29 / 59
第三章 呼ばなくても勝手に向かって来る嵐
演習(4)
しおりを挟む目の前のフェンリルウルフは体高約三メートル。相手の肩までの高さがそれだけあるということだ。
全長は尾の先まで入れれば十メートルくらいあるのではないだろうか?
チラリと頭をよぎったのは、
野営地に置いてきた演習で狩った魔獣の値段だ。
フェンリルウルフ一頭でどのくらい取り返すことができるだろうか?
それはさておき、魔獣の急所は原型と思われる動物と変わらない。
フェンリルウルフでいえば、狼と同じく頸動脈、心臓。そして魔獣だけの持つ魔核だ。
俺が進み出ると、他の学生たちがフェンリルウルフの前を空けてくれる。
別に戦闘狂というわけではないつもりだけど、エルンスト殿下と本部に籠っていたのでストレスが溜まっていると思われているのかもしれない。
何故か周りからは補助魔法も飛んでくる。
速度倍加や腕力増加、他にも防御系の魔法もかかっているようだ。
防御や腕力ならまだしも、速度倍加とか、無断でいきなりかけられると普通の人間ならバランス崩して却って弱体化するぞ。
と、かけたヤツを睨みつけると嬉しそうに微笑んだ。
「思い切り行っちゃってくださ~い!」
「アルバート様のかっこいいとこ見てみたい~!」
ネイトとその仲間たちが、まるで劇でも観るように、辺りのフォレストウルフを斬り倒しながら声を掛けてくる。
「狼どもに足止めされてる間に囲まれるぞ! さっさと終わらせろ!」
冷やかすヤツらに言い捨てて、軽く早くなった身体で、一気にフェンリルウルフに駆け寄ると何かを感じたのかフェンリルウルフが飛び退る。
しかし、倍加した速度でそれを追い、地を蹴って、自分の頭より上にある首筋を抜刀しながら切り裂いた。
手応えは、あった。
それでも油断なく、一瞬で下がって相手の様子を見守っていると、一拍遅れて大きく裂かれた喉から真っ赤な血が吹き出した。
噴水のように噴き出す血液に、フェンリルウルフは足元をよろめかせ、何が起こったのか理解できないうちに横倒しに倒れた。
それを見た取り巻きの狼たちは慌てて逃げ出す。
「追うな! 陣形を調えろ! 血の匂いが充満してる! 騒ぎを聞きつけて他の魔獣が来るぞ!」
一刀で群れのボスを倒すことができたのは幸いだった。
ミケルセン家での騎士団に混じった訓練中に、ぽんぽんと補助魔法を投げてくるネイトに慣れていたのも幸いした。
……が、素直に感謝したくないのは何故だろうか?
とにかく、敵のボスを倒して魔獣たちが逃げ出して、浮き足立つ味方を叱咤して次に備えさせる。
地面に着いた足裏にも、震える空気にも、次の敵が巨大な生き物だということが伝わってくる。
「結界の強度を上げろ! ドラゴンの襲撃があっても耐えられる結界だから、絶対に外には出るな!」
その叫びが終わるか終わらないかのうちに、バキバキと木々の幹をへし折りながら、目の前に巨大な地竜が現れた。
地竜は他の竜種と違い翼が退化して空を飛べない。
その代わり、他の竜種よりも強靭な四肢を持ち、巨大な身体をしている。
先ほどのフェンリルウルフなど比べ物にならない。
分厚く硬い皮膚に二階建ての建物ほどもある身体。
こんなのが三頭も現れてグラヴェンハルトは大丈夫なのだろうか?
もしかしたらあちらから流れてきた地竜なのか?
だとすれば、他に二頭いる可能性があるし、他の場所でも地竜が召喚されていればそれ以上ということもあり得る。
地竜も、たいていの動物と同じように身体の内側──のど、腹、内腿の付け根などが弱点だ。
ただ、地竜は地面を這うように四つ足で移動するので、その弱点を狙うのは難しい。
無理に狙おうとすれば、その巨体に踏み潰されてしまう。
辺りを見回すと、得物にハルバードを持った一団が見える。
「モンヴェールのハルバード! 薙ぎ払われないように気をつけながら尾を落とせ!」
「応!」
モンヴェールのハルバードを握った一団が勇ましく地竜の後方に回るのを補佐するように、地竜の意識を前方に向ける。
チクチクと細かい攻撃をしながら攻略法を考える。
閃光弾を投げて目を眩ませながら、斜め後方にいるロベルタをチラリと見遣る。
危険な役目だ。
けれど、ロベルタならやってくれるだろうという信頼もある。
「ロベルタ! 風魔法でアイツの頭上から片目だけでも潰してくれ! 同じことができる奴がいるなら連れて行って両目を潰せ!」
「了解! 来い、トミー!」
なんとロベルタが連れて行ったのはトミー・ランガーだった。
「え~、戦闘は苦手なのに~!」
と、文句は言っているけれど拒否していないということは自信があるのだろう。
「ホーク、ミケルセンは後ろのモンヴェールとロベルタに意識が向かないように全方から交代で攻撃を続けろ! そして、ロベルタが目を潰した瞬間、頭を下げれば首を! 立ち上がるようなら腹と後ろ足の付け根を狙え! モンヴェールも目を潰した瞬間の硬直を狙って尾を付け根から落としてくれ! 尾の無い竜など動かない的と同じだ!」
「ビショップとリードの騎士は結界周りを! オールドマンは雑魚が集まってきたら処理! 手が足りないようなら早めに知らせろ!」
味方に指示を出し、鼓舞し、隙を狙う。
狼たちが逃げ散り、雑魚魔獣もいない。
地竜を倒すチャンスは今だけだろう。
混戦になればそれだけ難しくなる。
「アルバート! 行く!」
そう言って、ロベルタとトミー・ランガーが跳んだ。
それを追おうとする地竜の鼻面に後ろに控える魔術師たちに炸裂魔法を打ち込ませる。
乱戦になると魔術師を運用するためには護衛が必要になるけれど、今なら大丈夫だ。
炸裂魔法を嫌がった地竜が、ロベルタたちから視線を離し、頭を振って今度は魔術師たちを見据える。
「対ブレス用結界!」
言うと、炸裂魔法を使わず待機していた魔術師たちが必死の形相で地竜の顔の真ん前に結界を張った。
それから一瞬遅れて地竜がブレスを吐く。
地竜のブレスは空気を震わせ、地面を捲り上げ、飛散した小石すら熔かし、火山弾のような熱と衝撃を伴って俺たちを襲う。
だが、その凶悪な吐息は、魔術師たちが張った必死の結界に阻まれた。
ブレスを吐くために一瞬動きを止めたその隙を突き、ロベルタとトミー・ランガーが上空から飛来し、地竜の両目を潰す。
ギャオオオォォオオ!!!!
潰された両目と、結界で阻まれた自らのブレスで灼かれた地竜が悲鳴を上げて地に伏せた。
「今だ!」
俺が叫ぶと同時に、モンヴェールは十人がかりで巨大な丸太ほどもある地竜の尾の根本を切り落とし、ホークは自らの主が傷つけた地竜の瞳により長く、より太い剣や槍を突き刺し、ミケルセンは首を落とすために必死で太い首を削った。
それでも、首を落とし切れず地竜が顔を上げる。
尾は根本から切り落とされ、両目は完全に潰され、首からはダラダラと血を流してはいるけれどまだ生きている。
あと一撃……!
誰もがそう思ったところに、二人の人間が走り込んできた。
「待たせたな!」
「お待たせしましたぁ!」
そんな場違いな言葉と共にやってきたのはキラキラと輝く銀髪とピンク。
誰もが唖然としてしまう中、突然ピンクは首に掛けていたペンダントを握って、その場に膝をついて祈り始めた。
「世の理から外れし哀れな魂よ、聖剣によって安らかに眠りなさい……」
元々瀕死だった地竜は、ピンクのその祈りの最中に上げていた頭をまた落とした。
それは、見ようによってはピンクの祈りに地竜が頭を下げたように見えなくもなかった。
「さあ、カスパル様っ!」
振り向いたピンクが嬉しそうに声をかけると、カスパルが腰に履いていた剣を抜いた。
その剣は、見るからに普通の剣では無いことが誰が見ても分かっただろう。
刃渡り六十センチ程度の両刃の両手剣。
青白く輝く刀身には古い言葉で聖句が書かれ、天使の翼のようなナックルガードがついていて、柄は宝石で豪華に飾られている。
鞘に収められているものしか見たことがないけれど、あの特徴的なナックルガードは知っている。
教会に聖剣として飾られている『ヘヴンズ・ヴァーディクト』だ。
カスパルは倒れた地竜に近づくと、俺たちの死闘の証であるたくさんの折れた剣や槍の突き刺さった両眼の間、眉間に、青白く輝く美しい刀身を無造作に突き刺した。
ビクン、と痙攣して地竜は息絶える。
誰も何も言わない。
何を言っていいのかも分からない。
自分たちが必死で追い詰めて、あと一撃だった獲物を横取りされたことを怒りたい。
というのが大部分の感情だろう。
しかし、あまりにも芝居がかった二人の様子とカスパルの手にある聖剣に言葉が出ないのだ。
俺がこの中隊の司令官として何か言わなければ、と思って言葉を探していると背後でエルンスト殿下が動こうとしているのが見えて、視線で止める。
するとピンクが、やはり全く想像もしなかった言葉を口にした。
「皆さん、お礼を言ってくれても良いですよ? 勇者と聖女が、今、皆さんを助けて回ってるんです! それじゃ、他にも助けを待ってる人たちがいるので行きますね!」
「ああ、皆のもの、気をつけて帰るがいい」
そう言って、二人は森の中に消えていった。
657
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
α主人公の友人モブαのはずが、なぜか俺が迫られている。
宵のうさぎ
BL
異世界に転生したと思ったら、オメガバースの世界でした。
しかも、どうやらここは前世の姉ちゃんが読んでいたBL漫画の世界らしい。
漫画の主人公であるハイスぺアルファ・レオンの友人モブアルファ・カイルとして過ごしていたはずなのに、なぜか俺が迫られている。
「カイル、君の為なら僕は全てを捨てられる」
え、後天的Ω?ビッチング!?
「カイル、僕を君のオメガにしてくれ」
この小説は主人公攻め、受けのビッチング(後天的Ω)の要素が含まれていますのでご注意を!
騎士団長子息モブアルファ×原作主人公アルファ(後天的Ωになる)
【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる
路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか?
いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ?
2025年10月に全面改稿を行ないました。
2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。
2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。
2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。
2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる