ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第三章 広がる世界

8話 修練者の山へ①

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 翌日。
 コウミから事情をある程度聞いたクレレ夫妻は、特に慌てる様子も見せず、その日を迎えた。
 午前の半ば頃、昼食にはだいぶ早い時間帯であるにもかかわらず、マーガレットは普段メイドのミートに任せている台所へ自ら立ち、昼食の準備に取り掛かり始めていた。
 オレガノとリグラは率先して彼女を手伝おうと一緒に台所へ入る。そんな若い女の子達の気遣いが嬉しいのか、マーガレットは普段以上に張り切っていた。
 オレガノとリグラも同様に張り切っている。その理由は、日々喜やコウミ達から、このクレレ邸が英雄の再来と呼ばれたシェリル・ヴァーサの出身地であると聞かされたからだ。そして、自分達が今身に着けているエプロンが、彼女のお下がりであると聞かされたからだった。
 憧れの存在が同じエプロンを着けて、同じ調理場に立っていた。そんな話を聞かされながら調理にあたるオレガノは、ウフフ、ウフフと聞こえる程に喜びをこぼし、無意味にジャガイモの皮をきざんで行く。
 オレガノはかなり嬉しそうだ。リグラはそう思いながら、無意味にきざまれたジャガイモの皮をオレガノの気が付かない間にごみ箱に捨てた。
 その日、一際気を揉んでいたのはメイドのミートだった。マーガレットがあれやこれやと指示を出す中で、オレガノとリグラが危なげなく包丁を使えているかとか、探し物はここですよと言った感じに戸棚を開き、皆の行動に先んじて動き回っていた。
 決して狭い台所では無かったが、四人いっぺんに仕事をしていると、イバラの調理場に比べかなり狭く感じる。そんな中で、誰の邪魔にもなる事無く動き回るミートの仕事振りは、誰の目にも止まる事の無い巧みさを光らせていた。
 食卓では、昼食がでて来るのを待ち続ける者達がそれぞれの席に着いていた。上座に座るエリオット、その右手にコウミが足を組みふんぞり返り、食卓を挟んだ対面に日々喜とキリアンがテーブルに地図を敷いて話をしていた。

 「英雄の再来。ヴァーサの生まれだって事は知ってたけど、まさか、クレレ商会とゆかりがあるなんて」

 ここがシェリルの育った場所かと、珍しい物を見る様にキリアンはその部屋を見渡した。

 「何でもっと早くに話さなかったんだ?」

 隣に座る日々喜へと視線を移し尋ねる。

 「僕も最近知ったんだ。コウミが知り合いだったって聞かされて」
 「ふーん」

 キリアンは対面に座るコウミの方へ視線を移した。
 コウミはその話題に参加する気は無いらしい。キリアンの視線を受けても素知らぬ振りで、むしろ避ける様に菓子の入った皿へと手を伸ばした。

 「ん? 何だこりゃ」

 コウミは手に取った菓子をしげしげと眺めながら呟いた。それは、茶色い大きなソラマメ程の大きさをしている。硬く乾燥しきった表面は蛇腹にシワを寄せ、豆というより小さな虫の腹部を連想させた。

 「乾燥させた蚕の蛹です」
 「蛹?」

 日々喜は頷くと、蚕の蛹を手に取る。

 「オレガノが持って来たんです。イバラでは良く食べられるそうですよ」

 日々喜はそう言うと、蛹を口の中へ運び、ガシガシと噛み砕いて行った。

 「腹、壊さないの?」
 「大丈夫ですよ」

 口元を抑え込みながら日々喜が答える。

 「昆虫は栄養価が高いです。伯父様も言ってましたよ。虫を食べれる人は、山の中では無敵だって」
 「ふん。何が無敵だ。あの田舎者、目先の利益にばかり憑りつかれて、こんな物にまで手を着けやがる。生まれの卑しさを見せつける様なもんだと、少しは考えないもんなのか」

 コウミがそのような事を呟き続けていると、顔に浮かんだその白い目とは丁度逆側の辺り、左目の辺りに僅かに赤く灯る様な光源が姿を現したのに、日々喜達は気が付く。すると、あっと言う間も無く、コウミのフードの中から大きな白蛇が顔を出した。
 キリアンは言葉を無くした様に、手にしていた蚕の蛹をテーブルに落とした。

 「ん? 見えなくなった」

 まるでとぼけた様な声でコウミはそう言った。フードから覗いていたコウミの顔が白蛇の影となっているからだろうと、日々喜は思った。

 「ムラサメ……?」

 日々喜達の奇異の眼差しも気にせず、ムラサメは目の前にチラつく蚕の蛹をコウミの腕ごと丸呑みにした。

 「おお!? こいつ、何してんだ」

 漸く事態に気が付いた様に、コウミはムラサメの頭をつかみ、無理やり自分のフードの中へと押し込んで行った。不思議な事に白い大蛇は煙の様にコウミの顔の中へと消えて行った。

 「連れて来たんですか?」

 ムラサメをしまい終わったコウミに日々喜が尋ねた。

 「ああ、森の中にこいつだけ置いて行く訳にはいかないからな」
 「コウミのお腹に? 服の下に隠れてたんですか?」
 「あんなでかい蛇、連れ回せないだろ。俺も少しは工夫しているのさ」

 茫然とする日々喜達に対し、コウミはそう言いながら自分の腹を叩いて見せた。

 「あんたの師匠、やっぱ変わってんな」

 キリアンが落とした蛹を拾いつつ、日々喜にそう言った。

 「コウミは不器用なだけさ。だから、少し変わって見えるんだ」

 取り繕う様に日々喜がそう答えた。

 「少しなんてレベルじゃないぜ」

 キリアンは訝し気にコウミの方を眺めながらそう言った。
 コウミは再び蛹を手にするとそれを頭上に放り投げる。放物線を描きながら落下して来る蛹は、影の差したコウミの顔面に飛び込み消えて行った。
 まあ、悪くは無いか、コウミはそう呟くと未だ訝し気に眺めるキリアン達の方へ向き直る。

 「おい、お前ら。こそこそくだらない話をしてる暇があるのか? 小娘共が働いてる間に、さっさとこの先の旅程を考えておけ」

 日々喜とキリアンは、慌ててテーブルの上に開いてあった地図を改め始めた。
 それまで黙って食前の紅茶をすすっていたエリオットは、旅程を組む作業に戻った二人の少年を微笑ましく見つめた。

 「イスカリに行くのだろう、コウミ? 列車は使わないのかな?」

 エリオットが暇そうにしているコウミに話し掛ける。

 「面倒な奴らに付け狙われてる。出来るだけ、目立たない方がいい」

 目的地となるイスカリ領の東側に隣接する領域は、北側にヴァーサ領。南側にイバラ領がある。イバラ領から直接イスカリに向かうでもなく、わざわざ、北上してヴァーサ領へ来た以上、既に遠回りな道順を辿っていた。

 「ふむふむ。まるでお尋ね者だ」
 「そんなんじゃない。見習い共に取っては、まあ、修行みたいなもんだな」
 「なるほど、なるほど。それでは、ツキモリの子供達のようだね」

 エリオットは一生懸命に地図を眺める日々喜達の事を見つめ、クスクスと笑いながらそう言った。

 「北西に隣接するアラニヤ領へ入って、南下するのがいい」

 キリアンが地図上を指でなぞりながら提案する。それは、イスカリ領の北側に位置する領域で、魔導連合王国の北部と東部の境界を成す細長い山岳地帯となっていた。

 「ふむ、アラニヤ領か。あそこは良い土地だ。土着のルーラー信仰が強く残っているせいか、人々に多くの山の幸を与えてくれる。そればかりか、夏から秋にかけて吹き降ろす涼しい山風が、山麓の畑で育てたブドウを芳醇に実らせてくれる」

 名産品の味を思い起こしたのか、感慨にふける様にエリオットは話し出した。
 アラニヤ領域の大半を占めるカフカ―ス山脈にはルーラーが住んでいる。それを崇める魔導士達は巨大な一門を形成し、山の中で厳しい修練を積み、時には魔導局の力を借りずに自分達で魔導士を養成する事もある。
 山脈の一角、エルブルス山と呼ばれる山の山頂には、修練を行う魔導士達の総本山たる城が築かれ、代々一門の長たる者が宗主の座についていると言う。
 この為、領域内の人々とルーラーの結びつきが非常に密であり、領民の内、才能のある者は自ら進んでルーラーに仕える魔導士となり、ルーラーは自然の恩顧を不自然なまでに人々に与えるようになった。

 「土着のルーラー信仰って、宗教の様なものでしょうか?」

 エリオットの話を聞き、日々喜が尋ねた。

 「違う。アラニヤには、人の営みに積極的に干渉してくるルーラーが居るんだ。領域内に住み着く人間には、賢者並みの信奉を要求して来る。秘密主義な上に、独裁的。最低のルーラーで、それを信奉してる魔導士共はモンスターと変わらん」

 コウミが苦々しそうにそう言った。

 「まあ、そう言った意見も極少数あるんだけどね。アラニヤの歴史は古く、永らくこの連合王国内で賢者会と共に歩み続けて来た。決して悪いものばかりではないさ。それに最近新しい宗主へと代替わりして、閉鎖的だったアラニヤの人達とも頻繁に交流する様になってきている。我が商会も色々と取引をする仲なんだ」

 エリオットがコウミの言葉に付け足すようにそう言った。
 それを聞いて、魔導士というものは必ずしも賢者を第一に信奉するものではないのかと、日々喜は思った。

 「俺達には都合がいいだろ」

 キリアンは日々喜にそう耳打ちする。

 「どうして?」

 日々喜はキリアンに合わせる様に声を小さくした。

 「コウミ師匠の言う通り、アラニヤは秘密主義な事が多いい。治安の維持だって、憲兵や国家警察の手をかりず、その領域の魔導士達が行ってるんだ。俺達が人知れずアラニヤにさえ入れば、魔導局側には直接その情報は流れない」

 復興機関は魔導局の下部組織。自分の事を追おうとしているテシオ一門からも身を隠す事ができる。日々喜はそのようにキリアンの言わんとしている事を理解した。

 「ただ少し問題があるんだ」

 キリアンは声の調子を戻してそう言った。

 「問題?」

 キリアンは頷く。

 「ジオメトリーさ」

 魔導はその領域に適したもので無ければ上手く行使する事ができない。旅をする魔導士は、各領域に入る前にその土地のジオメトリーを参照してチャートを作る習慣があった。
 このジオメトリーは毎年、魔導局が現地の魔導士達と協力して調査に当たり、同局が編纂したものを各地に配る段取りとなっていた。しかし、秘密主義なアラニヤ領では、魔導局の調査員は立ち入る事が出来ず、その領域のジオメトリーも国内には出回ってはいなかったのだった。

 「それじゃあ、アラニヤに入ってからは、魔導を使う事ができなくなる」
 「まあ、最初の内はその事を覚悟しないとな。現地に入ってすぐ、チャートを構成する為に少しばかりそこに留まる必要がある」

 キリアンは話す声の中に僅かな不安の色を見せた。魔導が使えない間、魔導士はただの人と変わらないからだろうと日々喜には思えた。

 「ジオメトリーなら、家にあるよ」
 「え!?」

 エリオットの言葉に、キリアンと日々喜が同時に驚きの声を上げた。

 「うん。アラニヤ領のジオメトリーなら家にある。取引先だからと、譲り受けたんだ」
 「そんな簡単に、貰えるもんなんですか?」
 「連合王国は規律やルールのみでまとまりを成している訳じゃない。時には個人的な横のつながりや、互いの信頼を優先する事だってあるのだよ」

 それが商売の秘訣だと、エリオットはニコニコしながらキリアンに答えた。

 「今すぐに入用かね?」
 「あ、はい!」
 「ぜひ、貸して下さい」

 日々喜とキリアンがそう答ると、エリオットは良し良しと頷き、それではついておいでと食卓を立とうとした。

 「待ちなさい!」

 丁度良く、マーガレット達が食卓に顔を出した。

 「何ですか貴方達は。昼食の用意が済んだと言うのに、慌ただしくして。席に着きなさい」
 「う、うん……。そうだね」

 エリオットはそう言いながら、浮かしていた腰を席に落した。

 「あの、マーガレットさん。これから旅をする準備で、少し忙しくなると思うんです。食事の前に少しだけ、こちらにあるジオメトリーを見て来てもいいでしょうか?」

 「食後になさい、日々喜。急いでいるからと言って、食事の時間を欠かしてはいけません。温かい内に、ゆっくり味わって召し上がれ」

 マーガレットは頑として譲る様子を見せず、エリオットの前にスープの入った皿を置いてそう言った。

 「冷えたって、味なんか変わんねえし……」

 ぼやく様にキリアンが呟いた。

 「聞こえたわよ、キリアン」

 オレガノはそう言うと、キリアンの前にスープの入った皿を乱暴に置いた。スープが零れそうになる程に揺れた。

 「せっかく私達が作ったんだから、文句言わずに食べなさいよ!」
 「あんた、状況分ってんのか? 俺達は、確か結構急いでたはずだぜ」

 キリアンは呆れた様子でオレガノに反論した。

 「キリアン。それでも味が変わらないなんて酷いですよ。私だって手伝ったんですから」

 オレガノの後から、スープの皿を持ったままのリグラが答えた。

 「ああ、もういいよ。黙って食うから。それでいいだろ」

 キリアンは説得するのを諦め、自分の前に置かれたスープを日々喜に配り、リグラの持っていたスープを大人しく受け取った。
 それを見たオレガノとリグラは満足気に、配膳を手伝いに台所へと戻って行った。
 そのやり取りを悠然とコウミは眺めていた。

 「ふん。尻に敷かれやがって……」

 自分の旅をすると言っておきながら、この危機感の無さ。コウミは四人の見習い達の未熟さを見て取った様に小さく呟いた。

 「コウミ! 貴方は何時までそうしているつもりなの? 姿勢を正して、フードを取りなさい。お行儀が悪いわ」

 マーガレットはコウミのフードを引っつかんだ。慌ててコウミは自分のフードを抑えつける。

 「おい、止めろ! ガキ共が見てるだろ!」
 「だから何ですか? 小さい子達は皆お行儀良くしてると言うのに、貴方はこんな物を被ったままで!」
 「俺の勝手だろうが、手を離せ!」

 コウミはフードを抑えたまま、マーガレットの手を振り解いた。

 「まあー、呆れた子。フードを取らない様なら、貴方の分はお預けよ!」

 マーガレットはそう言うと、コウミの分のスープを持って、厨房へと戻って行ってしまった。

 「ふん! いらねえよ! 別に食う必要なんかないんだ。こっちはお前らに合わせて食ってやってるだけだからな!」

 コウミが捨て台詞を吐く様に台所に向かって叫ぶと、そこから、マーガレットのはいはいと言う声だけが返って来た。

 「クソ! 何がお預けだ。子供じゃあるまいし」

 一連のやり取りを茫然と眺めていた日々喜達。コウミの意外な一面を目の当たりにして、堪えていた笑いをこぼし始める。
 そうすると、再びふんぞり返っていたコウミは一つ大きな舌打ちを返す。日々喜達も慌ててこぼれたものを抑える様に口を塞いでいった。

 「さあ、それじゃあ諸君。いただくとしよう」

 配膳が終り、皆が席に着いた時、いつもの様にエリオットがそう言った。

 「いただきます」

 日々喜達もそれを合図にする様に答えて行った。

 「どうぞ、召し上がれ」

 マーガレットはそう言いながら、暫くの間子供達の食事を取る姿を微笑ましく見つめていた。
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