嫌いなあいつの婚約者

みー

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10話

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 少しの間、他愛もない話をして時を過ごす。

 涼くんと過ごす時間とはまた違った時の流れで、涼くんが洋食なら奏多さんは和食みたいな感じ。

 空もオレンジ色になりかけてきたところで、そろそろ帰ろうかと誰からともなく言った。

 構内にはもう生徒の姿はほとんどなくて、しいんとしている。鳥の鳴き声が、その静寂の中に響き渡る。

「じゃあ、桜さん、杏里。また」

「ええ、また」

「チョコレート、ありがとうございました。また、お会いしましょうね」

「ぜひ」

 奏多さんに一礼をして、杏里には手を振ってさよならをして、待っている車に乗り込んだ。









 帰宅して少し休憩した後、私は早速メイドに頼みごとをした。

「ねえ。お菓子作りをしたいんだけど」

「お菓子ですか?」

「そう」

 決めたの。涼くんとは出来る限り関わらない。奏多さんのことを大切にする。記憶がなくてもあっても、奏多さんが私の大事な人であることには変わらない。

「そうですね……、いいですよ。お手伝いいたします」

「ありがとう」

 メイドは早速キッチンに連れて来てくれて、なにやらレシピの紙をどこからともなく出してきた。

「ステンドグラスクッキーを作りましょう」

「ステンドグラス?」

「ええ、見た目がすごく可愛いんですよ。…………どなたかにあげるんですか?」

「奏多さんに、あげるの」

「そうですか……。奏多さんに、あげるんですね」

 何か、含みのある言い方がとてつもなく気になる。奏多さんにあげるって、あまり喜ばしくないことなのかしら……。

「ダメかしら……?」

「いえ、全然そんなことないですよ。ただ…………いえ、なんでもないです」

「もしかして、涼くんに関係あるの?」

「どうしてそう思うんですか?」

「なんとなく……」

 少しの沈黙の後、メイドは言葉を紡ぎ出した。

「…………桜さまは、なんだかんだ涼さまのことを慕っていると思っていましたので……。でも、記憶が無くなってもなお奏多さまに惹かれているのなら、それが本当の気持ちなんでしょうね」

「ええ……そうよ」

 本当の気持ちなんて、分からない。自分でも分からない。でも、奏多さんを裏切るなんてこと、私にはできない。あんなにいい人を。

「じゃあ、心を込めて作りましょうね」

「そうね」

 お菓子作りをしていると、なんだかとても懐かしい気持ちになる。

 そういえば、奏多さんが言っていたタルトって、私どこで作ったのかしら?

「ねえ、タルト、私ここで作ったことってある?」

「いえ、ないですね。多分、校外学習で作られたんじゃないですか?」

「校外学習……タルト……」

 クッキーの生地を練りながら思い出そうとするも、全く出てこない。校外学習の記憶はところどころある。ほとんど杏里との思い出だけど。
 
 
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