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第三章 広がる世界
4話 新たな旅立ち④
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フォーリアムの屋敷、その敷地内の庭に植え付けられる花の種類は、全てメイド長のサルヴィナ一人によって取り決められる。
季節の変わり目に際しては、街から呼ばれた庭師達がサルヴィナの指示に従い、主庭から裏庭、そこを繋ぐ庭路に至るまで全ての花々を植え替えて行くのである。そのおかげで、自分の部屋からあまり出る事の無かったフェンネルでさえ、屋敷の窓から見える庭の光景を見るだけで、季節の節目というものを感じる事ができた。
今はそのフェンネルが居なくなったと言うのに、サルヴィナの仕事は一切変わる事が無く、フォーリアムの庭には、晩春から初夏の季節をめぐる花々が彩を見せ、屋敷に住む者達に春の終わりを伝えていた。
そんな日の昼過ぎの事、フォーリアムの館での忙しい時間を終えた日々喜は、宿舎よりの裏庭に置かれたベンチに座り込み、少しばかりの休憩を取っていた。
その場所から見える主庭へと続く庭路にも色とりどりの花々が植え付けられているのが日々喜の視界にも入った。しかし、当の本人には咲き誇る花々から何かを感じ取る様子もなく、まるで見えていないかのようにぼうっと庭路の先を眺め続けていた。
日々喜は今朝方、コウミ達と話した事について考えていた。それをどうやってオレガノ達に伝えるべきか悩んでいたのだった。
自分と同じく、フェンネルが消えた事に不安を抱えていた彼女達に、何も打ち明けずに行く訳にはいかないだろう。しかし、フェンネルの事を話し、自分がイスカリへ向かう事を打ち明ければ、以前一緒に森の中へと入った時の様に、危険を承知で行動を共にすると言い出しかねない。
フェンネルが無事である事を話しつつ、暫くの間、自分はイバラ領を留守にすると言う、何かうまい言い回しが無いものだろうか。そんな事を考えつつ、日々喜は今日、何度目かになる溜息を一人ついた。
「日々喜さん。お疲れ様ですにゃ」
突然声を掛けられ、日々喜は驚いた顔をそちらに向ける。そこには、何時の間にか顔を出していたメイドのタイムがいた。
ドキリとする日々喜。頭に纏わり付く考えを払う様に反射的に立ち上がった。
「にゃ!?」
タイムの驚く顔を見て、日々喜はしまったと感じた。
別に考えを読まれる事は無い。日々喜はそう考えながらベンチに座り直すと、取り繕う様にタイムに応えた。
「お疲れ様」
日々喜のそうした不可解の挙動も、既に日常的な事になりつつあるようで。タイムはクスクス笑うと、何事もなかったように日々喜の隣に座り込んだ。
午前の仕事を終え、日々喜と同様に休憩を取りに来たのだろう。特に話す事も無く、そのままぼうっとした感じで、日々喜と一緒に裏庭を眺め続けた。
日々喜もまた黙っている。纏まりきらない悩みが表に出ない様にと必死で、他の事に考えを巡らす。落ち着かないまま、何かタイムが話し始めないか、それとも自分から話を振ろうかと考えながら裏庭を眺めていた。
五月に差し掛かる爽やかな気候の中、なだらかに吹く風は新緑の香りを乗せていた。庭に植え付けられた花々は、目一杯に広げた花弁でその風を受け、ユラリユラリと一斉に揺れ動いて見せた。
「春が終るね」
不意にそう呟く日々喜。
庭に植え付けられている花々が、自分にそう伝えている事を漸く理解した。それらは自分の生まれた世界でも、良く目にした種であり、同じように季節の変わり目を伝えてくれていたからだった。
こうした異世界での類似点は、当初、目にしたばかりの日々喜の事を不思議がらせた。エレメンタルという自分の育った世界とは異なる力の法則、ルーラーという超常的な存在がありながら、そこに生きる動植物(一部のモンスターを除き)は、日々喜の日常や常識というものを壊す事無く営みを築いている。
異世界という根幹の部分が大きく異なる世界でも、最終的には似通った世界になって行くのだろうか。
この世界の不思議に触れる度に、日々喜はそんな事を頭の中で考えていた。
「そうですにゃ。もうじきレインシーズンですにゃ」
「レインシーズン? 雨季が来るんだ」
タイムは頷いて答えた。
「それが過ぎれば、夏が来ますにゃ」
「そうなんだ……」
日々喜は改めて庭を見渡した。
ここは環境までも自分の居た世界に、故郷の日本に似ている。その事に気が付いた時、何か懐かしい思いが胸の辺りから迫上がって来るのを感じた。
ここに来てから既に、二か月の時が過ぎていた。何も告げずに世界を去った。そんな自分の家族は心配しているだろうか。
日々喜は世話になった大伯父の灯馬や、両親が死んですぐにお世話になった叔父達家族の顔を思い浮かべる。優しい叔父夫妻もまた、今は亡き祖母環世と同様に、本当の息子の様に自分を迎え入れてくれた。
そして、自分の事を兄として慕ってくれた弟と妹達の顔を思い浮かべる。途端に日々喜は、声に出る程の大きな溜息を着き、頭を抱えた。
「日々喜さん?」
その様子を見ていたタイムが心配そうに声を掛けた。
「うん。……ごめん、何でもないんだ」
日々喜は気を取り直す様にタイムの方を向いた。
「タイム。君は、ひょっとして、魔導士になりたいんじゃないの?」
タイムの丸い猫の目が、より一層大きく見開かれていった。
「違ったらごめん。でも、皆が魔導を使う時、君は何時も黙ってそれを見つめていたから」
それは、日々喜にも経験のある事だった。知りたい事や、興味のある事を目の当たりにし、欲しいおもちゃを見つめる様に眺め続けている事。タイムが見せた眼差しは、まさにそう言った羨望の気持ちが含まれている様に日々喜には思えた。
「バレてしまいましたニャ。実は、そうですニャ。私は魔導士になりたかったんですニャ」
タイムははにかむ思いを隠す様に、自分のほっぺを両手で揉みしだきながら、秘め続けた思いを打ち明け始めた。
タイムの生まれた魔導連合王国の北部には、魔導の学院が設置されていない。その理由の一つに、北部が他の地域に比べて経済的な開発が遅れている事がある。
通常、学院の運営費、並びに学生が入学に必要となる費用については、出身地の領主が賄うのが決まりとなっている。家庭の貧富の差に関係無く、才能の有る者を惜しみなく魔導士として育て、国内の魔導士達の割合を入学試験の水準のみで調節し、一定に保つ仕組みになっているのだった。しかし、北部の各領地では領民の学費を工面できる程の余裕が無く、必然的に学院へ入学する者が少なくなり、学院の設置自体も見送られ続けて来たのであった。その為、北部の人間が魔導士になる為には、領主の力を借りず他地域に設置される学院へ入学する必要があった。
タイムの家庭では、とても学費を工面する事ができなかった。
唯一の救済は、王族の財政から賄われる王立魔導学院に入学する事だけであったが、彼女の学力ではとても入学を果たす事は出来なかったのであった。
それでも、自分の夢を捨てきれなかったタイムは、自ら故郷を後にして魔導士の一門であるこのフォーリアムの屋敷に働きに来たのだと、日々喜に語った。
「魔導の勉強をしに、一人でここへ」
学院の入学試験は、十二歳の時に一度だけしか受けられない。彼女はもう、この国では魔導士にはなれないのだ。それでも、魔導の勉強をする為に、わざわざこんなに遠く離れた場所へ来るのはよっぽどの事だったに違いない。
「そうですニャ。北部の魔導士一門ではどこも、私の様な獣人は雇ってもらえませんでしたニャ。それで東部まで来た時、フォーリアム一門の噂を耳にしましたニャ。殆ど破れかぶれでこのイバラ領まで来て、お嬢様とお会いしました。ぜひ雇っていただきたいとその場でお願いしましたニャ」
「すごい根性だね」
日々喜は自分がこのフォーリアム一門の門を叩いた時を思い起こした。不安で堪らず、フォーリアムの外庭をやっとの思いでサフワンと共に歩いた時の事だ。それに比べたら、タイムは何でも一人でこなしてしまう。そう思えた。
タイムは、初めて出会ったフェンネルとの思い出に浸り込んでいるようで、日々喜の尊敬の眼差しも意に介さず、あれは一目惚れでしたニャ、などと呟いていた。
「お嬢様からは二つ返事で了解を頂けて、私はその日の内に家へ飛んで帰りましたニャ。そして、弟、妹達に、ちゃんと魔導が使えるようになって帰って来ると話しました。お父さんもお母さんも、私のやる事を後押ししてくれましたニャ」
日々喜は、つくづくタイムの事を感心した。
オレガノやクレス達のような、以前から屋敷に居る見習い達からは、タイムが給金で稼いだお金の殆どを実家に送っていると聞いていたし、北部で排他的に扱われる獣人の話も聞いていた。そこから漠然としたイメージを膨らませ、タイムの事を人一倍がんばっている女の子だと決めつけていた。だが、彼女の口からはそれを気負わせるものは一つもなく、むしろ前向きな、希望に満ちた言葉しか聞こえて来なかったのだ。
日々喜の視線に気が付き、タイムは照れたように自分の頭を撫で廻し始める。頭から突き出た猫の耳が折れ曲がり、手の抑えが無くなった途端にピンっと立った。
「でも、ダメですニャ。私には才能がありませんニャ」
「そうかな? 好きな事は、悪い事じゃないと思うし、才能が無いからって諦めてしまうのはもったいないと思うよ」
「でも、ラヴァーニャさんから貰ったチャートも上手く使う事ができなかったですニャ」
洗濯の機械が壊れた時、タイムはラヴァーニャから洗濯用の魔導が記されたチャートを譲られていた。あれから、何度か自分で使おうと試みたのだろうが、上手くはいかなかったようだ。
「僕もアトラスを上手く使えなかった。でも、マウロから手ほどきを受けてから、少しだけ使えるようになったんだ」
そう言うと、日々喜は立ち上がった。
「タイム。チャートを持って来てごらんよ。僕が、やり方を見てあげる」
日々喜がそう言うと、タイムは微笑みを見せてベンチから飛び降りる。
「今、取ってきますニャ!」
そう言うと、タイムは勝手口から宿舎の中へと入って行った。
「……すてきな子」
タイムが居なくなった後で日々喜がそう呟いた。自分がつくづくそう思っている事を実感していた。
年齢も、背丈も、顔の作りも自分の妹とは違う。それでも年下の、そういう感じの子供というだけで、何か尽くしきらねばならない思いに駆り立てられるのだった。
やがて、魔導の準備をする為に、日々喜も勝手口から宿舎の中へと入って行った。
季節の変わり目に際しては、街から呼ばれた庭師達がサルヴィナの指示に従い、主庭から裏庭、そこを繋ぐ庭路に至るまで全ての花々を植え替えて行くのである。そのおかげで、自分の部屋からあまり出る事の無かったフェンネルでさえ、屋敷の窓から見える庭の光景を見るだけで、季節の節目というものを感じる事ができた。
今はそのフェンネルが居なくなったと言うのに、サルヴィナの仕事は一切変わる事が無く、フォーリアムの庭には、晩春から初夏の季節をめぐる花々が彩を見せ、屋敷に住む者達に春の終わりを伝えていた。
そんな日の昼過ぎの事、フォーリアムの館での忙しい時間を終えた日々喜は、宿舎よりの裏庭に置かれたベンチに座り込み、少しばかりの休憩を取っていた。
その場所から見える主庭へと続く庭路にも色とりどりの花々が植え付けられているのが日々喜の視界にも入った。しかし、当の本人には咲き誇る花々から何かを感じ取る様子もなく、まるで見えていないかのようにぼうっと庭路の先を眺め続けていた。
日々喜は今朝方、コウミ達と話した事について考えていた。それをどうやってオレガノ達に伝えるべきか悩んでいたのだった。
自分と同じく、フェンネルが消えた事に不安を抱えていた彼女達に、何も打ち明けずに行く訳にはいかないだろう。しかし、フェンネルの事を話し、自分がイスカリへ向かう事を打ち明ければ、以前一緒に森の中へと入った時の様に、危険を承知で行動を共にすると言い出しかねない。
フェンネルが無事である事を話しつつ、暫くの間、自分はイバラ領を留守にすると言う、何かうまい言い回しが無いものだろうか。そんな事を考えつつ、日々喜は今日、何度目かになる溜息を一人ついた。
「日々喜さん。お疲れ様ですにゃ」
突然声を掛けられ、日々喜は驚いた顔をそちらに向ける。そこには、何時の間にか顔を出していたメイドのタイムがいた。
ドキリとする日々喜。頭に纏わり付く考えを払う様に反射的に立ち上がった。
「にゃ!?」
タイムの驚く顔を見て、日々喜はしまったと感じた。
別に考えを読まれる事は無い。日々喜はそう考えながらベンチに座り直すと、取り繕う様にタイムに応えた。
「お疲れ様」
日々喜のそうした不可解の挙動も、既に日常的な事になりつつあるようで。タイムはクスクス笑うと、何事もなかったように日々喜の隣に座り込んだ。
午前の仕事を終え、日々喜と同様に休憩を取りに来たのだろう。特に話す事も無く、そのままぼうっとした感じで、日々喜と一緒に裏庭を眺め続けた。
日々喜もまた黙っている。纏まりきらない悩みが表に出ない様にと必死で、他の事に考えを巡らす。落ち着かないまま、何かタイムが話し始めないか、それとも自分から話を振ろうかと考えながら裏庭を眺めていた。
五月に差し掛かる爽やかな気候の中、なだらかに吹く風は新緑の香りを乗せていた。庭に植え付けられた花々は、目一杯に広げた花弁でその風を受け、ユラリユラリと一斉に揺れ動いて見せた。
「春が終るね」
不意にそう呟く日々喜。
庭に植え付けられている花々が、自分にそう伝えている事を漸く理解した。それらは自分の生まれた世界でも、良く目にした種であり、同じように季節の変わり目を伝えてくれていたからだった。
こうした異世界での類似点は、当初、目にしたばかりの日々喜の事を不思議がらせた。エレメンタルという自分の育った世界とは異なる力の法則、ルーラーという超常的な存在がありながら、そこに生きる動植物(一部のモンスターを除き)は、日々喜の日常や常識というものを壊す事無く営みを築いている。
異世界という根幹の部分が大きく異なる世界でも、最終的には似通った世界になって行くのだろうか。
この世界の不思議に触れる度に、日々喜はそんな事を頭の中で考えていた。
「そうですにゃ。もうじきレインシーズンですにゃ」
「レインシーズン? 雨季が来るんだ」
タイムは頷いて答えた。
「それが過ぎれば、夏が来ますにゃ」
「そうなんだ……」
日々喜は改めて庭を見渡した。
ここは環境までも自分の居た世界に、故郷の日本に似ている。その事に気が付いた時、何か懐かしい思いが胸の辺りから迫上がって来るのを感じた。
ここに来てから既に、二か月の時が過ぎていた。何も告げずに世界を去った。そんな自分の家族は心配しているだろうか。
日々喜は世話になった大伯父の灯馬や、両親が死んですぐにお世話になった叔父達家族の顔を思い浮かべる。優しい叔父夫妻もまた、今は亡き祖母環世と同様に、本当の息子の様に自分を迎え入れてくれた。
そして、自分の事を兄として慕ってくれた弟と妹達の顔を思い浮かべる。途端に日々喜は、声に出る程の大きな溜息を着き、頭を抱えた。
「日々喜さん?」
その様子を見ていたタイムが心配そうに声を掛けた。
「うん。……ごめん、何でもないんだ」
日々喜は気を取り直す様にタイムの方を向いた。
「タイム。君は、ひょっとして、魔導士になりたいんじゃないの?」
タイムの丸い猫の目が、より一層大きく見開かれていった。
「違ったらごめん。でも、皆が魔導を使う時、君は何時も黙ってそれを見つめていたから」
それは、日々喜にも経験のある事だった。知りたい事や、興味のある事を目の当たりにし、欲しいおもちゃを見つめる様に眺め続けている事。タイムが見せた眼差しは、まさにそう言った羨望の気持ちが含まれている様に日々喜には思えた。
「バレてしまいましたニャ。実は、そうですニャ。私は魔導士になりたかったんですニャ」
タイムははにかむ思いを隠す様に、自分のほっぺを両手で揉みしだきながら、秘め続けた思いを打ち明け始めた。
タイムの生まれた魔導連合王国の北部には、魔導の学院が設置されていない。その理由の一つに、北部が他の地域に比べて経済的な開発が遅れている事がある。
通常、学院の運営費、並びに学生が入学に必要となる費用については、出身地の領主が賄うのが決まりとなっている。家庭の貧富の差に関係無く、才能の有る者を惜しみなく魔導士として育て、国内の魔導士達の割合を入学試験の水準のみで調節し、一定に保つ仕組みになっているのだった。しかし、北部の各領地では領民の学費を工面できる程の余裕が無く、必然的に学院へ入学する者が少なくなり、学院の設置自体も見送られ続けて来たのであった。その為、北部の人間が魔導士になる為には、領主の力を借りず他地域に設置される学院へ入学する必要があった。
タイムの家庭では、とても学費を工面する事ができなかった。
唯一の救済は、王族の財政から賄われる王立魔導学院に入学する事だけであったが、彼女の学力ではとても入学を果たす事は出来なかったのであった。
それでも、自分の夢を捨てきれなかったタイムは、自ら故郷を後にして魔導士の一門であるこのフォーリアムの屋敷に働きに来たのだと、日々喜に語った。
「魔導の勉強をしに、一人でここへ」
学院の入学試験は、十二歳の時に一度だけしか受けられない。彼女はもう、この国では魔導士にはなれないのだ。それでも、魔導の勉強をする為に、わざわざこんなに遠く離れた場所へ来るのはよっぽどの事だったに違いない。
「そうですニャ。北部の魔導士一門ではどこも、私の様な獣人は雇ってもらえませんでしたニャ。それで東部まで来た時、フォーリアム一門の噂を耳にしましたニャ。殆ど破れかぶれでこのイバラ領まで来て、お嬢様とお会いしました。ぜひ雇っていただきたいとその場でお願いしましたニャ」
「すごい根性だね」
日々喜は自分がこのフォーリアム一門の門を叩いた時を思い起こした。不安で堪らず、フォーリアムの外庭をやっとの思いでサフワンと共に歩いた時の事だ。それに比べたら、タイムは何でも一人でこなしてしまう。そう思えた。
タイムは、初めて出会ったフェンネルとの思い出に浸り込んでいるようで、日々喜の尊敬の眼差しも意に介さず、あれは一目惚れでしたニャ、などと呟いていた。
「お嬢様からは二つ返事で了解を頂けて、私はその日の内に家へ飛んで帰りましたニャ。そして、弟、妹達に、ちゃんと魔導が使えるようになって帰って来ると話しました。お父さんもお母さんも、私のやる事を後押ししてくれましたニャ」
日々喜は、つくづくタイムの事を感心した。
オレガノやクレス達のような、以前から屋敷に居る見習い達からは、タイムが給金で稼いだお金の殆どを実家に送っていると聞いていたし、北部で排他的に扱われる獣人の話も聞いていた。そこから漠然としたイメージを膨らませ、タイムの事を人一倍がんばっている女の子だと決めつけていた。だが、彼女の口からはそれを気負わせるものは一つもなく、むしろ前向きな、希望に満ちた言葉しか聞こえて来なかったのだ。
日々喜の視線に気が付き、タイムは照れたように自分の頭を撫で廻し始める。頭から突き出た猫の耳が折れ曲がり、手の抑えが無くなった途端にピンっと立った。
「でも、ダメですニャ。私には才能がありませんニャ」
「そうかな? 好きな事は、悪い事じゃないと思うし、才能が無いからって諦めてしまうのはもったいないと思うよ」
「でも、ラヴァーニャさんから貰ったチャートも上手く使う事ができなかったですニャ」
洗濯の機械が壊れた時、タイムはラヴァーニャから洗濯用の魔導が記されたチャートを譲られていた。あれから、何度か自分で使おうと試みたのだろうが、上手くはいかなかったようだ。
「僕もアトラスを上手く使えなかった。でも、マウロから手ほどきを受けてから、少しだけ使えるようになったんだ」
そう言うと、日々喜は立ち上がった。
「タイム。チャートを持って来てごらんよ。僕が、やり方を見てあげる」
日々喜がそう言うと、タイムは微笑みを見せてベンチから飛び降りる。
「今、取ってきますニャ!」
そう言うと、タイムは勝手口から宿舎の中へと入って行った。
「……すてきな子」
タイムが居なくなった後で日々喜がそう呟いた。自分がつくづくそう思っている事を実感していた。
年齢も、背丈も、顔の作りも自分の妹とは違う。それでも年下の、そういう感じの子供というだけで、何か尽くしきらねばならない思いに駆り立てられるのだった。
やがて、魔導の準備をする為に、日々喜も勝手口から宿舎の中へと入って行った。
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