243 / 285
十二章 悪女
243. なにもしナイ
しおりを挟む
クレメンティーンにかけられた呪いは、あまりにも複雑に絡み合い、強固過ぎて、ゲインズ領の大魔法使いでも完全に解くことは出来なかった。
《王となるものと婚姻する》呪いはなんとか消えたものの、代償に本来の寿命の半分近くを必要とした。
「そして一番厄介な《婚姻を結んだ相手の家門を、必ず滅ぼす》呪いだけが残りました。この呪いの厄介なところは、もし奥様が自死を選んだ場合、この国から出ようとした場合、そして二十五歳になっても独身だった場合、自動的に奥様が死の穢れを生み出す魔獣となり、この国を滅ぼす仕掛けが組み込まれていたことです。奥様もそこまではご存じありませんでした」
「魔獣に……なる……?! オリガという人は、自分の娘を魔獣にまでしてしまうというの……!?」
マグダリーナの声は震えた。
「はい。奥様は使命さえこなせば、あとは教国に帰れると思っておられました。望む場所ではないが、帰れる場所がある、と。ですが、奥様の産みの母親は、完全に自分娘をただの道具としておられました」
ケーレブの語る、クレメンティーンの悲惨な運命に、子供達は皆、怒りと悲しみで、胸を重くした。
「……つまり、王族以外の誰かを、滅びの呪いの犠牲にするしかなかったと」
呟くライアンの声が、掠れていた。
「その通りですが、たとえそうしても、その家門が滅亡した後、そこから徐々に王国全土に滅びの運命が降り注ぐ仕様でした」
「え……打つ手なしじゃないの」
愕然とするマグダリーナを、レベッカが励ます。
「で……でも、こうして今現在、この国もショウネシーも無事ですわ!」
ケーレブは頷いた。
「そこで大魔法使いは、奥様の呪いの影響を最小限にし、徐々に解く方法を教えて下さいました。それは、奥様の配偶者になられる方に全てがかかっていました」
こほん、とケーレブは咳払いをする。
「大魔法使いは、奥様の記憶から、配偶者に相応しい男性を選別しました。それが旦那様です。そうしてとうとう先日、旦那様は奥様の呪いから完全に解放されました」
「その……呪いを解く方法とは?」
アンソニーが前のめりになって聞いた。
「なにもしないことです」
「なにも、しない……?」
「この呪いの性質は、もがけばもがくほど、強い反応で進行するものでした。ですから、家門の当主は時が来るまで、決して自ら動かず、呪いが解消するまで忍耐強く、衰退の運命を受け止め続けなければなりません」
マグダリーナは目を見開いた。
「子爵位をいただいたショウネシー家の初代は辺境伯騎士団の出でした。学問・研究での功績で爵位を得ましたが、ショウネシー家の家訓は『文武両道』でして、代々当主となる者は、剣術の研究と研鑽も欠かせてはいけませんでした。もちろん旦那様も、奥様がいなければ《王の剣》として、今頃セドリック王の背後に控えていた事でしょう」
《王の剣》は騎士の最高称号だ。
「お父さま、そんなにお強いんですか……」
アンソニーも呆然と聞き返した。
「かつては。奥様に事情を聞かされ、婚姻を受け入れた後は、剣をお捨てになられたので……」
「事情を聞いたのに、受け入れちゃったの?!」
マグダリーナは驚いた。
「ええ、俺も驚きました。ですが『他に方法がないなら仕方ない』とおっしゃって」
「それにどうして、お父さまは剣を捨ててしまったの?」
「うっかり空腹に負けて、魔獣を狩りにいかない為です」
(そんな、理由で……?!?)
「お母さまとお父さまは、熱烈な恋愛結婚だったと……」
「高貴なお方から求婚されていたのです。そういう事にでもしないと、高貴なお方は納得なさらなかったでしょう。幸い旦那様はそれが許されるほど、高貴なお方の信頼を得ておられましたから」
マグダリーナは、テーブルに突っ伏した。働かないダメダメ父だと、心のなかで腐していたが、全て事情があったのだ……
「奥様と旦那様は……恋愛したわけではありませんが、良い関係でしたよ。旦那様は奥様の呪いのことで、奥様を責めることは一切なさいませんでした。ただの政略結婚と同じ、普通の夫婦で、家族だと。それがどれだけ、奥様の救いになっていたことか……」
「ダーモット父さんらしいね……」
ライアンは微かな笑みを浮かべる。
帰る場所をなくしたライアンとレベッカ。
帰る場所がなかったクレメンティーン。
そして、彼らに帰る場所を与えたダーモット。
「そうね……」
マグダリーナも静かに微笑んだ。
ダーモットのことを、ダメダメだが嫌いになれないと思っていたが、誇らしいと思ったのは、この時が初めてだった。
《王となるものと婚姻する》呪いはなんとか消えたものの、代償に本来の寿命の半分近くを必要とした。
「そして一番厄介な《婚姻を結んだ相手の家門を、必ず滅ぼす》呪いだけが残りました。この呪いの厄介なところは、もし奥様が自死を選んだ場合、この国から出ようとした場合、そして二十五歳になっても独身だった場合、自動的に奥様が死の穢れを生み出す魔獣となり、この国を滅ぼす仕掛けが組み込まれていたことです。奥様もそこまではご存じありませんでした」
「魔獣に……なる……?! オリガという人は、自分の娘を魔獣にまでしてしまうというの……!?」
マグダリーナの声は震えた。
「はい。奥様は使命さえこなせば、あとは教国に帰れると思っておられました。望む場所ではないが、帰れる場所がある、と。ですが、奥様の産みの母親は、完全に自分娘をただの道具としておられました」
ケーレブの語る、クレメンティーンの悲惨な運命に、子供達は皆、怒りと悲しみで、胸を重くした。
「……つまり、王族以外の誰かを、滅びの呪いの犠牲にするしかなかったと」
呟くライアンの声が、掠れていた。
「その通りですが、たとえそうしても、その家門が滅亡した後、そこから徐々に王国全土に滅びの運命が降り注ぐ仕様でした」
「え……打つ手なしじゃないの」
愕然とするマグダリーナを、レベッカが励ます。
「で……でも、こうして今現在、この国もショウネシーも無事ですわ!」
ケーレブは頷いた。
「そこで大魔法使いは、奥様の呪いの影響を最小限にし、徐々に解く方法を教えて下さいました。それは、奥様の配偶者になられる方に全てがかかっていました」
こほん、とケーレブは咳払いをする。
「大魔法使いは、奥様の記憶から、配偶者に相応しい男性を選別しました。それが旦那様です。そうしてとうとう先日、旦那様は奥様の呪いから完全に解放されました」
「その……呪いを解く方法とは?」
アンソニーが前のめりになって聞いた。
「なにもしないことです」
「なにも、しない……?」
「この呪いの性質は、もがけばもがくほど、強い反応で進行するものでした。ですから、家門の当主は時が来るまで、決して自ら動かず、呪いが解消するまで忍耐強く、衰退の運命を受け止め続けなければなりません」
マグダリーナは目を見開いた。
「子爵位をいただいたショウネシー家の初代は辺境伯騎士団の出でした。学問・研究での功績で爵位を得ましたが、ショウネシー家の家訓は『文武両道』でして、代々当主となる者は、剣術の研究と研鑽も欠かせてはいけませんでした。もちろん旦那様も、奥様がいなければ《王の剣》として、今頃セドリック王の背後に控えていた事でしょう」
《王の剣》は騎士の最高称号だ。
「お父さま、そんなにお強いんですか……」
アンソニーも呆然と聞き返した。
「かつては。奥様に事情を聞かされ、婚姻を受け入れた後は、剣をお捨てになられたので……」
「事情を聞いたのに、受け入れちゃったの?!」
マグダリーナは驚いた。
「ええ、俺も驚きました。ですが『他に方法がないなら仕方ない』とおっしゃって」
「それにどうして、お父さまは剣を捨ててしまったの?」
「うっかり空腹に負けて、魔獣を狩りにいかない為です」
(そんな、理由で……?!?)
「お母さまとお父さまは、熱烈な恋愛結婚だったと……」
「高貴なお方から求婚されていたのです。そういう事にでもしないと、高貴なお方は納得なさらなかったでしょう。幸い旦那様はそれが許されるほど、高貴なお方の信頼を得ておられましたから」
マグダリーナは、テーブルに突っ伏した。働かないダメダメ父だと、心のなかで腐していたが、全て事情があったのだ……
「奥様と旦那様は……恋愛したわけではありませんが、良い関係でしたよ。旦那様は奥様の呪いのことで、奥様を責めることは一切なさいませんでした。ただの政略結婚と同じ、普通の夫婦で、家族だと。それがどれだけ、奥様の救いになっていたことか……」
「ダーモット父さんらしいね……」
ライアンは微かな笑みを浮かべる。
帰る場所をなくしたライアンとレベッカ。
帰る場所がなかったクレメンティーン。
そして、彼らに帰る場所を与えたダーモット。
「そうね……」
マグダリーナも静かに微笑んだ。
ダーモットのことを、ダメダメだが嫌いになれないと思っていたが、誇らしいと思ったのは、この時が初めてだった。
101
あなたにおすすめの小説
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる