらテラスを後にした。
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