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第二章 奪い合う世界
43話 夜明け④
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上下も分からなくなる程にもみくちゃにされながら、リグラは自分の身体が地面の上を転がって行くのを感じた。
その勢いが漸く消えた時、リグラは全身から伝わる痛みに耐えながら、何とか身を起こした。
土砂にまみれた周囲はぐちゃぐちゃに荒らされ、丘の上から流れて来たらしい倒木や岩などが散乱している。自分達の身を守っていた大樹も、跡形も無く流されていた。それを見たリグラは、ギリギリの所で難を逃れた事を理解し、ゴクリとつばを飲み込んだ。すると、直ぐそばにラヴァーニャが倒れている事に気が付く。
「ラヴァーニャさん!?」
リグラはラヴァーニャの下に這いずる様に近づくと、彼女の事を抱き起した。生きている。気を失っているだけだ。自分の事を庇い、自らの魔導の衝撃をその身に受けたのだ。
目を覚まそうとしないラヴァーニャの事を見つめ、リグラは涙が零れそうになった。
「……他の皆は?」
目を擦りながら、リグラは一緒に吹き飛んだオレガノやキリアンの姿を探した。
ラヴァーニャは加減して魔導を行使した。きっと無事なはずだ。そう考えて。
「フハハ! どうだ。これがキュプレサスの力だ。ひ弱な生き物が太刀打ちできるものではない。この世の法理を超越した力。思い知ったか!」
しかし、視界にまず入ったのは、遠く離れた所でキュプレサスが高らかに笑う姿だった。キュプレサスも、地面に座り込む様にしているリグラの事に気が付いたらしく、ニヤリとした笑みを見せる。
「さて……」
キュプレサスはそう言うと、荒れた大地から自らの根を引き抜き、地響きを立てながらリグラの方に近づいて来た。
その様を見たリグラは慌て、気を失うラヴァーニャの事を引きづる様に逃げ出そうとした。
「恐れる事は無い人間よ。キュプレサスは学んだのだ。力を見せつけるばかりでは、人間の支配には至らないと」
近づくキュプレサスは、そんなリグラを引き留める様な事を言い始めた。
「驚異的なこのキュプレサスの力。我が物にしたいと思わないか?」
言っている意味が分からず、リグラは恐怖と困惑が入り混じった様な表情をキュプレサスの方へ向けた。
「我が支配下に入るなら、この力を惜しみなく貴様達人間に教授しよう。これから人間は、魔導に代わってこのキュプレサスについて学んで行くのだ。これは、人の営みに沿った歩み寄りであろう?」
キュプレサスは立ち止まり、リグラの事を見下ろした。
「歩み寄り……、ですって?」
「そうだ! 諍いは何も生まない。キュプレサスは、歩み寄りを大切にしたいのだ!」
寛大にして、慈愛にあふれ、何者よりも賢く振る舞い続けたキュプレサスは、愚鈍な人間が漸く自分の意図を理解してくれた事に喜び、一気に自分の考えを捲し立て始めた。
「キュプレサスは、学問的な一分野を占めたい。それは、魔導に比肩し、やがてそれらを古典として追いやる程の地位を得るだろう。このイバラがその発祥であり、貴様がその偉大なる分野のパイオニアとなるのだ!」
キュプレサスはそう言うと、高らかに両腕を空に振り上げた。
その間、リグラはじっと腕の中で気を失い続けるラヴァーニャの事を見つめていた。
キュプレサスの話しはただただ耳障りで、リグラは冷静に考える事よりも、自分の頭の中にたぎる様にのぼる血の流れを感じていた。
「地面を、揺らす程度の力が、私達に必要だと思うんですか?」
「……何?」
「周りを見てください。ここは、イバラの森だった。貴方の力でこんな姿に変えられたというのに、どうしてその力を誇る事が出来るのです? 森が燃えた時もそうだった。力を行使すれば、そこに残るのは荒れた土地だけ。そこに住む私達には後悔しか残らない。それだったら、そんな力、いっそない方がましじゃないですか!」
リグラの話を聞いている内に、キュプレサスの喜々としていた表情は変わり、強張り始め、怒りを抑え込む様なものへと変貌していた。
「キュプレサス・ラッルー、貴方の勝手な思い込みに、私達が歩み寄る訳が無いでしょ!」
「思い込みだと!? 黙れ! キュプレサスは賢者の様にあるべきなのだ。そして、その支配下にある者は、キュプレサスから全てを学んで行く!」
リグラはラヴァーニャの事を守る様に抱きしめうずくまった。キュプレサスはそんなリグラの事を罵り続ける。
「それすらできないお前はなんだ! 賢者の叡智に縋ろうともしない愚者のくせに! お前は支配に抗う者、お前は異端者だ!」
キュプレサスはそう言うと、振り上げた両手をリグラの下に振り下ろそうとした。
その時、どこからともなく飛来した石の飛礫が、キュプレサスの腕にぶつかった。
「ぐ!?」
キュプレサスは両腕を下ろすと、礫の飛んできた方向を見る。
そこにはオレガノの姿があった。
「オレガノ!?」
無事であった事にリグラは喜びの表情を向けた。だが、オレガノは怒りを噛み締めた様にキュプレサスの事を見据えていた。
「アトラス!」
オレガノは魔法陣を展開する。
「この状況で、まだ魔導に頼るのか? いいだろう。それならば、キュプレサスも人間を見限ってやる。それを放った瞬間、最早、人間に未来は無いものと思えよ!」
狂気に満ちた笑い声を立てながら、キュプレサスは対峙するオレガノに対してそう言い放った。
オレガノは感情的になってる。
森でマジックブレイカーに襲われた時と、今のオレガノの姿を重ね、リグラはそう思った。
しかし、キュプレサスはよからぬ者。最早、自分達の力ではどうにかできる相手では無いと十分わかった。
「オレガノ……」
冷静にならなくちゃ。今は黙ってやり過ごすべき。キュプレサスが屋敷に向えば、後はコウミが何とかしてくれるはず。
リグラは頭の中でそう思いつつ、仲間の為に感情的になるオレガノに対して、掛ける言葉を見失っていた。
オレガノに加勢しなくては、意地を見せつけなくては……。
失った言葉に代わり、震えるその手が自然とアトラスへと伸びた。
その時。
――リグラ、顔を上げて……。
突如として、脳裏に言葉が響き、リグラはハッとする。
抱えたままのラヴァ―ニャの事を見た。彼女は気を失ったままだ。
――ここだよ……。
リグラはその言葉に従うように顔を上げた。魔法陣を展開するオレガノ。その背後にそびえるフォーリアムの屋敷が視界に入る。
――ここ……。
最後に呟く程の声が聞こえた。
リグラは声の示すものが何であるのかを漸く見出した。
それは、キュプレサスとオレガノの魔法陣との間で、強く光り輝く一つの点だった。
点はそのあまりの小ささから概形を失い。漏れ出す様に放たれる強い輝きが、光の特徴を表す様に星形を描いて見せ、空気の揺らぎに従う様に瞬くのである。
「あれは、オレガノの……」
リグラにはそれが何であるか分かった。しかし、それは人が頭の中でイメージするものであり、他人には見る事ができないもののはずだった。
「オレガノの、アトラスポイント」
信じ難いと思いつつもそれ以外に無いと、確信めいた答えが口に出た。
その瞬間、光り輝く一点は自らが空間に描かれる図形の中心に座すことをリグラに示す様に、薄く朧げな光を放つ球体の全容を明らかにした。
それは、巨大な真球。オレガノの思い描くアトラスフィールドだった。
「リグラ! 見えてるか!?」
キリアンの叫び声が耳に届く。
見れば、魔法陣の射線を挟んだ対面にこちらを見つめるキリアンの姿があった。
「見えてます! 私にも見えています、キリアン!」
リグラは必死で答えた。
「オレガノに合わせろ! 魔導は――」
キリアンはそう言いながら自らのアトラスをその手で開く。
リグラもそれに合わせる様に、自らのアトラスを開いた。
丁度、対面に展開される二枚の魔法陣。そして、輝き続ける光点に、新たな二つの星が連なった。
連星を組む三つの星は、僅かな時間も空けず、その距離を縮め一つの星へと収束し始める。
その途端、重なる様にして描かれた三つの真球も一つへと重なり、急激に膨張する様にその大きさを拡張した。
リグラとキリアンの魔法陣が、オレガノの魔法陣に吸収されるように消え、残されたオレガノの魔法陣も拡張されたアトラスフィールドに合わせる様に広がりを見せる。
オレガノは、その変化に動じる様子を見せない。
この上なく集中する彼女は、自らがかざす右手に左手を添え、ゆっくりと引き絞り始めた。
魔法陣はそれに合わせ、小さく縮小しながら、オレガノの頭上へと高く浮かび上がった。
「クリスタルランス」
淡い輝きを放つ一本の水晶が、凄まじい勢いで魔法陣から飛び出した。
それは対峙するキュプレサスに鋭い突端を向けたまま、長く長く伸びて行った。
「うわ!?」
避ける間も無く、水晶はキュプレサスの胴に突き立てられると、そのまま勢いを殺す事も無く貫き、背後に広がる大地に衝突した。
「な、何だ! 突然、力が増した!?」
キュプレサスは、斜めに突き立てられる水晶によって、大地に縫い付けられたような格好になりながら、自らの身に起きた事に驚愕した。
自分に対して成す術の無かった人間達が突如として、その身を傷つける力を行使した。頭の中で状況を何とか整理しようとしつつ、キュプレサスは身体を貫く水晶を引き抜こうと試み始める。
その時、漸くその場に朝日が射し始めた。
丘陵の盆地となるその場所には、日の出の時刻よりも遅くその時が訪れたのだ。
キュプレサスは、遠く、自らの眼前にそびえるフォーリアムの屋敷を見た。丁度、朝日の掛かるその屋根の上に二人の人影が見える。
「あれは……」
驚異的な視力の様なものによって、キュプレサスにはその人物が何者であるのかを見て取れた。
一人はコウミだった。屋根の上に立ちながらこちらを見据えている。
もう一人は、見覚えの無い青年だった。
寝間着姿に、眠たそうな顔をこちらに向けながら、屋根の上に座り込み煙突に寄り掛かっている。そして、右手をこちらにかざし、左手には開いた状態のアトラスを抱えていた。
「そ、そうか……、奴が、そうなのか」
太陽を背にするその二人。神々しくも映るその光景と、青年を守る様に立つコウミの姿。そして、自分に対峙する見習い達。
キュプレサスが誤解する条件があまりにも多くその中には含まれていた。
「後継者……。人間の陰に隠れ、自らの手を汚そうともしない。卑怯者。卑怯者め! キュプレサスと勝負しろ!」
キュプレサスは、掴んでいた水晶を真っ二つに割った。そして、フォーリアムの屋敷の方を憎々し気に睨むと、猛然とそちらに突進し始めた。
「人間の支配者が!」
対峙していたオレガノの事さえ眼中にない様子だ。
オレガノは、キュプレサスの突進を避けようともせず、身構える。
「オレガノ!? 避けて!」
リグラがその様を見て叫んだ。
すると、誰の手によるものか、キュプレサスとオレガノの間に無地の円陣が出現する。
キュプレサスは壁にでもぶつかったかの様に、その円陣に衝突し動きを止めた。
「な、何だこれは!? 反発する!」
頭に血を登らせたキュプレサスは、自分の侵攻を阻むその淡い光を放った円陣を何とか退かそうと試みる。しかし、何故かその円陣に手を伸ばそうとすればする程、キュプレサスの身体は円陣から退けられ、離れようとする力が働く。
オレガノは、その光景を茫然と眺めていた。
――オレガノ……。
脳裏に言葉が響き、オレガノはハッとする。
――一人で、戦おうとしないで、オレガノ。
オレガノは声の在りかを探す様に周囲を窺った。
「日々喜……、どこ?」
オレガノの呟きに応える様に、小さな笑い声が聞こえた。
――そこだよ。穴を狙って……。
オレガノは、声の示す先を見た。
円陣を挟むキュプレサスの胴体。そこには先程の水晶によって、ぽっかりと穴が開いている。
そして、円陣を挟んだ丁度穴の手前には、瞬く光点が浮かび上がっていた。
「アトラス!」
狙い目を見出した瞬間、オレガノは躊躇する事無く魔導を行使しようとした。
キュプレサスを阻む円陣と、オレガノの展開した魔法陣が近づき、重なり合い、一枚の大きな魔法陣へと変わった。
「しっかりと狙って、オレガノ!」
今度はリグラの声がハッキリと聞こえた。魔法陣を動かし、キュプレサスの胴に空いた穴へと狙いを定めた。
「ファイヤーボール!」
オレガノの言葉に応え、魔法陣から火球が飛び出す。すると、その反動を受けたかのように、展開する魔法陣が中心から波紋を広げる様に波打つ。それは一瞬の事だった。
勢いを持って放たれた火球は、真っ直ぐにキュプレサスの胸の穴へと飛び込んで行った。
「ぐわ!?」
キュプレサスはよろめき、自身の胸に空いた穴を抑え込んだ。
その身体から煙が出始める。それは、全身を覆う枝葉の中から漏れ空へと向かって立ち昇り始めた。
「ば、馬鹿な、い、今のは……、ただの炎ではない……?」
もだえながら、身体を折り曲げるキュプレサスは、自らの身体に異変が起き始めている事に気が付いた。
雷鳴の様な音がその場に響く。遠鳴りの様に聞こえたその音は、二、三繰り返される内に、だんだんと近づいて来る様に大きくなって行く。
キュプレサスの直ぐそばに居たキリアンとリグラには、その音がキュプレサスの身体から聞こえて来る事に気が付いた。
「キュ、キュ、キュプレサスの中に!? この寄生虫、おのれ! おのれー!!」
驚愕を越えに出すキュプレサス。
次の瞬間、一際多いな雷鳴が轟く。
途端に、キュプレサスの身体が爆発した。まるで、小さな噴火を起こした様に、内部に溜め込まれていた赤々としたものが上空目掛けて飛び出した。
「ひ!?」
一瞬、赤い閃光がその場を照らし、リグラが思わず顔を背ける。
「何だ今のは?」
キリアンは赤い閃光の行く手を眺め続ける。それは、自分の知るファイヤーボールとは明らかに異なっていた。
既に青くなり始めた空の中にその閃光は消え、僅かに天上を輝かせるように巨獣のシルエットを描いたのである。
それは竜脚類の様に太い四本の足を持ち。長い首に長い尻尾をゆったりと動かしながら、雷の様な咆哮を放った。
「レイロン。賢者が姿を現したのか……」
学院で見た事のあるその異様な形態を目の当たりにし、キリアンは上空に潜む者の名を呟いた。
「キリアン!」
リグラの声を聞き、キリアンはハッとする。
「オレガノが!」
見れば、オレガノの展開する魔法陣に蜘蛛の巣を張った様な模様が入っている。
何だこの魔法陣は。キリアンがそう疑問に思った時、オレガノの魔法陣はガラガラと音を立て、崩れて行った。後には、地面に倒れるオレガノの姿だけが残された。
「オレガノ、おい!」
すぐさま駆け付けたキリアンは、オレガノの様子を窺いつつ声を掛ける。
「キリアン。オレガノは?」
ラヴァーニャを抱えたまま、リグラが不安の声を漏らした。
「大丈夫。気を失ってるだけだ」
溜息交じりにそう言うキリアン。その言葉を聞いてリグラは安心した様に胸を撫で下ろした。
「焦らせやがって」
眠った様なオレガノの顔を見つめながらキリアンが呟く。
「オレガノ・ザイード。あんた、大した奴だよ」
キュプレサスの残骸、糸杉の木切れが周辺に飛び散り、小さな火を灯している。
戦いの終結した地上の様に満足した様に、空に現れた巨獣は、その姿を空の中に溶かし消えて行った。
その勢いが漸く消えた時、リグラは全身から伝わる痛みに耐えながら、何とか身を起こした。
土砂にまみれた周囲はぐちゃぐちゃに荒らされ、丘の上から流れて来たらしい倒木や岩などが散乱している。自分達の身を守っていた大樹も、跡形も無く流されていた。それを見たリグラは、ギリギリの所で難を逃れた事を理解し、ゴクリとつばを飲み込んだ。すると、直ぐそばにラヴァーニャが倒れている事に気が付く。
「ラヴァーニャさん!?」
リグラはラヴァーニャの下に這いずる様に近づくと、彼女の事を抱き起した。生きている。気を失っているだけだ。自分の事を庇い、自らの魔導の衝撃をその身に受けたのだ。
目を覚まそうとしないラヴァーニャの事を見つめ、リグラは涙が零れそうになった。
「……他の皆は?」
目を擦りながら、リグラは一緒に吹き飛んだオレガノやキリアンの姿を探した。
ラヴァーニャは加減して魔導を行使した。きっと無事なはずだ。そう考えて。
「フハハ! どうだ。これがキュプレサスの力だ。ひ弱な生き物が太刀打ちできるものではない。この世の法理を超越した力。思い知ったか!」
しかし、視界にまず入ったのは、遠く離れた所でキュプレサスが高らかに笑う姿だった。キュプレサスも、地面に座り込む様にしているリグラの事に気が付いたらしく、ニヤリとした笑みを見せる。
「さて……」
キュプレサスはそう言うと、荒れた大地から自らの根を引き抜き、地響きを立てながらリグラの方に近づいて来た。
その様を見たリグラは慌て、気を失うラヴァーニャの事を引きづる様に逃げ出そうとした。
「恐れる事は無い人間よ。キュプレサスは学んだのだ。力を見せつけるばかりでは、人間の支配には至らないと」
近づくキュプレサスは、そんなリグラを引き留める様な事を言い始めた。
「驚異的なこのキュプレサスの力。我が物にしたいと思わないか?」
言っている意味が分からず、リグラは恐怖と困惑が入り混じった様な表情をキュプレサスの方へ向けた。
「我が支配下に入るなら、この力を惜しみなく貴様達人間に教授しよう。これから人間は、魔導に代わってこのキュプレサスについて学んで行くのだ。これは、人の営みに沿った歩み寄りであろう?」
キュプレサスは立ち止まり、リグラの事を見下ろした。
「歩み寄り……、ですって?」
「そうだ! 諍いは何も生まない。キュプレサスは、歩み寄りを大切にしたいのだ!」
寛大にして、慈愛にあふれ、何者よりも賢く振る舞い続けたキュプレサスは、愚鈍な人間が漸く自分の意図を理解してくれた事に喜び、一気に自分の考えを捲し立て始めた。
「キュプレサスは、学問的な一分野を占めたい。それは、魔導に比肩し、やがてそれらを古典として追いやる程の地位を得るだろう。このイバラがその発祥であり、貴様がその偉大なる分野のパイオニアとなるのだ!」
キュプレサスはそう言うと、高らかに両腕を空に振り上げた。
その間、リグラはじっと腕の中で気を失い続けるラヴァーニャの事を見つめていた。
キュプレサスの話しはただただ耳障りで、リグラは冷静に考える事よりも、自分の頭の中にたぎる様にのぼる血の流れを感じていた。
「地面を、揺らす程度の力が、私達に必要だと思うんですか?」
「……何?」
「周りを見てください。ここは、イバラの森だった。貴方の力でこんな姿に変えられたというのに、どうしてその力を誇る事が出来るのです? 森が燃えた時もそうだった。力を行使すれば、そこに残るのは荒れた土地だけ。そこに住む私達には後悔しか残らない。それだったら、そんな力、いっそない方がましじゃないですか!」
リグラの話を聞いている内に、キュプレサスの喜々としていた表情は変わり、強張り始め、怒りを抑え込む様なものへと変貌していた。
「キュプレサス・ラッルー、貴方の勝手な思い込みに、私達が歩み寄る訳が無いでしょ!」
「思い込みだと!? 黙れ! キュプレサスは賢者の様にあるべきなのだ。そして、その支配下にある者は、キュプレサスから全てを学んで行く!」
リグラはラヴァーニャの事を守る様に抱きしめうずくまった。キュプレサスはそんなリグラの事を罵り続ける。
「それすらできないお前はなんだ! 賢者の叡智に縋ろうともしない愚者のくせに! お前は支配に抗う者、お前は異端者だ!」
キュプレサスはそう言うと、振り上げた両手をリグラの下に振り下ろそうとした。
その時、どこからともなく飛来した石の飛礫が、キュプレサスの腕にぶつかった。
「ぐ!?」
キュプレサスは両腕を下ろすと、礫の飛んできた方向を見る。
そこにはオレガノの姿があった。
「オレガノ!?」
無事であった事にリグラは喜びの表情を向けた。だが、オレガノは怒りを噛み締めた様にキュプレサスの事を見据えていた。
「アトラス!」
オレガノは魔法陣を展開する。
「この状況で、まだ魔導に頼るのか? いいだろう。それならば、キュプレサスも人間を見限ってやる。それを放った瞬間、最早、人間に未来は無いものと思えよ!」
狂気に満ちた笑い声を立てながら、キュプレサスは対峙するオレガノに対してそう言い放った。
オレガノは感情的になってる。
森でマジックブレイカーに襲われた時と、今のオレガノの姿を重ね、リグラはそう思った。
しかし、キュプレサスはよからぬ者。最早、自分達の力ではどうにかできる相手では無いと十分わかった。
「オレガノ……」
冷静にならなくちゃ。今は黙ってやり過ごすべき。キュプレサスが屋敷に向えば、後はコウミが何とかしてくれるはず。
リグラは頭の中でそう思いつつ、仲間の為に感情的になるオレガノに対して、掛ける言葉を見失っていた。
オレガノに加勢しなくては、意地を見せつけなくては……。
失った言葉に代わり、震えるその手が自然とアトラスへと伸びた。
その時。
――リグラ、顔を上げて……。
突如として、脳裏に言葉が響き、リグラはハッとする。
抱えたままのラヴァ―ニャの事を見た。彼女は気を失ったままだ。
――ここだよ……。
リグラはその言葉に従うように顔を上げた。魔法陣を展開するオレガノ。その背後にそびえるフォーリアムの屋敷が視界に入る。
――ここ……。
最後に呟く程の声が聞こえた。
リグラは声の示すものが何であるのかを漸く見出した。
それは、キュプレサスとオレガノの魔法陣との間で、強く光り輝く一つの点だった。
点はそのあまりの小ささから概形を失い。漏れ出す様に放たれる強い輝きが、光の特徴を表す様に星形を描いて見せ、空気の揺らぎに従う様に瞬くのである。
「あれは、オレガノの……」
リグラにはそれが何であるか分かった。しかし、それは人が頭の中でイメージするものであり、他人には見る事ができないもののはずだった。
「オレガノの、アトラスポイント」
信じ難いと思いつつもそれ以外に無いと、確信めいた答えが口に出た。
その瞬間、光り輝く一点は自らが空間に描かれる図形の中心に座すことをリグラに示す様に、薄く朧げな光を放つ球体の全容を明らかにした。
それは、巨大な真球。オレガノの思い描くアトラスフィールドだった。
「リグラ! 見えてるか!?」
キリアンの叫び声が耳に届く。
見れば、魔法陣の射線を挟んだ対面にこちらを見つめるキリアンの姿があった。
「見えてます! 私にも見えています、キリアン!」
リグラは必死で答えた。
「オレガノに合わせろ! 魔導は――」
キリアンはそう言いながら自らのアトラスをその手で開く。
リグラもそれに合わせる様に、自らのアトラスを開いた。
丁度、対面に展開される二枚の魔法陣。そして、輝き続ける光点に、新たな二つの星が連なった。
連星を組む三つの星は、僅かな時間も空けず、その距離を縮め一つの星へと収束し始める。
その途端、重なる様にして描かれた三つの真球も一つへと重なり、急激に膨張する様にその大きさを拡張した。
リグラとキリアンの魔法陣が、オレガノの魔法陣に吸収されるように消え、残されたオレガノの魔法陣も拡張されたアトラスフィールドに合わせる様に広がりを見せる。
オレガノは、その変化に動じる様子を見せない。
この上なく集中する彼女は、自らがかざす右手に左手を添え、ゆっくりと引き絞り始めた。
魔法陣はそれに合わせ、小さく縮小しながら、オレガノの頭上へと高く浮かび上がった。
「クリスタルランス」
淡い輝きを放つ一本の水晶が、凄まじい勢いで魔法陣から飛び出した。
それは対峙するキュプレサスに鋭い突端を向けたまま、長く長く伸びて行った。
「うわ!?」
避ける間も無く、水晶はキュプレサスの胴に突き立てられると、そのまま勢いを殺す事も無く貫き、背後に広がる大地に衝突した。
「な、何だ! 突然、力が増した!?」
キュプレサスは、斜めに突き立てられる水晶によって、大地に縫い付けられたような格好になりながら、自らの身に起きた事に驚愕した。
自分に対して成す術の無かった人間達が突如として、その身を傷つける力を行使した。頭の中で状況を何とか整理しようとしつつ、キュプレサスは身体を貫く水晶を引き抜こうと試み始める。
その時、漸くその場に朝日が射し始めた。
丘陵の盆地となるその場所には、日の出の時刻よりも遅くその時が訪れたのだ。
キュプレサスは、遠く、自らの眼前にそびえるフォーリアムの屋敷を見た。丁度、朝日の掛かるその屋根の上に二人の人影が見える。
「あれは……」
驚異的な視力の様なものによって、キュプレサスにはその人物が何者であるのかを見て取れた。
一人はコウミだった。屋根の上に立ちながらこちらを見据えている。
もう一人は、見覚えの無い青年だった。
寝間着姿に、眠たそうな顔をこちらに向けながら、屋根の上に座り込み煙突に寄り掛かっている。そして、右手をこちらにかざし、左手には開いた状態のアトラスを抱えていた。
「そ、そうか……、奴が、そうなのか」
太陽を背にするその二人。神々しくも映るその光景と、青年を守る様に立つコウミの姿。そして、自分に対峙する見習い達。
キュプレサスが誤解する条件があまりにも多くその中には含まれていた。
「後継者……。人間の陰に隠れ、自らの手を汚そうともしない。卑怯者。卑怯者め! キュプレサスと勝負しろ!」
キュプレサスは、掴んでいた水晶を真っ二つに割った。そして、フォーリアムの屋敷の方を憎々し気に睨むと、猛然とそちらに突進し始めた。
「人間の支配者が!」
対峙していたオレガノの事さえ眼中にない様子だ。
オレガノは、キュプレサスの突進を避けようともせず、身構える。
「オレガノ!? 避けて!」
リグラがその様を見て叫んだ。
すると、誰の手によるものか、キュプレサスとオレガノの間に無地の円陣が出現する。
キュプレサスは壁にでもぶつかったかの様に、その円陣に衝突し動きを止めた。
「な、何だこれは!? 反発する!」
頭に血を登らせたキュプレサスは、自分の侵攻を阻むその淡い光を放った円陣を何とか退かそうと試みる。しかし、何故かその円陣に手を伸ばそうとすればする程、キュプレサスの身体は円陣から退けられ、離れようとする力が働く。
オレガノは、その光景を茫然と眺めていた。
――オレガノ……。
脳裏に言葉が響き、オレガノはハッとする。
――一人で、戦おうとしないで、オレガノ。
オレガノは声の在りかを探す様に周囲を窺った。
「日々喜……、どこ?」
オレガノの呟きに応える様に、小さな笑い声が聞こえた。
――そこだよ。穴を狙って……。
オレガノは、声の示す先を見た。
円陣を挟むキュプレサスの胴体。そこには先程の水晶によって、ぽっかりと穴が開いている。
そして、円陣を挟んだ丁度穴の手前には、瞬く光点が浮かび上がっていた。
「アトラス!」
狙い目を見出した瞬間、オレガノは躊躇する事無く魔導を行使しようとした。
キュプレサスを阻む円陣と、オレガノの展開した魔法陣が近づき、重なり合い、一枚の大きな魔法陣へと変わった。
「しっかりと狙って、オレガノ!」
今度はリグラの声がハッキリと聞こえた。魔法陣を動かし、キュプレサスの胴に空いた穴へと狙いを定めた。
「ファイヤーボール!」
オレガノの言葉に応え、魔法陣から火球が飛び出す。すると、その反動を受けたかのように、展開する魔法陣が中心から波紋を広げる様に波打つ。それは一瞬の事だった。
勢いを持って放たれた火球は、真っ直ぐにキュプレサスの胸の穴へと飛び込んで行った。
「ぐわ!?」
キュプレサスはよろめき、自身の胸に空いた穴を抑え込んだ。
その身体から煙が出始める。それは、全身を覆う枝葉の中から漏れ空へと向かって立ち昇り始めた。
「ば、馬鹿な、い、今のは……、ただの炎ではない……?」
もだえながら、身体を折り曲げるキュプレサスは、自らの身体に異変が起き始めている事に気が付いた。
雷鳴の様な音がその場に響く。遠鳴りの様に聞こえたその音は、二、三繰り返される内に、だんだんと近づいて来る様に大きくなって行く。
キュプレサスの直ぐそばに居たキリアンとリグラには、その音がキュプレサスの身体から聞こえて来る事に気が付いた。
「キュ、キュ、キュプレサスの中に!? この寄生虫、おのれ! おのれー!!」
驚愕を越えに出すキュプレサス。
次の瞬間、一際多いな雷鳴が轟く。
途端に、キュプレサスの身体が爆発した。まるで、小さな噴火を起こした様に、内部に溜め込まれていた赤々としたものが上空目掛けて飛び出した。
「ひ!?」
一瞬、赤い閃光がその場を照らし、リグラが思わず顔を背ける。
「何だ今のは?」
キリアンは赤い閃光の行く手を眺め続ける。それは、自分の知るファイヤーボールとは明らかに異なっていた。
既に青くなり始めた空の中にその閃光は消え、僅かに天上を輝かせるように巨獣のシルエットを描いたのである。
それは竜脚類の様に太い四本の足を持ち。長い首に長い尻尾をゆったりと動かしながら、雷の様な咆哮を放った。
「レイロン。賢者が姿を現したのか……」
学院で見た事のあるその異様な形態を目の当たりにし、キリアンは上空に潜む者の名を呟いた。
「キリアン!」
リグラの声を聞き、キリアンはハッとする。
「オレガノが!」
見れば、オレガノの展開する魔法陣に蜘蛛の巣を張った様な模様が入っている。
何だこの魔法陣は。キリアンがそう疑問に思った時、オレガノの魔法陣はガラガラと音を立て、崩れて行った。後には、地面に倒れるオレガノの姿だけが残された。
「オレガノ、おい!」
すぐさま駆け付けたキリアンは、オレガノの様子を窺いつつ声を掛ける。
「キリアン。オレガノは?」
ラヴァーニャを抱えたまま、リグラが不安の声を漏らした。
「大丈夫。気を失ってるだけだ」
溜息交じりにそう言うキリアン。その言葉を聞いてリグラは安心した様に胸を撫で下ろした。
「焦らせやがって」
眠った様なオレガノの顔を見つめながらキリアンが呟く。
「オレガノ・ザイード。あんた、大した奴だよ」
キュプレサスの残骸、糸杉の木切れが周辺に飛び散り、小さな火を灯している。
戦いの終結した地上の様に満足した様に、空に現れた巨獣は、その姿を空の中に溶かし消えて行った。
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