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10話
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「タルトがどうかされたんですか?」
「ううん、なんでもないわ」
話すのを止めて、目の前の料理に集中する。
可愛らしいハートや花のクッキー型を使って、1つ1つ丁寧に丹精込めて作業をしていく。
そしてステンドグラスだと思われる部分をキャンディを用意する。
「いいですね、あとはまた少し焼いて冷まして完成です」
向こうの世界でも簡単なクッキーくらいは何度か作ったことがあるから、全くの初めてというわけでもなく。
「うん、いい感じにできたわね」
割と簡単なのに、見た目はそれなり。今日もらったチョコレートより美味しいかといえば絶対にそんなことはないけど、これを2人で食べるところを想像すると明日が待ち遠しくなる。
朝学校に着いて、早速奏多さんのクラスに来た。
中の人にあまり見られないように、顔だけを教室に覗かせる。
あ、いた。
奏多さんはまだ私に気付いていない。
名前を呼ぼうとした時、女の人が奏多さんに話しかける。
あの人のこと、知っている。一度だけ会ったことがあるけど…………その内容までは思い出せない。
でも、彼女の表情を見ればなんとなくわかった。
彼女は奏多さんのことが好きなんだ。
彼女が奏多さんを見る目が、優しい。好きな人に向ける目。
愛おしくて、そばにいるだけで笑顔になれて。
私だって、記憶がなくなっても恋する気持ち自体は忘れていない。だから、分かるの。
きっと、私なんかよりも前から奏多さんのことを知っていて、私よりも何倍も好きな気持ちが大きい。
だって、ほら。あんな風に好きな人の前で自然に笑っているもの。
彼女の手が奏多さんの腕に触れる。奏多さんはそれを素直に受け入れる。
そこに、私の入る隙なんてない。
記憶がなくなってしまった今、私が奏多さんの隣にいる意味ってなんだろう。
涼くんも奏多さんも、近くに自分のことを想ってくれる誰かがいて、すべてを忘れてしまった私なんかよりもその人たちといる方がきっと心が満たされる。
好きだと言ってくれるけど、きっと本心はもっと別なところにあって、きっと同情で接してくれているんだ。
そうだよ。だって、私がもし2人の立場になったら、好きな人に自分の存在を忘れられたら、そんなの辛すぎる。
泣いても泣いても気持ちなんて晴れるわけがない。
だから、中途半端に接するくらいなら、自分から離れた方がいい。
涼くんからも奏多さんからも。
記憶がないのに好きな人がそばにいて、前は自分のことを想っていたのに今は違うだなんて、それは残酷すぎるもの……。
自分の教室に戻って来た。
手に持ったステンドグラスクッキー。せっかく作ったのだから、食べてしまおう。
初めから、自分のために作ったと思えばいいの。
「桜、おはよう」
「杏里…………これ、昨日作ったんだけど、食べる?」
「あら、美味しそう。ぜひ頂くわ。どうせなら、ランチの後に紅茶と召し上がらない?」
「そうね」
「……どうしたの?」
「私…………やっぱり、奏多さんのことを好きな気持ちが思い出せないの。だから、もう関わるのを止めようかと思って。きっと、奏多さんにもその方がいいと思う。記憶のない私なんかを思っているのなんて、きっと時間の無駄」
「じゃあ、涼くんは?」
「え?」
「涼くんに対しても何も思わない? 何の感情もない?」
「それは…………」
奏多さんには抱かなかった、涼くんに対する想い。気になって気になって、一緒にいる時は楽しくて、でも鈴華さんの存在にもやもやして……。
記憶が無くなってもなお、気になる存在。
でも……。
「ごめんなさい、余計なこと言って」
「ううん」
記憶が戻ればきっと、何もかも解決するのに。どうして私は、2人のことだけを忘れてしまったの?
「ううん、なんでもないわ」
話すのを止めて、目の前の料理に集中する。
可愛らしいハートや花のクッキー型を使って、1つ1つ丁寧に丹精込めて作業をしていく。
そしてステンドグラスだと思われる部分をキャンディを用意する。
「いいですね、あとはまた少し焼いて冷まして完成です」
向こうの世界でも簡単なクッキーくらいは何度か作ったことがあるから、全くの初めてというわけでもなく。
「うん、いい感じにできたわね」
割と簡単なのに、見た目はそれなり。今日もらったチョコレートより美味しいかといえば絶対にそんなことはないけど、これを2人で食べるところを想像すると明日が待ち遠しくなる。
朝学校に着いて、早速奏多さんのクラスに来た。
中の人にあまり見られないように、顔だけを教室に覗かせる。
あ、いた。
奏多さんはまだ私に気付いていない。
名前を呼ぼうとした時、女の人が奏多さんに話しかける。
あの人のこと、知っている。一度だけ会ったことがあるけど…………その内容までは思い出せない。
でも、彼女の表情を見ればなんとなくわかった。
彼女は奏多さんのことが好きなんだ。
彼女が奏多さんを見る目が、優しい。好きな人に向ける目。
愛おしくて、そばにいるだけで笑顔になれて。
私だって、記憶がなくなっても恋する気持ち自体は忘れていない。だから、分かるの。
きっと、私なんかよりも前から奏多さんのことを知っていて、私よりも何倍も好きな気持ちが大きい。
だって、ほら。あんな風に好きな人の前で自然に笑っているもの。
彼女の手が奏多さんの腕に触れる。奏多さんはそれを素直に受け入れる。
そこに、私の入る隙なんてない。
記憶がなくなってしまった今、私が奏多さんの隣にいる意味ってなんだろう。
涼くんも奏多さんも、近くに自分のことを想ってくれる誰かがいて、すべてを忘れてしまった私なんかよりもその人たちといる方がきっと心が満たされる。
好きだと言ってくれるけど、きっと本心はもっと別なところにあって、きっと同情で接してくれているんだ。
そうだよ。だって、私がもし2人の立場になったら、好きな人に自分の存在を忘れられたら、そんなの辛すぎる。
泣いても泣いても気持ちなんて晴れるわけがない。
だから、中途半端に接するくらいなら、自分から離れた方がいい。
涼くんからも奏多さんからも。
記憶がないのに好きな人がそばにいて、前は自分のことを想っていたのに今は違うだなんて、それは残酷すぎるもの……。
自分の教室に戻って来た。
手に持ったステンドグラスクッキー。せっかく作ったのだから、食べてしまおう。
初めから、自分のために作ったと思えばいいの。
「桜、おはよう」
「杏里…………これ、昨日作ったんだけど、食べる?」
「あら、美味しそう。ぜひ頂くわ。どうせなら、ランチの後に紅茶と召し上がらない?」
「そうね」
「……どうしたの?」
「私…………やっぱり、奏多さんのことを好きな気持ちが思い出せないの。だから、もう関わるのを止めようかと思って。きっと、奏多さんにもその方がいいと思う。記憶のない私なんかを思っているのなんて、きっと時間の無駄」
「じゃあ、涼くんは?」
「え?」
「涼くんに対しても何も思わない? 何の感情もない?」
「それは…………」
奏多さんには抱かなかった、涼くんに対する想い。気になって気になって、一緒にいる時は楽しくて、でも鈴華さんの存在にもやもやして……。
記憶が無くなってもなお、気になる存在。
でも……。
「ごめんなさい、余計なこと言って」
「ううん」
記憶が戻ればきっと、何もかも解決するのに。どうして私は、2人のことだけを忘れてしまったの?
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