ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
221 / 285
十一章 笛吹き

221. 流民の罠

しおりを挟む
 実際にタマの浄化魔法が功を奏したという事は、公爵の聞いた笛の音には、魔力が合わない以外に、穢れを撒き散らす何かがあるのだろう。
 マグダリーナ達はオーズリー公爵邸を後にすると、中央街へ確認へ向かうことにする。

 今度はちゃんと、グレイも連れて。

 件の一座の周りには、人だかりが出来ていてすぐにわかった。

 年嵩の踊り子の周りを、十七から二十三歳くらいの若く美しい踊り子たちが円になって踊っている。その後ろに楽器を奏でる男たちがいて、中心の年嵩の踊り子は、両手に指輪から鎖で繋がれた球体の飾りを持っている。
 あれが笛なのだろう。振り回される度に、鈴とは違う音が、途切れることなく踊りに合わせて音階を奏でている。

「すげぇ……」
 ヴェリタスが思わず息を呑む。
 マグダリーナとアンソニーも見惚れた。
 だが、ライアンとレベッカだけが、静かだった。

「どうしたの?」
 マグダリーナは二人の異変に気づいて、振り返る。
 ライアンとレベッカは青ざめて震えていた。
「レベッカ?」
 マグダリーナはレベッカの手を握った。
「どうして……?! 教国に行ってしまったって……」

 その呟きに、マグダリーナの心臓は、一気に速さを増した。
 ライアンが、マグダリーナとトニーを庇うように前に出る。ライアンの頭の上のヴヴも、興奮してぶっぶと鳴いた。
 グレイも、直ぐに抜剣出来るように構える。

「母様……」
 ライアンが、微かな空気を絞り出すように呟いたとき、笛を持った踊り子の視線が、こちらを向いた。そのくちびるが動く。

 ――逃 げ て――と。

「帰りましょう!!」
 マグダリーナは声を落として、レベッカとアンソニーの手を取った。そしてその場を離れようとした。

 だがその時、突然火蛇が二体現れる。

 グレイが逃げ出す民衆から、子供達を庇うように覆い被さった。すぐに防御魔法も展開する。

 以前、学園に熊師匠が現れた時も、犯人は流民だった……流民には魔獣を召喚する術があるのだ……マグダリーナはそう判断して、タマがうっかり火蛇に潰されないように抱きしめた。

「うわっ、離せよ!!」
 いつのまにか若い踊り子達が、ライアンに群がって、連れ去ろうとしている。
「ねぇ、妹はどっち? 青い髪の子? ピンクの髪の子?」

「ライアン様!!」
「俺は大丈夫、グレイは火蛇に集中してくれ!」
 ライアンは力任せに踊り子達を振り払うと、レベッカの元に行った。
 アンソニーがもう一体の火蛇に向かう。マグダリーナは慌ててアンソニーとグレイの支援に回った。
 レベッカとヴェリタスは、いつの間にか出来ている透明な壁を叩く。どうやら結界も張られたようだ。

「チャー、この結界から、転移で抜けられるか?」
 チャーは首を横に振った。
「何処か綻びが出ないと無理そうです」
「そう、じゃあやるしか無いですわ」
 レベッカは拳を握り締めた。

 ドォォォォンと、レベッカの拳で結界が揺れる。
 続けてヴェリタスも、身体強化をして拳を打つけた。

「なんだ?! くそっ」
 楽器を演奏していた男の一人が、慌てて剣を取り出した。
「お前らはいつでも撤退出来るよう、準備しておけ!」
 残りの男たちにそう指示して、レベッカとヴェリタスのところへ向かう。

「妹の方は、五体満足じゃ無くてもいいらしいからな」

 狙いがレベッカと分かって、ライアンは短剣を構える。

「…………っ!!」

 ライアンの短剣は、男の剣であっさり折れ……いや斬れた。

「この剣は狙ったものは、なんでも斬ることの出来る魔剣だ。怪我したくなかったら、大人しくしてな!」
 男は素早くライアンの胸ぐらを掴むと、踊り子達のとことろに放り投げる。

 それを受け止めたのは、笛を操っていた踊り子……パイパーだった。
 姿変えの魔法で黒に変えていた髪が、ライアンと同じ赤髪に変化する。

「よし、パイパー。そいつを連れて馬車に戻れ」
「母様……!?」

 パイパーはライアンを抱きしめた。
「ごめん……ごめんね……守ってあげる事のできない母親で」

 パイパーの手に握られた短剣に気付き、グレイが咄嗟に火蛇から鱗を剥ぎ取り、パイパーに投げる。
 パイパーの短剣は急所を外れて、ライアンの胸の横を切り裂いた。

「ぐぁ……っ!」
 痛みに傷口を押さえ、ライアンは膝を付いた。その頭から、ヴヴがころんと転がり落ちそうになるのを、なんとか受け止め、胸に抱える。

ぶぅー

 ヴヴがライアンを心配するように鳴いた。

 火蛇はまだ暴れている。だがグレイとアンソニーなら討伐できるだろう……ライアンはそう判断した。
 そしてレベッカとヴェリタスの二人ががりの拳なら、きっとあと数発で、この結界に亀裂を入れれるはず。

 パイパーは血の付いたナイフを見て、震えながら呆然としていた。

 ライアンの瞳に、怪我に気づいたマグダリーナが駆けてくるのが見えた。

(守らなければ)
 ライアンは強く思った。

(最悪、マグダリーナとアンソニーだけでも、どうにか、絶対に!)
 となれば、いま一番排除すべきは、魔剣を持った男だろう。

「ライアン兄さん……!!」
「……上手く飛んでくれよ……」
ぶっ ぶーっ

 マグダリーナが近づく前に、ライアンは自分にしがみつくヴヴをマグダリーナに向けて投げた。
 そして痛みを我慢して、パイパーから己の血が付いた短剣を奪い、魔剣の男に向かう。



 マグダリーナがヴヴを受けため時、ヴェリタスに襲いかかる男と、その前に立ちはだかる茶マゴーが見えた。

「チャー!!!!」

 ヴェリタスは叫んだ。

 チャーは真っ二つに斬られて、その切り口から再生スライム素材で出来た中味を、とろりと流していた……
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したので、今世こそは楽しく生きます!~大好きな家族に囲まれて第2の人生を謳歌する~

結笑-yue-
ファンタジー
『可愛いわね』 『小さいな』 『…やっと…逢えた』 『我らの愛しい姫。パレスの愛し子よ』 『『『『『『『『『『我ら、原初の精霊の祝福を』』』』』』』』』』 地球とは別の世界、異世界“パレス”。 ここに生まれてくるはずだった世界に愛された愛し子。 しかし、神たちによって大切にされていた魂が突然できた輪廻の輪の歪みに吸い込まれてしまった。 神たちや精霊王、神獣や聖獣たちが必死に探したが、終ぞ見つけられず、時間ばかりが過ぎてしまっていた。 その頃その魂は、地球の日本で産声をあげ誕生していた。 しかし異世界とはいえ、神たちに大切にされていた魂、そして魔力などのない地球で生まれたため、体はひどく病弱。 原因不明の病気をいくつも抱え、病院のベッドの上でのみ生活ができる状態だった。 その子の名は、如月結笑《キサラギユエ》ーーー。 生まれた時に余命宣告されながらも、必死に生きてきたが、命の燈が消えそうな時ようやく愛し子の魂を見つけた神たち。 初めての人生が壮絶なものだったことを知り、激怒し、嘆き悲しみ、憂い……。 阿鼻叫喚のパレスの神界。 次の生では、健康で幸せに満ち溢れた暮らしを約束し、愛し子の魂を送り出した。 これはそんな愛し子が、第2の人生を楽しく幸せに暮らしていくお話。 家族に、精霊、聖獣や神獣、神たちに愛され、仲間を、友達をたくさん作り、困難に立ち向かいながらも成長していく姿を乞うご期待! *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈ 小説家になろう様でも連載中です。 第1章無事に完走したので、アルファポリス様でも連載を始めます! よろしくお願い致します( . .)" *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

小さな貴族は色々最強!?

谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。 本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。 神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。 その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。 転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。 魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。 ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。

処理中です...