ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

44話 アルキメデスの方法より①

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 「ここは……」

 窓に夜空が映り、多くの星々が集まる様にして、螺旋の様な模様を描いている。丁度、自分の横たわるベッドからその光景を見る事ができた。
 確か、自分はフォーリアムの外庭を目指していたはず。イバラの空にあんなものはなかった。
 日々喜はそう疑問に思いながら身を起こした。

 「あれは銀河? いや、災厄の大魔法陣か」

 過去に、フェンネルの記憶の中で見た事があるその天体の様なものを見て、日々喜は呟いた。

 「だとすると、ここは」

 過去の出来事。自分は夢の様なものを見ているのではないか。
 良く見れば、今居るこの部屋もどこかで見た事があるような気がする。日々喜はそう考え周囲を窺った。
 壁際に山積みになって置かれる本。何か計算を書き付けたような書類が床中に散乱し、部屋の出入り口までの道筋を作る様に乱暴に脇に寄せられている。そして、それらは、永らく手付かずになっていた様に埃の様なものが被さっていた。

 「ツキモリ、コウイチさんの研究室」

 イバラに来る以前、自分の見たその部屋の様子に比べ、幾分綺麗で壁の落書きなども無かったが、確かにその場所はコウイチの研究室で間違いなさそうだった。日々喜がそう理解した時、部屋の隅に置かれる机に噛り付く様にして、こちらに背を向ける一人の男が居る事に気が付いた。
 同じ机に乗せたランプの明かりを頼りに、その男は右手にペンを握ったまま、肘をついた左手で頭を支える様にして、机に置かれた一枚の羊皮紙と一冊の本を眺めていた。
 何かを書付る作業の途中なのだろうが、それは難航しているらしく、ペンを持った右手は一向に動く様子を見せない。
 そうでありながら、男は悩まし気な唸り声の様なものを上げる度に、左手で髪を撫でつけたり、頭を掻いたりと盛んに動かしていた。

 「ふむ、これは確か……」

 男はそう言うと、本を手にしながら席を立つ。そして、持っていた本を開き、背後にあった山積みの本の背表紙とを照らし合わせる様に指でなぞり始めた。
 月明りにも近い、大魔法陣の淡い光に照らされてその男の横顔がハッキリと映し出される。
 総髪に纏め上げられた黒い髪には、苦労を重ねた様に白いものが目立ち、そうでありながら素肌は若々しく、日に当たった事が無いのではないかと思える程色白だった。そして気の優しげその壮年の男性の顔立ちからは、どこかつかれ印象を受けるものの、な本を眺めるその様は年甲斐も無く楽しんでいる様にも見えた。

 「あった。これだ、これ」

 やがて、一冊の本の背表紙の上で指を止めると、既に手にしていた本を小脇に抱え、山積みの本の中から、その一冊を取り出そうと奮闘し始める。

 「よいっしょ! おっとっと」

 漸く一冊を抜き取ると、今度は傾き始めた本の山に慌て、何とかそれを抑えようとし始めた。
 男性は取り出した本を床に置き、小脇に抱えていた本をその隙間に捻じ込みつっかえにすると、これで良しとばかりに額を拭った。

 「ふう……、あ!?」

 床に置いた本を手にし、改めて確認をしようとするが、照らし合わせるべきものが、再び本の山の中に納まった事に気が付き、自分の失態に呆れた様な表情を浮かべた。
 何かに夢中になっていると、手直な事でも忘れがちになってしまう。自分も良くやらかしてしまう事だ。日々喜はそう思いながら、その男性の失敗を見てクスリと笑い声を立て、慌てて自分の口元を手で覆った。
 しかし、男性は日々喜の事に気が付いていない様子だった。

 「あの、すみません」

 男性は答えない。
 やはり、ただの夢では無い。フェンネルの記憶を覗いた時と同様に、ここに居る者には、自分の存在は認識されていない様だ。
 日々喜がそう考え巡らしている間に、男性は二冊の本を手にして、先程の机に戻ろうとし始めた。
 その時、部屋の外から、床がきしむような音が聞こえた。
 男性は扉の方を一瞥すると、そのまま自分の席に着く。そして、二冊の本を開いたまま机に置き、再び考えに没頭するのかと思いきや、少し気にする様子で扉の方をちらちらと眺めていた。
 再び床のきしむ音が聞こえた。
 男性は溜息交じりに席を立つと、扉を開き、部屋の外に立つ者に尋ねた。

 「……こんな時間にどうしたんだい?」

 相手は答えようとしない様子で、沈黙がしばらくの間流れて行った。

 「早く寝なさい。夜更かしをしていると、アンナに怒られてしまうよ」

 男性はそう言うと、扉を開け放ったまま、自分の席へと戻った。
 部屋の前に立つ者は、黙ったままそこから動こうとしない様子で、男性は暫く微笑ましそうにそちらを眺めていた。

 「それじゃあ、眠くなるまで。少しお話をして行くかい?」
 「入っていいの、コウイチ?」

 男性の声に女の子の声が答えた。

 「いらっしゃい、シェリル」

 コウイチがそう言うと、扉の先から寝間着姿の女の子が部屋の中へと入って来た。
 年の頃は十歳くらい。青い髪の毛を肩まで伸ばした女の子は、嬉しそうに口元を歪めながら、はしゃぎたい気持ちを抑える様に、静かに部屋の扉を閉めた。
 日々喜はその女の子の事を見て驚いた表情を浮かべる。

 「青い髪の毛、シェリル、ヴァーサ……」

 日々喜の呟きなど気にする様子も無く、シェリルはコウイチの下に歩んで行く。

 「コウイチさんとは知り合いだった。……いや、親子だったのか?」

 仲睦まじい二人の様子から、意外な関係性があった事を日々喜は理解した。

 「部屋に入った事、皆に自慢してもいい?」
 「自慢になるのかな?」
 「だって、何時もアンナが、コウイチの邪魔をするなって怒るもの」
 「なるほどね。だけどそれだったら、黙っていた方がいいかもしれない。アンナに知れたら、きっと、君も僕も目一杯叱られてしまう」

 二人はそんな話をしながらクスクスと笑い合っていた。

 「これは何? 魔導の研究?」
 「いいや、数学だよ。少し息抜きをしていたんだ」
 「遊んでたんだ」

 コウイチは苦笑しながら頷いた。

 「前に買った古いチャートがね、実は、パリンプセストだったんだよ」
 「パリンプセスト?」

 日々喜とシェリルが同時に言葉の意味を尋ねる様に言った。

 「一度書かれた文章を消して、羊皮紙を再利用した物の事だよ。古いチャートの中には、こうしたものが混じっていたりしてね、古の研究内容等が書かれていたりするんだ」
 「へー……」
 「へぇー」

 日々喜とシェリルは、同時に相槌を打った。
 コウイチの示すそれは、少しばかり薄汚れた羊皮紙だった。話していた通り、数学の幾何学の内容と図形の様なものが描かれている。そして、それらの内容を上書きする様に薄く文字の様なものが書き付けられていた。

 「放物線に関した問題かな? 見た事があるかもしれない」

 コウイチはそれについて熱心に解説をし始める。日々喜はその話に聞き入り続けた。
 放物線上の任意の二点A、B、これらを結んできる線分によって、放物線から半円状の図形を切り出す事ができる。問題は、この半円状の図形の面積を求めるものだった。



 「どうやって、求めるのだろう。これだと、積分を使う以外に無さそうだけど……」

 例えば、三角形や四角形等の真っ直ぐな線分によって囲われる図形は、容易にその面積を求める事ができる。しかし、滑らかな曲線に覆われた図形に対しては、初等的な幾何学の考え方が全く通じなくなってしまう事を日々喜は知っていた。
 日々喜は、コウイチの解説を聞きつつ、古代人の流儀に合わせる様に考えを巡らせ始めた。
 小さなシェリルは、夢中になるコウイチの話しに興味を無くし、大きな欠伸をかいて見せた。

 「シェリルにはまだ少し早かったかな? ユーゴは喜んで話を聞いてくれたんだが……、おや?」

 コウイチがそう言うと、そばに居たシェリルは走り出し、ベッドに飛び込んで行ってしまった。

 「ユーゴ、嫌い。私に意地悪する」
 「意地悪? 一体、何をされたんだい?」
 「学院で勉強して来た事を隠すの。私には難しいって、チャートも読めないだろって、そう言うのよ」
 「なるほど、なるほど。ユーゴは魔導士として片鱗を見せているね。とても秘密主義だ」
 「秘密って悪い事よ。アンナが言ってた。だから私、ユーゴのお髭を引っ張ってやったの」

 シェリルの話を聞き、コウイチは驚いた様に目を見開き、笑い出した。

 「ハハ、フフフ。それはやり返したね。クック、そうか、晩御飯の時に、彼が機嫌を悪くしてたのはそれが原因か」
 「笑わないで! ユーゴを叱って!」
 「シェリル、シー……」
 コウイチはそう言って、口元に指を当て、シェリルの大きな声と憤った気持ちを静めた。
 「シェリル、気持ちは分かるけど、ユーゴの気持ちも考えてあげなきゃいけない。彼は苦労して勉強した事を君に簡単に知られてしまうのが、我慢ならないんだ」
 「けちんぼ」
 「違うよ、シェリル。ユーゴなりの考えさ。ちゃんと君が教えて欲しいと頼めば見せてくれるはずだよ。彼は、君のお兄さんでいたいと思っているんだからね」
 「お兄さん?」
 「そうさ。一門の皆が家族なんだ。だから、君も兄さんの髭を引っ張った事をちゃんと謝らなくちゃダメだよ。ユーゴに取って、あれは弱点。コンプレックスなんだからね。君も知っているだろ?」
 「……謝る」

 納得したのか、してないのか。シェリルは枕に顔を押し付けながらそう言った。

 「うん。そうなさい」

 コウイチはそう言うと机に向かい、自身の研究を再開し始めた。

 「夢を見たの」

 ベッドで横たわるシェリルは、まどろむ様な表情を向けながら、コウイチの背中に話し掛けた。

 「何の夢だい?」
 「コウミの夢。旅をする夢よ」

 シェリルの話を聞いて、コウイチは背後を振り向く。

 「コウミは、男の子と一緒に歩いてた。どこか、とても遠くの世界を、男の子の家族を探して」

 コウイチと共に、日々喜が驚いた表情を浮かべる。

 「……家族を探す?」

 また、同じ言葉を聞いた。それは、クレレ夫妻が話してくれた事だ。コウミは大叔父の灯馬の家族を探していた。それはてっきり、自分の事ではないのかと考えていたがどうやら違う。それは灯馬自身が少年の時、この異世界に来た時から始まっていたのだ。

 「すごいな……。それは、実際に過去にあった事だ。恐らく、君の親和性の高さが、この世界の出来事を君に知らせているんだ。シェリル、やはり、君の魔導士としての才能はピカイチだね」

 そう言うコウイチの反応から、ただの夢では無く、現実に起こった事なのだと、日々喜は察した。

 「男の子の旅は終わった?」
 「うん?」
 「夢の続きが知りたい」
 「……こっちにおいでシェリル」

 シェリルはベッドから飛び降りると、コウイチの下へと駆け寄った。

 「よいしょっと」

 コウイチはシェリルの事を持ち上げると自分の膝の上に座らせた。
 その様子を遠巻きに見つめる日々喜。
 隠していた訳ではないにせよ、灯馬もコウミも、自分に話してはくれなかった事情が明らかになる。そう考えると、まるで大切な人の秘密を暴こうとしてる気になり、容易に二人の下に近づく事ができない思いがした。
 日々喜は迷いながらも、コウイチの話しに耳をそばだてた。

 「実を言うと、僕は知らないんだ。旅に最後まで付き添い、少年が家に帰るまで一緒に居たのはコウミだけだったから。旅の結末はコウミにしか分からない」
 「そうなんだ……」

 残念がるシェリル。日々喜は少し安心した様に胸を撫で下ろした。

 「シェリル。少年の旅が終ったからと言って、僕達の旅が終った訳じゃない。むしろ、彼との別れから多くの事が動き出したんだよ」
 「何があったの?」
 「夢を見させられたんだ。多くの事を知り、多くの事を学ぶ。その為の機会を与えられたんだよ」
 「コウイチは、勉強の事ばっかり。遊んでもくれない。それだったら、出会わない方が良かった」

 シェリルは不平の言葉を漏らす。それを聞いてコウイチは、それについては本当に申し訳ない、と苦笑しながら謝った。

 「ただ、勉強の事ばかりではななくてね。何と言うか、世界が広がった様な感じがしたんだ」
 「世界?」
 「僕がこれまで生きて来た世界はとても小さなもので、そこでの決まりを守り続ける事は、僕自身が小さな世界からはみ出さない様に努める事だと思えた。少年との、……灯馬との出会いは、僕に広い世界へ踏み出す勇気をくれるものだったんだ……」

 過去の自分の経験に思いを馳せ、コウイチは物思いに耽る様子でそう言った。膝の上に座りながらポカンとした表情を見せるシェリルと目を合わせると、すぐさま気を取り直し始める。

 「……勉強する事自体、知ろうとする事自体は悪い事じゃない。そのおかげで、新たな夢を見た。新しい目標へと向かう事ができたんだ。そして、シェリル。今こうして君を家族に迎い入れられた事こそ、君の見た夢の続きなんだよ」

 そう言われて、シェリルは嬉しそうにコウイチに頭を摺り寄せて行った。
 目の色、髪の色が異なり、明らかに血のつながりを感じさせない二人であったが、その姿は義理の親子として睦まじいものに見えた。
 その様子を眺め続ける日々喜にも、ふと懐かしいものを呼び起こさせる。

 「知ろうとするのは悪い事じゃない。踏み出すための勇気か……」

 日々喜はコウイチの言葉を噛み締める様に呟いた。
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