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第三章 広がる世界
3話 新たな旅立ち③
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洞窟を出た日々喜達三人。
別れ際になっても、ハニイはその顔に不安の色を残していた。しかし、日々喜が決めた事に対して、それ以上何も言う事は無いようで、ただ一つ日々喜に対してぺこりと頭を下げ、その場を後にして行った。
空は何時の間にか太陽が顔を出し始め、森の中にも朝日を届けている。ハニイは、コウミと日々喜が見つめる中で、一度も振り返る事なく森の中へと消えて行った。
「さてと」
コウミは気を改める様にそう言うと、日々喜の方を振り返った。
「それで、何時出立するんだ?」
「うん……」
イスカリに行く。そう言ったものの、日々喜はまだ何も考えていない様子だった。
「早い方がいいだろ。出るなら今日明日中がいい。取りあえずヴァーサに向かい、クレレの家で後々の事を考える」
「分かりました」
矢継ぎ早に計画を口にするコウミに対し、何となく気の無い返事を日々喜は返した。
「夜明け前にまた来い」
コウミはそう言うと、踵を返して洞窟に戻ろうした。
「コウミ!」
日々喜がそんなコウミの事を呼び止める。
「僕がイスカリに行く事を、君は止めないんだ?」
「ああ……、俺にも思う所があってな」
コウミは振り向き様に答えた。
「お前の旅について、色々考えていたんだ」
「僕の旅?」
「フェンネル・フォーリアムを助けるにしろ、家に帰るにしろ、自分の目的を果たす為に、お前は自分から旅に出ようとしている。この世界を訪れた灯馬の様に」
大伯父の名前を出され、日々喜は少し緊張する。共に旅をしたコウミからは、まだその旅の結末を聞かされていなかった。話を聞かせて欲しいと言ったのは自分自身だったが、日が経つにつれて、知りたいと言う思いが薄れ、逆に知る事に対して不安が募り始めて来ていた。
「今、話してやるか?」
「今は……」
そう言いながら、日々喜は東の空を見上げた。
太陽はすっかり顔を出し、日々喜に暖かな陽光を届けている。
新年度祭から月を跨いだ現在。朝を迎えるのも随分と早くなった。それでも、宿舎での仕事を抱える自分には、長く話をしている時間は無いだろうか。
言い訳にしかならない様な考えを巡らしている日々喜の事をコウミはじっと見つめ続けていた。
「長い話にはならない。俺も旅の全てをお前に語って聞かせるつもりは無い。ただ、お前に必要な事だけを聞かせておきたいだけだ」
コウミは日々喜の考えを見透かしたようにそう言った。日々喜は意を決してコウミへと視線を移す。
「聞かせてください」
コウミは一言唸るように、うん、と答えると、出し惜しみするかのように黙り、空を見上げた。
仕事前に呼び止め、この態度。気取り屋と呼ばれるコウミの性分なのか、赤の他人であればよほどの事情を知らない限りイラつかせた事だろう。しかし、日々喜はそんなコウミが話し始めるのをじっと待ち続けていた。
やがて、コウミは話し始めた。
「灯馬が来る前、先にこの世界に訪れた者がいる。灯馬はそいつを連れ戻す為に、この世界に来て旅をしたんだ」
コウミの話しは、これまで聞いていたクレレ夫妻の話しや、夢で見たコウイチの話しからも想像できた事だった。
「伯父様の家族ですね。僕の知っている人ですか?」
日々喜の質問にコウミは頷いて答えた。
「環世だ」
日々喜は意表を突かれた様に目を丸くする。
「お婆ちゃまも……、異世界に来てた」
大伯父に続き、その妹でもある日々喜の祖母が、自分の居るこの世界を訪れていた。何も知らされていなかった日々喜にとって衝撃的な事実であった。
「お婆ちゃまはどうして、この世界に……」
「それは、旅の最中に灯馬から聞いた。環世の祖父の死が引き金になり、お前と同じくあの里山に駆け込んだんだ。そして、灯馬はそれを追いかけ、この世界に来た。この俺のように」
自分と同じようにとは、祖母環世の死を切っ掛けにして、逃げる様に山道を駆けあがって行ったという事だろうか。
大伯父がこの世界に来たのは一二歳の頃、三つ年の離れた祖母は九つの時に大切な人を失ったのだ。
身につまされる様な思いから、日々喜は言葉を失ったまま、地面を見つめ続けた。
「旅の結末は……。言わなくても分かるだろ」
コウミは話し続ける。
「灯馬は目的を果たした。環世の孫のお前が、現実に居る事が証拠なんだ」
そう言われてみればそうだ。環世が現実の世界に帰らなければ、自分もそこで生まれてはいない。
大伯父灯馬の旅は、コウミから聞くまでも無く完結した話だったのだ。
日々喜は顔を上げた。
自分の無目的な逃避行も、仮初とは言え目的を持った旅となった。
今はまだ、帰る気にはなれない。それでも、この旅の目的を果たした時、自分は少しでも成長し、自らの足で家に帰る気持ちになるかもしれない。灯馬が環世を探し当て、環世が灯馬と家に帰った様に。
「ただな……。長く、苛酷な旅になった。外から来た灯馬は、どこに行ってもよからぬ者と呼ばれたし、俺達はこんななりだったから」
「どんな旅だったんですか?」
「俺は剣士の国の生まれだ。人を切る事を生業にして、旅の中では戦う事も多くあった。つまり、分かるだろ」
言い難そうにするコウミ。
「ハニイさんがコウミの事をキサラギ一門と呼んでいたのは?」
「ああ、旅の中で俺達が勝手に立ち上げた。灯馬を長とする俺達の一門だ。俺には苗字が無かったから、丁度よかった」
「凄く憎んでいた様に見えた。過去に起こした大罪だって」
「それは気にするな、大したことじゃないんだ。ただ、ダイワ国の……、滅んだ国の一番偉い奴を倒しただけだ」
「倒した!? こ、殺しちゃったんですか?」
「いや、まあ……。ただ、そいつも一応は剣士だったし、戦場で切られて死んで、本望だったろう」
「でもそれって、大した事なんじゃ」
「多少はな。少し国が傾いたり、その所為で戦争どころじゃなくなったり、そう言う事はあったらしいが……。どのみち滅んだ国の話しだ。憎む者がいたからと言って、俺達を罰する法はどこにも存在しないさ」
日々喜は呆れた表情を見せる。
コウミは、そんな日々喜の表情を見て、自分の発言に問題があったか改めるように言葉を続けた。
「まあ、異世界から来たお前達に取って、衝撃を受ける事だったと今の俺なら分かる。灯馬は、その経験を思い出したくなかったから、きっとこの世界の事をお前には話さなかったんだ。……この俺の事も含めて」
コウミの声が一際沈んで行くように聞こえた。
苛酷な旅だったからこそ、日々喜を含めた他人には話す事が無かった。コウミのそう言う理屈は、話を聞いていた日々喜自身にも納得できるものだった。
過去に一度だけ、あの里山の危険性を示唆された時、灯馬の見せた物悲しい表情を思い出す。それは、身内であろうと打ち明ける事の出来ない秘密があったからだろう。
灯馬の話してくれた里山での事故の話し。慣れない子供が夜に里山へ入り帰らなくなったとは、恐らくは環世の事で、言葉を濁して日々喜に語って聞かせた事だったのだろう。
「直ぐ傍に居たのに……。コウミは辛かっただろう」
沈んだ言葉を拾い上げる様に、日々喜が尋ねた。コウミは顔を上げ、肩を竦めて見せる。
「別に辛くなかった。それに仕方のない事だ。俺はカラスだったし、言葉が通じなければ、灯馬だって分からないだろ」
「それでも、あんなに沢山話し掛けていたのに……」
思い起こせば、里山で灯馬とキャンプをする時は、しつこいぐらいにコウミが付いて回っていた。言葉の通じていない灯馬は、騒ぐカラスを追い払う様に、コウミの事をうるさがっていたのを日々喜は見ていたのだ。
その話を聞き、コウミは頭を抱えた。
「そんな前から、俺の言葉が聞こえていたのか……」
コウミはそう呟くと、一人で思い悩む様にうんうん唸るような声を出した。
「コウミ?」
日々喜が心配するように話し掛けると、ハッとした様にまた顔を上げて話し始める。
「別に、寂しかった訳じゃない! たまに羽目を外して、お前達の事をからかってやってただけだ!」
「わ、分かったよ」
コウミの勢いに呑まれる様にして日々喜はそう応えた。コウミはそれでもなお、カラスが人に向かって吠えて何が悪い、などとブツブツ言い訳がましい事を言うと、最後に、忘れてくれ、と小さく呟く様に付け加えた。
「そうだ、日々喜。いつかお前に、ここで灯馬のように振る舞えるかと聞いたな」
唐突に思い出したかの様に、コウミは話を変えた。日々喜は眼をパチクリとさせながら、首を小刻みに頷かせる。
「あれも忘れろ。お前は灯馬の様な旅をするな。自分の経験を永遠に胸の内に封じ込める様な、そんな真似はしないと俺に約束しろ。それができるのなら、ここから先、俺はお前のやる事に一々口を挟まない」
後悔しない旅を。コウミの言う事は計り知れない程に難しい事だ。しかし、既に未来を見据える日々喜にとって、その言葉は、自分の事を後押しするように聞こえた。
「分かりました」
日々喜が答える。
「慎重に、勇気を持って、自分の旅をしてみます」
日々喜の言葉を聞き、コウミは胸に残る空気を吐きだす。そして暫くの間、日々喜の言葉の余韻を確かめると一言、よし、と答えた。
自分の難しい約束事に対して、納得のいく答えを得られたのか、帰り支度をし始める日々喜の事をコウミは黙って見守り続けた。
日々喜は、洞窟前に繋がれていた馬の前に近づくと、手綱を外しその馬に跨ろうと身を持ち上げた。日の射す森の中でなら、馬を馳せても危険は少ないだろう。
「お前の足なら、森の中を走った方が早いんじゃないか?」
馬上に居る日々喜が、首だけをこちらに向ける。
「そうだったかもしれません。だけど、最近はダメなんです。どうしても迷ってしまって」
今までできた事が、急に出来無くなった。そんな、自分の情けなさを笑みで隠す様に日々喜は答えた。
「そうか」
どうやら、後継者達を玉座に据えた事により、この森の日々喜に対する親和性は消え去りつつあるようだ。コウミはそう考えた。
日々喜は手綱を引き、下草を食み続けていた馬の事を何とかコウミの方へと向かせようとしている。暫くすると、馬は首を上げ勝手に森の方へと歩き始めて行った。街道へと向かう方角だった。お腹が膨れたから帰るのだろう。
「も、戻ります」
日々喜は手綱を引きつつ、慌ててコウミにそう言った。
「ああ、明日にな」
コウミは日々喜の背中に向けてそう言った。そして、その姿が森の中へと消えるまで、ずっと見送り続けていた。
「舐められやがって。まだまだ、変わらないな……」
別れ際になっても、ハニイはその顔に不安の色を残していた。しかし、日々喜が決めた事に対して、それ以上何も言う事は無いようで、ただ一つ日々喜に対してぺこりと頭を下げ、その場を後にして行った。
空は何時の間にか太陽が顔を出し始め、森の中にも朝日を届けている。ハニイは、コウミと日々喜が見つめる中で、一度も振り返る事なく森の中へと消えて行った。
「さてと」
コウミは気を改める様にそう言うと、日々喜の方を振り返った。
「それで、何時出立するんだ?」
「うん……」
イスカリに行く。そう言ったものの、日々喜はまだ何も考えていない様子だった。
「早い方がいいだろ。出るなら今日明日中がいい。取りあえずヴァーサに向かい、クレレの家で後々の事を考える」
「分かりました」
矢継ぎ早に計画を口にするコウミに対し、何となく気の無い返事を日々喜は返した。
「夜明け前にまた来い」
コウミはそう言うと、踵を返して洞窟に戻ろうした。
「コウミ!」
日々喜がそんなコウミの事を呼び止める。
「僕がイスカリに行く事を、君は止めないんだ?」
「ああ……、俺にも思う所があってな」
コウミは振り向き様に答えた。
「お前の旅について、色々考えていたんだ」
「僕の旅?」
「フェンネル・フォーリアムを助けるにしろ、家に帰るにしろ、自分の目的を果たす為に、お前は自分から旅に出ようとしている。この世界を訪れた灯馬の様に」
大伯父の名前を出され、日々喜は少し緊張する。共に旅をしたコウミからは、まだその旅の結末を聞かされていなかった。話を聞かせて欲しいと言ったのは自分自身だったが、日が経つにつれて、知りたいと言う思いが薄れ、逆に知る事に対して不安が募り始めて来ていた。
「今、話してやるか?」
「今は……」
そう言いながら、日々喜は東の空を見上げた。
太陽はすっかり顔を出し、日々喜に暖かな陽光を届けている。
新年度祭から月を跨いだ現在。朝を迎えるのも随分と早くなった。それでも、宿舎での仕事を抱える自分には、長く話をしている時間は無いだろうか。
言い訳にしかならない様な考えを巡らしている日々喜の事をコウミはじっと見つめ続けていた。
「長い話にはならない。俺も旅の全てをお前に語って聞かせるつもりは無い。ただ、お前に必要な事だけを聞かせておきたいだけだ」
コウミは日々喜の考えを見透かしたようにそう言った。日々喜は意を決してコウミへと視線を移す。
「聞かせてください」
コウミは一言唸るように、うん、と答えると、出し惜しみするかのように黙り、空を見上げた。
仕事前に呼び止め、この態度。気取り屋と呼ばれるコウミの性分なのか、赤の他人であればよほどの事情を知らない限りイラつかせた事だろう。しかし、日々喜はそんなコウミが話し始めるのをじっと待ち続けていた。
やがて、コウミは話し始めた。
「灯馬が来る前、先にこの世界に訪れた者がいる。灯馬はそいつを連れ戻す為に、この世界に来て旅をしたんだ」
コウミの話しは、これまで聞いていたクレレ夫妻の話しや、夢で見たコウイチの話しからも想像できた事だった。
「伯父様の家族ですね。僕の知っている人ですか?」
日々喜の質問にコウミは頷いて答えた。
「環世だ」
日々喜は意表を突かれた様に目を丸くする。
「お婆ちゃまも……、異世界に来てた」
大伯父に続き、その妹でもある日々喜の祖母が、自分の居るこの世界を訪れていた。何も知らされていなかった日々喜にとって衝撃的な事実であった。
「お婆ちゃまはどうして、この世界に……」
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自分と同じようにとは、祖母環世の死を切っ掛けにして、逃げる様に山道を駆けあがって行ったという事だろうか。
大伯父がこの世界に来たのは一二歳の頃、三つ年の離れた祖母は九つの時に大切な人を失ったのだ。
身につまされる様な思いから、日々喜は言葉を失ったまま、地面を見つめ続けた。
「旅の結末は……。言わなくても分かるだろ」
コウミは話し続ける。
「灯馬は目的を果たした。環世の孫のお前が、現実に居る事が証拠なんだ」
そう言われてみればそうだ。環世が現実の世界に帰らなければ、自分もそこで生まれてはいない。
大伯父灯馬の旅は、コウミから聞くまでも無く完結した話だったのだ。
日々喜は顔を上げた。
自分の無目的な逃避行も、仮初とは言え目的を持った旅となった。
今はまだ、帰る気にはなれない。それでも、この旅の目的を果たした時、自分は少しでも成長し、自らの足で家に帰る気持ちになるかもしれない。灯馬が環世を探し当て、環世が灯馬と家に帰った様に。
「ただな……。長く、苛酷な旅になった。外から来た灯馬は、どこに行ってもよからぬ者と呼ばれたし、俺達はこんななりだったから」
「どんな旅だったんですか?」
「俺は剣士の国の生まれだ。人を切る事を生業にして、旅の中では戦う事も多くあった。つまり、分かるだろ」
言い難そうにするコウミ。
「ハニイさんがコウミの事をキサラギ一門と呼んでいたのは?」
「ああ、旅の中で俺達が勝手に立ち上げた。灯馬を長とする俺達の一門だ。俺には苗字が無かったから、丁度よかった」
「凄く憎んでいた様に見えた。過去に起こした大罪だって」
「それは気にするな、大したことじゃないんだ。ただ、ダイワ国の……、滅んだ国の一番偉い奴を倒しただけだ」
「倒した!? こ、殺しちゃったんですか?」
「いや、まあ……。ただ、そいつも一応は剣士だったし、戦場で切られて死んで、本望だったろう」
「でもそれって、大した事なんじゃ」
「多少はな。少し国が傾いたり、その所為で戦争どころじゃなくなったり、そう言う事はあったらしいが……。どのみち滅んだ国の話しだ。憎む者がいたからと言って、俺達を罰する法はどこにも存在しないさ」
日々喜は呆れた表情を見せる。
コウミは、そんな日々喜の表情を見て、自分の発言に問題があったか改めるように言葉を続けた。
「まあ、異世界から来たお前達に取って、衝撃を受ける事だったと今の俺なら分かる。灯馬は、その経験を思い出したくなかったから、きっとこの世界の事をお前には話さなかったんだ。……この俺の事も含めて」
コウミの声が一際沈んで行くように聞こえた。
苛酷な旅だったからこそ、日々喜を含めた他人には話す事が無かった。コウミのそう言う理屈は、話を聞いていた日々喜自身にも納得できるものだった。
過去に一度だけ、あの里山の危険性を示唆された時、灯馬の見せた物悲しい表情を思い出す。それは、身内であろうと打ち明ける事の出来ない秘密があったからだろう。
灯馬の話してくれた里山での事故の話し。慣れない子供が夜に里山へ入り帰らなくなったとは、恐らくは環世の事で、言葉を濁して日々喜に語って聞かせた事だったのだろう。
「直ぐ傍に居たのに……。コウミは辛かっただろう」
沈んだ言葉を拾い上げる様に、日々喜が尋ねた。コウミは顔を上げ、肩を竦めて見せる。
「別に辛くなかった。それに仕方のない事だ。俺はカラスだったし、言葉が通じなければ、灯馬だって分からないだろ」
「それでも、あんなに沢山話し掛けていたのに……」
思い起こせば、里山で灯馬とキャンプをする時は、しつこいぐらいにコウミが付いて回っていた。言葉の通じていない灯馬は、騒ぐカラスを追い払う様に、コウミの事をうるさがっていたのを日々喜は見ていたのだ。
その話を聞き、コウミは頭を抱えた。
「そんな前から、俺の言葉が聞こえていたのか……」
コウミはそう呟くと、一人で思い悩む様にうんうん唸るような声を出した。
「コウミ?」
日々喜が心配するように話し掛けると、ハッとした様にまた顔を上げて話し始める。
「別に、寂しかった訳じゃない! たまに羽目を外して、お前達の事をからかってやってただけだ!」
「わ、分かったよ」
コウミの勢いに呑まれる様にして日々喜はそう応えた。コウミはそれでもなお、カラスが人に向かって吠えて何が悪い、などとブツブツ言い訳がましい事を言うと、最後に、忘れてくれ、と小さく呟く様に付け加えた。
「そうだ、日々喜。いつかお前に、ここで灯馬のように振る舞えるかと聞いたな」
唐突に思い出したかの様に、コウミは話を変えた。日々喜は眼をパチクリとさせながら、首を小刻みに頷かせる。
「あれも忘れろ。お前は灯馬の様な旅をするな。自分の経験を永遠に胸の内に封じ込める様な、そんな真似はしないと俺に約束しろ。それができるのなら、ここから先、俺はお前のやる事に一々口を挟まない」
後悔しない旅を。コウミの言う事は計り知れない程に難しい事だ。しかし、既に未来を見据える日々喜にとって、その言葉は、自分の事を後押しするように聞こえた。
「分かりました」
日々喜が答える。
「慎重に、勇気を持って、自分の旅をしてみます」
日々喜の言葉を聞き、コウミは胸に残る空気を吐きだす。そして暫くの間、日々喜の言葉の余韻を確かめると一言、よし、と答えた。
自分の難しい約束事に対して、納得のいく答えを得られたのか、帰り支度をし始める日々喜の事をコウミは黙って見守り続けた。
日々喜は、洞窟前に繋がれていた馬の前に近づくと、手綱を外しその馬に跨ろうと身を持ち上げた。日の射す森の中でなら、馬を馳せても危険は少ないだろう。
「お前の足なら、森の中を走った方が早いんじゃないか?」
馬上に居る日々喜が、首だけをこちらに向ける。
「そうだったかもしれません。だけど、最近はダメなんです。どうしても迷ってしまって」
今までできた事が、急に出来無くなった。そんな、自分の情けなさを笑みで隠す様に日々喜は答えた。
「そうか」
どうやら、後継者達を玉座に据えた事により、この森の日々喜に対する親和性は消え去りつつあるようだ。コウミはそう考えた。
日々喜は手綱を引き、下草を食み続けていた馬の事を何とかコウミの方へと向かせようとしている。暫くすると、馬は首を上げ勝手に森の方へと歩き始めて行った。街道へと向かう方角だった。お腹が膨れたから帰るのだろう。
「も、戻ります」
日々喜は手綱を引きつつ、慌ててコウミにそう言った。
「ああ、明日にな」
コウミは日々喜の背中に向けてそう言った。そして、その姿が森の中へと消えるまで、ずっと見送り続けていた。
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