52 / 105
皇帝陛下の愛し方
84話
しおりを挟む
「のわーる! とってきて!」
「ワフ!」
庭園にて、テアが投げたボールをノワールがキャッチして優しく返す。
コッコを膝に乗せたリルレットはその光景に拍手をした。
「凄い! ノワール!」
「本当に、賢い子ですね」
子供達を護衛しているグレインもノワールの行動に感心の声を上げた。
そんな穏やかな時間が流れる中で、テアが辺りを見渡して不安そうな表情を浮かべる。
「ぐーう。おかたんはなんで、きょーは居ないの?」
いつも見守ってくれている母のカーティアが不在な事に対するテアの疑問。
リルレットも同様に、グレインへと不安そうな視線を向けた。
「カーティア様は……今はお医者様にお身体を診てもらっているのですよ」
「なんで? お母様、どこか悪いの?」
「いえ、まだ確定ではありませんが……リルレット様もテア様も喜ぶ事のはずです」
「テアたちが、うれしいこと?」
「はい! きっと、カーティア様と陛下がお二人に嬉しいご報告をしてくださいますよ」
グレインの答えにリルレット達は不安はないと分かり、安堵の息を吐く。
そして、次に浮かんだのは大好きな両親への感謝だった。
「ねね、テア」
「う? なに、ねぇね」
「リルね、この機会にお母様とお父様にありがとうって伝えたいの」
「なにすゆの?」
「テアとリルでね、贈り物をあげたい! 街に買いに行こう!」
「え!?」
動揺の声を上げたのはグレインだった。
護衛としては止めなくてはならない事だが、彼が制止の言葉に悩む間にテアが瞳をキラキラとさせて頷いた。
「いく! ねぇねとおかいもの!」
テアが手を挙げれば、釣られるようにノワールとコッコが近くへと駆け寄ってきた。
「こーこと、のわーるもいきたいって!」
「じゃあ、皆で行こう!」
盛り上がっている一行を見て、止めれば二人が悲しむ事を察したグレインは諦めて頷く。
「お二人とも、俺も一緒に行きますからね」
「はーい!」
「うん!」
こうして、リルレットとテア。
そしてコッコとノワールと、皆で帝都へと赴く事になったのだが。
一つ、問題が起こった。
「テア……グレインね、お仕事で一緒に行けないんだって」
「えーー、ぐーうもきてほしかった」
護衛であるはずのグレインが不在の中で帝都へ向かう事になったのだ。
本来はあり得ぬ事だが、それを二人が怪しむ事はなく。
「まぁいいや、行こう! テア」
「うん! のわーるとこーこもいくぞー!」
「ワォーン!」
「コッケ!」
ノワールの背に乗り、リルレット達は帝都へと向かってしまった。
しかし……その背後から外套を被った人物が子供達を追いかける。
銀色の髪が揺れ、手には撮影機を持つ人物。
彼がグレインの代わりに護衛を務め、子供達だけで帝都へ向かう事を許した張本人だった。
◇◇◇
帝都へ出て早々、周囲の視線が子供達へと集まっていく。
「ねえ、あれ……可愛い」
「おい子供? に犬と鶏……なんだよあれ」
ノワールの背に乗る子供達と鶏。
注目を集めるのは当然だが、リルレット達はまるで意に介さずにいつも通りに笑い合う。
「ねぇね、まずはどこ行くの?」
「あのね、前にお母様達と行ったお菓子のお店! お母様とお父様と二人で行った事もある思い出のお店なんだよ!」
「じゃあ! そこにいこー!」
「おー!」
カシャシャシャシャ
「う?」
群衆のざわめきの中で聞こえた、謎の音。
テアはふっと振り返った時、銀色の髪の人物が一瞬だけ見えた。
「おとた?」
「テア、お父様はお仕事だから来れないよ! 何言ってるの!」
「うーー?」
首を傾げるテアだが、それ以上は気にせずにお菓子の店へと向かう。
場所はリルレットが覚えていたため、迷うことなく辿り着くことができた。
「いらっしゃいませ、可愛いらしいお客様方」
「「こんにちわ!」」
菓子店の店長は皇帝一家を知っていたため、突然の子供達の来訪にも冷静に対応をする。
リルレットはお菓子を見つめて、母が好きなお菓子を指さした。
「これ買います!」
「はい、お渡ししますね」
「あれ、リル……まだお金払ってないよ? お金持ってるよ!」
リルレットはお小遣いの入った小袋を見せるが、店長は笑いながら首を横に振った。
「お代はすでに陛下から頂いておりますよ」
「え? お父様が?」
リルレットは不思議に思ったが、店主は他のお客の相手へと向かってしまい。
疑問を残しつつ、店を後にした。
「ねぇね、お買い物できたね」
「そ、そうだね。でも……多分」
呟き、リルレットが辺りを見渡せば遠くで外套をまとった誰かが身を隠すのが見えた。
テアはその事に気付く様子もなノワールとコッコを撫でるが、リルレットは流石に気付く。
(やっぱり、お父様……付いて来てる)
察したリルレットは名前を呼ぼうとしたが、父が身を隠す理由を察した。
父が身を隠さずにリルレット達と共に居れば、民が皇帝と気付いてしまい、騒動になるからだ。
「ありがとーお父様」
小声で感謝を呟きつつ、リルレットはテアの手を握った。
「お菓子も買ったし、帰ろうか。テア」
「うん!」
二人が帰路へ着こうとした時。
突然、ノワールとコッコが早足で一つのお店へと向かった。
「こーこ! のわーる! どーたの!」
「コケケケ!」「ワフ」
テアが追いかければ、コッコ達は花屋の前まで走っていた。
飾られる花を興味深げに見つめており、リルレット達もその綺麗な花に見惚れてしまう。
「すごい綺麗なお花だね。テア」
「うん!」
その花屋に飾られる花々は綺麗で色鮮やかであり、客が多く集まっていた。
子供達は感嘆の声をあげ、ノワールとコッコも花を気に入っているのか店を見つめていた。
「おっと……ちっちゃなお客様達だな」
花屋の店主らしき男性が、リルレット達に気付いて話しかける。
子供が怯えぬように腰を下ろし、視線を合わせて微笑みながら。
「いらっしゃい。まさかうちの花が鶏や犬にまで気に入ってもらえるなんてな」
ノワールとコッコを撫でる店主へ、テアが近づいて話しかけた。
「おじちゃん、お花はまだうってますか?」
「おじちゃ……お兄さんと呼びなさい。売ってるぞ、好きな物選びな」
男はそう言って花屋の看板を叩く。
他の店員も居ないため、リルレットは疑問を問いかけた。
「これ、お兄さんのお店なの?」
「そうだ。とはいっても……出稼ぎのために借りた店だけどな」
「でかせぎ?」
テアの質問に、男は笑みを浮かべる。
「あぁ。ちょうどお前ぐらいの子がいてな……楽させてやるため、帝都で花を売ってるんだよ」
「そーなんだ! おかたんもおはながすきだよ!」
「おぉ、なら花をあげたら喜ぶぞ~どんな花が好きなんだ?」
その質問には、リルレットが答えた。
「庭園にいっぱいお花が咲いてるけど、お母様はタンポポが一番好きだよ!」
リルレットの答えに、男の動きが一瞬止まる。
その姿に子供達は首を傾げたが、男は暫し沈黙して微笑みを見せた。
「庭園……そうか、お前達は……」
「う? どうしたの?」
「いや、なんでもない……そうだな。タンポポは、うちの村にいっぱい咲いてるんだよ」
男はそう言って、露店の裏から花かごに入ったタンポポを見せる。
太陽のように明るい花弁は、水を与えられたばかりでキラキラと鮮やかに輝いていた。
「たんぽぽだー!」
「お兄ちゃん! これ買う!」
その綺麗な花かごにリルレット達がはしゃいでお金を取り出したが、男は首を横に振った。
「代金は要らないよ。持っていけ」
「いいの!?」
「元から売り物じゃなくて……ただ、持ってきてただけだからな」
男がテアへとタンポポの花かごを手渡す。
その際に、優しい瞳で問いかけた。
「お母さん、楽しそうか?」
「う? ……うん! テア達といっつも遊んで、笑ってくれるよ」
「そうか……良かったな」
テアとリルレットの頭を優しく撫でた後、男は二人の背を押した。
「さ、お母さんも心配してるだろうし帰りな。気をつけてな」
「ありがとう! お兄ちゃん!」
「ありがとうー!」
「おう」
手を振って送り出してくれる男性の姿。
リルレットとテアには何故か他人とは思えなくて。
その姿が遠くなるまで、振り返っては手を振り続けた。
「さて……仕事しないとな」
花屋の男が二人を見送り、一息ついた時だった。
「おい」
「え……」
振り返れば、そこには外套をまとう男性がいた。
わずかに見える顔を見て、花屋の男は驚愕する。
「あ……え……」
驚く男を無視して、外套をまとう男––シルウィオは一枚の紙を手渡した。
「帝国の式典のため花を仕入れさせてもらう……毎月、村まで受け取りに向かわせよう」
仕入れで提示された額は、暮らしていくには充分な額だった。
「これ……本当に?」
「子がいるのだろう。長く一緒にいてやれ」
「あ、ありがとうございます……」
陛下……と言おうとした花屋の男に、シルウィオは人差し指を口の前で立てる。
なにも言うなと伝え、踵を返した。
そして……「感謝している」と小さく呟き、その場を去っていった。
皇帝の背に、花屋の男はしばらく頭を下げ続けた。
◇◇◇
子供達はノワールの背に乗り、無事に城へと辿り着いた。
庭園へ戻り一息ついた時、二人の身体は抱き上げられてふわりと浮いた。
「おかえり、大丈夫だった? 二人共」
「おかたん!」
「お母様! 大丈夫だったよ!」
母であるカーティアの笑みを見て、リルレット達は嬉しそうに抱きつく。
コッコとノワールもカーティアの足元を回った。
「コッコちゃん、ノワール……二人と一緒にいてくれてありがとう」
「ワン!」
「コケ!」
やり取りを交わしていれば、シルウィオがその場へとやって来て。
カーティア達をまとめて抱きしめた。
「帰ったか」
「あ! お父様!」
「おとた~てあたちね、おかいものいってきたよ」
「……偉いな。お前達は帝国一だ」
二人の子供達の頭を撫でるシルウィオへ、カーティアは小声で囁いた。
「二人を見守ってくれたんだよね、ありがとう……シルウィオ」
「あぁ」
小声で交わされた会話に気付かぬまま、子供達は購入してきた贈り物を渡していく。
お菓子を渡し……そして、タンポポの入った花かごを渡した。
「ありがとう二人とも……でも、タンポポの花かごなんて、どこに売ってたの?」
「花売りのお兄ちゃんが持ってたの!」
「そう! ただでくれたんだよ!」
「……それは……感謝しないとね」
カーティアは微笑みながら、子供達の頭を撫でる。
どこか、いつもよりも嬉しそうな母の姿に子供達も嬉しくなって抱きついた。
リルレットは母が近くにいる安心感から、今朝に抱いた疑問を投げかけた。
「そうだ、お母様! 今日はなんでお医者様に会ってたの!」
「てあ、しんぱいだったー!」
二人の質問に、カーティアはニコリと笑い。
シルウィオと共に、優しい瞳で子供達を見つめた。
「リルレット、テア……お母さんのお腹の中にね、新しい子供がいるんだよ」
その言葉に、リルレットとテアは驚きつつも喜びの声を上げた。
「ほんとに!? リル……またねぇねになれるんだ!」
「テアも、にぃにになるの!?」
喜びを浮かべる子供達を抱きしめながらカーティアはシルウィオへと微笑む。
その光景につられるように、花かごに飾られたタンポポの黄色の花弁がふわりと揺れた。
まるで、喜ぶ家族を祝福するように。
「ワフ!」
庭園にて、テアが投げたボールをノワールがキャッチして優しく返す。
コッコを膝に乗せたリルレットはその光景に拍手をした。
「凄い! ノワール!」
「本当に、賢い子ですね」
子供達を護衛しているグレインもノワールの行動に感心の声を上げた。
そんな穏やかな時間が流れる中で、テアが辺りを見渡して不安そうな表情を浮かべる。
「ぐーう。おかたんはなんで、きょーは居ないの?」
いつも見守ってくれている母のカーティアが不在な事に対するテアの疑問。
リルレットも同様に、グレインへと不安そうな視線を向けた。
「カーティア様は……今はお医者様にお身体を診てもらっているのですよ」
「なんで? お母様、どこか悪いの?」
「いえ、まだ確定ではありませんが……リルレット様もテア様も喜ぶ事のはずです」
「テアたちが、うれしいこと?」
「はい! きっと、カーティア様と陛下がお二人に嬉しいご報告をしてくださいますよ」
グレインの答えにリルレット達は不安はないと分かり、安堵の息を吐く。
そして、次に浮かんだのは大好きな両親への感謝だった。
「ねね、テア」
「う? なに、ねぇね」
「リルね、この機会にお母様とお父様にありがとうって伝えたいの」
「なにすゆの?」
「テアとリルでね、贈り物をあげたい! 街に買いに行こう!」
「え!?」
動揺の声を上げたのはグレインだった。
護衛としては止めなくてはならない事だが、彼が制止の言葉に悩む間にテアが瞳をキラキラとさせて頷いた。
「いく! ねぇねとおかいもの!」
テアが手を挙げれば、釣られるようにノワールとコッコが近くへと駆け寄ってきた。
「こーこと、のわーるもいきたいって!」
「じゃあ、皆で行こう!」
盛り上がっている一行を見て、止めれば二人が悲しむ事を察したグレインは諦めて頷く。
「お二人とも、俺も一緒に行きますからね」
「はーい!」
「うん!」
こうして、リルレットとテア。
そしてコッコとノワールと、皆で帝都へと赴く事になったのだが。
一つ、問題が起こった。
「テア……グレインね、お仕事で一緒に行けないんだって」
「えーー、ぐーうもきてほしかった」
護衛であるはずのグレインが不在の中で帝都へ向かう事になったのだ。
本来はあり得ぬ事だが、それを二人が怪しむ事はなく。
「まぁいいや、行こう! テア」
「うん! のわーるとこーこもいくぞー!」
「ワォーン!」
「コッケ!」
ノワールの背に乗り、リルレット達は帝都へと向かってしまった。
しかし……その背後から外套を被った人物が子供達を追いかける。
銀色の髪が揺れ、手には撮影機を持つ人物。
彼がグレインの代わりに護衛を務め、子供達だけで帝都へ向かう事を許した張本人だった。
◇◇◇
帝都へ出て早々、周囲の視線が子供達へと集まっていく。
「ねえ、あれ……可愛い」
「おい子供? に犬と鶏……なんだよあれ」
ノワールの背に乗る子供達と鶏。
注目を集めるのは当然だが、リルレット達はまるで意に介さずにいつも通りに笑い合う。
「ねぇね、まずはどこ行くの?」
「あのね、前にお母様達と行ったお菓子のお店! お母様とお父様と二人で行った事もある思い出のお店なんだよ!」
「じゃあ! そこにいこー!」
「おー!」
カシャシャシャシャ
「う?」
群衆のざわめきの中で聞こえた、謎の音。
テアはふっと振り返った時、銀色の髪の人物が一瞬だけ見えた。
「おとた?」
「テア、お父様はお仕事だから来れないよ! 何言ってるの!」
「うーー?」
首を傾げるテアだが、それ以上は気にせずにお菓子の店へと向かう。
場所はリルレットが覚えていたため、迷うことなく辿り着くことができた。
「いらっしゃいませ、可愛いらしいお客様方」
「「こんにちわ!」」
菓子店の店長は皇帝一家を知っていたため、突然の子供達の来訪にも冷静に対応をする。
リルレットはお菓子を見つめて、母が好きなお菓子を指さした。
「これ買います!」
「はい、お渡ししますね」
「あれ、リル……まだお金払ってないよ? お金持ってるよ!」
リルレットはお小遣いの入った小袋を見せるが、店長は笑いながら首を横に振った。
「お代はすでに陛下から頂いておりますよ」
「え? お父様が?」
リルレットは不思議に思ったが、店主は他のお客の相手へと向かってしまい。
疑問を残しつつ、店を後にした。
「ねぇね、お買い物できたね」
「そ、そうだね。でも……多分」
呟き、リルレットが辺りを見渡せば遠くで外套をまとった誰かが身を隠すのが見えた。
テアはその事に気付く様子もなノワールとコッコを撫でるが、リルレットは流石に気付く。
(やっぱり、お父様……付いて来てる)
察したリルレットは名前を呼ぼうとしたが、父が身を隠す理由を察した。
父が身を隠さずにリルレット達と共に居れば、民が皇帝と気付いてしまい、騒動になるからだ。
「ありがとーお父様」
小声で感謝を呟きつつ、リルレットはテアの手を握った。
「お菓子も買ったし、帰ろうか。テア」
「うん!」
二人が帰路へ着こうとした時。
突然、ノワールとコッコが早足で一つのお店へと向かった。
「こーこ! のわーる! どーたの!」
「コケケケ!」「ワフ」
テアが追いかければ、コッコ達は花屋の前まで走っていた。
飾られる花を興味深げに見つめており、リルレット達もその綺麗な花に見惚れてしまう。
「すごい綺麗なお花だね。テア」
「うん!」
その花屋に飾られる花々は綺麗で色鮮やかであり、客が多く集まっていた。
子供達は感嘆の声をあげ、ノワールとコッコも花を気に入っているのか店を見つめていた。
「おっと……ちっちゃなお客様達だな」
花屋の店主らしき男性が、リルレット達に気付いて話しかける。
子供が怯えぬように腰を下ろし、視線を合わせて微笑みながら。
「いらっしゃい。まさかうちの花が鶏や犬にまで気に入ってもらえるなんてな」
ノワールとコッコを撫でる店主へ、テアが近づいて話しかけた。
「おじちゃん、お花はまだうってますか?」
「おじちゃ……お兄さんと呼びなさい。売ってるぞ、好きな物選びな」
男はそう言って花屋の看板を叩く。
他の店員も居ないため、リルレットは疑問を問いかけた。
「これ、お兄さんのお店なの?」
「そうだ。とはいっても……出稼ぎのために借りた店だけどな」
「でかせぎ?」
テアの質問に、男は笑みを浮かべる。
「あぁ。ちょうどお前ぐらいの子がいてな……楽させてやるため、帝都で花を売ってるんだよ」
「そーなんだ! おかたんもおはながすきだよ!」
「おぉ、なら花をあげたら喜ぶぞ~どんな花が好きなんだ?」
その質問には、リルレットが答えた。
「庭園にいっぱいお花が咲いてるけど、お母様はタンポポが一番好きだよ!」
リルレットの答えに、男の動きが一瞬止まる。
その姿に子供達は首を傾げたが、男は暫し沈黙して微笑みを見せた。
「庭園……そうか、お前達は……」
「う? どうしたの?」
「いや、なんでもない……そうだな。タンポポは、うちの村にいっぱい咲いてるんだよ」
男はそう言って、露店の裏から花かごに入ったタンポポを見せる。
太陽のように明るい花弁は、水を与えられたばかりでキラキラと鮮やかに輝いていた。
「たんぽぽだー!」
「お兄ちゃん! これ買う!」
その綺麗な花かごにリルレット達がはしゃいでお金を取り出したが、男は首を横に振った。
「代金は要らないよ。持っていけ」
「いいの!?」
「元から売り物じゃなくて……ただ、持ってきてただけだからな」
男がテアへとタンポポの花かごを手渡す。
その際に、優しい瞳で問いかけた。
「お母さん、楽しそうか?」
「う? ……うん! テア達といっつも遊んで、笑ってくれるよ」
「そうか……良かったな」
テアとリルレットの頭を優しく撫でた後、男は二人の背を押した。
「さ、お母さんも心配してるだろうし帰りな。気をつけてな」
「ありがとう! お兄ちゃん!」
「ありがとうー!」
「おう」
手を振って送り出してくれる男性の姿。
リルレットとテアには何故か他人とは思えなくて。
その姿が遠くなるまで、振り返っては手を振り続けた。
「さて……仕事しないとな」
花屋の男が二人を見送り、一息ついた時だった。
「おい」
「え……」
振り返れば、そこには外套をまとう男性がいた。
わずかに見える顔を見て、花屋の男は驚愕する。
「あ……え……」
驚く男を無視して、外套をまとう男––シルウィオは一枚の紙を手渡した。
「帝国の式典のため花を仕入れさせてもらう……毎月、村まで受け取りに向かわせよう」
仕入れで提示された額は、暮らしていくには充分な額だった。
「これ……本当に?」
「子がいるのだろう。長く一緒にいてやれ」
「あ、ありがとうございます……」
陛下……と言おうとした花屋の男に、シルウィオは人差し指を口の前で立てる。
なにも言うなと伝え、踵を返した。
そして……「感謝している」と小さく呟き、その場を去っていった。
皇帝の背に、花屋の男はしばらく頭を下げ続けた。
◇◇◇
子供達はノワールの背に乗り、無事に城へと辿り着いた。
庭園へ戻り一息ついた時、二人の身体は抱き上げられてふわりと浮いた。
「おかえり、大丈夫だった? 二人共」
「おかたん!」
「お母様! 大丈夫だったよ!」
母であるカーティアの笑みを見て、リルレット達は嬉しそうに抱きつく。
コッコとノワールもカーティアの足元を回った。
「コッコちゃん、ノワール……二人と一緒にいてくれてありがとう」
「ワン!」
「コケ!」
やり取りを交わしていれば、シルウィオがその場へとやって来て。
カーティア達をまとめて抱きしめた。
「帰ったか」
「あ! お父様!」
「おとた~てあたちね、おかいものいってきたよ」
「……偉いな。お前達は帝国一だ」
二人の子供達の頭を撫でるシルウィオへ、カーティアは小声で囁いた。
「二人を見守ってくれたんだよね、ありがとう……シルウィオ」
「あぁ」
小声で交わされた会話に気付かぬまま、子供達は購入してきた贈り物を渡していく。
お菓子を渡し……そして、タンポポの入った花かごを渡した。
「ありがとう二人とも……でも、タンポポの花かごなんて、どこに売ってたの?」
「花売りのお兄ちゃんが持ってたの!」
「そう! ただでくれたんだよ!」
「……それは……感謝しないとね」
カーティアは微笑みながら、子供達の頭を撫でる。
どこか、いつもよりも嬉しそうな母の姿に子供達も嬉しくなって抱きついた。
リルレットは母が近くにいる安心感から、今朝に抱いた疑問を投げかけた。
「そうだ、お母様! 今日はなんでお医者様に会ってたの!」
「てあ、しんぱいだったー!」
二人の質問に、カーティアはニコリと笑い。
シルウィオと共に、優しい瞳で子供達を見つめた。
「リルレット、テア……お母さんのお腹の中にね、新しい子供がいるんだよ」
その言葉に、リルレットとテアは驚きつつも喜びの声を上げた。
「ほんとに!? リル……またねぇねになれるんだ!」
「テアも、にぃにになるの!?」
喜びを浮かべる子供達を抱きしめながらカーティアはシルウィオへと微笑む。
その光景につられるように、花かごに飾られたタンポポの黄色の花弁がふわりと揺れた。
まるで、喜ぶ家族を祝福するように。
1,016
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
今さら「間違いだった」? ごめんなさい、私、もう王子妃なんですけど
有賀冬馬
恋愛
「貴族にふさわしくない」そう言って、私を蔑み婚約を破棄した騎士様。
私はただの商人の娘だから、仕方ないと諦めていたのに。
偶然出会った隣国の王子は、私をありのまま愛してくれた。
そして私は、彼の妃に――。
やがて戦争で窮地に陥り、助けを求めてきた騎士様の国。
外交の場に現れた私の姿に、彼は絶句する。
今、目の前で娘が婚約破棄されていますが、夫が盛大にブチ切れているようです
シアノ
恋愛
「アンナレーナ・エリアルト公爵令嬢、僕は君との婚約を破棄する!」
卒業パーティーで王太子ソルタンからそう告げられたのは──わたくしの娘!?
娘のアンナレーナはとてもいい子で、婚約破棄されるような非などないはずだ。
しかし、ソルタンの意味ありげな視線が、何故かわたくしに向けられていて……。
婚約破棄されている令嬢のお母様視点。
サクッと読める短編です。細かいことは気にしない人向け。
過激なざまぁ描写はありません。因果応報レベルです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。