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第六章 荒れる王国
聖女派の現状
しおりを挟む「どうやらグラヴェンハルト辺境伯令嬢が無事捕獲されたようです」
翌朝、昨日と同じメンバーが集合したところでネイトが報告した。
「捕獲って、何だか動物みたいだねぇ」
疲れのにじむ顔でエルンスト殿下が、それでも軽い口調で言う。
きっと昨晩は眠れなかったのだろう。
「わかる限りで構わないので、詳細を頼む」
そう俺がいうと、ネイトは目を輝かせて「お任せください!」と胸を張った。
「聖女派の学生たちですが、はじめは百名近くいましたが、粛清の集団に自分の子供が参加していると知った家族たちが慌てて回収に走り、徐々に数を減らしました。
しかし、グラヴェンハルト辺境伯は領地に戻っており、距離があったため到着が遅れ、昨日のビショップ公爵邸襲撃の後の回収になったようです。
ビショップ公爵邸の被害状況については後ほど、他の貴族家の被害状況などと併せてトミー・ランダーに報告させます」
ネイトがそう言って、オディール嬢の話の続きを始める。
トミーが嫌そうな顔をしているのは、エルンスト殿下の婚約者の被害を語らなければならないからか……
「結論としては、オディール嬢はモン・セリオールの聖イシュタル修道院に収監されるようで、現在は護送中です」
「カスパル殿下の粛清に付き添って貴族や使用人を何人も殺してるのに修道院で済んだのか?」
驚いたようにいうロベルタに俺も同意する。
「それが、グラヴェンハルト辺境伯令嬢は、カスパル殿下の副官気取りで色々と号令を出したりはしていたようですが、剣を抜いたのは平民の商家の番頭を脅したときのみで、あとはずっとカスパル殿下について歩いていただけだそうです」
「平民まで襲ってるのか……」
貴族家のみを襲撃していると思っていたので、そのことにも驚く。
「ええ、まあ、黒い噂のある商家ではありましたし、実際に聖剣で主人が斬られているので何か罪はおかしていたのでしょうが、その後、暴徒となって押し寄せた平民たちが略奪に走り、殺された主人の妻子も暴動に巻き込まれて暴行陵辱の末、殺されています。
それ以降は、そのような事態を防ぐために聖女派の集団を中隊規模の騎士で囲み、平民たちを威圧しつつ聖女派の子供を持つ貴族たちが子供を回収に来れば、速やかに集団から引き離し親に渡すなどの作業をしていたようです」
「聖剣で斬られるほどの悪事を働いていたのなら、略奪しても問題ないと考えたのかな? それで妻子まで陵辱して殺しても構わない、とまで行き着いてしまうなんて、聖女派も民衆も、集団心理というのは恐ろしいね……」
エルンスト殿下の言う通りだ。
集団心理というのは本当に恐ろしい。
今回の事件は、エルンスト殿下にも俺たちにも貴重な学びの機会になったと思う。
「平民の暴徒は鎮圧されたのか?」
「はい、街兵によって取り押さえられ、商家に押し入ったものは年齢を問わず全て牢に入れられています」
年齢問わず、ということは子供から老人まで略奪に参加したのだろう。
おこぼれをくすねようと混じった浮浪児などもいたのかもしれない。
「聖女派で主に直接的な虐殺に及んでいたのは、最初期に親を告発した子弟たちですね。
自分の罪悪感を親の罪を告白することで軽くしようとしたのでしょうが、目の前で自分の親が斬り殺されるのを見てしまえは、正常な精神ではいられなかったのでしょう。
グラヴェンハルト辺境伯令嬢などが中心となって、親が死んで泣く、令息や令嬢を慰め、奮い立たせて剣を持たせたようです。
そして彼らは剣を持ち、正義のために親が死んだのだ、と証明するかの如く、立ち塞がる武器も持たない使用人たちを斬り殺していったようです。
しかし、そもそも長時間歩くことに慣れない貴族の令嬢の混じった集団ですから、移動の速度が遅く被害は限定的に収まっているようです。騎馬で移動されていたらとんでもないことになっていたでしょう」
「カスパル殿下やオディール嬢も騎乗していなかったのか?」
「オディール嬢は令嬢だから騎乗服に着替えていなければ馬には乗れないんじゃないかな?」
なるほど、と納得しかけたところで、ネイトが人を喰った虎みたいな顔で笑った。
「オディール嬢は真っ白な騎士服に似た衣装を身に纏っていらっしゃいました。黒い、膝下までの乗馬用の長靴を履いて、騎士服には金のモール飾りに金ボタン。豪奢な金の髪も、騎士服と揃いの白に金の刺繍の入れられた大きなリボンで結ばれていました」
「まさか実際に観に行ったのかい?」
「はい。情報は自分の目で確認するのが大事ですから」
エルンスト殿下の驚きに胸を張って答えるネイト。
確かに言っていることは正しいのに、褒めてはいけないような気がする。
「グラヴェンハルト辺境伯令嬢の衣装は、そのような見事な姫騎士振りだったのですが……、残念ながら、彼の姫騎士は乗馬を嗜まれていなかったようで、徒歩で、休み休みの移動になったようです」
「……騎乗できないとなると、演習の時も徒歩だったのか?」
「いいえ、演習の際は豪華な寝台付きの馬車をご利用だったようです」
「えっ?」
演習に寝台付きの馬車?
思わずロベルタとエルンスト殿下に視線を向けると、エルンスト殿下は顔を背けているけれど漏れる笑い声を抑えきれておらず、ロベルタに至っては口を押さえてはいるけれど、肩を揺らしながら鼻息が大変なことになっている。
「と、まあ、そんな姫騎士ですが、ビショップ公爵邸では随分と偉そうなことを述べたようです。
内容を聞くに、もしかしたらグラヴェンハルト辺境伯令嬢は王家と縁を結びたかったのかもしれません。あとは贅沢な暮らしを羨み、憧れていたのでしょうね。ミーシャ嬢に嫉妬のようなものを向けていたようなので……」
「ネイト、ちょっと待て。──お前、聖女派に間者を潜り込ませているのか?」
これまでの報告はまだしも、ビショップ公爵邸での内容は詳しすぎる。
すると、ネイトは当たり前の顔で「はい、」と返事をしてトミーに視線を向けた。
「まさか、」
と言ったのが自分だと思ったらロベルタだったことに驚いた。
「……お前、聖女派に潜り込んでたのか?」
驚きに目を見開いたまま、唖然とした顔で言うロベルタがちょっと可愛い。
けれど、トミー・ランダーの肝の座り具合は普通ではないと戦慄する。
「ええ、ネイトの言う通り、情報は自分の目と耳で確かめたものが一番信用できるので。影の薄い気の弱い人物を演じていますので、剣を抜かなくても強制されることはありませんし、報告のために姿を消していても気づかれませんでした。
でも、この先は無理ですね。
残ったのは親を断罪した子弟ばかりで、目を血走らせて共犯者を増やそうとしていますから、流石に聖女派と一緒に人を殺して罰せられたくないので、今後は外からの観察に徹します」
ネイトも大概だと思っていたけれど、トミー・ランダーも同類のようだ。
「グラヴェンハルト辺境伯令嬢は、ビショップ公爵邸から出て、辺境伯軍の旗が見えた時点で自分の援軍に父親が来てくれたと思ったようで、辺境伯に向かって駆け出して行ったのですが、直後、騎士に捕えられて護送用の馬車に乗せられてあっという間に視界から消えました。
私としては、グラヴェンハルト辺境伯令嬢は自ら人を斬ってはいませんが、扇動という部分では大活躍だったので修道院送りという処分は納得しにくいですね。
元々、親を断罪した時点で心が折れ、聖女派から離脱したであろう子息令嬢に剣を持たせて虐殺者を作り上げたのもグラヴェンハルト辺境伯令嬢です。
やはり処分に関しても、親の爵位がものをいうのだと世知辛い気持ちになりましたね……」
ネイトの観客を意識した風の報告と違って、トミー・ランダーの報告はあっさりしていて私見が付け加えられるようだ。
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