【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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25話

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「クドスが臭いから廃妃を望んだ!? 貴方……私の今までの話を聞いて、よくそんな事が言えたわね!!」

「だって事実だもの」

「なっ!! あなた、貴方だけは……!!」

 私の言葉が、イェシカの怒りを刺激したのか、彼女は立ち上がってこちらへと迫る。
 その手を伸ばして、瞳は憎悪に満ちていた。

「私よりも幸せだった……あんたなんか! 苦労して生きてきた私の気持ちなんて!」

「っ!」

 まずい…………臭いから避けないと。
 条件反射的に避けようと後ずさりするが、イェシカの走りは突然だったために間に合わず。
 イェシカの手が、私の髪を掴みかけた時……その手が止まった。

「っ!!」

「苦労して生きてきた……か」

 イェシカの手を止めたのは、屋敷にて待ってもらっていたジーニアス様だった。
 騒ぎを聞いて出て来てくれたのだろう。

「あ、貴方……この間の」
 
「イェシカといったか。お前はラツィアよりも苦労してきたと、よく言えるな」

「なっ、私は……私は確実にこの女より苦労してきたわ。貧しさも、惨めさも知らぬこの女より……多くの辛酸をなめてきたわよ!」

「……なにも知らぬなら、ふざけた言葉を吐くな」

「っ!!」

 イェシカの手を掴み上げたジーニアス様は、視線を横へ送る。
 するとジーニアス様の護衛騎士が、代わりにイェシカを押えた。

「な……やめ。放しなさい。私はこの国の王妃で……」

「黙れ。その王妃の扱いを受けたいなら、身を洗う事からでも始めろ」

「なにを言って……」

「そもそも、お前がラツィアよりも苦労したなどと。よくそんな言葉が吐けるな」

 ジーニアス様は、私のために怒ってくれていた。
 現にその瞳が怒りに染まって、彼女を見つめる。

「俺が見てきた妃時代のラツィアは、お前よりも遥かに苦しかったはずだ」

「そ、そんな訳が……」

「ならお前は一度でも、不甲斐ない王のために倒れる程に働いたか? 熱を出し、病魔に侵されながらも休まずに政務に励んだか?」

「っ!!」

 ジーニアス様は私の過去を……
 確かに王妃時代、病に侵されながらも政務に励んでいた過去はあった。
 文官が削減されて手の足りない王家を維持するために、必死だったころだ。
 それを……知ってくれていたなんて。


「民のために各地を巡り。不甲斐ない王への苦言に対して、自ら頭を下げた事があるか?」

「……」

「彼女は王のために頭を下げ続けた。どれだけ蔑まれても、一度も正妃という務めを捨てず……責務を全うしていたはずだ」

「わ、私は……」

 ジーニアス様の言葉は重く、イェシカは言い返す言葉に詰まる。
 彼は紅の瞳を彼女へ向けながら、私の肩を抱いた。
 突然の事で驚く中、彼は言葉を続けていく。

「妃を降りたラツィアは、ようやく自由になって気楽に生きていると思っていた。だが彼女はこのリエン地方でより民のために励んでいた」

「ジーニアス様……」

「妃として、責務を全うして生きてきた彼女は……それでもまだ、この国を見限らずに民のために生きている。お前と違ってな、イェシカ」

 ジーニアス様は私を抱く力が強くなり、イェシカへと向ける怒気はさらに深まる。

「責務も果たさぬお前が、自らの苦労をよく語れたな」

「っ!! なんで、私だって……私だって!」

 もはや、理屈ではないのだろう。
 イェシカはなりふり構わず、自らの苦労が報われたいがために叫ぶ。
 だけどもはや彼女の言い分は、子供よりも見苦しいものだ。

 そして、それを諌めるような一喝が響いた。

「もう、止めなさい!」

「……っ!! ルーカス……大臣」

 叫んでいたイェシカを諌めて、ルーカス様が彼女の前に立つ。
 深い、深いため息と共に彼は首を横に振った。

「もう、もういいでしょうイェシカ殿。貴方は王妃にはなれません。それを素直に認めるしかない。今の王家への評価がそれを裏付けている」

「あ……あぁぁ。でも、でも私の苦労は。私がここに来るまで、どれだけ頑張ったか」

「過程を評価されたいのであれば、貴方は王妃になるべきではなかった。結果だけが王政の全てです。なにせ……民の人生を背負うのだから」

「っ!!」

「それに貴方は、王妃の地位だけに固執して民を見ていなかった。文官への扱いなどを見れば明らかだ。もう諦めなさい。分相応の地位にしがみついても……貴方が苦しいだけだ」

 ジーニアス様の護衛騎士に掴まれていたイェシカが、ズルズルと力なく膝を落とす。
 その表情はこと切れたように、無気力でもあった。

「私の……私の苦労が、無駄だったの? 今までの努力が……私は」

「その努力の末に、貴方は自らの私欲のために、この国の民でもあった兄上を利用したのでしょう? 王命だと騙って」

「ち、ちが……」

「状況証拠は揃っており、もはや疑いは晴れぬでしょう。ずっと疑われるまま、怯えて生きていくつもりですか?」

「……わ、私は」

「貴族達の疑いは徹底的な調査をされて、貴方の嘘はいずれ確実に暴かれます。欺き続ければ、より罪は重くなるでしょう」

「あ。あぁぁ……わ、私は」

「それでもまだ……貴方が苦しむ王妃の座に、まだ固執しますか? もし貴方が罪を犯し、後ろめたい気持ちがあるのなら。王妃を降りると共に白状なさるべきです」


 もはや言い返す言葉を失い、イェシカは項垂れる。
「私は……私の努力が無駄になんて……」と、いまだに呟く彼女だが、その表情にはもはや反骨心は残っていなかった。
 彼女自身、王妃の座の責務の重さをようやく痛感したようにみえた。

「ラツィア様、彼女は私が王宮まで送ってまいります。そして陛下に……彼女の審議を含めて、話し合いをいたします」

「ルーカス様、頼みます。もし……彼が嫉妬のまま王政を進めるというのなら、先程話していたように」

「ええ、王を降りてもらう他ありませぬ」

 私達の会話にも、もはやイェシカは何も言わなかった。
 そしてルーカス様の指示により、彼と共に着いてきた衛兵達がイェシカを馬車に連行する。
 
「それにしても、まさかジーニアス殿下がここにおられるとは。驚きました。我が国のお見苦しい所を見せてしまい、大変申し訳ございません」

「構わない。だが、ラツィアを王妃に戻す事は諦めろ」

「も、もちろんそのような予定はありません。しかし……どうしてでしょうか?」

 ルーカス様の問いかけは、私も同様のものだった。
 そこまで言ってくれるジーニアス様に目線を送る。

「ラツィア、俺が君に会いにきた理由を言っていなかったな」

「え、えぇそうですね。聞かせてくれるのですか?」

「俺はラツィアを誰にも渡さないために来た。それだけだ」
 
「なっ!?」

 突然の告白、薄々と感づいていた事とはいえ、こうも直球で言われると思わずに困惑してしまう。
 そんな私を置いて、ルーカス様は頬に笑みを刻んだ。

「どうやら、私がこれ以上はここに居る必要はなさそうです」

「ル、ルーカス様!?」
 
「王城へと戻ります。クドス陛下の説得は、どうかお任せください」

 困惑する私を置いて、ルーカス様は行ってしまう。
 ジーニアス様は答えを待つように、ジッと見つめてくるままだ。

「あの……」

「駄目か?」

「駄目では、ありませんが。少し……急で」

「待っている。いつか、答えを聞かせてほしい」

 私の返答を聞きつつ、ジーニアス様は小さく笑う。
 そして護衛騎士様と共に、踵を返し始めた。

 いつか、答えを聞かせてほしい。
 私の答えに待ってくれる彼に対しての気持ちは、まだ整理はできない。
 だけど、否定する気持ちがないのもまた事実だった。

   ◇◇◇

 しかし、私が彼に答えを伝える余裕は直ぐに無くなる事となる。
 ルーカス様がクドスを説得に向かう、そう言ってから五日後。

 イェシカ・フォーセル。
 彼女が自ら、王命を騙った罪を告白して……その上で、クドスが最悪な選択を決断してしまったからだ。
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