ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

3話 新年度の為に③

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 「ここは?」

 暗い森の中で、日々喜は一人呟いた。
 そこは、まったくの暗がりで、一切見通しが利かない。イバラ領で見た様な光る靄も、星の明かりも降り注ぐ事は無かった。ただ、僅かな風の揺らぎを肌で感じ取る時、それに合わせる様にして、上空から木々のざわめく様な音や、あの森林独特の青臭い香りが漂うのであった。
 そこが何処なのか定かでは無い。しかし、イバラの森ではないのは確かだった。
 日々喜は、以前似たような事を経験した事を思い出す。それは、フェンネルの部屋の中での体験であった。

 「魔法陣が重なったのか? 僕は今、マウロの心の中を覗いている」

 魔法陣の重なり合い。稀に起こると言われるその現象が起きた時、術者は心の中を覗き込むのだと、日々喜はコウミから聞いていた。
 しかし、先程まで中庭で行っていた事初めの修練では、魔法陣は一枚だけしか展開されていなかったように思う。若干の混乱を引きずりながらも、日々喜は周囲の様子を窺い続けた。
 やがて、森林の奥の方から、ぼうっとした朧げな明かりが見え始めた。その明かりはうごめき、こちらへと近づいて来る。それと同時に、森の枝葉を掻き分ける様な音も聞こえ始めた。
 日々喜は念のため、その場から身を隠した。
 暗がりの中から、フードを被った二人の男が姿を現した。イバラに駐在する憲兵と同じ様なデザインの服装をしており、何より、羽織っていたマントの隙間から、あの大きな魔導書アトラスが見えた事で、日々喜にはその二人が魔導士である事が直ぐに分かった。
 一人は意識を失ったようにぐったりとしている。そして、もう一人がそのぐったりとした者を背負い、行く先をランタンで照らしながら森の中を進んでいた。

 「マウロ……? マウロか?」

 背負われていた男が言葉をかけた。

 「目が覚めたのかアズラエル?」

 背負っていた男が、その言葉に気が付き聞き返した。
 どうやら、気を失って背負われていた男が息を吹き返したらしい。
 男は先程まで日々喜が居た場所に到達すると、背負っていた者を地面へとゆっくり降ろし始めた。

 「少し休憩しよう。アズラエル」

 男はそう言うと自分の被っていたフードを脱いだ。地面に置かれたランタンによって、その男の顔が照らされる。直ぐ傍の木陰から見ていた日々喜にはそれがマウロである事がハッキリと分かった。

 「マウロ……、ここは、どこだ?」
 「まだ、森の中だ。俺達は本隊からはぐれてしまった。今は、何とかこの森を抜ける為、西に向かっているところだ」

 マウロはそう言うと、自らの懐から水筒を取り出し、アズラエルに差し出した。アズラエルは必要ないと言うかのように差し出された水筒を押し退けた。

 「まだ……、俺は、デーモンの森に居るのか……」

 地べたに座り込むアズラエルは、ぐったりと首を項垂れたまま、そう呟いた。

 「アズラエル。安心しろ。作戦は成功した」
 「成功? それじゃ、シェリル・ヴァーサは?」
 「ああ、彼女は無事に森を越えた。今頃は、災厄を呼び込んだ者と対峙している頃だろう。ひょっとすれば、いいや、きっと彼女ならもう倒している」

 マウロは、未だ項垂れ続ける友人を勇気付ける様にそう言った。

 「そうか……、彼女は森を越えたのか……、さすが、英雄の再来だ」

 アズラエルは、そう言葉を漏らすと、安堵した様に大きく息を吐いた。

 「ここは瘴気が濃すぎて、空を確認する事も出来ないが、きっと、俺が子供の頃に見た星空に戻っているはずだ。俺は早く、あのまともな夜空を見たくて仕方ない気分だよ」
 「マウロ。……お前はイバラの出身だったか?」
 「ああ」
 「俺はイスカリだ。同じ東部の出身で……、俺も子供の頃に、まともな星空を見ていた。……きっと、俺達は同じ空をながめていたんだろうな」

 アズラエルはそう言うと、自分の子供の頃を思い出したかのように、弱々しく小さな笑い声を立てた。
 マウロはその様子に安心して、飲んでいた水筒を懐にしまい込んだ。

 「さあ、直ぐに森を出るぞアズラエル。森を出ればすぐに野営地だ。北部の空は、イスカリの空とは違うかもしれないが、事を成した俺達の事を昔の様に迎えてくれるはずだ」

 マウロは再び、アズラエルを担ごうと手を貸そうとした。しかし、アズラエルは、まるで自分に触れてくれるなと言わんばかりに、マウロのその手を押し返した。

 「アズラエル?」
 「マウロ。俺の事はいい。ここに置いて、放っておいてくれ」
 「馬鹿な! 何を言ってる」

 戦友を見捨てるものか。そう言わんばかりに、マウロは怒ったような声を出し、終始項垂れ続けるアズラエルの頭に向かって話し続けた。

 「しっかりしろ。ここは、デーモンの森だ。奴らの巣窟だぞ。そんな場所に、身動きも取れないお前を残して行けるか」
 「俺は……、知ってしまった。奴らに魔法陣を破壊された時、奴らの何かが、俺の中に流れて来た」

 アズラエルは、弱々しく語り出す。

 「知らなかったんだ。こんな事。こんな、深い絶望がある何て、俺は……、俺は知りたくなかった」

 そう言いながら、アズラエルは折り曲げた自分の両膝を抱き寄せ、小刻みに体を震わせ始めた。
 あの人は泣いている。怖がっているのだろうか?
 傍からながめるばかりだった日々喜は、アズラエルの声の感じから、その心情に思いを寄せた。

 「アズラエル、お前は倒錯に陥りかけている。ここは、瘴気が濃い。きっとダークマターの影響を受けているんだ。早くここを抜けるぞ」

 マウロはそう言いながら、友人の両肩に手を乗せ、勇気付ける様に摩り続けた。しかし、アズラエルの体の震えは止まる事は無かった。

 「うう……、デーモン。……デーモンだ。何故、あんな者が同じ世界に存在している。あんな姿になってまで、何故この世界にしがみ付いていられるんだ……。俺は、怖い。奴らが恐ろしい……」

 アズラエルはそのまま、自分の膝の中に顔を埋めてしまった。
 最早、何を言っても無駄だろうか。マウロは困ったような表情でアズラエルを見下ろし、肩を落とした。
 その時、直ぐそばの茂みから音が聞こえた。マウロはすぐさまその気配に反応し、地面に置いてあったランタンでそちらを照らす。顔を埋めていたアズラエルも、驚いた様にそちらへ顔を向けた。
 それまで暗がりの中で、二人の魔導士達のやり取りを黙って待っていたかの様に、数匹のデーモン達が、何時の間にか集まっていた。
 その立ち姿は、まるで人形のようで、デーモン達はランタンの明かりに照らされながらも、指一つ動かす事無く、ただ黙って突っ立ち、全員顔から突き出た嘴をバラバラの方角へと向けていた。

 「ひっ! デーモン!?」

 アズラエルが叫んだ。

 「アズラエル。そこを動くな!」

 マウロが、デーモン達の前に立ち塞がる。マウロの腰に携帯されていたアトラスが、独りでに飛び出した。

 「だ、駄目だ……。頼む、来ないでくれ! 俺達には勝てない。魔導では、お前達をどうする事も出来ないんだ。俺達には、倒す事も、救う事も……。うう……」

 恐ろしさのあまり、自分の頭を抱えながら、アズラエルはそのように呟き続けた。

 「アトラス!」

 友人の様子を無視して、マウロはデーモンの居る方角に両手をかざし、魔導の行使を試みる。
 途端に、マウロのかざした両手の先に一メートル程の魔法陣が、同時に二枚、並び立つ様に展開された。
 それまで、微動だにしなかったデーモン達は、魔法陣の淡い光に照らされた途端、一斉にこちらへと向き直る。

 「サンダーボルト!」

 マウロの叫び声と同時に、その場に轟音を響かせながら、幾筋にも枝分れした稲妻が何度も走り抜けた。
 その稲妻は、ストロボスコープを用いたかのように、その場で起きた事柄を小間切れにして照らし出す。
 佇んでいたデーモン達は、一斉に分散する様にその場から飛び出し、マウロへと飛び掛かっていた。
 稲妻は、飛び交うデーモンを次々と撃墜する。
 デーモンは避ける素振りも見せず、稲妻をその身に受けると沈黙した様にその場に倒れ込んだ。しかし、次にその場が照らされると、その姿は忽然と消えている。
 不死身のデーモンは暗闇の中で立ち上がり、再びマウロの方へと襲い掛かって行っているのだ。その為、デーモン達の数は一向に減る様子を見せなかった。
 やがて一匹のデーモンが、枝分かれする稲妻を掻い潜り、マウロの展開する魔法陣へと飛び掛かる。
 そして、そのデーモンの固めた握り拳が魔法陣へと振り下ろされるのが、日々喜の眼にハッキリと見えた。
 バンッと木の板を叩く様な音がその場に響く。
 日々喜は驚いた様に周囲を見渡した。
 気が付けばそこは中庭で、リグラがオレガノの指導によって、魔法陣の引き絞りを行っている最中だった。
 オレガノはリグラに付きっきりでコツを教えているが、上手く行っていない様だ。そして、その直ぐそばには、二人の修練の様を見つめるようにキリアンが立っていた。

 「日々喜、聞こえているかい?」

 白昼夢から覚めた様に、茫然とした表情を浮かべる日々喜に対して、マウロが心配そうに尋ねた。

 「マウロ? 僕は今……」
 「うん。上手くできていたよ日々喜」

 マウロは石ころの置かれていた場所を指差す。石ころは僅かに地面に描かれたバツ印からずれて置かれていた。

 「石が動いたのは僅かだったが、ちゃんと魔法陣が展開されていた」
 「魔法陣の展開ができた。僕が?」
 「気が付かなかったかい? すごい集中力だな」

 日々喜は頭を手で押さえながら、今見た事柄を思い起こそうとした。僅かに頭が痛む。以前フェンネルの心を覗いた時と全く同じ感覚だった。

 「平気かい日々喜?」
 「はい、大丈夫です」

 あまり大丈夫そうに見えない。
 日々喜の様子からそう感じたのか、マウロは少し休む様にと日々喜に言った。日々喜は黙って言う事を聞く様に、中庭の縁石に腰を下ろした。

 「少し急すぎたから、疲れてしまったのかもしれないな。ただ、今の感覚、イメージを忘れずに、一人の時にも修練に励むと言い」
 「分かりました」
 「……ところで、日々喜。魔法陣を展開している最中、君は何か見たかい?」

 痛む頭を押さえ続けながら、日々喜はマウロの顔を見上げた。

 「初めに話した通り、事初めには注意が必要なんだ。俺もできるだけ何も考えないように努めていたんだが、つい、昔の事が頭を過ってしまって」

 憂いを帯びた表情で、マウロはそう話す。

 「大丈夫です」

 日々喜はただ一言そう答えた。

 「そうか……、ならいいんだ」

 そう言うと、マウロは安心した様に表情を緩めた。
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