16 / 59
第二章 否応なく巻き込まれる政争
トミー・ランダー
しおりを挟む昼食時のラウンジにノックの音が響いたのは、演習場で王太子が異常な姿を見せたその日だった。
「どうした?」
いつものように俺が席を立って扉越しに問答する。
「アルバート様、ネイト・ボイドです」
その声を聞いて、室内のメンバーに了解を取って扉を開けて招き入れる。
ネイト・ボイドはミケルセン侯爵家門下のボイド子爵家の嫡男だ。
なかなか頭が良くて要領も良い。
使い勝手がいいと言うと語弊があるが、そつの無い言動は次代のボイド子爵家も安泰だと思わせてくれる優秀な男だ。
「何かあったのかい?」
エルンスト殿下が声をかけると、ネイトは俺に視線を向けて、俺が頷くのを確認して喋り始めた。
「トミー・ランダーが王太子殿下の勘気を買ったようで、使われていない教室で王太子殿下の取り巻きに暴行されて、気を失った状態で放置されていたので保護しました」
「なるほど……、それはご苦労だったね」
エルンスト殿下が小さくため息をつく。
「医務室にはひと目の多い経路で向かい、側にはふたり、私の身内を付けています。今後流す噂についてはお考えがあるかと差し留めています」
「ボイド子爵令息、ご苦労。トミー・ランダーは私の庇護下に置くことにするのでそのように。王太子殿下については敢えて触れない方向で行こう。今日の王太子殿下を見るに不安定すぎる。あまり煽ると変に爆発されても困るからな」
というロベルタの意見に俺も賛成だ。
「動けるようになったら、トミー・ランダーに私の元に顔を出すように伝えておいて欲しい」
「かしこまりました」
そう返事して頭を下げたネイトがまた俺に視線を合わせてくる。
「よくやった。続けて頼む」
ひと言添えると、ネイトは顔を綻ばせてラウンジを出ていった。
「ボイド子爵令息は本当によくアルバート様に懐いているのね」
と、黙って見守っていたミーシャ嬢が感心したように言う。
「そうなのです。嫡男なのに子爵家を弟に任せてアルバート様に着いてオールドマン家に来たがっているのですわ」
くすくすと笑うリンジー嬢に俺も苦笑する。
「しかし……、王太子殿下はランダー子爵家をただの下位貴族としか認識していなかったようだな」
ロベルタの声にみんなが頷く。
「確かに、もし実家の家業を知っているなら使い捨てるような真似はしないだろうからね。
……とはいえ、向こうに切れ者がいて、痛めつけられたトミー・ランダーをこちらが拾うことを前提に送りつけてきた……とまで、考え始めるときりが無いね」
エルンスト殿下の意見も尤もだ。
でも、
「とはいえ、これは狙ってランダー子爵令息が王太子派を抜けるために起こしたと考えるのが自然かな?」
続けたエルンスト殿下の言う通りだろう。
一度だが目の前で見たランダー子爵令息はかなり強かに見えたし、その後の噂の流し方も巧みだった。
そして、今日のこのタイミングだ。
確実にランダー子爵令息が狙って起こしたのだろう。
王太子派としては、これ以上離反を許したくないはずだ。
だから過剰に暴行してランダー子爵令息を見せしめにした。
こうなりたくなければ大人しく言うことを聞け! と言うわけだ。
そしてランダー子爵令息は自ら裏切り者として王太子派から抜けるのではなく、追い出されるという立場で王太子派を離れた。
「トミー・ランダーに関しては我々で面倒を見るとして、ランダー子爵家については宰相が囲うのかい?」
「父に報告は上げているので、上手くやると思いますよ」
あの人は食えない人なので、とロベルタの口にしない声が聞こえた。
「それにしても、王太子殿下はいったいどうしたのかしら?」
口火を切ったのはアンネマリー嬢だった。
その声には怒りや畏れのようなものは全くなくて、ただただ困惑が滲んでいる。
「ええ、私も驚きました。最初のあたりは……まあ、難癖をつけにいらしたのだな、と思っていたのですけど、後半は、こう……」
なんと表現したらいいのか分からない、といった感じでミーシャ嬢が口を濁す。
「王弟殿下と頻繁に交流されていらっしゃるのでしょうか?」
リンジー嬢の唐突とも取れる発言に思わず目を向ける。
「王太子殿下がいらっしゃった最初の理由は『叔父上の元に泣きながら、親にやりたくもない乗馬を強要されるのだ、と訴える令嬢がいたらしいが?』と言うものでしたわよね?」
リンジー嬢の声を聞きながら、自分もその時に同じことを考えていたと思い出す。
王太子と王弟殿下の関係を知らなくても、同じ王族なのだから親しくしていることに不思議はない。
情報はまだ共有しないと決めたので、ロベルタとは目を合わせず考える。
「確かに、頻繁に会っている印象を受けた。私たちが乗馬の練習をしていることを苦々しく思った王太子殿下が王弟殿下を訪ねたのか、令嬢から相談を受けた王弟殿下が王太子殿下を呼び出したのかはわからないが、気安く行き来しているようには感じたな」
「叔父上と王太子殿下に交流があるとは知らなかったが……。父上も叔父上とはあまり交流なさらないし」
俺の発言を受けてエルンスト殿下が続けた。
なるほど、陛下も王弟殿下とはあまり交流がないのか。
まあ、身に覚えのない子供を押し付けられて、妃を殺され、本来なら王冠を戴くべき実子は命の危険から逃れるために婿に出さなければならない、となれば、いくら当時王弟殿下が子供で現在は教会入りして大人しく過ごしているとしても、心穏やかに談笑する気にはなれないだろう。
「側妃は……どうなんだ?」
ふと思いついて声を上げる。
「側妃様と王弟殿下ですか? あまり交流していそうな雰囲気はありませんけど……」
その答えを持ってきたのは、包帯でぐるぐる巻きにされ、杖をついてネイトに連れられてやってきたトミー・ランダーだった。
「遅くなりまして申し訳ありません。トミー・ランダーが参上いたしました」
口の中が切れて腫れているのだろう。くぐもった声でランダー子爵令息がエルンスト殿下と俺たちに挨拶した。
ネイトはトミー・ランダーをラウンジに連れてきたあと、すでに下がっている。
「いや、思ったよりも随分早かったよ。酷く痛めつけられたと聞いていたから明日以降になるかと思っていた」
とエルンスト殿下が言ったけれど、おそらくトミー・ランダーの『遅くなった』は時期的なものだろう。
本人的にはもっと早い時期に王太子派を抜けてくるつもりだったのだろう。
「ランダー子爵令息、今日からは私の庇護下に置くのでそのように行動するように。ご実家の方も我が家が保護する」
「ありがとうございます。みなさま、私のことはどうぞトミーと呼んでください」
トミーがロベルタに礼を言い、他の面々にも挨拶した。
先日のオドオドした態度が嘘のような堂々とした態度だ。
怪我をして杖をついているにも関わらず、以前より背が高く見えるほどに背筋も伸びている。
その視線に気付いたのだろう。
「王太子殿下のところでは、気が弱く、使いっ走りにされるような、取るに足らない、何を知られたとしても簡単に脅せば黙るし、難しいことは理解できない、使用人と変わらない。と思われるような人物を演じていたので印象が違うと思います」
と言ってのけた。もう正体はお気付きのようですので、と付け加えて。
なかなか扱いづらそうな人物ではあるけれど、ロベルタなら上手く使うだろう。
そしてトミーは王太子のところで探ってきた情報をかなりの量、報告してきた。
便利な小間使いとして、いろいろな場所に同行させていたようだ。
そんな人間を簡単に放逐してしまう王太子が信じられない。
「側妃様は以前から毎週、決まった曜日に教会に通って王弟殿下とお会いしていらっしゃったようで、王太子殿下がお小さい頃は側妃様に同行していらっしゃったようです」
と、どこから仕入れたのかと思うような情報をもたらしてきた。
「学園内の教会で王弟殿下とお話しされているときに、幼い頃の思い出話もしていらっしゃったので」
情報源は王太子と王弟殿下だったらしい。
「王弟殿下とお会いするような場面でも同行を許されていらっしゃいましたの?」
栗色の髪の毛を揺らしながら首を傾げて聞いたのはリンジー嬢だ。
確かにそれは俺も気になった。
「そうですね。私は王太子殿下の取り巻きの中ではいちばんお茶を淹れるのが上手かったので、使用人として連れ歩かれていました。王太子殿下は私を貴族の子息として扱っていませんでしたから。ですが、王弟殿下はたまに探るような目で私のことを見ていらっしゃったので、王太子殿下の元を離れる潮時だったと思います」
「なるほど……、これからも危険の無いように……トミーが面白いと思うような情報が手に入ったら知らせてくれ」
「はいっ! ホーク公爵令息にお仕えできてとても良かったと思います!」
「ロベルタで良い。これからも頼む」
という感じで、トミーはとても嬉しそうにラウンジを出て行った。
「ああいうのは自由にさせた方がいい仕事をしそうな気がした」
俺には全く理解できないタイプの直感だ。
1,001
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる
路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか?
いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ?
2025年10月に全面改稿を行ないました。
2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。
2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。
2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。
2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。
α主人公の友人モブαのはずが、なぜか俺が迫られている。
宵のうさぎ
BL
異世界に転生したと思ったら、オメガバースの世界でした。
しかも、どうやらここは前世の姉ちゃんが読んでいたBL漫画の世界らしい。
漫画の主人公であるハイスぺアルファ・レオンの友人モブアルファ・カイルとして過ごしていたはずなのに、なぜか俺が迫られている。
「カイル、君の為なら僕は全てを捨てられる」
え、後天的Ω?ビッチング!?
「カイル、僕を君のオメガにしてくれ」
この小説は主人公攻め、受けのビッチング(後天的Ω)の要素が含まれていますのでご注意を!
騎士団長子息モブアルファ×原作主人公アルファ(後天的Ωになる)
【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる