【本編完結】攻略対象その3の騎士団団長令息はヒロインが思うほど脳筋じゃない!

哀川ナオ

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第三章 呼ばなくても勝手に向かって来る嵐

演習(4)

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 目の前のフェンリルウルフは体高約三メートル。相手の肩までの高さがそれだけあるということだ。
 全長は尾の先まで入れれば十メートルくらいあるのではないだろうか?

 チラリと頭をよぎったのは、
 野営地に置いてきた演習で狩った魔獣の値段だ。
 フェンリルウルフ一頭でどのくらい取り返すことができるだろうか?


 それはさておき、魔獣の急所は原型と思われる動物と変わらない。
 フェンリルウルフでいえば、狼と同じく頸動脈、心臓。そして魔獣だけの持つ魔核だ。

 俺が進み出ると、他の学生たちがフェンリルウルフの前を空けてくれる。
 別に戦闘狂というわけではないつもりだけど、エルンスト殿下と本部に籠っていたのでストレスが溜まっていると思われているのかもしれない。

 何故か周りからは補助魔法も飛んでくる。
 速度倍加や腕力増加、他にも防御系の魔法もかかっているようだ。
 防御や腕力ならまだしも、速度倍加とか、無断でいきなりかけられると普通の人間ならバランス崩して却って弱体化するぞ。
 と、かけたヤツを睨みつけると嬉しそうに微笑んだ。
「思い切り行っちゃってくださ~い!」
「アルバート様のかっこいいとこ見てみたい~!」
 ネイトとその仲間たちが、まるで劇でも観るように、辺りのフォレストウルフを斬り倒しながら声を掛けてくる。

「狼どもに足止めされてる間に囲まれるぞ! さっさと終わらせろ!」

 冷やかすヤツらに言い捨てて、軽く早くなった身体で、一気にフェンリルウルフに駆け寄ると何かを感じたのかフェンリルウルフが飛び退る。
 しかし、倍加した速度でそれを追い、地を蹴って、自分の頭より上にある首筋を抜刀しながら切り裂いた。

 手応えは、あった。

 それでも油断なく、一瞬で下がって相手の様子を見守っていると、一拍遅れて大きく裂かれた喉から真っ赤な血が吹き出した。
 噴水のように噴き出す血液に、フェンリルウルフは足元をよろめかせ、何が起こったのか理解できないうちに横倒しに倒れた。
 それを見た取り巻きの狼たちは慌てて逃げ出す。

「追うな! 陣形を調えろ! 血の匂いが充満してる! 騒ぎを聞きつけて他の魔獣が来るぞ!」


 一刀で群れのボスを倒すことができたのは幸いだった。
 ミケルセン家での騎士団に混じった訓練中に、ぽんぽんと補助魔法を投げてくるネイトに慣れていたのも幸いした。
 ……が、素直に感謝したくないのは何故だろうか?

 とにかく、敵のボスを倒して魔獣たちが逃げ出して、浮き足立つ味方を叱咤して次に備えさせる。


 地面に着いた足裏にも、震える空気にも、次の敵が巨大な生き物だということが伝わってくる。

「結界の強度を上げろ! ドラゴンの襲撃があっても耐えられる結界だから、絶対に外には出るな!」

 その叫びが終わるか終わらないかのうちに、バキバキと木々の幹をへし折りながら、目の前に巨大な地竜が現れた。


 地竜は他の竜種と違い翼が退化して空を飛べない。
 その代わり、他の竜種よりも強靭な四肢を持ち、巨大な身体をしている。
 先ほどのフェンリルウルフなど比べ物にならない。
 分厚く硬い皮膚に二階建ての建物ほどもある身体。

 こんなのが三頭も現れてグラヴェンハルトは大丈夫なのだろうか?
 もしかしたらあちらから流れてきた地竜なのか?

 だとすれば、他に二頭いる可能性があるし、他の場所でも地竜が召喚されていればそれ以上ということもあり得る。

 地竜も、たいていの動物と同じように身体の内側──のど、腹、内腿の付け根などが弱点だ。
 ただ、地竜は地面を這うように四つ足で移動するので、その弱点を狙うのは難しい。
 無理に狙おうとすれば、その巨体に踏み潰されてしまう。

 辺りを見回すと、得物にハルバードを持った一団が見える。
「モンヴェールのハルバード! 薙ぎ払われないように気をつけながら尾を落とせ!」
「応!」
 モンヴェールのハルバードを握った一団が勇ましく地竜の後方に回るのを補佐するように、地竜の意識を前方に向ける。
 チクチクと細かい攻撃をしながら攻略法を考える。
 閃光弾を投げて目を眩ませながら、斜め後方にいるロベルタをチラリと見遣る。
 危険な役目だ。
 けれど、ロベルタならやってくれるだろうという信頼もある。

「ロベルタ! 風魔法でアイツの頭上から片目だけでも潰してくれ! 同じことができる奴がいるなら連れて行って両目を潰せ!」
「了解! 来い、トミー!」
 なんとロベルタが連れて行ったのはトミー・ランガーだった。
「え~、戦闘は苦手なのに~!」
 と、文句は言っているけれど拒否していないということは自信があるのだろう。
「ホーク、ミケルセンは後ろのモンヴェールとロベルタに意識が向かないように全方から交代で攻撃を続けろ! そして、ロベルタが目を潰した瞬間、頭を下げれば首を! 立ち上がるようなら腹と後ろ足の付け根を狙え! モンヴェールも目を潰した瞬間の硬直を狙って尾を付け根から落としてくれ! 尾の無い竜など動かない的と同じだ!」
「ビショップとリードの騎士は結界周りを! オールドマンは雑魚が集まってきたら処理! 手が足りないようなら早めに知らせろ!」

 味方に指示を出し、鼓舞し、隙を狙う。
 狼たちが逃げ散り、雑魚魔獣もいない。
 地竜を倒すチャンスは今だけだろう。
 混戦になればそれだけ難しくなる。

「アルバート! 行く!」
 そう言って、ロベルタとトミー・ランガーが跳んだ。
 それを追おうとする地竜の鼻面に後ろに控える魔術師たちに炸裂魔法を打ち込ませる。
 乱戦になると魔術師を運用するためには護衛が必要になるけれど、今なら大丈夫だ。

 炸裂魔法を嫌がった地竜が、ロベルタたちから視線を離し、頭を振って今度は魔術師たちを見据える。
「対ブレス用結界!」
 言うと、炸裂魔法を使わず待機していた魔術師たちが必死の形相で地竜の顔の真ん前に結界を張った。
 それから一瞬遅れて地竜がブレスを吐く。
 地竜のブレスは空気を震わせ、地面を捲り上げ、飛散した小石すら熔かし、火山弾のような熱と衝撃を伴って俺たちを襲う。
 だが、その凶悪な吐息は、魔術師たちが張った必死の結界に阻まれた。
 ブレスを吐くために一瞬動きを止めたその隙を突き、ロベルタとトミー・ランガーが上空から飛来し、地竜の両目を潰す。

 ギャオオオォォオオ!!!!

 潰された両目と、結界で阻まれた自らのブレスで灼かれた地竜が悲鳴を上げて地に伏せた。

「今だ!」
 俺が叫ぶと同時に、モンヴェールは十人がかりで巨大な丸太ほどもある地竜の尾の根本を切り落とし、ホークは自らの主が傷つけた地竜の瞳により長く、より太い剣や槍を突き刺し、ミケルセンは首を落とすために必死で太い首を削った。

 それでも、首を落とし切れず地竜が顔を上げる。
 尾は根本から切り落とされ、両目は完全に潰され、首からはダラダラと血を流してはいるけれどまだ生きている。

 あと一撃……!

 誰もがそう思ったところに、二人の人間が走り込んできた。



「待たせたな!」
「お待たせしましたぁ!」

 そんな場違いな言葉と共にやってきたのはキラキラと輝く銀髪とピンク。

 誰もが唖然としてしまう中、突然ピンクは首に掛けていたペンダントを握って、その場に膝をついて祈り始めた。

「世の理から外れし哀れな魂よ、聖剣によって安らかに眠りなさい……」

 元々瀕死だった地竜は、ピンクのその祈りの最中に上げていた頭をまた落とした。
 それは、見ようによってはピンクの祈りに地竜が頭を下げたように見えなくもなかった。

「さあ、カスパル様っ!」
 振り向いたピンクが嬉しそうに声をかけると、カスパルが腰に履いていた剣を抜いた。
 その剣は、見るからに普通の剣では無いことが誰が見ても分かっただろう。

 刃渡り六十センチ程度の両刃の両手剣。
 青白く輝く刀身には古い言葉で聖句が書かれ、天使の翼のようなナックルガードがついていて、柄は宝石で豪華に飾られている。
 鞘に収められているものしか見たことがないけれど、あの特徴的なナックルガードは知っている。
 教会に聖剣として飾られている『ヘヴンズ・ヴァーディクト』だ。

 カスパルは倒れた地竜に近づくと、俺たちの死闘の証であるたくさんの折れた剣や槍の突き刺さった両眼の間、眉間に、青白く輝く美しい刀身を無造作に突き刺した。

 ビクン、と痙攣して地竜は息絶える。


 誰も何も言わない。
 何を言っていいのかも分からない。

 自分たちが必死で追い詰めて、あと一撃だった獲物を横取りされたことを怒りたい。
 というのが大部分の感情だろう。
 しかし、あまりにも芝居がかった二人の様子とカスパルの手にある聖剣に言葉が出ないのだ。

 俺がこの中隊の司令官として何か言わなければ、と思って言葉を探していると背後でエルンスト殿下が動こうとしているのが見えて、視線で止める。
 するとピンクが、やはり全く想像もしなかった言葉を口にした。


「皆さん、お礼を言ってくれても良いですよ? 勇者と聖女が、今、皆さんを助けて回ってるんです! それじゃ、他にも助けを待ってる人たちがいるので行きますね!」
「ああ、皆のもの、気をつけて帰るがいい」

 そう言って、二人は森の中に消えていった。
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