【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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24話

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 土下座に近い姿勢をとったイェシカに、私は問いかけずにはいられなかった。

「私が貴方から奪う? そんな事をした覚えはないわ」

「私より評価されるような事はやめて。もう大人しく過ごしていてよ……貴方は私よりも恵まれているのに、どうして私が手に入れた妃という地位まで奪うのよ」

「いい加減にして……何が言いたいの」

「貴方は私と違う。生まれもって手にしていた地位や、公爵家としての富があった。そして周囲が勝手にお膳立てしてくれた道を歩んできて、苦労なく生きてきたのでしょう? 私は貴方と違って努力して今の地位を手に入れたの」

 馬鹿馬鹿しい。
 イェシカの言葉は、公爵家に対しての妄想だ。
 富があるから恵まれていたなんて、本気で言っているの?

「貴方は私が恵まれているから、苦労がないと言いたいの? イェシカ」

「えぇそうよ。子爵家に生まれた私は、貴方とはまるで違う立場から這い上がってきた」

「……」

「我が家は貧しくて、日々の食事すらままならなかったわ。母が苦労して手に入れた誰かの、お下がりのドレスを着て社交界に出れば……安物だと馬鹿にされた事が貴方にある?」

 虚飾と見栄にまみれた社交界。
 そこに貧しい家が出ればどうなるか、想像に難くない。
 イェシカが必死に叫ぶ内容、その苦しみも推し量れる事はできた。

「いつだって、どこだって馬鹿にされてきた。両親と共に学園の入学式で陰口を囁かれた経験が貴方にある? 貧しい貴族に価値はなくて、生きる事がずっと辛かったわ」

「……」

「兄はそんな状況だからこそ、まだ稼げる騎士にならざるを得なかった。そこでも貴族から騎士に落ちぶれたと馬鹿にされていたらしいわ。でも……貴方が王妃になって分け隔てなく接したから、きっと熱を帯びたのでしょうね」

 イェシカの兄であるロドニーは、王妃時代に何度か会った事もあった。
 思えばあの頃から彼は私と積極的に話しに来ていたと思い出す。
 
「でも私は兄とは違う。現状を変えぬ生き方なんてしない! 私を見下した皆を見返したくて勉学に励んで、死ぬ気で学び続けた……そうして、やっと王妃になれたの」

「だから貴方は王妃の座に固執するのね」

「私の唯一の幸運は、クドスと会えた事だった。醜い嫉妬心に駆られた他の令嬢達にいじめられる中、クドスだけは優しく接してくれた」

「……」

「嬉しかった、初めて優しくされて。楽しかった……身分も気にせず話せる相手が出来て。だから私はクドスに尽くそうと思ったの。命を懸けたって尽くす覚悟があるわ!」

 イェシカは私を指さし、そして激昂に近い叫び声を上げる。

「でも貴方は違った。私と違って恵まれながら、クドスが王妃から外すと告げた途端に嫉妬して……彼に尽くす義務さえ捨てた。余りに身勝手だわ」

「王妃から外されるのなら、結果としては変わらなかったはずよ」

「側妃として残る道も、優しいクドスは残してくれたのに……なのに貴方は立場を捨てた。それが出来たのは恵まれた環境があったからよ。私とは違う!」

「……」

「貴方は自ら王妃を手放して、私は苦労の末に王妃を手に入れた。だったらもう奪わないでよ。私とクドスの王政を脅かすような事をやめて。恵まれたまま静かに暮らしていてよ」

 いつしかイェシカは涙を流して、私へと主張を繰り返す。
 苦労して王妃の座を手に入れた彼女にとって、自ら廃妃を望んだ私が再び妃に望まれている状況。
 そこに憤りを感じているのだろう。

「幸せには順番があるの、私はもう十分に不幸を味わった……だから、だからせっかく手に入れた幸せを、奪わないで」

 イェシカが憤っている理由は分かった。
 胸の内を明かす彼女の心中は、察する事もできる。 
 だが……その上で私には言いたい事があった。

「甘えるのもいい加減にして、貴方の苦労や努力なんて私にはまるで関係ない」

「え……」

「幸せを奪われるのが嫌? そもそもその時点で王妃となった責務を貴方は理解していないのよ」

「なにを言って……私は王妃になるためどれだけ努力したと思って……」

「では、その王妃となった先に待つ民達を見て行動していたの?」

「っ!!」
 
 イェシカの言い分、怒りを向ける気持ちは理解できた。
 その上で彼女には少しも同情できはしない。
 苦労して王妃になった? 努力した?

  勘違いも甚だしいわ。

「苦労なんて多くの皆がしている。私だって沢山の辛い経験を重ねてきた」

「な、なにを言っているの。私と違って貴方は恵まれていたはずよ」

「二十四時間、王妃になるためにと自由も許されず。三百六十五日……毎日王妃として行動を見定められ。一つのミスも許されぬ環境が恵まれているというの? これは今の貴方と同じ状況なのよ?」

「っ!!」

「私はその評価される世界の中で……それでもなお、民のためにと働いてきた。立場が変わった今だってそう」

「……」

「だけど貴方は違う。王妃になって一つでも政務をこなした? 民のためにと行動をした? クドスのためといいながら。王妃となった現状に満足していたのではないの」

「ちが……ちがう。私は」

 否定しながらも、イェシカの声は震えている。
 心当りがあるのだろう。

「貴方の身勝手な不幸話に付き合う気は無いの。そんな話を聞いてくれる程に民は余裕があるわけじゃない中で税を納めてくれている。だから私達は民のために生きる責務だけに尽くすの」

「っ!!」

「私に恨みを向ける時間があるならば、それを自らのために使いなさい。私は……そうしてきただけよ」

「……でも、でも貴方はクドスを憎んで廃妃を望んだのでしょう!? 綺麗事言わないで! 貴方は結局、民のためではなくて……憎しみで彼を追い詰めているのは分かっているの––––」

「いや違う。それは本当に臭かっただけ。それに私は王妃にまた戻りたいなんて思わないわ」

「は…………なによ……それ。なら私は、私はどうすれば良いのよ。せっかく妃になったのに、責められるこの状況をどうしたらいいのよ!」

 知らないわ。
 貴方が勝手に王妃を望んだの、勝手にすればいい。

 でもね、国を背負うというのは、決して過程を評価されるような甘い世界ではない。
 結果だけが全てであり、等しく平等で、厳しく残酷な座。
 それが……『王妃』『国王』だ。

 自分から望んでおいて、評価されないからと駄々をこねる。
 そんなの、許されるはずがない。
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