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第二章 奪い合う世界
51話 新年度祭②
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その日、リグラとキリアン、ラヴァーニャとピーターそして、チョークとサフワンが、街の中心広場の片隅に置かれた座席に腰を落とし、その光景を眺めていた。
お祭りに彩を添える為、壁の花の役を任された訳ではない。
彼らは、自分の仕事に奔走し続けるあまり、ダンスのパートナーを見つける事が出来なかったのだった。
その所為か、あれだけ楽しみにしていたのに、ピーターもラヴァーニャも、辟易した表情を浮かべていた。
お祭りに参加する事自体嫌がっていたキリアンも、そんな二人の事を茶化す訳でも無く、茫然と広場を眺め尽くしている。
日常を取り戻したイバラの街の光景。それに貢献する事の出来た自分達の行いを踏まえ、感慨にふけるものがあったのかもしれない。
キリアンの隣に座り込んでいたリグラは、キリアンの横顔を見てそう思った。
「リグラ、あの時、あんたは何かを見たか?」
不意に、キリアンがこちらを振り向き尋ねる。リグラは思わず顔を背けた。
「あの時?」
「魔法陣さ。重なり合った時に、互いの心を覗き見るって言われているだろ」
キュプレサスを倒す切っ掛けになった一撃。オレガノの魔法陣にキリアンと自分の魔法陣が重なり合った時だ。キリアンの言う通り、リグラはそこで白昼夢めいた何かを見た。
それは、誰かの学生時代の思い出。
古く歴史を感じさせる校舎の中で、自分が通っていた学院とは違い、所々に放射状の陽光を模る丸いシンボルの様なものが描かれていた。
「王立魔導学院……」
王都に建設される連合王国最古の魔導の学校。リグラはその学院内の廊下に立っていた。
混乱しながらも、この白昼夢が、魔法陣の重ね合わせによって引き起こされたものであると、直ぐに思い至った。
するとその時、廊下に並ぶ重厚そうな扉の一つから、怒鳴る様な声が聞こえた。
恐らくは教務室の一つであろう。普段ならば、用も無く扉を開く様な真似は絶対にしないのだが、リグラにはその声に聞き覚えがあり、好奇心に負ける様にそっと扉を開き、中を覗き見た。
部屋の中では、一人の黒髪の少年が自分の顔を袖で拭い、声を殺しながら泣いていた。
そして、一人の背の低い老人が、少年の事を宥める様にその背中を摩り続け、その思いをくむように、禿げあがった頭をコクリコクリと動かしていた。
「デイヴィス、よろしい?」
少年が落ち着きを取り戻し始めた所で、老人は顔を上げ、見上げるようにしながら声を掛けた。
「貴方は周りの学生に比べてさえ、一際優秀で、勤勉だった。度が過ぎた悪戯さえ、あたし達には、何か必要な学びの一つであると思わせる程に。教師の立場として、大目に見なくてはいけない。そう思わせる程にね」
優し気な視線を送りながら老人の先生はそう言うと、少年の肩から手を離し、教務の席へと戻り始める。
「だけど、それは学院の中での話し。魔導士試験は賢者会の管轄で、それは学院の卒業を待たなければ、三年の修練を終えてからでなければ受験資格は下りない。それがこの国のルールなんだ」
「ヘリックスは……、フォーリアムもそうだ。あいつらは特別ですか?」
少年は頭を上げ、鼻をすすり、上ずるような声で質問した。
「デイヴィス……」
少年の言葉に、先生は困った顔を浮かべた。
「何の為に皆ここに来たんです? 魔導士になる為でしょう。学院の中で努力して、勉強して。それなのにあいつらは、才能がどうとか訳の分からない理由を付けて、努力する前に魔導士になって行く。だったら、ここで勉強する意味なんて何もないじゃないですか。僕らが努力した事何て、一つも、この国では価値が無い事なんだ!」
少年はそう言い放つと、勢い良く教務室の扉を開き、外へと飛び出した。
リグラは慌てた様に扉の脇へと退き、走り抜ける少年を見送った。
「これ、お待ち。デイヴィス! キリアン・デイヴィス!」
その後を追って、先生が老いた体を押して部屋から出て来る。しかし、少年は聞く耳も持たない様子で廊下を駆け抜けて行ってしまった。
「熱意にあふれる学生が、国家の手にかかりおちてしまった……」
少年の背中を同情する様な目で見つめていた先生は、大きな溜息を着いて首を振った。
「それでもね、デイヴィス。ルールとは、挑む前にまず理解する事に努めるべき学問。如何なる理性をもってしても、先人達の学びに対し敬意を欠いてはいけない……」
教務室へと戻って行く先生は、そんな事をぽつりぽつりと呟きながら、ゆっくり扉を閉めて行った。
再び、一人廊下に佇むリグラ。白昼夢の光景が薄れ、現実へと帰り始める。
自分が見たものは、キリアンの心の中で、キリアンが過去に体験した事柄だった。
今の彼からは想像もつかない、感情的だったその姿。何となく、見てはいけないものを見てしまったという気持ちが残った。
「いいえ。私は何も……」
リグラはキリアンの質問に嘘を付いた。
「そっか……。なら良かった」
「良かった?」
「身近な奴でも、知られたくない事ってあるからな。あんたが何も見なかったんなら、それは、それで良かった」
「キリアン……」
何となく突き放すような言い方に聞こえて、リグラは心配する様な声を出した。
「勘違いするなよ。やましい秘密があるって訳じゃない。訳知り顔で、気を使われるのが嫌って話しさ」
キリアンはそう言うと、鐘楼の方へと視線を戻した。
「キリアン。貴方も何も見なかったのですか?」
リグラは、もう少し話を続けたい気持ちで、その話題を振った。
「え!?」
自分に同じ話題が振られる事を予期していなかったのか、キリアンは珍しく動揺を見せる。そればかりか、何故か顔を赤らめていた。
「いや、その……」
「キリアン? 何ですか、その反応は?」
「見てない。あんたの心なんて覗いてないし」
そう言って顔を背けるキリアン。リグラは唖然としながら、キリアンの真っ赤になった耳を見つめた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。私の心って、見たんですか!? 何を見たんですか!」
リグラはつかみ掛かる程の勢いで、キリアンに詰め寄った。タジタジになりながらも、キリアンは何も見ていないと、そればかりをリグラに話し続けていた。
そんな二人のやり取りを黙って見つめていたラヴァーニャが口を開く。
「仲が良いわね、あんた達。こんな所で、イチャイチャしちゃって、見せつけてるの?」
イチャイチャと聞いて、ピーターが関心を寄せた様にそちらを振り向く。
「ラ、ラヴァーニャさん。違いますよ。そんなんじゃありません」
慌ててラヴァーニャの言葉を否定するリグラ。
「えー、本当かしら?」
そんなリグラの事を揶揄う様に、ラヴァーニャはニヤニヤしながら言った。
ピーターはそんな二人の顔を交互に見つめると、全てを察した様にキリアンの方へ視線を送った。
「おう! キリアン。やるんだったら、ちゃんとエスコートして来い、情けないぞ! リグラもそう思うよな!」
「ええ……」
おかしな話に同意を求められ、リグラは困った様な呟きを漏らした。キリアンは面倒臭気に頭を掻き、舌打ちを返す。
「行こうぜリグラ」
「え!? ど、どこへ?」
キリアンは広場の中央を指差す。そこでは、街の人々が二人一組となって踊りを踊っている。
「ここじゃ、周りがうるさくて、話しも出来ないだろ?」
「で、でも、あそこは、皆が踊ってますけど?」
「いいから、来いよ!」
「キ、キリアン!?」
キリアンはリグラの手を掴むと、強引に広場の中央へと駆け出して行った。
ピーターとラヴァーニャはニヤニヤと茶化す様な目つきで二人の事を見送って行く。
「ふーーん。あのキリアンが、リグラとねぇー」
そうでありながらラヴァーニャのその言葉には、踊りに向かう二人の事を羨むような気持が込められていた。
「チョークも初めての参加なんだろ? 二人で行ってきたらどうだ」
ピーターが、隣り合って座っているチョークとサフワンにも話し掛ける。
「いや、あたし達は……」
チョークは何とも言えない曖昧な言葉を返した。ピーター怪訝な表情を浮かべる。
「おい、サフワン。エスコートして来いよ」
サフワンは誰とも視線を合わせないように下を向き、肩を落としていた。ピーターの声さえ耳に届いていない様子だった。
「ピーター。あたしの事はいいよ。それより、二人は踊りに行かないの?」
チョークはサフワンに代わって、取り繕う様に話をし始めた。
「俺達か?」
ピーターはラヴァーニャの意見を求める様に視線を送った。
「無理無理。ピーターは相手の事振り回してばかりだもん。踊り何て呼べるもんじゃないわ」
「ああ、そうなんだよなぁ。ラヴァーニャとは、もう一度踊ったからなぁ……」
ピーターはそう言うとがっくりと首を項垂れた。ダンスのパートナーを振り回す事については自重していない様にも見える。
「あーあ。よからぬ者さえ出なければ、今頃は、グラエムかマウロ達と踊っていたのに。誰か代わりになりそうな男っていないかしら……、ん?」
男性を物色するラヴァーニャが、視線の先で何かを見咎めた様に黙った。
「そうだチョーク、なんだったら俺と一緒に行くか? 楽しませるぞー!」
「振り回されるのちょっとなー」
ピーターの誘いに苦笑しながら、チョークは断った。
ピーターは残念そうな表情を浮かべる。すると、不意にラヴァーニャがピーターの腕を引いて話し掛けた。
「ピーター。ちょっと」
「どうした?」
「いいから!」
ラヴァーニャはそう言うと、ピーターの腕を引いたまま、広場に続く街道の方へと向かって行った。
「おいおい。踊るんなら、あっちだろ?」
困惑するピーターは、そんな事を言いながらもラヴァーニャに腕を引かれるままに付いて行き、そのまま、脇道に入る路地の中へと消えて行った。
なんだかんだ言って二人は仲がいい。チョークは二人の様を眺めながらクスクスと笑った。
「さてと、あんたは何時までそうしてるつもりだい?」
二人だけが取り残されたところで、チョークは漸くサフワンに話し掛けた。
「情けない奴。オレガノも忙しくしてたんだろうけど、それでも、誘いをかけるチャンスくらい、いくらでもあっただろうに」
「もう放っておいてくれよ……」
サフワンは消え入りそうな声でそう答えた。
「ふん。放って置けって言われてもな。こっちだってやる事が無いし、お互い暇なんだから、せめて話し相手くらい構わないだろ」
フラれた訳でも無く、告白も出来ないまま時間を過ごした惨めな友人の姿。チョークは何故だか放っておく事ができない。
もどかしそうに自分の首筋を撫でながら、サフワンの方をチラチラと見続けていた。
「なあ、サフワン。ピーターも言ってたし、いっそ余った二人で――」
「あ!?」
突然、サフワンが声を上げる。チョークもその視線の先を見つめた。
広場の周りで、誰かを探す様に辺りをキョロキョロと見回しているオレガノの姿があった。
「オレガノ……」
サフワンはそんなオレガノの姿を眺めるばかり。チョークは溜息を着き、おもむろに席を立った。
「しょぼくれた声出してるなよ! ほら、立ちなって!」
無理やりサフワンの手を引っ張って、張り付くように座っていた席から引きはがす。
「な、何だよ!?」
「いいから、さっさと行ってきなよ。オレガノは一人じゃないか。あんたの方から、ちゃんと誘いをかけるんだよ!」
大きな声でそんなやり取りをしていた所為か、オレガノも気付いたらしくこちらに向かって歩いて来る。
チョークは立ち上がったサフワンの背中を叩き、オレガノの前へと送り出してやった。
よたよたと歩きながらもオレガノの前に対峙したサフワンは、その場ですぐに姿勢を改め話し掛けた。
「オレガノ……、や、やあ」
「サフワン、来てたのね。ひょっとして、チョークと一緒に踊りに来たの?」
「い、いや。違うんだ。俺はその、その……」
ドモリ調子でそう言うものの、既に後には引けない。チョークのニヤニヤした笑い顔をサフワンは背中で感じていた。
「一緒に、踊ってくれない、か?」
サフワンは意を決してオレガノをダンスに誘った。
「サフワン。私でいいの?」
オレガノは目を丸くして、驚いた様な顔でそう答える。
その反応に、サフワンも驚いた様な表情を作った。
「だって、サフワンが誘ってくれるなんて、今日が初めてだもん」
実の所、毎年オレガノを誘おうと思いつつ、誘えずに過ごして来ていた。情けない過去の自分の姿を思い返して、サフワンは恥ずかしそうに鼻をかいた。
「もちろん。俺は、君と踊りたいんだ」
サフワンがそう言うと、オレガノは嬉しそうに微笑みを返した。
「いいわよ」
「本当に!?」
オレガノは頷く。
それを見て、サフワンはその場で飛び跳ねる程喜び、心の中で叫び声を上げた。
「それじゃ、サフワン。あっちで皆と一緒に待っていてくれる」
「……え? 皆?」
サフワンはオレガノの指さす先へ視線を移した。
広場の一角に置かれたテーブルに五、六人の男子が腰を落とし、こちらを面白くなさそうな表情で睨んでいた。
それは、イバラの街に住む若い男の子達。他の魔導士門下の見習いの子やサフワンの様に仕事を持つ同年代の男の子達で、全員知った顔だった。
「皆、私と踊りたいんだって。順番だから少しだけ待っていて頂戴」
「ちょ、ちょっと、オレガノ!?」
サフワンは困惑した表情をオレガノに投げる。
「すぐ戻るねー」
しかし、オレガノは急いでいる様子で一言そう言うと、サフワンの下を通り過ぎチョークの下へと駆け出して行ってしまった。
「チョーク、お待たせ!」
「ああ、どうしたの?」
サフワンの困惑した顔を遠巻きに見て、チョークは腹を抱えて笑っていた。笑い過ぎて出た涙を拭きながらオレガノに尋ねる。
「私と踊りましょう!」
一瞬、チョークはオレガノが何を言ってるのか理解できないと言う表情を浮かべる。
「オレガノ……。あたしを誘ってるのかい? せっかくの祭りの夜なのに」
「そうよ。今日はチョークと最初に踊るって、そう決めていたの」
「あんたって……」
オレガノの考えに呆れながらも、チョークは席を立った。しかし、周りの男子たちが、羨む様な顔をこちらに向けていて、チョークはそれを見て思わず小気味よい笑い声を立てた。
「チョーク?」
クスクスと笑うチョークの事をオレガノは不思議そうな顔で見つめた。
「いいや、こっちの事さ。それより、やっぱりあんた変わらないね。今度はあたしの事まで振り回そうって腹だ」
「あ!? ごめん。他に踊りたい人がいたのね」
オレガノの言葉をチョークは首を振って否定した。
「いいや、違うよ。あたしは、何だか嬉しくて。ただ、その事が嬉しかっただけさ」
チョークはそう言うと、オレガノの差し出した手を取った。
「よお、サフワン。悪いね。オレガノと踊って来るから、そこらへんで待っててくれよ」
開いた口を塞ぐ事もせず、こちらを見つめ続けるサフワンに対して、チョークは通り過ぎ様に皮肉めいた表情を見せつけた。
「ええ……」
驚き覚めやらぬまま、サフワンはトボトボと男子達の待つ席へと歩き出した。初めは面白くも無く見つめていた彼らが、サフワンの事を温かく迎い入れたのは言うまでも無く。
お祭りに彩を添える為、壁の花の役を任された訳ではない。
彼らは、自分の仕事に奔走し続けるあまり、ダンスのパートナーを見つける事が出来なかったのだった。
その所為か、あれだけ楽しみにしていたのに、ピーターもラヴァーニャも、辟易した表情を浮かべていた。
お祭りに参加する事自体嫌がっていたキリアンも、そんな二人の事を茶化す訳でも無く、茫然と広場を眺め尽くしている。
日常を取り戻したイバラの街の光景。それに貢献する事の出来た自分達の行いを踏まえ、感慨にふけるものがあったのかもしれない。
キリアンの隣に座り込んでいたリグラは、キリアンの横顔を見てそう思った。
「リグラ、あの時、あんたは何かを見たか?」
不意に、キリアンがこちらを振り向き尋ねる。リグラは思わず顔を背けた。
「あの時?」
「魔法陣さ。重なり合った時に、互いの心を覗き見るって言われているだろ」
キュプレサスを倒す切っ掛けになった一撃。オレガノの魔法陣にキリアンと自分の魔法陣が重なり合った時だ。キリアンの言う通り、リグラはそこで白昼夢めいた何かを見た。
それは、誰かの学生時代の思い出。
古く歴史を感じさせる校舎の中で、自分が通っていた学院とは違い、所々に放射状の陽光を模る丸いシンボルの様なものが描かれていた。
「王立魔導学院……」
王都に建設される連合王国最古の魔導の学校。リグラはその学院内の廊下に立っていた。
混乱しながらも、この白昼夢が、魔法陣の重ね合わせによって引き起こされたものであると、直ぐに思い至った。
するとその時、廊下に並ぶ重厚そうな扉の一つから、怒鳴る様な声が聞こえた。
恐らくは教務室の一つであろう。普段ならば、用も無く扉を開く様な真似は絶対にしないのだが、リグラにはその声に聞き覚えがあり、好奇心に負ける様にそっと扉を開き、中を覗き見た。
部屋の中では、一人の黒髪の少年が自分の顔を袖で拭い、声を殺しながら泣いていた。
そして、一人の背の低い老人が、少年の事を宥める様にその背中を摩り続け、その思いをくむように、禿げあがった頭をコクリコクリと動かしていた。
「デイヴィス、よろしい?」
少年が落ち着きを取り戻し始めた所で、老人は顔を上げ、見上げるようにしながら声を掛けた。
「貴方は周りの学生に比べてさえ、一際優秀で、勤勉だった。度が過ぎた悪戯さえ、あたし達には、何か必要な学びの一つであると思わせる程に。教師の立場として、大目に見なくてはいけない。そう思わせる程にね」
優し気な視線を送りながら老人の先生はそう言うと、少年の肩から手を離し、教務の席へと戻り始める。
「だけど、それは学院の中での話し。魔導士試験は賢者会の管轄で、それは学院の卒業を待たなければ、三年の修練を終えてからでなければ受験資格は下りない。それがこの国のルールなんだ」
「ヘリックスは……、フォーリアムもそうだ。あいつらは特別ですか?」
少年は頭を上げ、鼻をすすり、上ずるような声で質問した。
「デイヴィス……」
少年の言葉に、先生は困った顔を浮かべた。
「何の為に皆ここに来たんです? 魔導士になる為でしょう。学院の中で努力して、勉強して。それなのにあいつらは、才能がどうとか訳の分からない理由を付けて、努力する前に魔導士になって行く。だったら、ここで勉強する意味なんて何もないじゃないですか。僕らが努力した事何て、一つも、この国では価値が無い事なんだ!」
少年はそう言い放つと、勢い良く教務室の扉を開き、外へと飛び出した。
リグラは慌てた様に扉の脇へと退き、走り抜ける少年を見送った。
「これ、お待ち。デイヴィス! キリアン・デイヴィス!」
その後を追って、先生が老いた体を押して部屋から出て来る。しかし、少年は聞く耳も持たない様子で廊下を駆け抜けて行ってしまった。
「熱意にあふれる学生が、国家の手にかかりおちてしまった……」
少年の背中を同情する様な目で見つめていた先生は、大きな溜息を着いて首を振った。
「それでもね、デイヴィス。ルールとは、挑む前にまず理解する事に努めるべき学問。如何なる理性をもってしても、先人達の学びに対し敬意を欠いてはいけない……」
教務室へと戻って行く先生は、そんな事をぽつりぽつりと呟きながら、ゆっくり扉を閉めて行った。
再び、一人廊下に佇むリグラ。白昼夢の光景が薄れ、現実へと帰り始める。
自分が見たものは、キリアンの心の中で、キリアンが過去に体験した事柄だった。
今の彼からは想像もつかない、感情的だったその姿。何となく、見てはいけないものを見てしまったという気持ちが残った。
「いいえ。私は何も……」
リグラはキリアンの質問に嘘を付いた。
「そっか……。なら良かった」
「良かった?」
「身近な奴でも、知られたくない事ってあるからな。あんたが何も見なかったんなら、それは、それで良かった」
「キリアン……」
何となく突き放すような言い方に聞こえて、リグラは心配する様な声を出した。
「勘違いするなよ。やましい秘密があるって訳じゃない。訳知り顔で、気を使われるのが嫌って話しさ」
キリアンはそう言うと、鐘楼の方へと視線を戻した。
「キリアン。貴方も何も見なかったのですか?」
リグラは、もう少し話を続けたい気持ちで、その話題を振った。
「え!?」
自分に同じ話題が振られる事を予期していなかったのか、キリアンは珍しく動揺を見せる。そればかりか、何故か顔を赤らめていた。
「いや、その……」
「キリアン? 何ですか、その反応は?」
「見てない。あんたの心なんて覗いてないし」
そう言って顔を背けるキリアン。リグラは唖然としながら、キリアンの真っ赤になった耳を見つめた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。私の心って、見たんですか!? 何を見たんですか!」
リグラはつかみ掛かる程の勢いで、キリアンに詰め寄った。タジタジになりながらも、キリアンは何も見ていないと、そればかりをリグラに話し続けていた。
そんな二人のやり取りを黙って見つめていたラヴァーニャが口を開く。
「仲が良いわね、あんた達。こんな所で、イチャイチャしちゃって、見せつけてるの?」
イチャイチャと聞いて、ピーターが関心を寄せた様にそちらを振り向く。
「ラ、ラヴァーニャさん。違いますよ。そんなんじゃありません」
慌ててラヴァーニャの言葉を否定するリグラ。
「えー、本当かしら?」
そんなリグラの事を揶揄う様に、ラヴァーニャはニヤニヤしながら言った。
ピーターはそんな二人の顔を交互に見つめると、全てを察した様にキリアンの方へ視線を送った。
「おう! キリアン。やるんだったら、ちゃんとエスコートして来い、情けないぞ! リグラもそう思うよな!」
「ええ……」
おかしな話に同意を求められ、リグラは困った様な呟きを漏らした。キリアンは面倒臭気に頭を掻き、舌打ちを返す。
「行こうぜリグラ」
「え!? ど、どこへ?」
キリアンは広場の中央を指差す。そこでは、街の人々が二人一組となって踊りを踊っている。
「ここじゃ、周りがうるさくて、話しも出来ないだろ?」
「で、でも、あそこは、皆が踊ってますけど?」
「いいから、来いよ!」
「キ、キリアン!?」
キリアンはリグラの手を掴むと、強引に広場の中央へと駆け出して行った。
ピーターとラヴァーニャはニヤニヤと茶化す様な目つきで二人の事を見送って行く。
「ふーーん。あのキリアンが、リグラとねぇー」
そうでありながらラヴァーニャのその言葉には、踊りに向かう二人の事を羨むような気持が込められていた。
「チョークも初めての参加なんだろ? 二人で行ってきたらどうだ」
ピーターが、隣り合って座っているチョークとサフワンにも話し掛ける。
「いや、あたし達は……」
チョークは何とも言えない曖昧な言葉を返した。ピーター怪訝な表情を浮かべる。
「おい、サフワン。エスコートして来いよ」
サフワンは誰とも視線を合わせないように下を向き、肩を落としていた。ピーターの声さえ耳に届いていない様子だった。
「ピーター。あたしの事はいいよ。それより、二人は踊りに行かないの?」
チョークはサフワンに代わって、取り繕う様に話をし始めた。
「俺達か?」
ピーターはラヴァーニャの意見を求める様に視線を送った。
「無理無理。ピーターは相手の事振り回してばかりだもん。踊り何て呼べるもんじゃないわ」
「ああ、そうなんだよなぁ。ラヴァーニャとは、もう一度踊ったからなぁ……」
ピーターはそう言うとがっくりと首を項垂れた。ダンスのパートナーを振り回す事については自重していない様にも見える。
「あーあ。よからぬ者さえ出なければ、今頃は、グラエムかマウロ達と踊っていたのに。誰か代わりになりそうな男っていないかしら……、ん?」
男性を物色するラヴァーニャが、視線の先で何かを見咎めた様に黙った。
「そうだチョーク、なんだったら俺と一緒に行くか? 楽しませるぞー!」
「振り回されるのちょっとなー」
ピーターの誘いに苦笑しながら、チョークは断った。
ピーターは残念そうな表情を浮かべる。すると、不意にラヴァーニャがピーターの腕を引いて話し掛けた。
「ピーター。ちょっと」
「どうした?」
「いいから!」
ラヴァーニャはそう言うと、ピーターの腕を引いたまま、広場に続く街道の方へと向かって行った。
「おいおい。踊るんなら、あっちだろ?」
困惑するピーターは、そんな事を言いながらもラヴァーニャに腕を引かれるままに付いて行き、そのまま、脇道に入る路地の中へと消えて行った。
なんだかんだ言って二人は仲がいい。チョークは二人の様を眺めながらクスクスと笑った。
「さてと、あんたは何時までそうしてるつもりだい?」
二人だけが取り残されたところで、チョークは漸くサフワンに話し掛けた。
「情けない奴。オレガノも忙しくしてたんだろうけど、それでも、誘いをかけるチャンスくらい、いくらでもあっただろうに」
「もう放っておいてくれよ……」
サフワンは消え入りそうな声でそう答えた。
「ふん。放って置けって言われてもな。こっちだってやる事が無いし、お互い暇なんだから、せめて話し相手くらい構わないだろ」
フラれた訳でも無く、告白も出来ないまま時間を過ごした惨めな友人の姿。チョークは何故だか放っておく事ができない。
もどかしそうに自分の首筋を撫でながら、サフワンの方をチラチラと見続けていた。
「なあ、サフワン。ピーターも言ってたし、いっそ余った二人で――」
「あ!?」
突然、サフワンが声を上げる。チョークもその視線の先を見つめた。
広場の周りで、誰かを探す様に辺りをキョロキョロと見回しているオレガノの姿があった。
「オレガノ……」
サフワンはそんなオレガノの姿を眺めるばかり。チョークは溜息を着き、おもむろに席を立った。
「しょぼくれた声出してるなよ! ほら、立ちなって!」
無理やりサフワンの手を引っ張って、張り付くように座っていた席から引きはがす。
「な、何だよ!?」
「いいから、さっさと行ってきなよ。オレガノは一人じゃないか。あんたの方から、ちゃんと誘いをかけるんだよ!」
大きな声でそんなやり取りをしていた所為か、オレガノも気付いたらしくこちらに向かって歩いて来る。
チョークは立ち上がったサフワンの背中を叩き、オレガノの前へと送り出してやった。
よたよたと歩きながらもオレガノの前に対峙したサフワンは、その場ですぐに姿勢を改め話し掛けた。
「オレガノ……、や、やあ」
「サフワン、来てたのね。ひょっとして、チョークと一緒に踊りに来たの?」
「い、いや。違うんだ。俺はその、その……」
ドモリ調子でそう言うものの、既に後には引けない。チョークのニヤニヤした笑い顔をサフワンは背中で感じていた。
「一緒に、踊ってくれない、か?」
サフワンは意を決してオレガノをダンスに誘った。
「サフワン。私でいいの?」
オレガノは目を丸くして、驚いた様な顔でそう答える。
その反応に、サフワンも驚いた様な表情を作った。
「だって、サフワンが誘ってくれるなんて、今日が初めてだもん」
実の所、毎年オレガノを誘おうと思いつつ、誘えずに過ごして来ていた。情けない過去の自分の姿を思い返して、サフワンは恥ずかしそうに鼻をかいた。
「もちろん。俺は、君と踊りたいんだ」
サフワンがそう言うと、オレガノは嬉しそうに微笑みを返した。
「いいわよ」
「本当に!?」
オレガノは頷く。
それを見て、サフワンはその場で飛び跳ねる程喜び、心の中で叫び声を上げた。
「それじゃ、サフワン。あっちで皆と一緒に待っていてくれる」
「……え? 皆?」
サフワンはオレガノの指さす先へ視線を移した。
広場の一角に置かれたテーブルに五、六人の男子が腰を落とし、こちらを面白くなさそうな表情で睨んでいた。
それは、イバラの街に住む若い男の子達。他の魔導士門下の見習いの子やサフワンの様に仕事を持つ同年代の男の子達で、全員知った顔だった。
「皆、私と踊りたいんだって。順番だから少しだけ待っていて頂戴」
「ちょ、ちょっと、オレガノ!?」
サフワンは困惑した表情をオレガノに投げる。
「すぐ戻るねー」
しかし、オレガノは急いでいる様子で一言そう言うと、サフワンの下を通り過ぎチョークの下へと駆け出して行ってしまった。
「チョーク、お待たせ!」
「ああ、どうしたの?」
サフワンの困惑した顔を遠巻きに見て、チョークは腹を抱えて笑っていた。笑い過ぎて出た涙を拭きながらオレガノに尋ねる。
「私と踊りましょう!」
一瞬、チョークはオレガノが何を言ってるのか理解できないと言う表情を浮かべる。
「オレガノ……。あたしを誘ってるのかい? せっかくの祭りの夜なのに」
「そうよ。今日はチョークと最初に踊るって、そう決めていたの」
「あんたって……」
オレガノの考えに呆れながらも、チョークは席を立った。しかし、周りの男子たちが、羨む様な顔をこちらに向けていて、チョークはそれを見て思わず小気味よい笑い声を立てた。
「チョーク?」
クスクスと笑うチョークの事をオレガノは不思議そうな顔で見つめた。
「いいや、こっちの事さ。それより、やっぱりあんた変わらないね。今度はあたしの事まで振り回そうって腹だ」
「あ!? ごめん。他に踊りたい人がいたのね」
オレガノの言葉をチョークは首を振って否定した。
「いいや、違うよ。あたしは、何だか嬉しくて。ただ、その事が嬉しかっただけさ」
チョークはそう言うと、オレガノの差し出した手を取った。
「よお、サフワン。悪いね。オレガノと踊って来るから、そこらへんで待っててくれよ」
開いた口を塞ぐ事もせず、こちらを見つめ続けるサフワンに対して、チョークは通り過ぎ様に皮肉めいた表情を見せつけた。
「ええ……」
驚き覚めやらぬまま、サフワンはトボトボと男子達の待つ席へと歩き出した。初めは面白くも無く見つめていた彼らが、サフワンの事を温かく迎い入れたのは言うまでも無く。
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俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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