嫌いなあいつの婚約者

みー

文字の大きさ
63 / 69
10話

7

しおりを挟む
「タルトがどうかされたんですか?」

「ううん、なんでもないわ」

 話すのを止めて、目の前の料理に集中する。

 可愛らしいハートや花のクッキー型を使って、1つ1つ丁寧に丹精込めて作業をしていく。

 そしてステンドグラスだと思われる部分をキャンディを用意する。

「いいですね、あとはまた少し焼いて冷まして完成です」

 向こうの世界でも簡単なクッキーくらいは何度か作ったことがあるから、全くの初めてというわけでもなく。

「うん、いい感じにできたわね」

 割と簡単なのに、見た目はそれなり。今日もらったチョコレートより美味しいかといえば絶対にそんなことはないけど、これを2人で食べるところを想像すると明日が待ち遠しくなる。










 朝学校に着いて、早速奏多さんのクラスに来た。

 中の人にあまり見られないように、顔だけを教室に覗かせる。

 あ、いた。

 奏多さんはまだ私に気付いていない。

 名前を呼ぼうとした時、女の人が奏多さんに話しかける。

 あの人のこと、知っている。一度だけ会ったことがあるけど…………その内容までは思い出せない。

 でも、彼女の表情を見ればなんとなくわかった。

 彼女は奏多さんのことが好きなんだ。

 彼女が奏多さんを見る目が、優しい。好きな人に向ける目。

 愛おしくて、そばにいるだけで笑顔になれて。

 私だって、記憶がなくなっても恋する気持ち自体は忘れていない。だから、分かるの。

 きっと、私なんかよりも前から奏多さんのことを知っていて、私よりも何倍も好きな気持ちが大きい。

 だって、ほら。あんな風に好きな人の前で自然に笑っているもの。

 彼女の手が奏多さんの腕に触れる。奏多さんはそれを素直に受け入れる。

 そこに、私の入る隙なんてない。

 記憶がなくなってしまった今、私が奏多さんの隣にいる意味ってなんだろう。

 涼くんも奏多さんも、近くに自分のことを想ってくれる誰かがいて、すべてを忘れてしまった私なんかよりもその人たちといる方がきっと心が満たされる。

 好きだと言ってくれるけど、きっと本心はもっと別なところにあって、きっと同情で接してくれているんだ。

 そうだよ。だって、私がもし2人の立場になったら、好きな人に自分の存在を忘れられたら、そんなの辛すぎる。

 泣いても泣いても気持ちなんて晴れるわけがない。

 だから、中途半端に接するくらいなら、自分から離れた方がいい。

 涼くんからも奏多さんからも。

 記憶がないのに好きな人がそばにいて、前は自分のことを想っていたのに今は違うだなんて、それは残酷すぎるもの……。

 







 自分の教室に戻って来た。

 手に持ったステンドグラスクッキー。せっかく作ったのだから、食べてしまおう。

 初めから、自分のために作ったと思えばいいの。

「桜、おはよう」

「杏里…………これ、昨日作ったんだけど、食べる?」

「あら、美味しそう。ぜひ頂くわ。どうせなら、ランチの後に紅茶と召し上がらない?」

「そうね」

「……どうしたの?」

「私…………やっぱり、奏多さんのことを好きな気持ちが思い出せないの。だから、もう関わるのを止めようかと思って。きっと、奏多さんにもその方がいいと思う。記憶のない私なんかを思っているのなんて、きっと時間の無駄」

「じゃあ、涼くんは?」

「え?」

「涼くんに対しても何も思わない? 何の感情もない?」

「それは…………」

 奏多さんには抱かなかった、涼くんに対する想い。気になって気になって、一緒にいる時は楽しくて、でも鈴華さんの存在にもやもやして……。

 記憶が無くなってもなお、気になる存在。

 でも……。

「ごめんなさい、余計なこと言って」

「ううん」

 記憶が戻ればきっと、何もかも解決するのに。どうして私は、2人のことだけを忘れてしまったの?


 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

処理中です...