【本編完結】攻略対象その3の騎士団団長令息はヒロインが思うほど脳筋じゃない!

哀川ナオ

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第二章 否応なく巻き込まれる政争

トミー・ランダー

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 昼食時のラウンジにノックの音が響いたのは、演習場で王太子が異常な姿を見せたその日だった。

「どうした?」
 いつものように俺が席を立って扉越しに問答する。
「アルバート様、ネイト・ボイドです」
 その声を聞いて、室内のメンバーに了解を取って扉を開けて招き入れる。
 ネイト・ボイドはミケルセン侯爵家門下のボイド子爵家の嫡男だ。
 なかなか頭が良くて要領も良い。
 使い勝手がいいと言うと語弊があるが、そつの無い言動は次代のボイド子爵家も安泰だと思わせてくれる優秀な男だ。


「何かあったのかい?」
 エルンスト殿下が声をかけると、ネイトは俺に視線を向けて、俺が頷くのを確認して喋り始めた。
「トミー・ランダーが王太子殿下の勘気を買ったようで、使われていない教室で王太子殿下の取り巻きに暴行されて、気を失った状態で放置されていたので保護しました」
「なるほど……、それはご苦労だったね」
 エルンスト殿下が小さくため息をつく。
「医務室にはひと目の多い経路で向かい、側にはふたり、私の身内を付けています。今後流す噂についてはお考えがあるかと差し留めています」

「ボイド子爵令息、ご苦労。トミー・ランダーは私の庇護下に置くことにするのでそのように。王太子殿下については敢えて触れない方向で行こう。今日の王太子殿下を見るに不安定すぎる。あまり煽ると変に爆発されても困るからな」
というロベルタの意見に俺も賛成だ。
「動けるようになったら、トミー・ランダーに私の元に顔を出すように伝えておいて欲しい」
「かしこまりました」
 そう返事して頭を下げたネイトがまた俺に視線を合わせてくる。
「よくやった。続けて頼む」
 ひと言添えると、ネイトは顔を綻ばせてラウンジを出ていった。


「ボイド子爵令息は本当によくアルバート様に懐いているのね」
 と、黙って見守っていたミーシャ嬢が感心したように言う。
「そうなのです。嫡男なのに子爵家を弟に任せてアルバート様に着いてオールドマン家に来たがっているのですわ」
 くすくすと笑うリンジー嬢に俺も苦笑する。

「しかし……、王太子殿下はランダー子爵家をただの下位貴族としか認識していなかったようだな」
 ロベルタの声にみんなが頷く。
「確かに、もし実家の家業を知っているなら使い捨てるような真似はしないだろうからね。
 ……とはいえ、向こうに切れ者がいて、痛めつけられたトミー・ランダーをこちらが拾うことを前提に送りつけてきた……とまで、考え始めるときりが無いね」
 エルンスト殿下の意見も尤もだ。

 でも、
「とはいえ、これは狙ってランダー子爵令息が王太子派を抜けるために起こしたと考えるのが自然かな?」
 続けたエルンスト殿下の言う通りだろう。
 一度だが目の前で見たランダー子爵令息はかなり強かに見えたし、その後の噂の流し方も巧みだった。
 そして、今日のこのタイミングだ。
 確実にランダー子爵令息が狙って起こしたのだろう。

 王太子派としては、これ以上離反を許したくないはずだ。
 だから過剰に暴行してランダー子爵令息を見せしめにした。
 こうなりたくなければ大人しく言うことを聞け! と言うわけだ。

 そしてランダー子爵令息は自ら裏切り者として王太子派から抜けるのではなく、追い出されるという立場で王太子派を離れた。

「トミー・ランダーに関しては我々で面倒を見るとして、ランダー子爵家については宰相が囲うのかい?」
「父に報告は上げているので、上手くやると思いますよ」
 あの人は食えない人なので、とロベルタの口にしない声が聞こえた。


「それにしても、王太子殿下はいったいどうしたのかしら?」
 口火を切ったのはアンネマリー嬢だった。
 その声には怒りや畏れのようなものは全くなくて、ただただ困惑が滲んでいる。
「ええ、私も驚きました。最初のあたりは……まあ、難癖をつけにいらしたのだな、と思っていたのですけど、後半は、こう……」
 なんと表現したらいいのか分からない、といった感じでミーシャ嬢が口を濁す。
「王弟殿下と頻繁に交流されていらっしゃるのでしょうか?」
 リンジー嬢の唐突とも取れる発言に思わず目を向ける。

「王太子殿下がいらっしゃった最初の理由は『叔父上の元に泣きながら、親にやりたくもない乗馬を強要されるのだ、と訴える令嬢がいたらしいが?』と言うものでしたわよね?」
 リンジー嬢の声を聞きながら、自分もその時に同じことを考えていたと思い出す。

 王太子と王弟殿下の関係を知らなくても、同じ王族なのだから親しくしていることに不思議はない。

 情報はまだ共有しないと決めたので、ロベルタとは目を合わせず考える。

「確かに、頻繁に会っている印象を受けた。私たちが乗馬の練習をしていることを苦々しく思った王太子殿下が王弟殿下を訪ねたのか、令嬢から相談を受けた王弟殿下が王太子殿下を呼び出したのかはわからないが、気安く行き来しているようには感じたな」
「叔父上と王太子殿下に交流があるとは知らなかったが……。父上も叔父上とはあまり交流なさらないし」
 俺の発言を受けてエルンスト殿下が続けた。
 なるほど、陛下も王弟殿下とはあまり交流がないのか。
 まあ、身に覚えのない子供を押し付けられて、妃を殺され、本来なら王冠を戴くべき実子は命の危険から逃れるために婿に出さなければならない、となれば、いくら当時王弟殿下が子供で現在は教会入りして大人しく過ごしているとしても、心穏やかに談笑する気にはなれないだろう。

「側妃は……どうなんだ?」
 ふと思いついて声を上げる。
「側妃様と王弟殿下ですか? あまり交流していそうな雰囲気はありませんけど……」



 その答えを持ってきたのは、包帯でぐるぐる巻きにされ、杖をついてネイトに連れられてやってきたトミー・ランダーだった。

「遅くなりまして申し訳ありません。トミー・ランダーが参上いたしました」
 口の中が切れて腫れているのだろう。くぐもった声でランダー子爵令息がエルンスト殿下と俺たちに挨拶した。
 ネイトはトミー・ランダーをラウンジに連れてきたあと、すでに下がっている。

「いや、思ったよりも随分早かったよ。酷く痛めつけられたと聞いていたから明日以降になるかと思っていた」
とエルンスト殿下が言ったけれど、おそらくトミー・ランダーの『遅くなった』は時期的なものだろう。
 本人的にはもっと早い時期に王太子派を抜けてくるつもりだったのだろう。

「ランダー子爵令息、今日からは私の庇護下に置くのでそのように行動するように。ご実家の方も我が家が保護する」
「ありがとうございます。みなさま、私のことはどうぞトミーと呼んでください」
 トミーがロベルタに礼を言い、他の面々にも挨拶した。
 先日のオドオドした態度が嘘のような堂々とした態度だ。
 怪我をして杖をついているにも関わらず、以前より背が高く見えるほどに背筋も伸びている。
 その視線に気付いたのだろう。
「王太子殿下のところでは、気が弱く、使いっ走りにされるような、取るに足らない、何を知られたとしても簡単に脅せば黙るし、難しいことは理解できない、使用人と変わらない。と思われるような人物を演じていたので印象が違うと思います」
と言ってのけた。もう正体はお気付きのようですので、と付け加えて。

 なかなか扱いづらそうな人物ではあるけれど、ロベルタなら上手く使うだろう。


 そしてトミーは王太子のところで探ってきた情報をかなりの量、報告してきた。
 便利な小間使いとして、いろいろな場所に同行させていたようだ。
 そんな人間を簡単に放逐してしまう王太子が信じられない。

「側妃様は以前から毎週、決まった曜日に教会に通って王弟殿下とお会いしていらっしゃったようで、王太子殿下がお小さい頃は側妃様に同行していらっしゃったようです」
 と、どこから仕入れたのかと思うような情報をもたらしてきた。
「学園内の教会で王弟殿下とお話しされているときに、幼い頃の思い出話もしていらっしゃったので」
 情報源は王太子と王弟殿下だったらしい。

「王弟殿下とお会いするような場面でも同行を許されていらっしゃいましたの?」
 栗色の髪の毛を揺らしながら首を傾げて聞いたのはリンジー嬢だ。
 確かにそれは俺も気になった。
「そうですね。私は王太子殿下の取り巻きの中ではいちばんお茶を淹れるのが上手かったので、使用人として連れ歩かれていました。王太子殿下は私を貴族の子息として扱っていませんでしたから。ですが、王弟殿下はたまに探るような目で私のことを見ていらっしゃったので、王太子殿下の元を離れる潮時だったと思います」

「なるほど……、これからも危険の無いように……トミーが面白いと思うような情報が手に入ったら知らせてくれ」
「はいっ! ホーク公爵令息にお仕えできてとても良かったと思います!」
「ロベルタで良い。これからも頼む」

 という感じで、トミーはとても嬉しそうにラウンジを出て行った。


「ああいうのは自由にさせた方がいい仕事をしそうな気がした」
 俺には全く理解できないタイプの直感だ。
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