ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

25話 森の王者⑥

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 日が暮れ始め、オレンジ色の西日が森の中に射し始めた。
 日々喜とコウミは、寝床に帰る為に、西側から東側へと森の中を移動する。

 「日々喜、……おい、日々喜」
 「……はい」

 コウミが先を行く日々喜の事を呼び留めた。日々喜は呆けているような表情をコウミに向ける。
 血を見過ぎたのだ。日々喜の様子が自分の初陣の時と重なり、コウミはそう思った。

 「足下を見て歩け、フラついてるぞ」

 コウミはそう言いながら、先程の戦闘で用いた手斧を日々喜に返した。

 「どうも……」

 呟く様な返事に、コウミは溜息を着く。
 森の中を駆けずり回っても、息を上げる事の無かった日々喜からは、想像しがたい程、くたびれた様子だった。
 しかし、今日の出来事を振り返れば、日々喜のやった事は出来過ぎている。あの女剣士の追跡をかわし逃げ切って見せた。そればかりか、踵を返す様に、今度は獣に襲われる小娘の救出へと駆けつけた。誰よりも早くに。
 そんな真似が、普通の人間に可能なのだろうか。
 これまでの事を振り返り、コウミは日々喜の力の秘密について考え始める。
 森の生活に順応したのは、里山での修業の成果だったろう。
 日々喜が実践したものは登下校の前後に際し、毎日同じ里山へ登り、下りを繰り返すというものだった。そんな日々喜の奇行を理解できる者は無く、近所の者は困惑した表情を浮かべ、同級生は日々喜の行動を笑った。そして、傍からずっとそれを見ていたコウミさえ、日々喜が里山に姿を現す度に、もっと効率のいい修行をしろ、木刀を振れ等の茶々を入れ続けた。
 その様な中で、日々喜の祖母環世とその兄灯馬だけが、日々喜の常軌を逸した行動を見守り続けて来ていた。三年余りの間、ずっと。
 そして、相応に足腰は鍛えられ、山頂へのルートを幾つも自分の手によって開拓して行った。その里山の所有者である灯馬からも、山を管理する為の知識と技術を教え込まれて行ったのだ。
 コウミの知る日々喜の強みはそれだけだ。何の役にも立たない。
 追跡を回避する術も、戦う方法も日々喜は知らないはずだった。

 「他にあり得るとしたら、この森との親和性か……」

 コウミは、日々喜の方を見る。日々喜は手渡された手斧を手であやしていた。子供じみた行動を見て、コウミは考えを否定する様に自嘲した。
 それこそあり得ない。短期間でどうやって親和性を高めるんだ。知りもしない相手が、急に無二の親友になる様なものだぞ。

 「あ!?」

 日々喜が突然声を上げた。

 「どうした?」
 「ここ、欠けてる」
 「ああ、剣を受けた跡だ」

 手斧の欠けた部分を示され、コウミが答えた。

 「大事に使ってって言ったのに」
 「仕方ないだろ。俺は道具を使うのが上手くない。それでも気を使った方だ」
 「戦う道具じゃありません。木を切る為の物です。これじゃ、もう使えませんよ」

 日々喜はそう言うと、スタスタ先を言ってしまった。コウミは乱暴だ、道具の扱いを知らないとブツブツ文句を言う声が後に聞こえた。

 「悪かったよ。斧ならもう一本あるだろ。それ返してやるから、機嫌直せ」
 「……分かりました」

 意外と現金な奴。
 意味不明に里山を登り下りしていた頃に比べ、損得で物を考えられるくらいには成長しているのだろう。コウミは安心した様に、別の話題を振った。

 「そう言えばお前、どうやってあの女剣士から逃げ切った?」
 「走って逃げました」
 「……歩いて逃げきるよりは説得力があるな。だが、俺が聞きたいのはそう言う事じゃない。あの剣士は亡国の、テシオ一門の剣士だ。非常識な技を使う」
 「非常識な技?」

 コウミは頷くと、日々喜に手斧を貸して見ろと言った。

 「見てろ」

 コウミはそう言うと、左手で手斧の刃の部分を摘まんだ。
 コウミの左手から瘴気が立ち昇る。すると、少しの力も込めていない様子なのに、手斧はパキンと音を立てて割れてしまった。コウミは割れた手斧の破片を摘まんだまま日々喜に見せつけた。

 「凄い力……」
 「力じゃない。アクシスだ。形を操り、破壊した」
 「形を操る? エレメンタルを使ったんですか?」
 「俺も詳しく知らない。だが、俺の知り合いがこの非常識な力を分類し、それぞれ解釈を付けた。今のは形のエレメントを操る技さ」
 「形の、エレメント……?」

 聞いた事の無い考えに、日々喜は驚いた表情を見せた。

 「剣士達の中には、剣を媒介にしてこの技を用いる奴らが居る。魔導士にとってのアトラスと同じで、魔導以上に奥が深い」
 「僕にも使えますかね?」
 「無理だろ」

 コウミは素っ気なく応えた。
 「魔導の時もそう言ってました。僕には使えないって。でも、使えましたよ」
 日々喜は得意気に言い返した。

 「一人で魔導が行使できるようになったのか?」
 「それは、まだですけど」

 日々喜はマウロとの修練の成果を話した。魔導の事初めとして、ちゃんと行使する事が出来たのだ。

 「それじゃ、使えるとは言えないな。魔導士は一人で魔法陣を展開させる。話を聞く限り、大半はその魔導士がやった事だ。お前はしっかりとお膳立てされた場所に絵を描いただけの話しだろ」

 コウミはそう言い、日々喜の成果を認めようとしなかった。

 「お前が魔力を持っているのは意外だったが、それなら尚更、アクシスは使う事が出来ない。魔導が使える人間には無理なんだよ」
 「そういうものなんですか」

 日々喜はコウミ自身が魔導を使う事が出来ないと話していた事を思い出した。

 「ここではな。それに、こいつには体系というものが存在しない。魔導の様に勉強が通じる相手じゃないのさ」
 「勉強が通じない?」

 それでは、どうやって剣士達はアクシスを学んで行くのだろうと、日々喜は疑問に思った。

 「そうとは言え、深く調べようとした人間は大勢いた。さっき話した解釈もその成果の一つ。ただ、大概はアクシスの奥の深さに挫折しちまう。非常識さに混乱を極めちまうんだ」

 日々喜には良く分からなかった。

 「コウミは斧を使うの?」

 日々喜の言葉にコウミは小さく笑った。
 「俺の域に達すると、逆に道具が使えなくなる。剣も、斧も、媒介を用いる必要が無いのさ」
 コウミはそう言うと、持っていた手斧を捨てた。

 「俺が森の中で奴を見つけた時、既にお前の事を見失っていた。それどころか、打つ手がないかのように茫然としていた。これだけの力を持つ者が、お前に圧倒されたんだ」

 コウミの話しに、日々喜は目を瞬かせた。

 「俺が居ない間に何をした? どうやって奴を巻いた?」
 「キノコを囮にしました」
 「キノコ? 真面目に答えろって」
 「本当です。臭いキノコです。ちゃんと考えて囮にしました」
 「臭い、か……」

 コウミは考える様にそう呟いた。

 「この辺りの見通しは、事前に計算してました。僕の足なら十秒以上引き離せば完全に見えなくなるはずです。それなのに、あの剣士さん、ハニイさんは追いかけて来たので、おかしいと思ったんです。きっと視覚以外に頼りにしているものがあるって」
 「成程、嗅覚か……。犬面にはお似合いだな」

 コウミは合点がいったように呟く。しかし、何か引っかかるものが残った。

 「いや、ちょっと待てよ……。奴は嗅覚を頼りにお前を追いかけたって?」
 「そうです」
 「日々喜、自分で言っていておかしいと思わないのか?」
 「何がですか?」
 「見えない距離まで引き離した。それならお前は、追跡を受けている事にどうやって気が付いたんだ」

 日々喜は言葉に詰まる。本人にも何故理解できたのか分からないようだった。
 コウミの脳裏に先程の考えが蘇った。

 「日々喜……、この森に来て、いや、それ以前に、森について深く調べる様な事をしたか?」

 コウミは自分の考えが間違っている事を祈りながら、そう質問した。

 「はい。ジオメトリーを熟読しました」

 コウミは愕然とした。盲点だった。
 魔導士なら、当然その土地に即した魔導を学ぶ。この土地の理解を深め、自発的に親和性を高めて行く。行使できる魔導を完璧に近づける為だ。ジオメトリーはその為のアイテム。現地に足を運ばなくても、知りたい領域の特性を調べる事が出来る。
 そして、この世界の人間では無い日々喜の場合。よからぬ者がこの領域に理解を深めると言う事は、この領域の玉座に近づこうとする事と同義だ。

 「この森が、お前に脅威を教えた……」

 既に、森の一部が日々喜に応え始めているのだ。新たなるルーラーにさせるべく、玉座へと導いている。
 日々喜がルーラーとなったら、何が起きるんだ。少なくとも、この領域からは容易に出る事は出来ないはず。つまり、帰る事が出来無くなる。
 コウミは、そう結論付けると、すぐさま日々喜の手を引き始めた。 

 「日々喜! 直ぐにこの領域を離れるぞ!」
 「え!? またですか?」
 「暫くの間でいい。遠くに行くんだ!」
 「急ぎ過ぎですよコウミ。暫くって、一体何時までですか?」
 「イバラのルーラーが決まるまでだ!」
 「そんな、勝手ですよ!」

 日々喜の言い分になど聴く耳を持たない。そんな様子で、コウミは街道へと足を速めた。

 「あ……」

 日々喜の足が止まった。

 「どうした? 今度は何だよ!」
 「いえ、あれ……」

 日々喜は暗くなり始めた東の空の方を指差した。
 東側の森の方角。そこには巨大な煙柱が幾本も立ち昇っているのが見えた。
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