ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第三章 広がる世界

7話 新たな旅立ち⑦

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 本館の中は薄暗く、数本の蝋燭の明かりのみを照明としていた。その為、ロビー中央の階段の先、上階は暗く、完全な空き家となってしまったかのように人の気配を感じさせなかった。

 「オレガノ!」

 キリアンが声を上げる。見れば、ロビーの隅に逃げ出したはずのオレガノが立っていた。どうやら、裏庭から本館に入って来ていていたのだろう。

 「テメー、一人で逃げやがったな」
 「ち、違うわよ! サルヴィナが待ってるなんて思わなかったんだもん。ビックリしちゃって、つい」

 詰め寄って行くキリアン。オレガノは慌てた様に反論し始めた。

 「何が、つい、だ! こっちは殺されるかと思ったんだぞ!」

 大袈裟な物言いに、キリアンは心底恐ろしい思いがしたのだろうとリグラは思った。

 「まあまあ、キリアン落ち着いて。大きな声を出したらまたサルヴィナさんに怒られますよ」
 「ふん!」

 リグラにそう言われ、キリアンは不服有り気に鼻を鳴らし黙った。

 「でもオレガノ、どうしてここに居るのですか? 中庭の方へ逃げて行ったのに」
 「タイムに捕まっちゃったの。……後、逃げた訳じゃないのよリグラ。本当に驚いちゃって」

 リグラの問いにオレガノは誤魔化すように舌を出した。

 「タイムに」

 リグラは合点がいった。
 昼間に屋敷を抜け出す算段を付けていた時、タイムは一緒に話を聞いていたのだ。その事をサルヴィナに喋ってしまったに違いない。さもなければ、タイミング良く門前で待ち構えているはずが無い。

 「皆さん」

 リグラがそう考えていた時、ロビーへと続く部屋の扉から火の灯った燭台を片手にタイムが姿を現した。

 「こちらへどうぞニャ」

 タイムに誘われ、四人は蝋燭の明かりに照らされる扉へと入って行った。
 主庭に面するその部屋は、長いテーブルの置かれた一室だった。庭に見える景色を楽しみながら、フェンネルがここで食事を取っていた事を日々喜達は知っていた。
 真っ白なテーブルクロスの上に置かれた二つの燭台、それぞれがテーブルの端と端に置かれ火が灯されている。その薄暗い照明の中で、部屋の真ん中あたりに立つサルヴィナが、手にしていた燭台をテーブルの上に置き、机に並べられていた品々を示した。

 「これを持って行きなさい」

 四人はサルヴィナに促されるまま、テーブルへと歩み寄った。
 そこには四着のローブが広げられた形で置いてあった。

 「これは……」

 四人はそれぞれのローブを手に取る。すべすべとした触感、独特の光沢のあるその布地は柔らかく、軽く、質の良い絹の織物である事が分かる。

 「玉繭の双生児達の残した絹糸を編み込んであります。滅多な事では傷つかず、また、身に纏う者達を守ってくれる事でしょう」
 「双生児の絹糸? それじゃあ、ルーラーの!?」

 キリアンのその言葉にオレガノはハッとして、ローブを手にしたまま燭台のそばに駆け寄りよく見てみようとし始めた。キリアンもその後を追い駆けて行く。
 フェンネルの着ていた天蚕糸で編まれる若草色のローブ。オレガノはそれが、かつてのルーラー、アイディ・クインの絹糸で編まれていると言う話を聞いた事があった。自分の手にするローブが同じものであるのかを直ぐにでも確かめたかったのだった。
 しかし、数えるほどの蝋燭の明かりに照らされたローブからは、通常の絹織物との違いを見出す事ができなかった。

 「見てるだけじゃ分からねえだろ」

 穴の開く程見つめ続けるオレガノに、後ろから駆けつけて来たキリアンが声を掛けた。

 「その火で焙って見ろよ」

 キリアンが蝋燭を指差す。

 「嫌よ! 穴が開いちゃう」
 「本物なら開かねえって、確かめてみろ」
 「自分のでやって!」
 「嫌だよ」

 物の真贋を確かめたがるキリアンは、オレガノのローブをテストしたがる。オレガノはキリアンの身勝手な行動から自分のローブを守ろうと抱き抱えた。
 そんな二人の様子を他所に、ローブを見つめ続けていたリグラが顔を上げて、サルヴィナに尋ね始めた。

 「こんなにすごい物を貰ってしまっていいのでしょうか?」

 サルヴィナはゆっくりと頷いた。

 「この絹糸は、フォーリアム商会の所有する工場内で見つかりました。存在している事自体知る者は居ないでしょう。それならばせめて、これで一門の家族達に託せる物を仕立ててほしいと、その様に言付かっておりました」
 「お嬢様が、私達に……」

 リグラの言葉に、再びサルヴィナは頷き返す。

 「まだ、フォーリアム一門の解体が決まった訳ではありません。それでも、お嬢様は自分が居ない間に一門を去る者が出た場合、決して引き留める事の無い様に送り出してほしいと仰っていました」

 取っ組み合っていたキリアンとオレガノは、お互いにつかんだ手を離しサルヴィナとリグラの話に聞き入り始めた。

 「この屋敷を出た後、貴方達が何処へ向かうのかはあえて聞きません。ですが……」

 サルヴィナは、そこに居る四人の顔を見渡し、それぞれの心構えを確認する様に名前を呼んだ。

 「リグラ・ドール」
 「は、はい」
 「オレガノ・ザイード」
 「はい!」
 「キリアン・デイヴィス」
 「……はい」
 「そして、長岐日々喜」
 「はい」

 三人の返事をサルヴィナはそれそれ噛み締める様に聞き取った。そして、再び口を開く。

 「ここを出ると決めた以上、思い思いの考えを旅の中でぶつけてきなさい。何が正しく、何が正しくないのかは、今日この日までに学んできた事を活かし、自分で判断して行くのです。そして、無理のない旅を、常に仲間の事を気遣う様に……」

 サルヴィナの話を茫然と聞き入るリグラ。サルヴィナは、タイムから自分達がフェンネルに会いに行く事を聞いてるはず、てっきりその事は止められるものと考えていた。しかし、その口から出た言葉は、自分達の事を後押しする様なものに聞こえた。そればかりか、普段の厳しい物言いからは想像ができない程、情をあらわにしたものに聞こえたのだった。
 それはリグラだけではなく、その場に居る他の者達にも意外に聞こえた様で、まるで時間が止まったように黙ったままでいた。

 「よろしいですね」

 やがてその沈黙を破る様に、サルヴィナは四人に対して問いかける。

 「はい!」

 四人は乱れる事の無い返事を一斉に返した。
 サルヴィナはその返事を聞くと、スンっと大きく鼻で息を吸った様な音を立てる。再び四人の下に視線を戻した時は、普段のすました雰囲気を漂わせていた。

 「結構。それでは――」

 サルヴィナはタイムの方へ視線を移す。

 「――コレット。皆さんを門前まで送って差し上げなさい」
 「はいニャ」

 タイムの返事を聞くと、サルヴィナはそのまま部屋を後にして行った。恐らくは、これから彼女の朝の仕事が始まるのだろう。フェンネルがこの屋敷を後にしたとは言え、彼女の屋敷での仕事まで消えてしまった訳ではない。その事を示すように、サルヴィナは屋敷中の窓にかかるカーテンを開き、備え付けの照明に明かりを灯してい行った。
 人気すら感じられなかった屋敷は、見る見る明るい光を漏らし始め、主庭をぼんやりと照らして行った。
 門前に立つ日々喜達は、タイムが門を開くのを待ちながら、その屋敷の光景を眺め続けていた。

 「皆さん、ごめんなさいニャ」

 門を開きった所で、タイムが申し訳なさそうに話し掛けた。

 「昨日の内緒話、全部サルヴィナさんに話してしまいましたニャ」

 タイムの打ち明け話を聞き、その場に居る者は今更仕方がない事だと思った。

 「やっぱりそうだったんですね、タイム。でも、それならどうして、サルヴィナさんは?」

 リグラがこれまで感じた疑問を口にする。その言葉を継ぐように、タイムが答え始めた。

 「イバラ領を出る事も、イスカリに向かう事も、全てお嬢様が自分で決められた事。お屋敷に仕える私達は、お嬢様の事を信じてお帰りをお待ちいたしますニャ。それでもサルヴィナさんは、きっとお嬢様に付いて行きたかったんだと思います。お屋敷で待てと言われなかったのなら、きっとそうしていたはずです」

 タイムはそこまで言うと、自分の胸の前で両手を組んだ。

 「皆さん……。私は皆さんの事も、信じてお待ちしていてもよろしいでしょうか?」

 見上げる様にしてこちらに向けられるタイムの大きな瞳は、屋敷の灯りを反射し、キラキラとした輝きを届けた。
 リグラはドキリとする。自分達の行動に期待が寄せられている事に気が付いたのだ。
 それはタイムだけではなく、サルヴィナもきっと同じ気持ちだったのだろうと理解した。

 「大丈夫だよタイム」

 日々喜が答え始めた。

 「必ず僕らは帰って来る。お嬢様とちゃんと話をした後に」
 「そうよ! 何があったのかちゃんと聞いて来る。そして、あなたやサルヴィナが待っている事もちゃんと伝えて来るんだから」

 オレガノの言葉を聞いて、タイムは嬉しそうに微笑んだ。

 「お帰りをお待ちしていますニャ。気を付けて行ってらっしゃいニャ」

 タイムはそう言うと、ペコリと頭を下げた。そして、外庭を越えて行く四人の事を何時までも見送り続けていた。
 屋敷の灯りを傘に、タイムの姿は影となり周り暗闇に溶け込んで行く、しかし、こちらの姿はまだ見えている様で、リグラが振り返るとその様子に気が付き、黒い影が手を振る姿がハッキリと見えた。
 不安を跳ね除ける様な思いで、フェンネルの下に向かう事に同意したリグラだったが、健気に手を振るタイムの影を見つめていると、何か、体に纏わり付く様なずしりとした重みを感じ始めた。引き返す事の出来ない重大な事態に踏み込んでしまった様な、そんな気がしたのだった。
 そして、四人はそのまま、森で待つコウミと合流し、日の出と共にヴァーサ領を目指し出立した。


 ◆◇◆◇


 日々喜達はイバラ領を出立したその日の内にヴァーサ領へ到達する。日の出前にイバラ領を出立した四人は、その頃にはヘトヘトになっており、コウミが一人急かす中で、クレレ邸へ訪れたのは夜も更けた時だった。
 邸宅の前に立ち、コウミは乱暴に扉を叩いて自分達の訪れを住人に伝えた。
 突然の訪問にクレレ達も驚くだろう。ここに来るまでの間、そんな申し訳ない思いを抱いていた日々喜達だったが、疲れ切った今、コウミの慌ただしい行動を止める事もせずぼんやりと眺め続けている。オレガノに至っては、立ったまま眠りに就こうとしているかのように、日々喜の背中に寄り掛かっていた。

 「ど、どちら様ですか、こんな夜更けに?」

 邸宅の扉から、慌てた様子でメイドのミートが顔を出した。

 「俺だ」
 「え? ひい!?」

 暗闇に浮かぶコウミの白い眼を見て、ミートはまるでお化けでも見たかのような声を上げた。 

 「馬鹿が! おかしな声を出すな。夜中だぞ」

 コウミは日々喜の腕をつかむと、驚いているミートの事を押し退け邸宅の中へと入ろうとする。

 「ひ、日々喜さん? 一体どうして」
 「イバラから歩いて来た。今到着したところだ」

 コウミが答えた。

 「歩いて来た!?」

 イバラ領からここまでは決して短い距離ではない。無謀とも思える旅程を聞きミートは驚きの声を漏らす。すると、それまで日々喜に寄り掛かっていたオレガノがバタリと音を立てて玄関口に倒れ込んだ。

 「ええ!?」

 オレガノは眠りに落ちた。
 倒れる彼女の事を助け起こそうとするミートには、小さな寝息が聞こえた。

 「ちょっと貴女。家の前ですよ」

 ミートはそう言いながらオレガノの腕を肩に回し、邸宅の中へと運び込んだ。

 「そいつはその辺の廊下にでも寝かしておけ、それよりも――」

 コウミの言葉を聞き、漸く休息が取れるものと勘違いしたのか、朦朧とした意識の中でキリアンとリグラがお互いに寄り掛かる様にその場にへたり込んだ。
 二人は眠りに落ちた。
 コウミにはそれが分かったらしく、二人の無節操な就寝の仕方を見て舌打ちを返した。

 「ちょ、ちょっと、貴方達!」
 「ほっとけ。それよりも、エリオットは?」
 「寝てますよ! 何時だと思ってるんですか」
 「そうか……」

 コウミは思案する様に一言呟くと、つかんでいた日々喜の腕を自分の肩に回した。日々喜も半ば眠りに落ちていたのか、コウミにされるがまま身体を預けた。

 「なら、事情は明日説明する」

 コウミの言葉に、ミートは茫然とした表情を浮かべた。

 「客間を借りるぞ。俺達はそこで寝る」

 コウミはそう言うと、ズカズカと家の奥へと進んで行ってしまった。

 「この子達は……、誰?」

 眠ったオレガノを担いだまま、眠っているキリアンとリグラの事を見つめて、ミートはそう呟いた。
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