ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第三章 広がる世界

15話 よからぬ領域①

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 コウミの容赦のない一撃を顔面に見舞ったにもかかわらず、ソウシと名乗るエルフは直ぐに起き上がった。そして、その高い鼻から止めどなく流れる鼻血を拭き取る事もせず、鼻を詰まらせたような声で話し始めた。どうやら、彼女は魔導連合王国の北部を目指し、旅をしているのだと言う事が分かった。

 「みすぼらしい奴だな。喋る前に鼻ぐらい拭いたらどうだ」

 憂さ晴らしが済んだかのように、コウミは落ち着きを取り戻してそう言った。すると、ソウシは跪いた姿勢のまま、懐から布を取り出し鼻血を拭い去って行った。
 従順にコウミの言う事に従い続けるその姿から、二人の間にはハッキリとした上下関係のある事が窺える。コウミもまた日々喜達にソウシが自分の元弟子である事を話して聞かせた。

 「しかし、北となると、麓までの道のりは同じか……」

 悪い予感を感じ取ったかのようにコウミはそう口を漏らした。それを聞きとがめたかのように、ソウシは勢い良く顔を上げた。

 「それならばぜひ! この私も同行させてください」

 ソウシは意気揚々と目を輝かせてそう言った。コウミはそんなソウシの真意を探るかのようにじっと見下している。そして、見定めが終ったかのように白い目を細めて行った。

 「嫌だよ」
 「そんな!? どうしてですか、師母様!」

 コウミの言葉を聞き、ソウシは慌ててコウミに縋りついた。

 「何だコイツ!?」

 その意外な行動を見て、コウミは咄嗟にソウシの頭をわしづかみにした。

 「久しぶりの再開だと言うのに、つれないです!」
 「知るか! 嫌なものは嫌だ。消えろ」

 コウミにそこまで言われソウシは泣きそうな顔になる。しかし、諦める事も無く、なおもコウミに頼み込み続けていた。何とも居た堪れない光景だった。

 「あの、コウミ」

 堪り兼ねた様に日々喜が口を挟んだ。
 片足に縋りつくソウシ、それを引きはがそうと頭をわしづかみにするコウミ。二人はその状態のまま、硬直した様に日々喜の方を振り向いた。

 「森を抜けるまでなら一緒にいてもいいんじゃないかな」

 二人の視線から逃げる様に目を泳がせ、日々喜は付け加える様にそう言った。

 「この旅の決定権はお前達にある。どうなんだ?」

 コウミはそう言いながら他の見習い達の方へ視線を送った。

 「私達は別に……」

 リグラがそう言って他の意見を伺う様にキリアンの方を向いた。

 「別に構わねえよな」

 キリアンが答える。

 「それに、助けてもらったのに、そんな仕打ちは可哀そうですよ!」

 オレガノがコウミの行いを咎める様にそう言った。コウミは、フンと鼻を鳴らすと、頭をつかんでいた手を離した。

 「なら好きにしろ。ただし、森を抜けるまでだ」

 ソウシは再び喜びに満ちた表情を浮かべた。

 「俺達は急いでいる。お前は、そこに転がった連中を片付けてから来い」

 コウミは、気を失い地べたに倒れたままになっていたマジックブレイカー達を示した。

 「分かりました。死体を埋めた後、直ぐに後を追います」

 ソウシの言葉を聞き、日々喜達はギョッとする。ムラサメの頭部に突き刺さっていた矢を引き抜いていたコウミは、慌てた様にソウシの方を振り返った。

 「いや!? いやいや、待て! まだ生きてるだろ」
 「はい?」

 ソウシは怪訝な表情を浮かべた。
 生きているなら止めを刺せばいい。初めはいざ知らず、今は自分の同行者を襲った事実だけが残る。それは明確な敵である証なのだから。
 その様な思いをソウシの表情から見て取ったコウミは、頭を悩ませるように深い溜息をついた。

 「殺すな。そいつらは、その辺の水場にでも捨てておけ。動けない様に縛った上でな」

 コウミがそう言うと、ソウシは全て納得した様に分かりました、とだけ答えた。そして一切の不信も残さぬまま、ただ機械的にその場を後にして行った。
 水場を探しに行ったのだろう。こんな地形の場所では川すら無いだろうに。
 ソウシの消えた行く手を眺め、日々喜はそう思った。

 「つまらない事に時間を取ったな。さっさと行くぞお前達」

 茫然とする見習い達に対して、コウミがそう言った。


 ◆◇◆◇


 昼の騒動を経た日々喜達は、さらに森の奥へと進み続ける。
 森の中は、どこもかしこも断崖が目立ち、日々喜達はその度に大きく迂回し、時には果敢にその断崖を登って、森を抜けようと北西を目指し続けた。 
 やがて樹上から降る木漏れ日が傾き始めた事に気が付くと、僅かな時間だけあの青色に染まる光の帯が出現し、すぐさま森の中は薄暗くなり始めた。
 ここは、山間にできた鍋の底の様な地形だ。周りの山に遮られて、日の射す時間が短くなっているのだろうと気が付く。
 日々喜達は、その日の内に森を越える事を諦め、その場所で一夜を過ごす事を選択した。
 しかし、峠で過ごしたキャンプとは勝手が違う。何度試しても、魔導を使う事ができなかったのだ。その為、見習い達は火を起こす事さえ苦労させられた。ランタンの火種から、漸く枯れ木に火を移し焚火を作るだけで、大きな仕事を成し遂げたかのように大袈裟な溜息を着いたのだった。

 「やっぱり、何か変だ」

 夕食を終え、皆で焚火を囲うように敷物を敷き、各々の寝床を用意していた時の事だ。キリアンが自分のアトラスを眺めながらそう言った。

 「何度も見直したし、計算もし直した。俺達の作ったチャートに間違いはない」

 この場所で魔導が使えない問題は簡単には解消されないようで、キリアンは悩まし気に頭をかいた。

 「何か勘違いをしたのではないでしょうか? 他の領域の魔導を行使したとか」

 リグラがそんなキリアンに尋ねた。
 同じ種類の魔導であっても、その領域に適したチャートをアトラスに挿入しておかなければ行使する事ができない。新たな領域へ旅をする場合は、ちゃんとアトラスを編纂し、確認しておくのが魔導士の常であった。

 「俺がそんなヘマをすると思うか? それに、森に入る前はちゃんと魔導を行使できたんだぜ」
 「それじゃ、この森に入ってからおかしくなったって事ね。でも、何がいけなかったのかしら」

 オレガノは考え込むようにそう呟いた。
 アトラスにもチャートにも問題は無い。だとすれば、魔導を行使できない原因は、自分達の居るこの場所にあるのだろうが、オレガノ達にはそれが何であるか見当もつかなかった。

 「日々喜。森を調べていたみたいだけど、何か気が付く事はあった?」

 黙って焚火を眺めていた日々喜にオレガノが尋ねた。

 「うん……」

 日々喜は焚火を見つめ続けながら、小さくそう答えた。深く考えを巡らせている最中か、それとも別な事に思い耽っている様に見えた。

 「何でもいいんだ。些細な事でも、気が付いた事があれば話して見てくれ」

 キリアンに促され、日々喜は顔を上げた。

 「僕はこの国に来たてだけど、この国の環境は僕の故郷とそれ程大きな違いはないと思ってる。イバラ領で過ごして来てそう感じた。アラニヤ領は、そんなイバラ領から百キロメートルも離れていない。だから、ここも大きな違いはないはずだと思ってた」

 日々喜の故郷とはトウワ国の事だろう。海を隔てて行き交う国なのに、大きな違いが無いとは、なんとも不思議な事だと見習い達は感じた。

 「だけど、この森だけは、そんなイバラ領からも遠く離れた場所に無ければおかしいと思う」
 「遠く離れた? それってどういう意味です」

 話し続ける日々喜に、リグラが質問した。

 「森林限界って言う言葉があるんだ。標高の高い山岳地では、背の高い木が育たず森を作る事ができない。その地域の日照時間や湿度も関係して来るけど、僕の生まれた国では、主に夏の季節の気温によって森林限界の標高が決まって来る」

 日々喜はそう言うと、その場所を取り巻く空気を味わうかのように、大きく息を吸い込み、吐きだした。

 「ここは、不思議な程温かいね。湿り気も十分ある。山間であるにもかかわらず、これだけの大木が生きていけるだけの環境が整ってる。だけど、大地は不十分な程に痩せてる。森を育んだ土壌は無いけれど、この大木を根付かせる為の最低限の土は用意した様な。まるで、その為だけの温室の様な感じがする。もっとずっと、南の方にある環境、どこか遠くの、僕らが見た事の無い世界を真似ている様な気がするんだ」

 見習い達は昼間に感じたこの森の奇妙さを思い起こした。日々喜の話している事は、その時口にする事の無かったとりとめのない考えそのものだった。
 その領域の支配者が変われば、環境も生態系も変わって来る。しかし、この魔導連合王国では、賢者の考えに追随するルーラーが集いその上に人の営みが形成されている。つまり、人以上に優遇される種が、この国内に存在するはずがない。この森が木を育てる為の温室ならば、本来存在しないはずの領域という事になるのは当然の事だった。

 「アンファミリア、プレイスだ……」

 日々喜の話しを聞いて、キリアンは何か思い至ったかのように呟いた。

 「すげえ! ここは、よからぬ者が作った、新しい領域なんだ!」
 「よからぬ者が?」

 キリアンの言葉に、今度は日々喜が聞き返した。

 「そうさ! でも、自分の支配する領域を持ったのなら、そいつはもうルーラーだ。イバラ領に来た玉繭の双生児達と同じさ」

 キリアンは興奮した様に答えた。

 「キリアン、落ち着いて下さい。そんな事がこの国で起きる訳無いじゃないですか」
 「だけどリグラ。現に魔導が使えないんだぜ。アラニヤ領の中に別の領域が新しく出来たってんなら、説明が付くだろ」
 「それは……、ですけど、そんな事が起きたのは神話の時代の話しですよ。賢者達の見守っているこの国で、よからぬ者が勝手に支配地を作れる訳無いです」

 キリアンは聞く耳を持たない。寝床から飛び出し、火を灯したランタンを片手に、近くの大木に向かって走って行った。まるで、昼間に見た日々喜の様だと、リグラは溜息交じりにその様を見送った。

 「キリアンはどうして、あんなに落ち着きが無いのかしら?」
 「うーん、来た事の無い山や森に入る時は、僕も興奮するけど……」

 オレガノと日々喜は、キリアンの異変を不思議そうに眺めながら話した。

 「アンファミリアですよ。そこで使える魔導を一番最初に作り出す事は、旅をする魔導士に取って誉れな事ですからね」

 リグラがそんな二人に答えた。

 「そうなのリグラ?」
 「ええ、オレガノ。先駆者として名前が知られる事でもあるんです。シェリル・ヴァーサや、アンナ・クレレのように。キリアンは功名心にでもかられているんでしょう」

 リグラは大袈裟に呆れた気持ちを表しながらそう言った。

 「わ、私も調べてみようっと!」

 オレガノはそう言うとキリアンの下に駆け寄って行った。彼女の場合は功名心ではなく、英雄シェリル・ヴァーサに対する憧れがそうさせたのだろう。リグラはやれやれと言った感じで肩を落とした。

 「遠くに行かないで下さい、二人共。暗いんですからちゃんと明かりを持って」

 リグラはそう言うと、火を灯したランタンを持ち、オレガノの後を追って行った。
 三人は何を調べているのだろう。大木の根元に集まり、そこにだけできた土の地面に何か丸いものを描きメモを取っている様に見える。恐らくは、先程リグラが言った通り、この領域で行使できる魔導の研究に違いないだろうと、遠巻きに見つめていた日々喜は思った。

 「コウミ」

 日々喜は疎外感から逃れる様に、そばに居たコウミに話し掛けた。
 コウミは焚火から少し離れた木の根元に腰を落ち着かせている。既に眠ってしまったかのように、コウミは微動だにしていなかったが、日々喜の声に反応を示し、あの光り輝く白い目が徐々に開かれて行った。

 「……何だ?」
 「昼に出会ったエルフさんの事、聞いてもいいですか?」

 コウミは良いとも悪いとも応えなかった。
 日々喜はコウミの返答を暫く待っていたが、しびれを切らした様に勝手に話し始めた。

 「あのエルフさん。コウミの事を師母様と呼んでいました。コウミはお母様なんですか?」

 質問の意味が分からないのか、コウミは怪訝そうに白い目を歪めて見せた。

 「俺の娘じゃない。母親の様に敬うべき師匠、という意味だ」
 「そう言う事じゃなくて。その、コウミはつまり、……女の人?」

 日々喜は質問し辛そうに尋ねた。相手が男か女か尋ねる事何て、とても恥ずかしい事に思えたからだ。コウミは溜息交じりに、そんな事は聞かなくても分かるだろ、と前置きして話し始めた。

 「剣士の門下は、魔導士の門下に似ている。それだけじゃなく、東の国の中には『ハグクミ』と呼ばれる教育の仕方があるんだ」
 「ハグクミ?」
 「身分や生まれた地域、人種にこだわらず、才能の有る者を養子として迎え入れ、徹底的に技を仕込む考えだ。コウイチが一門を作ったばかりの頃は、故郷のやり方にならって弟子を育てていたのさ。だから、ソウシはコウイチのハグクミで門下に迎え入れられた。コウイチが父に当たる師となる訳だ」
 「じゃあ、あの人はツキモリ一門の人」

 コウミは頷く。

 「魔導の才能が無かったソウシは、コウイチから教えられる事が少なかった。本来ならその妻から、一門の身の回りの世話をする事を教えられるはずだったんだが、アンナは妻としての仕事を放棄して俺に押し付けやがったんだ」
 「それで、コウミが、お母様の役を担ったんだ」
 「フン! 何がお母様の役だ。母親の仕事なんて俺にできるもんか。俺はただ、一人でも生き抜けるよう鍛えてやっただけだ」

 昔の事を思い出したかのように、コウミは忌々し気にそう言った。

 「それでも、再会できて嬉しかったんだよ」

 昼間に見せたエルフの異常なまでの喜びよう。きっと、肉親への思いを描いたものだったに違いないと日々喜は思った。

 「どうかな、肉親であろうと人の心は分からない」

 付き合いを持っていたコウミは、日々喜とは違う感想を抱いている様子だった。

 「ましてや、あのソウシが……」

 コウミはそこで言いかけた言葉を止め、こちらの様子を伺う日々喜の方を振り返った。

 「個人的な事だ。詮索は止めて、お前はもう休め」

 コウミはそう言うと、未だ調べ事をしていた他の見習い達の方へと顔を向けた。

 「お前達ももう寝たらどうだ。調べ事なら、明るくなってからにしろ」

 コウミにそう言われ、大木の根元に寄り集まっていたキリアン、オレガノ、リグラ達は、渋々と寝床へと戻って行った。
 日々喜もお喋りを止め、自分の寝床へと就いた。
 ゴツゴツとした岩肌から身を守る為に、切り落とした枝葉を敷物の下に敷き詰めて作ったその寝床は、とても寝やすい代物とは言い難かった。
 それでも、見習い達はその日の疲れを思い出したかのように、すぐさま眠りに落ちて行った。
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